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ストーンズ・バック

「月梨さんはどこかに入学したりするんですか?」
人手が少なく、逃げ場のないカウンターでそいつは言ってきた。
昨日は幸い、やることが沢山あったので、仕事に逃げることはできた。でも、私は(うわああこいつマジかああ)と内心焦っていた。
退勤時間まであと2時間半もある。
こいつはまだ煽りをかましてくるはず。私の勘が働いた。

冒頭の発言には、私が大学院入試に落ちたかどうかを暗に探る意図がある。
私はプライベートを自分からベラベラ話さないので、こうした「探り」には慣れている。し、訊かれたら答える。
厄介なのは、こいつが人類学専攻の院生だという点。こいつは、私以外に学問の話をしない。シフトが被るときがチャンスだと思っているのだろうが、ウザすぎる。
受験前から、
「入試ってどういう問題が出るんですか?」(ホームページ見ろ)
「落ちたらどうするんですか?」(お前に関係ない)
とかなんとかごちゃごちゃ話しかけてきた。お前は人類学じゃなくて人煽り学専攻なの?ってくらいうるせえ。

肝心の受験には、落ちた。散々煽られてたから是非とも受かりたかったけど。だから、入学はするわけがない。できない。
あまり悲観はせず、私は一旦就職することに決めた。
こいつ含めバイト先には伝えている。時期はともかくとして、今のバイトは当然辞めることになるし、さすがにその意思は伝えておかないと業務の引き継ぎもあるから。

結局、閉店後もそいつは
「研究するには…粘り強さが要りますよ」
とかドヤ顔でアドバイスしてきた。
マスクしててよかった。たぶん顔めっちゃ引き攣ってた。
将来、研究成果をあげ、論文を逮捕状みたいにお前の眼前に掲げてやる。

帰って家のドアを開けると、同居人がストーンズ ジンジャー・ワインを手にして微笑んでいた。前からストーンズ・バックが飲みたいと言っていた私のために買ってくれたらしい。
そして、鶏丼とストーンズ・バックを食卓に並べてくれた。それはそれは美味すぎて、その夜はよく眠れた。

どこにでも嫌味を言ってくる奴はいるし、テンションによっては必要以上に気にしてしまうこともあると思う。
でも負けない。私には、頼もしい味方と美味いお酒があるから。

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