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時間軸で探る日本の鳥―後書き(江田真毅)

 「え!?これでおしまい?」「コウノトリやトキの野生復帰の話が読めると思ったのに……」とご期待に添えなかった方には申し訳ない。本書は副題に「復元生態学」を含む。しかし、その主眼は植物を主たる対象として群落や生態系の再生・修復を目指す最近の「復元生態学」に関する鳥類の研究例・実践例の紹介とは一線を画す。

 詳細は前書きに譲るが、鳥類の過去の様相を復元するためのプロセスと、日本列島における最新の知見──つまり、鳥類個体群の再生・修復を目的とした「復元生態学」のための基礎となる研究──の紹介こそが本書の目的であった。

 これまでも生物学で研究されてきた化石や近年の鳥の観察記録、遺伝的情報に加えて、考古学資料や絵画資料、文献史料も駆使することで地質時代から先史時代、歴史時代、そしてここ数年~数十年の鳥類の様相が復元できる。これらの情報は今日の鳥類相の歴史的特徴を明らかにするとともに、未来の鳥類相の予測にも役立つ。

 日本では花粉分析や歴史資料に基づいて植物相の変遷をまとめた研究があるものの、過去の動物相の変化を対象とした研究はほとんどなかった。これに対して、海外では古環境とそこに生息していた鳥類相を推定する多様な試みがなされている。

 例えば北アメリカに西洋からの移民が到達する以前の環境を復元し鳥類相を推定した研究や、人類がミクロネシアやポリネシアの島々に移住して以降に起こった鳥類相の変化を復元した研究、イギリスにおける過去1万5000年間の鳥類相を復元した研究などがある。

 このうちの最後のもの、『The History of British Birds(イギリスの鳥類史)』は本書の成立にも大きな関わりがある。本書の執筆者のほとんどが2017年からおよそ一年間かけて札幌で実施したこの本の輪読会の参加者からなるため、そしてこの本を読み進めるうちに沸きあがった「日本の鳥についてもこのような試みをやってみたい」という熱い気運が本書の企画につながったためである。

 『The History of British Birds』の著者は鳥類学者のデレック・ヤルデンと動物考古学者のウンベルト・アルバレラである。考古学資料による当時の鳥類相の復元を主眼とした同書の序文で、著者らは「鳥類学者に考古学的情報の幅広さを知ってもらうとともに、考古学者に埋もれがちな鳥類骨の情報の重要性を知ってもらう」ことを目的としたと述べている。考古学者の持つ遺跡から出土した鳥類の情報は、鳥類学者にとって過去の鳥類相の復元の鍵となる。

 一方、考古学者は鳥類学者の復元した情報を加味することで、過去の人類の生活についての理解をより深めることができる。同じことは日本の考古学資料や絵画資料、文献史料についても言えるだろう。同じ資料・史料を鳥類学の視点から調べることで新たな知見が期待できる。またその情報はもともとそれらの資料・史料を扱っていた学問分野に新たな意味付けや可能性のフィードバックをもたらすと期待される。

 幸いにして鳥類の歴史への興味・関心をキーワードに集まった『The History of British Birds』の輪読会には、古生物学、分子生物学、考古学、民俗学、歴史学、鳥類学、生態学と多様な専門性を持つ参加者が含まれていた。それぞれの専門分野について研究のプロセスと日本列島における最新の知見の紹介をお願いした本書は本家『The History of British Birds』に勝るとも劣らない、充実した内容になったと自負している。

 またこのような多様な分野の研究者が一堂に会して各々の資料・史料・試料から得られる鳥類の歴史についての知見を披露した本書の企画は、特に私を含む(?)若手研究者にとって隣の研究領域を眺めるとともに自身の研究分野の長所と短所を見つめ直す契機になったのではないだろうか。本書を手に取っていただいた皆さんにも鳥類の時間的な変化と、その研究の奥深さを実感いただけていれば望外の喜びである。

 本書の執筆にあたって、以下の方々からのご協力をいただいた。
植村慎吾氏(バードリサーチ)、
長沼孝氏(北海道埋蔵文化財センター)、
宮城県図書館、渡辺順也氏(ケンブリッジ大学地球科学部)
(順不同・五十音順)

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