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つくりながらうる

書店員になり、一番嬉しかった出来事を書こうと思う。

5月16日、岸政彦先生の『沖縄の生活史』が刊行された。
この日は私の誕生日でもある。
誕生日くらい休みたいと思ったのになぜかシフトを入れられていた。

主な業務はカウンターでの接客。社会学を学び始めたので、勤務時間外にでもその分野の棚を見たいと思っているのだが、なにぶん時間がない。
その日も『沖縄の生活史』はおろか、本棚もろくに目にすることのできないままレジに向かった。

ふと、くしゃくしゃの白いビニール袋を広げながら近付いてくるおじさんが見えた。
平日の夕方はお客がまばらだ。だからこそ丁寧な接客を心がける。
「いらっしゃいませ」

あれ、これって…
おじさんが持っていたのは、『沖縄の生活史』だった。
大きな書店なのでレジも多数ある。私が対応できるのは運命的だと思った。

Twitterで誰かが、沖縄らしい色の装丁だと話していたっけ。それにしても分厚いなぁ。いいなぁ、読んでみたいなぁ。
手慣れた業務を進める中で、私はこの本に想いを寄せる。
おじさんはどうやってこの本の存在を知ったのだろう。これを1冊だけ買うということは今日を楽しみにしていたのかな。いつ読むのかな…

先月入社したばかりだが、今までに数え切れないほどのお客の対応をしてきた。余裕がある場合は、お求めの本を見て、お客や本について色々と考えたりする。
でも、今回のことは特別に感じた。

結局その日、私が対応したお客の中でこの本を買ったのはおじさんだけだった。
持参したビニール袋に入れて持って帰るおじさんの姿を見て、私はすごく感動していた。
書店員には、本を店頭に並べ、売る以外にも喜びがあり、お客にとっても新たな出会いや気付きがあるのだ。
たった一つの本が心を豊かにしてくれることがあるのだと思った。

誕生日に出勤すると聞くとだいぶ嫌だが、ささやかなサプライズがあったおかげでいい日になった。
私も早くお金を貯めて、絶対に買おう。

仕事を終えて帰ると、冷蔵庫にホールケーキがあり、ふふふと嬉しくなった。
誕生日万歳。

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