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動き、湿度、匂い――技と感覚で、微生物が生み出す一期一会の色に寄り添う。

藍染師の佐々木龍大さん。町家が並ぶ岩手県盛岡市の鉈屋町に構える工房で、正藍型染しょうあいかたぞめに取り組んでいます。正藍とは自然の素材と酵素だけを頼りに建てた藍のこと。「光を弾くような透明感のある色味と色持ちのよさ」が特長です。染め物の道に入って20年。化学薬品で染めるインディゴ染めを手掛けた時期もありましたが、2018年に工房に藍を建て、現在は専業にしています。日々変化する正藍に魅了され、手業の研鑽に励む佐々木さんにお話をうかがいました。

岩手県盛岡市鉈屋町の工房。もとは熱帯魚ショップだった。
正藍型染めののれん。麻の質感が柄と相まって涼やか。「本染」とは正藍染めのこと。
ギャラリーには作品を常設。布地は「麻や木綿でざっくり織ったものが好み」という。
チェックの浴衣とペイズリー柄のはんてん。洋のテイストが、和装をカジュアルにする。

正藍染めとは
藍の葉を発酵させたすくもと広葉樹の木灰、水を混ぜて、二次発酵させた染液を使う、発酵に特化した藍染め。こうした建て方を「地獄建て」とも呼ぶ。室町時代から続く古来の技法で、1年以上染め付けができる寿命の長さが特長。

藍の葉を100日かけて発酵させた蒅。佐々木さんは三重県と熊本県産を使用。

ジーンズに導かれた藍染の道

Levi's501は何本履きつぶしたか分かりません。
ジーンズが好きで藍染の道に入ったのは25歳のころ。
どのような作業をするのか。大学卒業を控え、見学のために訪ねたのが、盛岡市内にある藍染工房。職人の仕事を見ていると当時の社長に声を掛けられ、そのまま面接。2週間後には採用通知が届きました。
「言葉で教えていただくこともありましたが、見て盗むことも多かったです」
染めや型を彫る先輩たちの動作を、自分の作業をしながら観察しました。奥州市の型染め工房へ研修に行ったときは、のりを置く職人の「膝を見ろ」と社長からいわれたこともあります。
手仕事は肌に合っていて、藍建てから、型づくり、染めまで「作業を覚えるのは早い方でした」。佐々木さんのために社長が自ら染めてくれた印ばんてんに腕を通したときには、藍染職人の末席に加えてもらえたようで「感動しました」。
工房の温度や湿度、匂いが、今でも脳裏にしっかりと残っています。工程や動作だけでなく、五感でも多くのことを学んだ1年半でした。

佐々木さんの藍瓶。農家さんが育苗で使う保温機を使い、20℃程度に保つ。
手前から発酵期間1年、6カ月、2カ月。
染め時間は同じでも、仕上がりは違う。薄い色ほど、長い発酵期間が必要。
瓶から出してすぐは緑色。空気に触れ、酸化して青みが出てくる。

染液も染め物も使い込むほどに美しくなる

退職後は、水で溶くだけで染められるインディゴ染めで独立。Tシャツを染めて雑貨店に置いてもらったり、ワークショップの依頼や染め直し、服飾デザイナーからの注文などが主な仕事でした。
鉈屋町に工房を持ったのは2017年。
インディゴ染めを10年以上手掛ける中で、光を吸うような顔料特有のマッドな色や半年で褪せる色持ちへの違和感が湧きました。
「最初の工房で触れた藍染の美しさが、目の奥に残っています。憧れは年々強くなりました」
空気に触れ、酸化することで青くなる藍染は、150年以上前の着物が鮮やかな色で現存しているほど色が褪せにくいもの。日光に当たると藍液に含まれた灰汁が浮き上がり、洗えば灰汁の赤みが抜けて、青色が増します。
「使い込むほど、美しくなっていく。染めるからには、長い伝統を引き継ぎ、いいものを作りたい」
2018年、栃木県で正藍染めを学び、実践。2020年にはそれまでの仕事をすべて辞め、正藍染めに専念します。

藍を建てる
藍に含まれる青色色素インディゴは不溶性。通常、草木染では植物の色素を煮出して染液にするが、藍は煮ても染液にならない。インディゴを水に溶かし染液にすることを「建てる」という。建て方には、蒅の中の微生物に頼る伝統的な「発酵建て」と苛性ソーダやサルファイトなどの還元剤を使う「化学建て」がある。ブドウ糖、糖蜜などの糖類も還元剤と同じ働きをするので、佐々木さんは用いていない。

工房の全体。元は熱帯魚ショップだった。
発酵に不可欠な微生物が好むため、藍液は強アルカリ性。
肌を傷付け、爪さえも溶かして柔らかくする。
爪をよく見るとしわが寄ったり、へこんだりしている。

健康に老いて品格ある色「瓶のぞき」を目指す

1つの瓶を建てるのに必要な蒅は30キロ。
最初は蒅と灰汁をこねて、杵で数時間つきます。翌日以降、瓶に入って足でよく踏み練る。細かくすりつぶすことが、活発な発酵につながります。20℃程度に温め、水温を保って数日間、静かに発酵を待ちます。
「初めて教わったときの工房の雰囲気、湿度や匂いを思い出しながら建てます。すると、失敗しないんです」
微生物のつくり出す酵素で染める、佐々木さんの藍は生き物。
瓶の中で織りなすその一生には、人間と同様に、その時期でしか出せない色味があります。
土のような匂いを発し、一瞬で白地を紺色に染める青春期から、匂いはなくなり瑠璃紺色に落ち着く壮年期を経て、高い秋の空を思わせる澄んだ水色へと昇華します。この水色を「瓶のぞき」といって、健康に老いて、品格を失わない最晩年の色です。
どんな藍でもたどり着けるとは限りません。
「朝、工房に入ったときの匂いで、調子が分かります」
天気がよく作業がはかどりそうな日でも、藍の機嫌が悪ければ予定を変更します。一日として同じ状態の日はありません。
「『同じもの』はつくれません。せいぜい『近いもの』。毎日違うところが人間と似ていて、愛おしい」
現在、工房には、建てたばかりのもの、半年、1年と大きな藍瓶が3つ並びます。染めたい色に合わせて、使い分けるためです。

工房の向かいは大慈寺小学校。職場見学を受け入れていて、面識がある生徒も多い。
広い場所が必要な反物の天日干しには、校長先生のご厚意で校庭を使用。
ブランコと木の間に強く張る。

失敗するから身体が覚える

四方を白く塗ったギャラリー内には、それぞれに表情の異なる鮮やかな青色のはんてんや作務衣、反物が飾られています。
中でも浴衣づくりはライフワークにしていて、山形県庄内地方の刺し子・ガンゼ(庄内の言葉でウニ)刺しをモチーフにした和柄は毎年制作。他にも大判のチェック柄、点や四角形で構成される幾何学模様など、さまざまなデザインを常に考案しています。
仕立ては市内の和裁職人に依頼。幅約40センチ、長さ約13メートルの反物を、襟、袖、身頃などのパーツに裁って縫い合わせる浴衣は、模様の配置が重要です。袖の下部に花模様を見せたいとき、反物のどこに染めればいいのか、デザインの相談もします。
濃淡にもよりますが、無地の場合は20~50回ほど染め、完成まで早くて1カ月、長いときは半年ほどかかります。それでも、思った色が出せなかった、のりが溶けて模様が破綻してしまったなど、不満や失敗があれば白地からやり直し。
「まだまだ学ぶことはたくさん。失敗もありますが、そのたびに身体が覚えます」
失敗と解決を重ね、技と感覚を修得するごとに、佐々木さんの染め物は美しくなります。
何度も、何度も、染め重ね、美しい青を発する正藍染めと同じです。

張り終えると、濡れて縮んだ生地を丁寧に伸ばす。
柔らかくなった爪で指先に力を入れるため、変形してしまうという。

佐々木龍大(ささき りゅうた)
1976年、岩手県山田町生まれ。
2002年、盛岡市にある藍染工房に入社。
2004年、インディゴ染めで独立。
2017年、現在地に工房を持ち、翌2018年、正藍染めを始める。
HP:
https://some-mono-atelier-gallery.business.site/
Facebook:
https://www.facebook.com/somemonoryuta/

編集後記
本文や写真説明にも書きましたが、お会いして、最初に目に飛び込んだのは藍色の爪でした。佐々木さんは「汚くて」とおっしゃいますが、その手に畏怖のような心が湧き上がりました。「読み手」「聞き手」「書き手」が「読む人」「聞く人」「書く人」と言い換えられるように、手は人を現します。直に触れて、確かなもの、美しいものをつくりたいという、佐々木さんの誠実さを手が物語っていました。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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