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本の循環を通して、誰もが「自分の存在」を肯定できる場所を創りたい。

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株式会社盛岡書房は大手インターネット通販サイトAmazonでの販売に特化した古書店。2021年8月からは、岩手医科大学付属病院の小児科無菌病棟へ新品の書籍を贈る「象と花」プロジェクトに取り組んでいます。開始から約2カ月後の10月27日に第一弾として0~18歳向けの書籍53冊を寄贈。「本の循環」を通して「人の循環」を創ろうと励む代表取締役の高舘美保子さんと取締役の佐藤大幹さんにお話をうかがいました。

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書籍を受け取った子どもたちからのメッセージ。

大人から子どもへ言葉の花束
古書で新品の書籍を寄贈する

「群れ」というコミュニティー全体で、分け隔てなく助け合いながら子育てをする「象」と、心を込めた贈り物の象徴である「花」。子どもの成長を願う大人たちの気持ちを、言葉の花束である本にして子どもへ届けたい。そんな思いが「象と花」という名前には込められています。
プロジェクトで寄付を呼び掛けているのは「お金」ではなく「読み終えた本」。
個人や団体から寄付された本を、盛岡書房が査定します。査定額が全額、子どもたちへ贈る本の購入代金に充てられる仕組みです。
寄贈する本の選書は、さわや書店が担当。「ぐりとぐら」「おしいれのぼうけん」などロングセラーの絵本から「岬のマヨイガ」「パラ・スター」「うたうおばけ」など岩手県出身作家の作品まで0~18歳向けの書籍を200冊選び、リストを作成しました。
古書の寄付手段は、盛岡信用金庫の県内23支店に設置された回収ボックスや盛岡書房への郵送があり、数によっては出張回収もしています。他にも、寄付したいけれど手放したい本がない方は「象と花」のホームページで販売する古書の購入でも協力できます。この場合、価格の10%が子どもたちへ贈る本の購入代金へ充てられます。

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広報を担当する、MCL盛岡情報ビジネス&デザイン専門学校。
チラシやホームページの作成・運営でプロジェクトを支える。

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株式会社盛岡書房の外観。

「循環」で「創出」を導き
「本の街・盛岡」を目指す

古い本を寄付し、新しい本に変える。「本の循環」も目的の一つです。
「子どもへの寄付」のために大人が読書をする。「大人から贈られる本」で子どもが読書をする。大人と子どもで本が循環する仕組みでもあります。
こうした読書のきっかけづくりは「本の街・盛岡」としての街づくりとも結び付きます。
2017年の家計調査で書籍購入額が全国1位になった盛岡市。
「とても誇らしかった」と話す高舘さんは、小学1年生の国語の教科書で読んだ「小さい白いにわとり」がきっかけで読書好きになり、現在でも月に5冊以上読むほどの読書家です。
佐藤さんも「子どもを持ってから、より本をたくさん買うようになりました」。今は3歳になったお子さんは0歳から絵本に親しみ、特にブロンズ新社「だるまさんシリーズ」がお気に入りです。
「いずれは出版も手掛けたい」と佐藤さん。
兵庫県の城崎温泉で立ち上げた出版レーベル「本と温泉」は、地域の旅館や土産物屋でしか買えない書籍を出版しています。志賀直哉の「城の崎にて」や湊かなえの書き下ろし小説など全4作を発行。すべて土地に縁のある有名作家の作品です。
盛岡市出身作家による、盛岡市でしか買えない書籍を思い描き「盛岡を、本で観光客を呼べるような『本の街』にしたい」と佐藤さんは話します。

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集まった2000冊以上の書籍。
出品作業を終えた書籍は棚に並んでいる。

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ここでは比較的きれいな商品を扱う。
書籍の状態を書き込んだメモが挟んである。

自身のがん治療体験から
支援する取り組みを開始

最初の支援先は、大人のがん患者でした。
高舘さん自身、2011年にステージ3の大腸がんが発覚し手術。1週間入院し、退院後は1カ月の在宅療養を経て、職場に復帰します。
この経験から2014年に岩手県、岩手医科大学付属病院と共同し、同病院のがんサロンで「おしごトーク」という仕事を続けながら通院治療をする方のための情報交換会を開催。新型コロナウイルスが蔓延する2019年まで続けていました。
コロナ禍でもがん患者への支援は続けたいと考え、書籍の寄付を考えます。佐藤さんに話すと、コロナ禍でのがん患者の現状を調べて、対象を子どもにすることを提案されました。
小児がんは大人のように通院治療ができません。
院内学級という入院児のための学校が病院内に設けられるほど、長い期間、入院します。さらに治療の場は無菌病棟のため、コロナ蔓延のあおりを受けて親の面会も制限されていました。
加えて「岩手医科大学付属病院の無菌病棟にあるプレイルームには、おもちゃや本がなかったようです」と佐藤さんは話します。
プロジェクト開始から約2カ月で4000冊を超える寄付があり、目標とした新しい本50冊の購入費に到達。
2021年10月27日、無菌病棟のプレイルームに53冊の書籍を贈りました。

就労継続支援とは
障害や体調により一般企業で働くことが困難な方を対象に、それぞれの特性に合った仕事や就労訓練を行う福祉サービスの1つ。障害者総合支援法に基づく。雇用契約を結ぶ「A型」と結ばない「B型」の2種類がある。
「B型」は障害に限らず、50歳を超え加齢による就労不安のある方や就労移行支援事業者により就労に関する課題が把握された方にも適応。自分のペースで働きながら、一般企業への就職やA型への移行を目標とする。利用期間に制限はない。

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就労継続支援B型事業所「盛岡書房」。

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定員は20名。ここでクリーニングから発送まで行っている。

当事者の知識・能力向上
だけではない就労支援を

「NPO法人いわてパノラマ福祉館」を2004年に設立してから、高舘さんは障害のある方々の就労支援に取り組んできました。
最初はパソコンでワードやエクセルの使い方を指導していましたが、2015年に盛岡市南大通りにある盛高商店の依頼で、古書のクリーニングからネット販売、発送までを請け負います。この作業をアクティブラーニングとしてプログラム化し、集中時間が短い方や片マヒのある方など抱えている課題に合わせ、調整を加え就労訓練としました。
2018年には就労継続支援B型事業所「盛岡書房」として独立。
利用者の定員は20名。対象は、盛岡市近郊に住む障害のある方や難病患者ですが、一番大切な条件は「就労意欲」です。
事業所「盛岡書房」の目標は一般企業への就職。
2019年度の就職率は89%。発達障害がある方に限定すると就職率は91%にも上り、1年以上の継続勤務を表す職場定着率も94%となっています。
利用者の強みや趣味嗜好の把握に尽力し、株式会社岩手日報社や白石食品工業株式会社など250社を超えるさまざまな業種の協力企業とマッチングすることで高い就職率を実現。
企業からの印象もよく、スーパーのトライアルでは約一カ月の実習ののち「即戦力」として採用されるなど、一社会人として責任を負いながら働いています。
協力企業に対しては、就労支援に取り組む株式会社Charamax(キャラマックス)や株式会社LITALICO(りたりこ)などから講師を迎え、障害のある方への理解を深める啓蒙活動も行っています。

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出品中の書籍約7000冊が保管されている棚。

古書クリーニングの流れ
一般的な古書店ではやらない作業も、事業所「盛岡書房」では取り入れている。理由は得手不得手を見極めるため。利用者自身が、作業を通して自分自身の特性を知っていく、という。「象と花」の他、盛岡市社会福祉協議会とも古書を利用した「Book and Bookenergy in Morioka」という活動をしており、合わせると月に約1000冊ほど寄付がある。現在Amazonへの出品数は約7000冊。
クリーニングの流れは、①仕分け②優先度で分ける③商品修正④本文チェック⑤外側清掃⑥最終評価⑦写真撮影⑧画像処理⑨出品⑩受注・発送⑪ネット上のデータ管理など。
その他、事業所のドアノブを消毒したり、街路樹の落ち葉を集めたりする「環境整備」や、会議の録音を文字にする「テープ起こし」も請け負う。
これらをすべて体験し、自分に合う作業を確かめていく。

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商品修正。本文の側面に付いている汚れや日焼けを
サンドペーパーでこすり取る。

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外側清掃。除菌液を付けたクロスで、PP加工されたカバーを拭く。

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最終評価。カバー、表紙、本文を再度点検し、
気になるところは清掃したり、チェックシートに記入する。
盛岡書房の商品は他店より状態査定を厳しくしている。

「失敗しても大丈夫」
逃げ場としての事業所

「就労支援の究極は雇用すること」と考え、2021年2月に設立した株式会社盛岡書房。7月には1名を雇用しました。
寄付された古書の中でも丹念なクリーニングが必要なものは事業所「盛岡書房」へクリーニングを依頼。仕事の創出にもつながっています。
「人間の存在意義は、常にプレーヤーでいること」と高舘さん。
プレーヤーとは、選択権を自分で有し、誰かに必要とされる存在のこと。
障害のある方は、いじめにあったり引きこもりになっても、放っておかれ、自分を不要な存在と感じていることがあります。だから「助けてほしくても『助けて』といえず、すごく我慢しているんです」。
「象と花」プロジェクトでは「利用者も担い手の一員。『小児がんの子どもを支援している』と実感できます。自分たちを必要としてくれる『誰か』がより明確になり、自分の存在意義も強く感じているようです」。
子どもを支援することが、自己の支援にもつながります。
そうして周りに助けを求められれば、失敗できるようになるのです。
就職し、定着できるように支援する一方で「安心できる逃げ場所」でもありたいと高舘さんは考えています。
「失敗しても、事業所に帰ってきたらいい。失敗は人を大きく成長させてくれます」
一人ひとりの成長を一心に願い支える、強さと優しさが、新しい「人の循環」を育んでいます。

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チェックシート。担当者の名前や問題のある個所が記されている。

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季節に合わせた言葉が綴られるサンクスカード。
顔が見えないネット販売で、お客さまへ感謝を示す唯一の手段。

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商品にはサンクスカードとチェックシートが同封される。
「(良い)での出品でしたが
(非常に良い)でも差し支えない状態でした」など
レビューの評価も高い。

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高舘美保子(たかだて みほこ)
株式会社盛岡書房代表取締役。
1964年、岩手県葛巻町生まれ。
2004年「NPO法人いわてパノラマ福祉館」設立。以来、障害のある方の就労支援に尽力。
2018年「就労継続支援B型事業所盛岡書房」設立。
2021年2月「株式会社盛岡書房」設立。同年8月より「象と花」プロジェクト開始。

佐藤大幹(さとう だいき)
株式会社盛岡書房取締役。
1979年、岩手県盛岡市生まれ。
2004年から約4年間「NPO法人いわてパノラマ福祉館」に勤務。
その後、MCL盛岡情報ビジネス&デザイン専門学校へ入学。卒業後は、同専門学校で講師を勤めるが、2016年に「NPO法人いわてパノラマ福祉館」へ転職。「就労継続支援B型事業所盛岡書房」に設立から関わり、現在に至る。

「象と花」プロジェクト:
https://zoutohana.com

就労継続支援B型事業所 盛岡書房:
http://www.npo-ipf.org/web/

株式会社 盛岡書房:
https://moriokashobo.co.jp/

株式会社 盛岡書房(Amazon):
https://www.amazon.co.jp/s?me=A1GK330JH0GA5F&marketplaceID=A1VC38T7YXB528

編集後記
本が唯一の娯楽という高舘さんのおうちには、テレビはないそうです。
震災があり、ガンを患い、息子さんが脳梗塞で倒れる。息子さんは幸い一命を取り留め、リハビリ、職業訓練を経て、東京で自活されています。
この10年の間にさまざまな形で体験した命の儚さ。短い生をだらだらと浪費したくないとおっしゃいます。
いつ死ぬか分からない、と分かっているはずなのに、怠ける自分を正せない。弱い自分を叱咤するために、このブログを書いているのかもしれません。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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