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豆腐消費量上位の岩手で挑む「豆腐の目利き」という生き方。

鈴木光太さん(37)が経営する「一恩いちおん」は豆腐の移動販売店。岩手県をはじめ沖縄県、高知県、東京都など5地域12社から、自分の舌で確かめた手づくりの豆腐や納豆、厚揚げなどの大豆製品、ところてんのような季節商品も含めて約100種類取り扱っています。毎年の豆腐消費量が全国でも上位に位置する岩手県で〝豆腐の目利き〟として活動する鈴木さんにお話をうかがいました。

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品出しをする鈴木さん。
商品は200円の木綿豆腐から800円のざる豆腐までさまざま。
豆腐は賞味期限が短いため「仕入れのタイミングは重要」。

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社名の「一恩」は「一言芳恩」という四字熟語に由来。
ひと言でも声をかけてもらったことを忘れずに感謝する、という意味。

木綿・絹ごし豆腐など定番から
スイーツ系や健康補助食品まで

鈴木さんは新聞販売店に正社員として勤務しています。
起床は午前1時。
30分後には出社し、まずはチラシの折り込み作業。終わると、配達員14人がその日に配る部数ごとに束ねます。これらの作業を終え2時30分には配達を開始。
配達地域は盛岡市津志田町。市街地に近く、マンションやアパートも立ち並ぶ住宅街です。多いときは一人で300戸を担当。雨の日も雪の日も関係なく配達にはバイクを使用し、3時間半ほどかかります。
帰社は6時。帰宅し休憩を挟んで、商品の整理や仕入れを済ませると出店先に赴き、開店に向けて準備を整えます。
この日は、岩手県矢巾町にあるショッピングセンターアルコ前。
豆腐屋さんのラッパの音が開店の合図です。
移動販売車の運転席上部にあるスピーカーからは「とーふー」の音色。
「懐かしい音がしたから」
品出し作業をしている隣に、おばあちゃんがやってきました。
棚には、県内外の手づくり豆腐や納豆、厚揚げなどが、常時30点以上並びます。定番の木綿、絹ごし、寄せ豆腐から、ガトーショコラのような味わいの「生チョコとうふ」や、卵の代わりに豆腐でつくったマヨネーズ「豆マヨ」などのカロリーオフ商品、ノンアレルゲン商品まで多種多様な品揃えです。

庶民だけでなく大名の食卓も潤した豆腐
豆腐発祥の地は中国。遣唐使の僧侶などが日本へ伝えたとされる。
当初は僧侶の間で精進料理として食べられ、次いで貴族社会や武家社会に普及。室町時代には全国に広まった。
江戸時代初期には豆腐は贅沢品で、幕府によって製造も食べることも庶民には禁止されていた。禁令が解かれると価格統制の重要品目として、贅沢品から一転し安価で供給される。
豆腐が庶民の食卓に浸透した江戸時代後期1782年に、豆腐料理100品を掲載した「豆腐百珍」が刊行され、爆発的な人気を博す。
この頃、各藩は深刻な財政難で、大名の献立にも豆腐は多く取り入れられた。越後長岡藩主・牧野忠敬まきのただたかは豆腐半丁をおかずに5年間を過ごし、財政建て直したという。

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宮城県亘理町のマルト食品(株)の商品。
阿武隈山系の良質な地下水に地元産の大豆、にがりを使用し製造している。
写真中央の「湯葉重ねとうふ」は、凝固剤を使わず湯葉からつくった豆腐。
わさび醤油を付けるのがオススメの食べ方。

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岩手県一関市にあるりかちゃん工房の
「豆腐の味噌漬け」はチーズのような味わい。
41歳から地元豆腐店に弟子入りし、
コシがある昔ながらの豆腐づくりを継承する千田里香さんが経営する工房。

味が想像しやすい説明と
他にない商品選びを重視

お客さまとの会話は、好みを知るところから始まります。
「どんなのが好きなの?」
「やわらかい方がいいわ」
「じゃあ、絹ごしか寄せがいいね。これは豆の味が濃いよ。こっちはさっぱりしてる」
お客さまに伝えるときは「自分で食べた感想や、煮るとおいしいよ」など、味や食べ方が想像しやすい言葉を心掛けています。
「製法や大豆の品種を話しても、商品のよさは伝わりません」
商品選びでも「伝わりやすさ」を大切にしています。
ネットやSNSで探しますが、判断基準は「見た目」。素朴で、すぐに豆腐とわかる包装を選んでいます。理想の商品が見つかると、全国どこでも注文し、まずは自分で試食。
味も「伝わりやすい」ものと決めています。スーパーにある大量生産品とは、明らかに味が違うものを選ぶのです。
「いわれれば違う」や「食通ならわかる」ような違いでは「自己満足でしかありません」。
小さな工房でつくられた豆腐は、工場の大量生産品より価格が高めです。卸値もないので、鈴木さんは送料を支払って販売価格で仕入れます。
だからこそ厳しい商品選びは、普段より奮発して買ってくれるお客さまへの誠意に他なりません。
絹ごし豆腐と厚揚げを袋に入れ、おばあちゃんにしっかりと手渡します。
「ありがとうだよ」
ゆっくりした口調で言い、その背中を見送りました。

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岩手県八幡平市の(株)ふうせつ花の
「豆乳どぉなつ」と「卯の花ドーナツ」。
その他、杏仁豆腐や豆腐プリンなどデザート系も充実。

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(株)ふうせつ花のおぼろ豆腐。
黄豆、緑豆、茶豆、黒豆の4種類があり、
それぞれにほんのりと豆の色が残る。

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新聞販売店と豆腐屋さん、就業者と雇用主の
「二足のわらじ」は「自分にとって重要なこと」という。
ひと所にいては出会えない人やものに接する機会や
人を雇い、気持ちよく働いてもらうためのヒントを得ることもある。

豆腐消費量上位の岩手で
豆腐を移動販売する理由

鈴木さんが「一恩」を始めたのは、2020年7月。事業計画を立て、販売車の購入や商品の仕入れなど、約2カ月の準備期間を経て開業しました。
2020年の家計調査で豆腐購入金額が全国1位になった盛岡市を含む岩手県は、毎年、豆腐消費量ランキング上位に位置します。対して、スーパーに並ぶ豆腐の種類は、決して多くはありません。
「材料や製法が特別なもの、全国の珍しいものなど、もっと多様な種類が提供できれば、喜ばれると思いました」
製造方法や素材の大切さなど、豆腐については一から勉強しました。
「作り手と話すときに知識がないと、信用してもらえず、取り引きさせてもらえません」
10社以上からおよそ30種類のサンプルを取り寄せ、最初に仕入れたのは沖縄県那覇市のひろし屋食品(株)の商品でした。
前述の家計調査では盛岡市に次いで2位の那覇市。
豆腐を炒めるチャンプルー料理や固まりきる手前のふわふわした豆腐をかつお出汁や塩、醤油で味つけしたゆし豆腐汁など、独自の豆腐文化が花開く沖縄県には東北とは違ったさまざまな豆腐料理があります。
「一恩」で扱うのは、炒め物に使いやすい固さで豆の味が強い島豆腐やゆし豆腐、大豆の代わりに落花生でつくる、もちもちでほんのり甘いジーマーミ豆腐など、岩手県では滅多に手に入らない豆腐ばかり。
県内からは、盛岡市清水町で長年営む藤村豆腐店の木綿、絹ごし、寄せ豆腐を仕入れ、スタンダードな商品も充実させました。

塩の道は食の道
豆腐の原材料は、大豆、水、そして「にがり」。
海水を使った塩づくりの副産物であるにがりは、豆乳を凝固させる重要な役割を果たす。
豆腐は山のもののようでいて、海の恵みがなくては完成しない。
このにがりを山間部にもたらしたのが「塩の道」である。
塩づくりが盛んだった沿岸北部から山間部を経て盛岡へ続く「いわて塩の道」は、江戸時代から、塩が専売制となり製塩が廃止された明治時代後期まで使われた。
「塩一升、米一升」。米と同じくらい、大切に扱われてきた塩。
沿岸の人々は、全長約110キロの悪路を牛を使って7日間かけて運び、藩都・盛岡で米、豆などの穀物と交換し持ち帰った。
「塩の道」は、内陸と沿岸、どちらにとっても重要な「食の道」だった。

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出来たての豆腐をすのこで巻き、茹で上げる飛騨地方の「こもとうふ」。
スが入っていて、弾力のある食感。
全国放送のテレビ番組で紹介され、
人気の「あげづけ」も「一恩」で扱っている。
製造は岐阜県高山市の(株)古川屋。

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手書きの値札を貼るところ。手前には棚、奥には在庫がしまわれている。

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地元有田産のゆず果汁と南高梅をつけた梅酢を白しょうゆにブレンド。
「豆腐に合うんですよ」と鈴木さん。
和歌山県湯浅町の湯浅醤油(有)の商品。

小さな善意にも感謝を忘れず
「一言芳恩」でつながるご縁

まずは岩手県矢巾町の自宅周辺から訪問販売を開始。
「コロナ禍で外出を控える傾向にあるお客さまの元へ、自分が伺おう」と選んだ移動販売でしたが、同じコロナ禍という理由で知らない訪問者は怖がられました。
それだけでなく「いらないけど断れないお客さまもいて、そういう方は話していて表情が暗くなっていくんです。その顔を見るのが辛くて」。
自宅周辺で訪問できる場所が少なくなり販売地域を拡大しますが、売り上げは伸び悩み、事業は暗礁に乗り上げたかに思えました。
転機は矢巾町ココテラス内にある「カフェOjaccoおじゃっこ」からの連絡。移動販売中の車を見かけて、興味を持ってくれていたといいます。メニューの材料として豆腐を大量に購入してもらい、ココテラスやショッピングセンターアルコでの出店を後押しもしてもらいました。
平日は曜日ごとに薬王堂盛岡都南店・紫波日詰店、ショッピングセンターアルコ、紫波町役場などに出店、イオンタウン釜石や地域のイベントなどの催事に呼ばれることもあります。
「お客さまの都合のいい時に来てもらえる」体制が整ったので、今は特定の地域を車で走るような移動販売はしていません。

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経木きょうぎで包む下仁田納豆。
均等に蒸すのが難しい大粒大豆がふっくらと仕上げてある。
群馬県下仁田町の(有)下仁田納豆から仕入れている。

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東京都あきる野市のたかさん豆腐店の絹ごし豆腐(写真中央)。
2018年全国豆腐品評会関東大会絹部門で金賞を授賞した。

高齢化・後継者不足問題から
小さな豆腐屋さんを守りたい

最近の小さな子は豆腐屋さんのラッパの音を知りません。
「この音なあに?」と大人にたずねる姿を何度も目にしました。
生産量や消費量に大きな変化はありませんが、豆腐店の件数は1960年の約5万件をピークに年々減少しています。スーパーなど大型店での大量販売が増え、ある程度の事業規模がないと経営が難しくなったことなどが要因です。
厳しい状況に追い打ちをかけるように、小さな豆腐店では高齢化や後継者不足が問題となっています。
最初に取り引きを始めた盛岡市の藤村豆腐店もその一つ。
1952年創業の老舗を切り盛りするのは76歳のご夫婦です。技術や経験が豊富にあり、おいしい豆腐はつくるけれど、販売先を見つけることは「難しくなっています」。
催事で訪問した岩手県釜石市では、後継者がおらず町の豆腐屋さんがなくなってしまいました。
自分が販売役を担うことで売り上げが上がったり、多くの人に知ってもらえれば「存続の危機に直面する老舗店が長く経営でき、後継者が見つかるかもしれない」と鈴木さんは話します。
移動販売は「車1台でどこにでも行ける」ので、市町村だけでなく県を跨いだ販売も比較的容易です。
取り引き先の開拓にも余念がありません。
まだ取り扱いのない北海道や九州の豆腐を、今は探しています。
寄せ豆腐や田楽など食文化として豆腐が根付く岩手ですが、おいしい豆腐づくりに励む豆腐屋さんは県外の各地域にも存在すると知っているからです。
「自分で選び抜いた日本全国の豆腐を『一恩』で扱いたい」
鈴木さんの夢は、広がります。

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鈴木 光太(すずき こうた)
一恩代表。
1984年、岩手県盛岡市出身。矢巾町在住。
(有)鈴木新聞店で正社員として働きながら、
2020年に副業として「一恩」を開業する。
web:
https://www.ichion.jp/
Instagram:
https://www.instagram.com/lingmu7954/?hl=ja

編集後記
お店の前を通りかかった女性が荷物を落とすと、すぐに走り寄って拾う手伝いをされ、接客のときもお客様の目線の高さに合わせて、長身の身体を屈められます。
鈴木さんは「接客が好きだから」と照れたようにおっしゃいます。
接客が好きということは、人が好きということ。
鈴木さんの接客に対する姿勢にはそんな温かみが感じられました。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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