【怖い話】よく聞く話の裏話

えっ、怖い話……ですか?

まあ、ないこともないですけど……。

…………そうですね。

注意喚起も兼ねて、話しておきましょうか。

縁って、ありますからね。
ああ、そうそう、"えにし"のことです。
"縁結び"とかの縁ですね。

人間が相手でもね、
付き合うべきじゃない相手と付き合ったりすると、
思わぬ形で道を踏み外してしまったりって、ありますからね。

ましてそれが………………

………………その………………

………………うーん、
表現する言葉がないな…………

まあとにかく、
縁を結ぶと明らかに危ないものってあるじゃないですか。
これは、そういうものに関してのお話です。

そうですね。
この話と同じような状況になったら、
気をつけたほうがいいですよ………………ってことです。

じゃあ、話してみましょうか…………。

///////////////// ///////////////// /////////////////

怪談が好きなら、知ってますよね?
車に手形がつく話。

ほら、心霊スポットから帰るときに車バンバンって叩かれて、
ガラスに手形がついてて、
うわ、幽霊が怒って追いかけて来てる!って思って
命からがら逃げきって、後でよくよく手形を見たら
実はその手形は車の内側からついていました、ってやつ。

あれについて、ちょっと面白い話がありましてね。

まあ、裏事情、っていうんですか……?

「あれって実は違うのよ」って、
このあいだ、知り合いが教えてくれたんですよ。

「あの話ってさ、心霊スポットに来た人に、
 おばけがついていって…………って、いう感じで話されるじゃない?
 でもね、実際はそうじゃないの。

 あれはね、生きた人間のほうが、手形の主を連れて行ってるの。

 魂の波長が合うとね、ついつい引っ張っていってしまうんだって。

 けれど、心霊スポットになるってぐらいだから、手形の主の方は、その場所に強く結び付けられてるわけじゃない?

 本来いるべき場所から切り離されるとね、苦しいんだって。
 だから、ここから出してくれ出してくれって、
 訴えるために窓を叩くのね。

 車が止まってドアが開けられて、
 一番ほっとしてるのは、実は手形つけてる側なのよ。
 元いた場所に帰れるからね……」

って。
 
これを話してくれたの、
SNSのフォロワーなんですよ。
シングルマザーやってるみたいなんだけど、
この間、
「ちょっと愚痴聞いてくれる?」って感じで、
通話することになったんです。
そしたらいきなりこの話聞かされた、ってわけなんですけど……

「へーえ、面白い解釈だね。
 誰から聞いたの?」

って僕が尋ねたら、

「本人から」
って、彼女は答えました。

本人から?
………………しっくりこない言い方するなあー

って、その時は思いました。

僕、それなりに本を読む人間でしてね。

人のそういう、文法的に正しくない表現とか、気になるんですよ。
ほら、話し言葉っていい加減になりがちじゃないですか。
主語とか動作が働きかける対象とか、当たり前に言われなかったりして。

とはいえ、そんなところをいちいち指摘しないで、適宜さりげなく補って会話を続ける程度の社交性はね、流石の僕も持ってるんで、
まあそんな感じで続きを促したんですよ。

「本人?
 あ、実際そういう心霊スポット行った人がいたんだ。身の回りに」

「いや、行ったのは私なんだけどね」

………………うん?

それだといくらなんでも文章が変だな……って思って、聞き返そうとしたら……

画面の向こうから、
バタバタバタ!って、
小さい子供が走り回ってるような音が聞こえました。

ああそっか、シングルマザーだっけ。

そこにちょっと気を取られた隙に、
彼女、また喋りだしましてね。
掘り下げるタイミング、逃しちゃったんですよ。

「当時付き合ってた彼氏がいてね、
 近所にそういう……
 "車に手形がついた"って噂されてるとこあるから
 いってみようぜ! ってなって…………」

今は通話に集中したいんですかね、
後ろのバタバタいってるの無視してね。
彼女、話を続けるんですよ。

「………………うん」
しょうがなく僕も相槌を打ちます。

「それで、行くことになったの。
 歩いてね」

「え? ああ、歩いていったんだ?」

「うん。本当にすぐ近所だったから。
 でも行っても何もなくて。
 ちょっと肌寒いところで、
 私歩いてるうちにお腹の調子なんか変になってきてさ。
 もう帰ろうよ、っていって、二人で帰ったの」

「それで、帰り道でなにかあったの?」

「うーん、お腹がちょっと、痛いといえば痛くなってたかな?」

「うん。
 ………………え、終わり?」

「うん、まあね。
 それで気がついたの。
 ああ、あの話は定義が間違ってたんだ……って」

バタバタバタバタ! って、
後ろでまた子供がはしゃいでる音がします。

なにか喋ってるけど、マイクまで距離があるのと、
あと小さな子の言葉ってのもあって、よくわからなくてね。
ほら、小さい子の言うことって、聞き取れても支離滅裂なことも多いじゃないですか。
とはいえ,まあまあ大きな声で、
お母さんになにか訴えてるようでもあって……。

僕はさすがにちょっと気になったけど、
でもまあ、お子さんのいる家庭ってのはこんなものなのかな、いちいち気にしてたらきりがないのかなって、特に触れることもなく話を続けることにしました。

「定義が間違っていた……
 ……っていうのは、どういうこと?」
 
うん、あれはつまりね……と、彼女は続けます。

「車なのが問題なんじゃないの」

「……うん?」

「"人が閉じこもってる空間"っていうのが大事なの。
 それが結界になって、
 閉じ込めて連れてっちゃうの」

「けっ………………かい…………?」

「あ、結界っていうのは、結ぶっていう字に、限界の界の……」

「ああ、いや、それはわかるよ。
 え、結界、なんだ……」

「うん、結界になるの。"人が閉じこもってる空間"が。
 ほら、車って、そうでしょ?」

「ああ、うん」

「でね」

「うん」

「あの時は、私が車の役割を果たしてたの」

「うん?」

「結界になって」

「…………うん?」

「後でわかったんだけどね……」

「うん」

「あの時、私妊娠してたの……」

「うん、うん………………
 ……………………………………あ」

なんだか、嫌な予感がしました。
その時点でなんとなくわかったんですけどね、彼女の言いたいこと。

でも、わかりたくなかった。
それで僕は歯切れの悪い返事をして、とぼけようと思ったんだけど……

彼女、尋ねてきたんです。

「ねえ?」

「うん」

「ちょっと、考えてみてくれる?」

「………………うん」

「あのね、そういう場合にね、
 いるべき場所から切り離されて、
 苦しみ続けた手形の主って……
 …………どうなると思う?

 そんなナニカと一緒に閉じ込められた、
 抵抗力のない赤ちゃんって…………
 …………どうなると思う?
 
 そういう時間がね、
 ずっと続いたの。
 9ヶ月も続いたの、私の中で………………」

彼女の声は段々とうわずってきます。
そうしてそのまま、僕の答えを待たずに
彼女は叫びだしたんです。

「 一 つ に な っ て 出 て き た の !!!

  一 つ に な っ て 出 て き た の !!!!!」

その瞬間、

バタバタバタバタ 

ドンドンドン 

ベチョベチョッ

ビチャビチャ 

ガラン パリン!

………………と、彼女の後ろで何かが暴れて、
部屋のものが壊されていく音が響きました。
それから、"ナニカ"が発する大きな声も……。

――――"繧ュ繝√ぎ繧、蝨ー迯・、夜%逾ュ譁・…………!

あ。

と僕は直感しました。
さっきから彼女の後ろで聞こえてた声。

聞き取れなかったのは、幼児の言葉だったからじゃない。

マイクとの距離が離れてたからじゃない。

これは人間じゃないものが発する、
人の世界で使われていない言語なんだ………………って。

でね、何が怖いかってね…………
僕、なんとなくわかり始めたんですよ、その言葉。
発音は日本語に近いけど、絶対日本語じゃないんです。
なのに、なぜかわかる気がするんですよ。
もうちょっとで………………。

あ、これダメなやつだ。

これを理解してしまうと、
"あっち"と縁ができてしまう。

………………"あっち"ってなんだ?

そんなことはわかりません。

ただ、その時はそう思ったんです。

確信した、とも言えます。

……そう、根拠もなしに確信したんです。

なんでしょうね?
霊的本能……とでもいうべきものなんでしょうかね?

その時にはもう、
僕の腕はそれ自体が独立した生き物みたいに勝手に動いて……!
……ああ、これは怪奇現象じゃないですよ?
本当に危ない状況だと、
動物の体ってそんな風に動くようにできてるんでしょうね。
生き残るために。

で、そのもうほとんど独立して動いてる腕が、
気がついたらもう、プツン、て通話を切ってて、
ログアウトもしてて………………。

………………それから、彼女とは話していません。

彼女と繋がっていたアカウントは、
通話アプリのもSNSのも消去して……それきりです。

間違ってまた彼女に話しかけられて、
彼女と………………

………………彼女が繋がってしまった"あっち"の存在と、
縁を結んでしまうことのないように……。

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https://note.com/tsukiharuwagami/n/n7065198a0010

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