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まつげの砂糖 (短編小説)

気がついたのは、彼が1歳の頃だったように思う。
連日の夜泣きに疲れ果てて、ぼんやりと眠る彼の顔を眺めていた時だった。
つい先ほどまで大粒の涙を流していた瞼に、白く光る小さな粒を見つけた。
目脂かしらと思って拭った予想とは裏腹に、それは指の先でさりさりと音を立てた。
ほのかに香る甘さに、無意識のうち口に入れたわたしは、それが粉砂糖であることを悟ったのだった。

それから二本足で立てるようになり、自我を持つようになってから、
やがていつの間にか、彼は自分のまつげに粉砂糖が生まれることに気がついたようだった。
何か悲しいことがあった後、彼は決まって自分のまつげを触るようになった。
控えめに、しかしはっきりと指の先につく甘い砂は、彼のかなしみを和らげた。
大好きなおもちゃを横取りされた時、
運動会のかけっこで転んだ時、
飼い犬が息を引き取った時、
彼は決まって涙を流した後、静かに自らのまつげに触れた。

やがて多くの子供がそうであるように、わたしは彼が涙を流しているところを見ることは無くなっていった。
次に彼が涙を流しているのを見たのは、夫が亡くなった時だった。
黒いスーツに身を包んだ彼は、もうまつげに触れることはしなかった。
理由は聞かなかったが、わたしには、なんとなく分かるような気がした。
彼の柔らかい心を守るために溢れて落ちていたあの甘い部分は、
過去のものとして鍵をかけてしまわれたのだろう。
夜更けのあの柔らかな瞼を思い出しながら、
彼がその鍵をいつでも開けることができたらいいと、ひとり祈った。

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