見出し画像

おひとりさまでも最期まで在宅 第3版―第3版2刷への補遺

新型コロナが、在宅ケアの現場に問いかけたこと

 新型コロナ禍に第2波の兆しが始まっている。今回のコロナ禍の第1波では、これまでなおざりにしてきた多くの問題が噴出した。
 医療では感染症に対する認識の低さと対策の不足、社会では非正規労働者やひとり親家庭に対するセーフティネットの弱さと、日本社会の根源にある同調圧力など、数えるにいとまはないが、ダメージを受けているのはいずれも「弱者」だ。介護でも感染に対と利用者を支えるサービスの脆弱性があぶりだされ、そのいっぽうで高齢者の生活を支える介護保険サービスの重要さに、あらためて気づかされた人も多かった。
 今年の1月16日、国内で初の「新型肺炎」感染者が報道された。その後、「新型コロナウイルス」がメディアで連日取り上げられるようになると、日本中は「コロナ」一色になった。ワイドショーの報道やフェイスブック(FB)の投稿を見聞きしながら気になったのは、洪水のような情報に振り回されている人が多いこと。そして、コロナ対策の最前線で働く医療者の努力や、「医療崩壊」については連日報道されているが、同じように最前線で働く介護従事者の現状が、ほとんど伝えられていないことだった。
 新型コロナにかかわる情報整理をしながら、介護をめぐる状況をFBで発信するなか、3月末、在住の東京世田谷区で社会福祉法人のデイサービス職員が感染し、デイが閉鎖された。特別養護ホームもある法人全体が、風評被害にさらされているという。
 世田谷区ではこの時期、44人の感染者が出ていた。そこで、私たちが運営する「ケアコミュニティ・せたカフェ」とつながりをもつ介護・看護・医療従事者、障害者相談員、介護家族、介護に関心のある区民など約30人と親しい家庭医に、FBのメッセンジャーグループで情報交換しようと呼びかけた。すると、区のホームページからは伝わってこない区内の詳しい感染情報と、自分たちがケアの現場で直面している現状について、悲鳴のような声がスレッドに続々と入ってきた。
 介護事業所からは「保健所はパンク状態で連絡がつかない。感染疑いの利用者への対処に悩んでいる」「感染予防の物品が、圧倒的に足りない」……。ヘルパーからは「訪問介護は濃厚接触する仕事。感染を心配しながら、家から家へと回っている」……。
 ケアマネジャーからは「デイサービスや訪問介護のサービス利用控えをする人が増えているが、利用者の体力や認知力の低下が心配」「家族が感染したり、独居や老々世帯で利用者が感染疑いになった場合、訪問介護だけでは支えきれない」……。
 デイサービスの管理者からは「感染対策は徹底的にしている。しかし、デイは濃厚接触なので万全とはとても言えない。現在休んでいるのは家族が対応できる利用者だが、食事排泄入浴介護予防をデイに頼っている人は、デイが休止になると困るはず」……。
 訪問看護師からは「距離を取れと言われても、体温も血圧も離れては測定できないし、2メートル離れたら難聴の患者さんには聞こえない」「褥瘡や摘便が多いので、『感染したくない』とスタッフが次々に休み、管理者が夜中までひとりで走り回っている」……。
 家庭医からは「戦う相手は人ではなくウイルス、ということで70リットルのポリ袋とクリアファイルを大量に購入した。クリアファイルはフェイスシールド、ゴミ袋はガウンの代わり。使い捨てガウンはもうない」という声も届いた。この医師は、感染を疑った患者には自分でPCR検査をし、保健所に届けているという。
 障害者相談員からは「知的障害者はマスクの使用が理解できないため、作業所から自宅に戻されることが多く、家族の負担が増えている」……、等々。

感染対策が手薄だった在宅ケア
 4月初頭、世田谷区では病院での感染クラスターが次々と起こり、周辺区の施設でも感染が広がった。在宅介護をめぐる情報交換を毎日続けるうちに、「この声を何とか行政に届けたい」という思いが強くなった。実は私たちは「介護保険」の後退(要介護1・2の総合事情への移行)に反対する署名を全国から集め、2019年11月に厚労省、財務省、内閣府に提出している。FBの情報交換グループにはその有志メンバーが何人かいたため、「動きの鈍い国よりも、身近な世田谷区に要望を出すほうが、現場の声が早く伝わるのではないか」と提案し、さっそく要望書をつくるための議論をグループで開始した。
 私自身が介護に実際にかかわり始めたことも大きかった。仕事が次々とキャンセルされ、時間ができたため、この際、昔取ったヘルパー2級の資格を生かしてコロナ下での介護の現場を見てみようと、4月から契約で訪問介護を開始していた。
 最初に気がついたのが、訪問介護の現場での新型コロナウイルス感染対策の手薄さだった。採用された大手事業所から渡されたのは、研修テキストをコピーした実に簡単な「感染対策の基本」裏表1枚と、配布されたノロウイルス対策用キット(マスク、使い捨て手袋、ビニール前掛け)の説明書1枚のみ。友人の介護事業者に聞くと、感染対策に関しては各事業所の判断で行い、統一マニュアルはないという。
 同じ介護事業所でも施設系にはきちんとした感染対策マニュアルがあるし、感染・非感染でスペースを区切るゾーニングもできる。しかし、玄関のドアを開けるとすぐ部屋に続く家庭に訪れることの多い訪問介護では、ゾーニングどころではない。しかも、訪問介護は利用者と1対1の「密」の状態で接するのが基本だ。「困っている人をそのままにはしておけない」という心優しい介護従事者のなかには、手製の防護服を着用し、発熱している利用者の支援に入ったヘルパーもいた。そこで現場からの声をもとにした手引きを私たち自身で作成し、それをもとに世田谷区に在宅介護従事者向け感染対策ガイドラインをつくるよう要望することにした。

介護の現場の声を「要望書」で自治体に届ける
 コロナ下での在宅での医療・介護サービス利用者には、「感染のない人」「感染疑いの人」「感染した人」がいる。世田谷区(区長、高齢福祉部長、区議会議長)に宛てた「介護サービスにおける新型コロナウイルス対策に関する要望書」(以下:要望書)では、これを明確に分けながら、介護従事者が安心して介護を続け、利用者が確実に介護や医療を受けられる体制を整えることを要望の基本にした。
 要望の具体的な内容は、①介護従事者の参加による世田谷区独自のガイドラインの早急な作成(案を資料として添付) ②介護従事者、利用者、介護家族へのPCR検査など、介護従事者が安心して介護を続けるための体制づくりと、それを支える感染対応物品の安定した支給 ③介護事業者とケアマネジャー専用電話相談窓口の設置 ④利用者が感染疑いになった場合などのセーフティネットとして一時的な滞在場所の設置 ⑤感染が確定した場合は在宅介護ではなく、入院など医療の管理下に置く、という5項目。
 大型連休明けの5月12日、有志グループの代表4名が区長と高齢保健部長に「要望書」を手渡したあと、約1時間にわたって現場からの報告と要望を伝えた。面談の冒頭、保坂展人区長から「医療関係、施設関係とは連絡会を通じて情報交換をしているが、訪問介護に対しては声がけができず、申し訳なかった」と一言。そして、面談の最後には「皆さんから訪問介護の実情、一時滞在施設のこと、助成措置などについてお聞きした。世田谷区では院内、施設内、訪問での感染の防止についての対策と、予算と制度の組み立てを考えます。いただいた要望・提案をまとめ、区ではできないこともあるので、厚労省に出向きたいと思っています」との回答をもらった。
 PCR検査については、提出の翌日からドライブスルーが始まるという報告とともに、介護従事者と利用者へのスムーズな検査体制をつくるとの回答があった。物品関連では翌日さっそく、希望する事業所への使い捨てガウンの支給が始まった。「介護関係者専用相談電話窓口」と「利用者の一時的滞在場所」の設置、「感染対応ガイドライン」の作成については、課題として持ち帰るとされたが、口頭で提言したウェブでの訪問介護事業者向けの「新型コロナウイルス感染対策研修」は、世田谷区人材育成研修センターが作成することになった。当初、消極的だった区独自の在宅介護用ガイドラインの作成についても、感染者の増加で前向きになってきた。「感染疑い」となった介護従事者と利用者へのPCR検査も、後日、無料となった。
 5月29日には世田谷区の施設長会の代表とともに保坂区長に同行し、医師でもある自味はなこ厚生労働大臣政務官と面談し、国に宛てた「要望書」を提出しながら、現場の声を伝えた。
 国や自治体へのこうした「要望」は、提出してそのままになることも多い。しかし、「#検察庁法改正案に抗議します」のツィートではないが、小さな声でもそれを集めてうねりにすることの大切さを、私たちはこのコロナ禍で学んだ。

コロナ下の「最期まで在宅」を探る
 感染拡大時、デイサービスなど通所サービスと訪問介護の利用者は、感染を恐れて自主的に利用中止したり、事業所からの要請で平常のサービスを受けることができなかった。家に閉じこもることで、フレイルが進行し、認知機能が衰えた高齢者も少なくない。いまさらのように介護保険サービスの大切さを思い知らされた。
 ACP(アドバンス・ケア・プランニング)についても考えさせられた。高齢者の医療のあり方について報道されるなか、友人のケアマネジャーは利用者からこう問い詰められたという。「あなた、最期まで自宅で暮らせるように、一緒に頑張りましょうって言ったじゃない。でも、感染すると病院に入れられ、誰にも会えずそこで死んじゃうんでしょ」と。新型コロナのような感染症にかかった場合、最期は家で迎えたいという本人の願望を、介護家族を含むケアする側はどうサポートできるのだろうか。
 わが家では、医療系の施設に入所していた父に2月から面会ができなくなり、そのまま会えずに4月16日、父は誤嚥性肺炎で亡くなった。「最期まで在宅」は無理でも、せめて「医療の場」ではなく特養など「生活の場」へと移したいと考えていたが、かなえることはできなかったのが、心残りだ。
 「生活の場」である「在宅」では、医療・介護の専門職は本人と「密」な関係を保つことがよしとされていた。しかし、このコロナ下で在宅ケアは「リモート」や「ディスタンス」を取り入れる方向を突きつけられている。
 コロナ禍下の東京新宿で訪問診療を行ってきた英祐雄医師に在宅の現場で浮かび上がった課題を聞くと、「患者との対面の頻度を減らす、セルフケアのできる人には遠隔でそれを支えるなど、ケアの濃淡の必要性と、チームに対する配慮です。在宅では訪問看護・介護も守らなければいけないから」という答えが返ってきた。
 第1波の教訓をどう生かし、「最期まで在宅」にどうつなげていけるのか。今回、発揮することができなかった「医療と介護の連携」の立て直しも含め、早急に考えていく必要がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?