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ネイティブアメリカンの植物学者が語る10代からの環境哲学―訳者あとがき

私は小学校5年生のときに、本の翻訳家になろうと決めました。まだ英語のアルファベットさえ知らないのに、なぜ翻訳家になりたいと思ったのかと言えば、子どものころの私は本の虫で、学校の図書室の本を貪るように読んでおり、その中に、海外の児童文学の翻訳版がたくさんあったからです。テレビや映画では見るけれど行ったことのない遠い世界で起こる出来事の物語に私は夢中になり、大人になったら私も、世界を旅しながら面白い本を見つけて日本に紹介できたらどんなに素敵だろう、と思ったのでした。

英語教育の質の高さで知られた私立の中学を選んで受験し、中高一貫教育の私立女子校に入学した私は、幸いにも英語の授業が楽しく、翻訳家になるという思いをますます強くしていきました。

そして、高校生のときにはじめて出会ったのがネイティブアメリカンの文化でした。『アメリカ・インディアン悲史』という朝日選書の本を読んで彼らの悲しい歴史を知ったとき、中でも「ウンデッド・ニー」(1890年に大虐殺があったところ)という言葉を読んだときに、胸がズキンと痛んだのを今でもはっきり覚えています。

大学を卒業し、広告代理店で働きはじめましたが、ネイティブアメリカンの歴史や文化についての本を読んだり映画を観たりするうちに、関心はますます高まっていきました。その会社を辞め、映像をつくる仕事を始めてしばらくたったころには、かつて現在のモンタナ州の辺りに暮らしていたクロウ族の友人ができ、全米から何千人ものネイティブアメリカンが集まるパウワウを取材したり、ネイティブアメリカンのミュージシャンを日本に紹介するテレビ番組の制作に携わったりもしました。

そんな中で実際に話を聞いたネイティブアメリカンの人びとの多くは、お年寄りから若者、子どもまで、本当に見事なまでに「自然を敬い、自然から学ぶ」という考え方が身についていました。

その後、子どものときに決めた通りに翻訳家にはなったものの、児童文学を訳す機会にはまだ巡り合っていない私ですが、この本を通して、私が多大な影響を受けたネイティブアメリカンの人びとの考え方をこうして若い方にお伝えできることは、翻訳家としてこの上ない喜びです。

この本は、2018年に出版された『植物と叡智の守り人』を、若い人向けに編集し直したものです。もとになった本は、小さな出版社から出版され、何年もかかって口コミでじわじわと評判が広がり、ベストセラーになりました。今では多くの言語に翻訳され、環境や地球の未来を心配する人たちに広く読まれ、大切にされています。

この本を読んでいるあなたはおそらく、物心ついたときから、インターネットをはじめとする新しいテクノロジーを使いこなし、私が育った時代よりも格段に豊富な情報量の中で生きているはずです。海外の情報は指先のクリックひとつで手に入り、お目当ての物を探してあちらこちらの店を見てまわらなくてもオンラインショップで買ったものが玄関まで届く生活は、便利で快適です。

でもその一方で、私が子どもだったころにはまだ周りにいくらでもあった原っぱは姿を消し、屋外で自然に接する機会は少なくなり、自然と人間の距離はずいぶん大きくなってしまったように感じます。 

あふれるほどの情報の中には互いに矛盾するものも多く、大人たちの言うことは食い違い、混乱することもあるでしょう。いったい誰が、何のためにその情報を発しているのか──情報の背景にある事情まで考慮しながら情報の信憑性を確かめる、「メディア・リテラシー」が必要な時代です。誰の言うことを信じたらいいのかわからない、と思うこともあるはずです。みなさんの何倍もの年月を生きてきた私ですらそうなのですから、若いみなさんがそう感じても不思議はありません。

でも、混乱することだらけのこの世の中で、ひとつ確実なことがあるとしたらそれは、私たち人間が、この地球という惑星の自然の中で生かされているのだということ、自然が私たちに与えてくれる豊かな恵みがなければ私たちは生きていけない、ということです。ネイティブアメリカンの人びとが引き継いできた豊かな精神性には、そのことがしっかりと刻み込まれています。

ネイティブアメリカンなんて、遠いところに住む、自分とは関係のない人たちだと思うかもしれません。でも、私たち日本人だって、近代資本主義とグローバリズムに呑み込まれるまでは、豊かな里山で、自然と調和して暮らしていました。

「八やおよろず百万の神々」という言葉には、自然の万物のすべてに神様が宿っていると考えた昔の人たちの考え方が表れています。そのような考え方は、ネイティブアメリカンに限らず、自然とのつながりの中で生きていた世界中の人びとが共通してもっていたものなのだと私は思います。

私たち大人は、あなたたちが引き継ぐこの星を傷つけることばかりしてきました。地球の資源を無節操に使って枯渇させ、その結果引き起こされた気候変動、森林破壊、貧富の差の拡大。そのツケを押しつけられるみなさんに、私は一人の大人として申し訳なく思います。

壊れかかっているこの地球を救い、あなたたちが大人になったときに、今よりも美しい、少なくとも今のままの地球があるかどうかは、この星の上に生きるすべての人間がかつての精神性を取り戻し、自然とのしっかりしたつながりを再び築けるかどうかにかかっています。

そしてこの本には、そのために何をしたらいいのか、何ができるのか、そのヒントが詰まっています。まだ心がしなやかで、大きな可能性を抱えて生きているあなたたちだからこそ、今、ネイティブアメリカンの叡智に耳を傾け、この本を、未来を生きていく上での羅針盤としてくれればと願います。

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