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人類と感染症、共存の世紀―訳者あとがき

2020年初頭、中国・武漢で発生した新型のウイルス性肺炎が流行しているというニュースを聞いても、私はさほど気に留めなかった。大半の人がそうだったのだろうと思う。以前にもSARSなど同じようにして出現した同じような病気があり、そして、海外ではともかく日本国内では、さほどの騒動もなく鎮静化していった。今回もそうなるものとばかり思っていた。ところが……

本書は2007年に刊行されたデイビッド・ウォルトナー=テーブズ著 The Chickens Fight Back: Pandemic Panics and Deadly Diseases That Jump from Animals to Humans(ニワトリの反撃:パンデミックパニックと動物からヒトにうつる死の病)に、その後の事態の進展を受けて加筆、改題し、2020年春に緊急出版されたものだ。「その後の事態」には言うまでもなく、2019年に発生した新型コロナウイルス(以下、本文に沿ってCOVID-19と表記)のパンデミックも含まれる。

本書では、ペストや結核など昔から広く知られているもの、一般にはあまりなじみのないもの、最近騒がれるようになったSARS、エボラ出血熱、もちろんCOVID-19など、幅広い疾患を網羅しているが、いずれも自然界で複数の動物のあいだに感染サイクルを持ち、動物から人間に感染する疾患「人獣共通感染症」であることは共通している。

このような感染症の病原体は自然宿主のあいだで、つまり本来の居場所で循環していれば、それほど困ったことはない。自然宿主でない人間や家畜に感染したとき、問題が発生する。そこに感染拡大の原因解明、さらには抑制や予防の鍵がある。

なぜこうした病原体が自然の循環からはずれて、人間と接触するようになったのか? 原因は開発や気候変動による自然宿主の生息域の縮小や変化、農業・畜産業の大規模化、グローバル化した経済、貧困と都市問題などに求められる。こうした問題は科学技術的にのみ解決できるものではなく、社会・生態システムへの総合的なアプローチが必要となる。しかし科学者や技術官僚たちは、往々にしてそのようなやり方を嫌う。技術的解決のみを求めた結果、問題がより大きくなったり、一つの問題を解決してもまた新たな(たいてい元よりも厄介な)問題が発生することもあるのだ。

ウォルトナー=テーブズのこうした科学技術観は、ソ連のスターリン政権から亡命してきたという家族の記憶に育まれたものかもしれない。本書の中でスターリン政権について著者は「上意下達の科学テクノクラートによる解決法の究極形」、ナチス・ドイツに対しても同様に「イデオロギー主導の、建前としては冷静な科学を追究していた」と辛辣に評している。ネパールの官僚が、著者たち外部の科学者に対して抱く疑念は理解しながらも、その政策はやはり間違っていると断ずる。これら上意下達のテクノクラシー的なやり方の対極に、著者が説く解決策がある。

感染症対策に戦争の比喩を使う人がいる。人獣共通感染症と戦争をして根絶することはできない。勝利したと思っても、根本的な原因が放置されていれば新しいものが出現したり、別の場所に思いがけない形で発生したりする。対策は病原体との戦争ではなく、和平交渉のように休戦状態を作り出すものかもしれない。調査研究によって病原体の言い分を聞き、自然宿主から人間社会へと侵攻した原因を突き止め、再び本来の居場所に戻すとともに人間の側でも相手の領域を侵さないようにする。獣医師・疫学者として世界各地の最前線で人獣共通感染症の調査研究に携わってきた著者は、優れたネゴシエーターであり、本書は交渉の記録なのだ。

夏ごろにいったんは落ち着いたかに見えたCOVID-19の感染者数は再び増加に転じ、このあとがきを書いている2020年の晩秋から初冬には、流行の第三波ではないかと言われ始めていた。現時点ではいつどのようにして終息するのか、先の見通しは立たない。しかし、何らかの形で必ずパンデミックは終わる。そのとき、黒死病がヨーロッパの政治、経済、文化を変容させたように、世界の形が変わることはおそらく避けられない。どうせ変わるなら少しでもよいほうに変えたいものだ。そのためのヒントがここにある。

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