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最後の手紙になるはずだった。

恐らくまだ小学生の頃だった。
人生で最後の手紙を書こうとしていた。

 百円ショップに行って、お小遣いの中から買える便箋を探していた。本当はクマとか星が描いてあるかわいい便箋が欲しかったけど、こういうときはシンプルなものを選ばなければと思って、白い縦書きの便箋と、白い封筒を買った。当時育ててくれたヒトにばれないように、ドキドキしながら家まで持って帰った。もしも使用用途を聞かれたとき用に、「お友達に手紙を書きたいんです。」とか「学校で手紙を書く授業があって、無地のやつを持ってきなさいって言われました。」とか、色々な言い訳を頭の中で並べかえながら、両手に買い物袋を抱えていた気がする。
 家について、その便箋の表紙をめくるまで3か月くらいかかった。決意は固かったけど、書いている途中で誰かに見られたらどうしようと思っていたら、なかなか真っ白な便箋を机の上に出せずにいた。内容があまり思い浮かばなかったから封筒から書こうと思って、差出人を書いた。次に宛名を書こうとして、筆が止まった。僕は、一体誰に向けてこの手紙を書こうとしているんだろう。書いて何が変わるんだろう。そもそも、実行する前に僕自身が燃やしてしまうかもしれないのに。とりあえず、宛名と差出人に自分の名前を書いた。手紙の書き方も分からない僕は、内容を書くのにとても苦戦していた。みんなへの感謝を書いては消し、恨みを書いては消し、そして感謝を書いて消した。僕がここで下手なことを書いてしまえば、書かれたヒトは永遠この内容を思い返してしまうだろうし、そういう優しいヒトだと思う。僕と価値観が合わなくて相性が悪かっただけなのに、まるで僕だけ傷ついたようなものを作り上げてしまってはどうなんだろう。色んな事を考えているうちに涙が止まらなくなって、結局手紙を書くのはやめにした。消し痕から何が書かれていたかばれては困るから、真っ黒に塗りつぶしてから糊でもう一枚紙を重ねて、粉々になるまで鋏で切った。
 今でも、勉強机の鍵が付いた引き出しに入っている便箋と封筒を見ると、当時のことを思い出す。どうしてもこれだけはずっと捨てられないでいる。当時の僕が精いっぱいの勇気を出して買ったものだ。

 いつか気持ちに折り合いをつけることが出来る日が来たら、この引き出しは空っぽになるはずだ。

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