【ネタバレ注意】江口夏実『出禁のモグラ』はいいぞぉ

江口夏実の前作・『鬼灯の冷徹』もよかった。死者供養を専門にしてる身としては「地獄」を扱うとあれば読まずにいられなかった。そのうちアニメにもなるしOVAも出るしで大ヒット作となった。
本作はその次作。
地獄から出禁になったという自称仙人のモグラ(百暗桃弓木)とひょんなことから知り合った真木くんと八重ちゃんの物語。既刊4巻以下続巻。

モグラと関わりを持ったばかりに霊が見えるようになってしまった大学生の真木くんと八重ちゃん、霊が見れない筋肉一族の女子高生の詩魚ちゃん、憑いてる猫に霊退治をさせる猫附一家……
一見バラバラな彼等だが、猫附家の当主は真木くんと八重ちゃんのゼミの教授だし、詩魚ちゃんは八重ちゃんのバイトの後輩で猫附家の息子の下級生だし、猫附家の息子は真木くんの弟の同級生だし、そして猫附一族はモグラと因縁浅からぬ仲だし、と最初から人間関係は絡み合っていたことが判明する。そしてその人間関係の中では実は霊絡みの事件が生じていて、モグラと真木くんと八重ちゃんは否応なく巻き込まれていく。

巻き込まれていくうちに、モグラの正体が薄皮を剥がれるように明らかになっていく。
モグラは仙人を自称しているが、何らかの罰であの世への行く道を失っている。なので霊から灯を集めて行く道を求めようとするのだけど、自分の体調は灯を消費して維持するしかない。自身の体調だけではなく、他者の体調回復にも灯を遣ってしまう。そんなことをしているうちにせっかく貯めた灯は結局プラマイゼロになる。モグラは灯を集めるカンテラを常に持ち歩き、カンテラからは太い縄が繋がれている。パーカーの上から擦り切れたドテラを羽織って靴底の減りを気にして真木くんからの差し入れに歓喜する倹しい生活を送っている。曰く「生きているには金がかかり、儲けるためには体力を失い、回復するには灯を使わざるを得ず、灯が貯まらないから生きているしかない」。
彼はあの世へ戻りたいのだ。

猫附教授は文学者でもあり、彼の著作には曾祖父の体験が記されている。曾祖父は南方に従軍し、瀕死の同僚に怪しい処置をしているモグラに会う。そして猫憑きのために短命な一族への助命を懇願する。おそらくモグラは灯を使い、その恩があるため猫附家はモグラの霊払いの依頼に応じている。
処置をしていた瀕死の同僚は、実は八重ちゃんの曾祖父であり、彼は結婚前だったのでモグラは八重ちゃん誕生の恩人でもある。
詩魚ちゃんの曾祖父も優秀な軍人だったという紹介が一言あったので、そのうち関係が判明するかもしれない。

モグラは瀕死の人物を見捨てられない。戦国時代は僧侶を装ってほうぼうで灯を集めていたが、死にかけた若者も多くて結局彼らに使ってしまう。戸籍を買って招集されて従軍したが、真木くんの考察の通り、自分よりも多く人に使ってしまったのだろう。

そんなモグラの在り方を、猫附家の息子は自分の一族を「お人好しの犠牲の上に」成り立っていると歯噛みし、真木は彼の愚直な人の良さを「どこか人らしくない」と思案する。

先の猫附教授の著作では、介抱している八重ちゃんの曾祖父に向かって「神にむいていない」と、独り言ちる描写があった。
実際に猫附曾祖父が聞いた言葉か、それとも猫附教授の判断を盛り込んだ演出なのかはわからない。が、神、というのを匂わせる描写もいくつかある。
たとえば、八重ちゃんの故郷の島へ向かう話があるが、その中でとんでもない弓の腕前を披露している。「出血多量が危ぶまれる傷に矢を掠らせて灯を入れる」姿を目の当たりにして、真木くんはモグラの正体への懸念をさらに深めていた。
神聖な桃の木で作った弓を意味する「桃弓木」の名、百に暗いという神聖とは真逆の不穏さを匂わせる姓。
思い浮かぶのはイザナギが黄泉平坂で追手を撃退するために投げたという桃である。その桃は後にイザナギによって「オオカムヅミ」と名付けられる神となるが、果たしてモグラはその名を名乗ることを禁じられているという。
これは単行本未収録分であるが、自分もネットでたまたま拾った浮雲の画像に記してあった。
浮雲はモグラの住む銭湯の近くの駄菓子屋である。モグラは電話やWi-Fiやゲームを目的にちょくちょく立ち寄っているらしい。髪が長く切れ長の目の笑みを絶やさぬ口数の少ない女性である。
モグラの住む「抽斗通り」はモグラ曰く「監獄」らしい。浮雲はその看守と言ったところだろう。

神であるとして、モグラは何の罪を負ったのか?罰は誰から科せられたのか?モグラの人の良さは関連するのか?
恐らくこれらの謎が少しずつ明かされるのが、ストーリーの縦軸なのだろう、と予測して読んでいる。
果たして。


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