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樹盗―訳者あとがき

原生林を開拓してきた生き物は人間しかいない。原生林を聖域のように保護してきたのも人間だけだ。

森の恵みをていねいに引き出してきた先住民からの略奪以来、北米大陸の大地にはこの両極端の歴史が刻まれている。

かつてそこにあった仕事が消え、生存の場を失った人々もいる。彼らに残された最後の選択が「樹盗」だった。

本書には、盗伐とのさまざまな関わりをもった人々が登場する。巨木を伐る者、守る者─。あらわれ方はまったく違うが、森の仕事へのこだわりを生き抜いている点では変わらない。

著者は「あとがき」で、こうした森への執着は最終的に帰属の問題なのだと書いている。帰属とは一見つかみどころのない言葉だが、「所有」と比べるとわかりやすい。

大規模開発や、持続不0 可能な自然保護を推進する人々にとって、森林は国家や資本家の所有物であるかも知れない。しかしそこに貼りついて生活する者にとっては、つねに物心両面の支えであり、拠り所となっている。こうした存立基盤や精神風土への思いが、とりもなおさず「帰属」の意味である。

本書は森と人と仕事の根源的な結びつきをとらえ、盗伐の問題に深く斬り込んでいる。

まず第1部「根(ルーツ)」では、禁猟や自然保護で土地利用を禁じられた者たちの抵抗が盗伐の始まりだったと述べている。第2部「幹(トランク)」では、失業から薬物依存へ、地域崩壊へと、ネガティブ・フィードバックを絵に描いたような社会構造が展開する。さらに第3部「林冠(キャノピー)」では、アマゾンの熱帯雨林と米国、そして世界をむすぶ木材闇市場の実態が暴き出される。

重苦しい描写ばかりではない。町ぐるみで金策に励み、「ピーナッツ・コンボイ」へと立ち上がった素晴らしきトラック野郎のロガーたち。全身サーモンに扮して北カリフォルニアの川を下り、密漁者たちに奇襲を仕掛けるレンジャー。天然殺虫成分に卒倒してまで違法木材を追い詰める化学者─。彼らの命がけの攻防を物語るエピソードは、原生林の呼び声をそのままに抱き取った躍動感がある。

口承史家でもある著者リンジー・ブルゴンは、こうした人物群像へのインタビューと現場取材を積み重ね、盗伐の真実を明らかにしていく。その長い旅へと著者を駆り立てたものは、地元ブリティッシュ・コロンビア州で盗伐を目撃した原体験から来る、素朴で生々しい問いだった。


レッドウッドの森の圧倒的な美しさに囲まれて暮らす人が、なぜその森を愛しながら同時に殺すこともできるのか。


「帰属」というキーワードは、こうした疑問への答えでもある。そしてこの答えに行き着くまでの検証は、西海岸原生林の95パーセント喪失という、法外な代償を支払って人類が手にした教訓への旅でもあった。

本書が一面的な社会批判や、単なる犯罪ルポではないしるしに、著者はオルタナティブな林業のあり方として「コミュニティ・フォレスト」にも注目している。これは地域住民が担い手となり、自らの森林を守り育てていく活動であり、新しい森づくりによる雇用創出の提案といえる。

さらにこうした全体構成を私たちが知ることによって、扉辞に引用されたレイモンド・ウィリアムズの「われわれは人と大地の働きを分かつことができない」という意味の一行は、本書のテーマをこの先も長きにわたって見照らす灯台のような存在感を放つこととなる。


北米の原生林は、いまも皆伐され、盗伐され続けている。森林認証のための書類が捏造され、市場に出回る膨大な木材についても、本書では具体的な数字をあげて指摘している。また日本では、北米から輸入される木質ペレットが非効率なバイオマス発電の燃料となっている。FIT制度を通じて、これには一人ひとりの電気料金が使われている。近年ではペレット需要に供給が追いつかず、端材ではなく丸太をペレットにしている現状もあり、森林伐採サイクルを加速させることによって、CO2を余分に排出している。そもそもバイオマス発電とは、生態学が本来定義するバイオマスの意味を偏狭に転用した行政用語だ。「バイオ」や「カーボンニュートラル」といった響きが、まるでどんな場合にも生態系と調和するかのような誤解すら助長しかねない。

こうした一例を見ても、自然破壊の少なからぬ部分は、皮肉にも自然に対する私たち一人ひとりのオブセッションが呼び水となっている。誰もが原生自然に、生物多様性に、地球生命圏に、もはや完全には満たしようのないこだわりを押しとどめながら生きている。再生に向けて、この意識を正しくセットし直すことが将来世代に対する現代人の務めである。

樹木を愛することは、木材と林業の置かれた厳しい状況への責任をともなうことも忘れてはならないだろう。ただでさえグローバル・サプライチェーンを通じていつでも木材製品を取り寄せ、木への愛着を満たせる私たちにとって、「樹盗」は限りなく身近な行為なのだから。

(後略)

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