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きのこと動物―はじめに

 本書は1989年に出版された「きのこの生物学シリーズ」のひとつ『きのこと動物──ひとつの地下生物学』に新規の章を加えた新訂版である。

 この本はどこから読んでいただいてもよいが、構成は次のようになっている。

 1~3章では、動物ときのことの関係を〈食う・食われる〉の観点からみる。菌食の意味やきのこの見方について議論を深めたい。その中の2章では昆虫と菌類の共生もあつかう。ここであつかうほかにも共生現象は存在するけれども、その菌類は「きのこ」の範囲をはずれるのでふれない。同じ理由で、水生動物と菌類との関係にもふれない。かといって、「きのこ」の範囲をはずれることをすべて排除したわけではない(4~8章についても同じ)。この、本書の前半部分は、元来私の関心外だったので、消化不良のところがあると思う。

 4~6章では、動物の生活の後始末、すなわち排泄物や死体の分解と菌類との関係をみる。4章2節以降6章の終わりまでは、ほとんど私自身の研究紹介のようになる。その部分は、1965年以降に見出されたことで、私の研究以前にはほとんど知られざる世界であった。素朴で、19世紀までにわかっていてしかるべき話ばかりだと思われるかもしれないが、これが菌類をめぐる学問ないし地下生物学の現実である。ひとつの菌類生態学的研究がどのように行なわれたかもみていただけるのではないかと思う。

 7章では、複雑にからみ合う自然を、共生、菌食、窒素などの面から再度のぞいてみる。力不足ではあるけれども、生きものはいうにおよばず倒木や糞にいたるまでの、すべての存在の尊さを感じとっていただけるのではないかと思う。ヒトの影響についてはふれないけれども、ヨーロッパではそれによって絶滅に瀕している菌類があるという議論が起こっている。

 7章までのごくおおまかな輪郭は「きのこの生物学シリーズ」の監修者小川真氏によって示唆された。章の見出しのうち、「けものときのこ」と「昆虫ときのこ」は同氏の言葉そのままである。ほかの章は氏に示唆されたものよりふくらんだり、新設されたりしている。

 登場する生物のうち、重要なものやまぎらわしいものには学名を添えた。索引の便のためでもある。和名は、使用例が見つかり次第それを用いた。とりあえず仮称をつくった場合もある。

 文献は原典に当たってそれを引用すべきであるが、総説や解説をみることですませたところがある。「文献は原典に当たれ」と自らも言っておきながら面目ない。

 間違いや誤解があると思う。御指摘いただければ幸いである。


 新訂版刊行にあたっては、旧版の明らかな間違い、文章のぎこちないところ、誤解をまねきやすいところなどを直した。学名は基本的になるべく現行のものに変えた。ただし、「接合菌」「不完全菌」というまとめは残した。1~3章については、その後の研究の進展を追跡していなかったので、改訂はできなかった。4章以降の、自分の専門のところは補足したいことがたくさん生じていて、それらは「補記」として各章末にまとめた。それでも、すべての展開を紹介できたわけではない。登場者の所属などは当時のままにしてある。

 8章として、旧版刊行後に発表した短篇のいくつかを加筆・修正のうえ収載し、また新稿一篇を加えた。「菌類生態学 考」は、当時の雑誌の編集者から「菌類生態学とは何か」という理解しがたい課題を与えられ、苦しまぎれに書いたものである。「ヒトと発酵──『ジュースパン』」は私と酵母との淡いかかわりである。「きのこと動物」という主題の中では取りあつかわなかったけれども、ヒトは菌類を利用する。そして発酵に出会ったときに、不思議な力が生ずる。そのことにふれたかった。故上田俊穂氏追悼記事は、本書の相当部分を占めるナガエノスギタケ研究が、いかに他人(ひと)様の支援を受けたか、また難所でも行なわれたかを知っていただきたくて収載した。「モグラは森の生物だ」は、きのこ─モグラ学(きのこを手がかりにしたモグラ研究)から生まれた私のモグラ観である。新稿「鑑識菌学への試み──チベットかぶれのなれの果て」は、新訂版のあとがきのつもりで書いたものである。

 引用文献の追加分は巻末にまとめ、旧版につづけて通し番号をつけた。したがって、著者名のアルファベット順は追加分で独立している。

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