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(小説)あなたは何を見たの

1

恋人にフラれた時、ドミノ倒しの1つ目が倒れたような気がする。
あり得ない別れのセリフに、泣く泣くうなづいて帰宅したら、我が両親が離婚を決めていた。

一人娘である私が就職して自立したら、熟年離婚をする事にしていたらしい。

既に父は新しい妻候補との生活を夢見て、出せるだけの慰謝料を置いて出て行った。

母との2人の生活開始。
旧姓に戻った母と、新しいマンションを購入し、全てが新しい生活になった。

高野たか子。
私の「新しい」名前がこれだ。
タカが2つ並ぶあたりが、チグハグな名前のように思えてしまう。
それは、いかにも名字が何らかの事情で急に変わった事を物語っていて、少し抵抗を感じる。

これが2つ目に倒れたドミノだった。

そして3つ目は、忘れもしないクリスマスイブの夜に、歩いていた私にダンプカーが突っ込んで来た。

六本木の交差点で、ダンプカーが向かって来て、アッと思った瞬間から記憶は無く、気づいたら病院のベッドの上だった。

目に涙をいっぱい溜めた母が、私を覗き込んでこう言った。

「たーちゃん、あけまして、おめでとう」

何日もの間、私は目を覚まさなかったらしい。
身体中が固くなっている。色んな管が身体中に付いていて、かすかに色んな場所がくすぐったい。

それより、頭と首は石膏で固めてあるようで、感覚が殆ど無くて怖い。笑いたくても筋肉がうまく動かない。

それからしばらくしたら、石膏は取られ、包帯になり、
その頃には歩く練習が始まった。

病室のロッカーには、事故当時に着ていた服や荷物が置いてある。
事故の衝撃のせいか携帯電話は、ウンともスンとも言わない。
恋人とのメールや写真、連絡先などが二度と見られ無くなった事は、気持ちの切り替えに役立つから、悪い事でも無いのだろう。

「こんなに辛い事がいっぺんに起きた事は、ある意味、奇跡かも知れない。
何かが変わり幸せになる為の奇跡と考えよう、そうだ私はその奇跡に、感謝しなくては、、、」

と、病院の食事室で外を眺めながら考えていたら泣けてきた。

涙で濡れた包帯が気持ち悪くて、ハズしたくなる。
今まで、顔の傷を見るのが怖くて、鏡を見ていない。病室の鏡はハンカチをテープで貼って貰っていた。

私は小さく決意し、ハンカチを自分で剥がして、包帯をそっと剥がして見た。

そこには、まるで絵に描いたような美しくデザインされた「顔」が出来上がっていた。

その時ふいに思い出した。恋人からのあり得ない別れのセリフを。

「悪いけど、その顔、生理的に受け付けられないんだ」

まるでその言葉が、私にこの顔をもたらす
ための呪文だったようにも思える。

それから数ヶ月後、やっと退院し、私は完全に生まれ変わったような錯覚におちいった。

そうだ、生まれ変わったんだ、私は…。

地味な一般事務しか経験は無かったが、カフェで接客の仕事を始めた。
男性客は、見た目が美しくなった私をジロジロ見てくる。
中には連絡先を書いた紙を渡してきたり、仕事帰りにあとをつけてくる男性もいた。

そんな時、店に修吾がたまたまやって来た。
修吾は、そう、私の元恋人だ。

2
人は何故、表面的なものに、たやすく心を動かされるのだろう。

私は、顔が世間で言うところの「美人」になった今、目の当たりにする男性達のデレデレした態度に腹を立てていた。

仕方ない事かも知れない。目に映るものが全てだと感じるものだろうし、人間の見た目にはその魅力が反映されているものだろう。

「顔が生理的にダメだから」
と私をフッた修吾(しゅうご)が、今の私に、
昔は見せなかった笑顔と目の輝きを向ける。
複雑な思いではあるが正直、心は華やいだ。

何日も何日も、カフェに通いつめて、優しい言葉をかけてくれる。

私が、1年前にフッた女だと気づくだろうかとドキドキしたが、彼は全く気付かない様子だ。

見た目が生理的にNGなのに、私達は数年間も付き合っていた事は不思議だ。
だが、考えてみたら生理的にNGなのに付き合ったって事は、その逆より何倍も価値があるようにも思えた。

思い出に浸りながら、コーヒーを注文する修吾を眺めつつ
コーヒー代250円を受け取ったら名刺が添えてあった。
裏に携帯番号が。

修吾との二度めの交際が始まったのは、この瞬間だった。

3
修吾との二度目の交際は、何もかもがうまく行った。当たり前だけど、修吾が好ましいと感じる振る舞い、嫌がることや食べ物の好き嫌いなど、全て知っていたからだ。

見た目がまるで変わった私。苗字も変わっているし住んでいる町も違う。
私は、自分の「正体」を知られたくないような、知って欲しいような複雑な思いを常にかかえていた。

修吾が好んでいた私の得意料理、揚げ出し豆腐を出した夜に、彼は少しだけ熱を帯びた瞳を私に向けた。

「味、大丈夫かな」

エプロンを外しながら、彼の隣に座り聞いてみたら、嬉しそうに頬をゆるめ、うなずきながら目をつぶった。

「不思議だな、、、昔、同じ味の揚げ出し豆腐を食べた気がするんだ、、、」

私はふふふと笑って、グラスのビールを飲んだ。

彼も笑顔を見せる。お互いに笑うこの瞬間が、また来るなんて本当に幸せだ。

お酒のついでに、聞いてみた。

「ね、昔、付き合っていたコの事を思い出す事はある?」

「…うーん、、、無いと言ったら嘘になるな」

「何故?」
彼はしばらく考えてから言った。

「何故、好きだったんだろうなあ、とかね。タイプって訳じゃ無かったから」

「へぇ、でも、タイプじゃないのに付き合うって、ある意味凄いじゃない。よほどご縁が強かったのかもよ」

私はそう返答しながら、彼の空のグラスにお酒を足した。今夜はお酒がすすむらしい。

酔ったせいか饒舌な彼。

「そうなんだよ。確かに好きだという感情は常に湧いていた。だから謝ろうとクリスマスイブに……」

身の上話を語るように、独り言のように彼は話し始めた。

「その子にはひどい事をしたから、クリスマスイブに謝ろうと電話をしたんだけど…留守電でね。返事も無かったよ」

「それでジ・エンド…?」

勝手に涙が出てきてしまう。
恋人の元カノ話に貰い泣きなんて、そうとうな泣き上戸だと彼は笑っていたが、彼の目も赤かった。

その翌月、私達は結婚を約束した。
私の中には命が宿っていた。

4
産まれたのは可愛い女の子、と言いたいところだが、私の本当の姿のコピーのような容姿だった。

私はこの上なく愛おしく感じていたが、
修吾は心安らかなはずもなく、
娘を抱きながら、頬づりしながらも、たまに数秒間、我が子を複雑な目線で見つめていた。

20歳になった我が子は
まさに修吾に外見を馬鹿にされた年齢になった。

私は修吾の心ないあの最低な言葉を
結局 忘れていなかった。理屈では許していたが、いざ娘を眺めていると胸が勝手に絞らるように苦しい。

「ママ、ちょっといい?」

娘がある朝私に言ったのは、こんな事だった。
大学で、好きな男性が出来た。
あちらも冷たくはして来ないので、
デートに誘った。
今週末は映画を観に行くから、洋服を選んでほしい。それから、この事はパパには内緒。

これぞ母親の喜び。私は娘と洋服を買いに行き、清楚な中に個性の見えるワンピースを購入した。

そして週末。
朝、スキップするように出かけた娘は、夕方に死にそうな顔で帰宅した。

たまたま居た主人も、心配そうに近づいてきた。

何があったのかを、おそるおそる聞いてみる。

すると…

「彼から、夕方になり別れ際に言われたの。
ごめん。君はいい子だけど付き合えない。
実は、、、申し訳ないけど、見た目が生理的にだめなんだ、ごめん」

彼は3回も4回も頭を下げ、5回目の時に、娘はそっと背中を向けて帰宅してきた。

胸が張り裂けそうな思いとは、このことか。
私は娘を抱きしめてあげるしか
できなかった。
私が同じ体験をした時に、誰かにこうしてもらいたかったから。

主人はというと、真っ青な顔をして立ちつくしていた。

西陽が私達を照らして、長い影を床に描いている。
逆光になり、表情を読み取れない主人に向かい
私は口を開きゆっくり言った。

「シュウちゃん、あなたのした事が、この子にかえってきたのね…」

シュウちゃん、は、かつて本当の顔だった私が彼を呼ぶ時に使っていた名前だ。

何か胸のつかえが取れたような、それでいて泣きそうな気分だった。

娘の震える肩を抱きながら、私はあの時の私を抱きしめていた。

#小説 #恋愛 #第2回note小説大賞
#第2回note小説大賞

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