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太陽の支配―はじめに

星のかけら

 米国大統領、行方不明事件──1984年4月24日の午前、ロナルド・レーガンは大統領専用機エアフォースワンで太平洋上を飛んでいた。ホノルルのヒッカム空軍基地を離陸したのち、グアム経由で趙紫陽首相と会談を行なう中国に向かうところだ。だが機上の執務室でワシントンにいる補佐官と話している最中に、突然、回線が途切れた。エアフォースワンと外界との通信チャネルはすべて遮断されたと、パイロットが言った。世界最強の人物が1時間以上にわたって音信不通に陥った。

 ソ連を責めてはいけない。彼らも同じく通信障害に手こずっていたのだから。だが大統領専用機のパイロットは十分に経験豊かで、何が起きているかをしっかり把握できていた。責められるべきは1億5000万キロメートル離れた太陽だった。太陽の表面で黒点が帯状に連なり、その長さは28万キロメートル以上、なんと地球の直径の20倍以上にもなっていた。活動領域4474に指定されたその発光領域は、すでに何日も前から天文学者たちの詳しい観測対象だった。観測する目は数多く、カリフォルニア州のウィルソン山天文台にある太陽塔望遠鏡、アリゾナ州のキットピーク国立天文台にある太陽観測塔、ニューメキシコ州のサクラメントピークにある太陽観測施設、世界中のいたるところに設置された電波望遠鏡、地球周回軌道を巡る衛星、数千人もの裏庭アマチュア天文家、といった具合だ。その太陽活動領域には電気エネルギーと磁気エネルギーが蓄積されて、フレアと呼ばれる巨大爆発現象が起きており、強力な電磁波の放射、非常に稀な白色光フレア、そして観測史上最強のX線放射が見られた。11年という通常の太陽活動周期に沿って、それまでの数年は太陽表面の活動が弱まったのだが、再び劇的に活動を活発化させていたのだ。

 天文学者たちの観測によれば、活動領域4474は数十億メガトンの水素爆弾に相当する爆発によって太陽大気を摂氏数千万度の高温に熱し、1兆キログラムものガスを宇宙に放出していた。放出されたガス雲がそこに封じ込められた磁気エネルギーとともに地球に達し、その磁場が地球の磁場を攪乱して、いわゆる磁気嵐を引き起こしたために、無線通信のブラックアウトが発生したというわけだ。

 だがその程度のエネルギーは、人間の尺度で考えれば巨大なものであっても、太陽が放出しているエネルギー全体から見ればほんの小さなゆらぎで、太陽がたった100分の1秒間に放出する量にすぎない。それでも、そのエネルギーのすべてを地球上でとらえることができたなら、人類が必要とするエネルギー1万年分を確保できてしまう。太陽のことを知ると、私たち人間が求めているエネルギー、そして手にしているエネルギーの量など、どれだけちっぽけなものかと思い知らされるばかりだ。

 活動領域4474のフレアは、太陽活動周期のピークだった1980年から地球を周回していた人工衛星ソーラーマックス(SMM)によって観測された。SMMには最先端の太陽観測機器が搭載され、なかでもフレアとその放射総量の観測に重点が置かれていた。興味深いことに、最初の5年間のデータによれば太陽はゆっくりと暗くなりつつあり、わずかではあるが1年ごとにはっきりした割合(0.02パーセント)で明るさを失っている。これについては頭を悩ます天文学者もいて、太陽はずっと暗くなり続けるのか、あるいは周期的な現象にすぎず、また少しずつ明るくなるのか、疑問の余地があると考えている。ロケットと気球による観測結果も活動の衰えを示し、さらに謎が深まっている。

 通信障害が起きた4月のはじめには、スペースシャトル・ミッション-CがSMMに到達し、修理を済ませていた。SMMはミッション開始後まもなく故障していたので、宇宙飛行士たちは史上はじめて宇宙空間で衛星を捕獲し、シャトルの貨物室に引き入れ、修理を完了させてから再び軌道に戻したのだ。さいわい、シャトルは4月13日に地球に帰還したため、太陽表面の巨大爆発によって乗組員が危険にさらされるという問題は回避することができた。ただ──その当時は重要性がはっきりわからなかったのだが──帰還後の検査で、そのスペースシャトルには「右側ノズル接合部でのプライマリOリングの摩耗」とされる現象が起きていた。2年後、そのシャトル「チャレンジャー号」は、右側固体燃料補助ロケットのOリングの破損によって爆発を起こし、乗組員の命が奪われることになった。そのミッションの機長ディック・スコビーは、SMMを修理したミッションにも乗組員として搭乗していた。

 人類は太陽の気まぐれによって生まれた。大統領も太陽の前では力をもたず、地球周回軌道を巡る宇宙飛行士は太陽に比べていかにも弱々しく、つねになすがままだ。太陽が放つ力に応えて地球は震え、揺れる。太陽活動のわずかな変化が地球を温めたり冷やしたりし、気候帯を動かし、緑豊かな大地を砂漠に変え、文明の運命を、おそらく私たち人類の運命も含めて、変えてしまう。

 では、太陽はいったいどこからやってきたのだろうか。そして、どれくらい長く燃え続けるのだろうか。

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