ナンバーガールが復活した。17歳だった僕は33歳になっていた。

2019年8月18日、
本格的にナンバーガールが復活した。

数多くの人が見ることができなかった日比谷野音のライブを運良く僕は見ることができた。

さかのぼること2日前、僕は羽田発新千歳行の飛行機に乗っていて到着と共にライジングサン1日目の中止を知った。

だよな、という気持ちと、それでもやっぱりという気持ちが入り交じった感じ。
でも北海道には来てしまった。

信じきれなくて、向井秀徳が以前すすきのの交差点で撮影していた、あの交差点に行き、
騒いでる輩を見ながらザンギ棒食いながらサッポロビールクラシックをいつまでも煽っていた。

17年前、僕は17歳だった。
鹿児島の田舎で育ち、鹿児島唯一のライブハウス、
キャパルボホールでナムヘビメタリックのツアーを観た終わり、
興奮しながらアンケートを書いたときにベランダでタバコを吸う向井秀徳と目があった。
衝撃。やべーすげー格好いい。

東京に行けばこんなライブいっぱい観れるのかな?
そう思って東京に行くことを決めた。
いつの間にかナンバーガールは解散していて、僕は上京し大学生になって社会人になって、
数多くのライブでさまざまなライブを観たが、
とうとうナンバーガールを越えるバンドに出会うことは出来なかった。

あれから17年。僕は33歳になっていた。
僕にも家族ともいえるパートナー出逢い、
心を許せる友人と、打ち込むことができる仕事にも出会い、こんな人生悪くないかもなと思っていた。

そんな中でのナンバーガール復活。
しかもライジングサンでの復活。
速攻飛行機とチケットを押さえた。
今見たらどんな気持ちになるんだろう。想像するだけで涙が溢れてきた。

でも中止。マジかよ。17年ぶりだぞ。
このために夏期休暇使って北海道来たのに。
でも、まぁ、仕方がない。
無気力で2日目のライジングサンを過ごし、
北海道に来ていた同じくナンバーガール狂の友人たちの気持ちを背負い、東京に戻った。

あんまり寝れずに日比谷野音に到着。
B一桁台の神席。そして開演。
あの四人が登場。
ずっと、ずっと、ずっと観たかった四人が出てきた。
そこからのライブは涙がずっと止まらなくて、嬉しさと悔しさが入り交じった涙で止まらなかった。

結局台風はそれて雨なんかちょろっとしか降らなかったライジングサン初日。
できたじゃん。ナンバーガールだけでもライブやりゃーいいじゃん。夜中が危ないならキャンプ中止にすりゃいいじゃん。
なんだよ、なんだよ。なんのために北海道休みとって来たんだよ。今年じゃなきゃ意味がないんだよ。

そんなことを思い出しながらライブを観ていた。

ライブ自体は最高で、
アヒトの後ろに扇風機があって、演奏しながらアヒトを見る中憲がいて、
全裸監督の物真似をする向井秀徳がいて、それをクールに見るチャコがいた。
ほんまに17年経ってもこんなバンド、ナンバーガールしかいなかった。

おかえりなさい。ナンバーガール。
人生、やっぱ捨てたもんじゃないって思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?