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詩69篇


1 間違った街  

気分が悪いのは珍しく飲んだ安酒のせいじゃない
鈍感な気分でぶらついて
入ったことのない裏道で
女が撲たれているのを見たからだ
あれは あの夜の娘だったか それともいつかの…
ジット見つめるだけのおれ
ジット見つめるだけの
ともかく護身用ピストルはどこにもない
落としたのか 盗られたのか
いいや もとからそんなものはどこにもないのに
目に視えないものに尤も恐怖する と
あなたが言ったのをよく憶えている
仄暗き血眼に具現化されたこの街には
熱りたった情念がまだ残存している
ねえ遠くからガス管の漏れる音がして
いつ引火して崩滅するかわからぬこの建築で
じっと朽ち果てることなど可能かい?
いまだに終わらない陳腐な景観だけが
住人たちにもっと自殺を求めている
魂と屍をこそげ落として
街は 住人をむさぼる魔獣のささやき
厳しき父 優しき母 それすらも喰われて
そのうち この昂ぶる身体までもを
欲望する輩に与えねばならぬのだ
べたつく汗はとっくに乾いて
嗚呼、恋やら愛やら
ハナから期待などしていない
嗚呼、結末やら起源やらを
ハナから秘密にしなくていい
街は音楽で充たされているのに
この場所を出る電車はすでになく
暁光、首を垂らして
酔いもそろそろさめる頃 
あいかわらず女は撲たれている
どうしようもないのだ!
まだ歩かねばならないこの脚を
どうか切断して
せめて墓標代わりにしてください
千切れた太腿には
誰にも読めない文字を彫ってください
けれどそれは誰の名前?
おれの名前は?








2 搾り機

私は搾り機だ
ただ渡された子供の手足を粉微塵にする絞り機だ
どろどろに溶かされた子供の手足は醜悪な臭いがする










3 虎の呼吸

虎一匹、その烈しい品格
虎一匹、瀕死の客人を食い殺す
銃先を恐れず 凛と貴い心の蝋を燃やせ
砂の一粒すら お前の忠実なシモベなのだ 
脚を捻らせ牙を光らせ
掻把で引き裂き 
鋭い眼光で敵を射殺す
しかしそんなお前も
死の破撃には勝てはしない
衰獣はかつて斃した種にただ犯されるのみ
虎の最期のひと呼吸
嗚呼!裂帛の耳鳴りよ それこそが宇宙の叫び!
哭き声を荒げ 癒えぬ傷を自ら引き裂く
地を震わす 孤高の旅立ち
誰にも知られず 
そっと逝く










4 セイレーンの抱く人は

ひとりふたりと
未明の海に溺れていく
此処は羅針盤の効かぬ沖
ほどけた帆布も
壊れたマストも
波がすべてを攫っていく
魔術的な人さらい
淫靡的な人ごろし
嗚呼、転覆の夜
嗚呼、転覆の夜
女に抱かれて人が死ぬ


   








5 死そのものの死

夜遅き埋葬/葬儀者との対話/破れた写本/すれ違った死者どもの群れ
先日ひどくおそろしい夢をみた/乾いた意識のさざ波/変容の象徴?
背高泡立ち草/夕焼けと遭遇のヴィジョン/そろそろ自らに閉幕を
妙に湿っぽい身体/膝はふるえ/腕はもがれて/けれど密やかに昂ぶる頭
深遠な流動星/狂った中心星/パニックとやら/支離滅裂の英字新聞
sudden death(突然の破局)/沈鬱な空気を裂いた/かげろうの亡霊
死屍への残忍な眼差し/罵声を放つ生き者どもの/相変わらずの銀色の空
出発点はもう見えない/聞こえない/触れえない/お前はもういずこ?
このままでは/不一致にぶつかってしまう/危険な刃/そんな煙草を思い出す
野石で塔を/ボーリンゲンの塔を/真鍮の光沢も/手に入れた喜びも
あつい土埃をかぶる/立ち去った・立ち去った/ただつまらないものだけを
隕石の欠片をにぎって/星の子供/月の子供/たった背丈を見つめて
心の入口に立っている/ちょっと不気味な子供/お前の様子を覗いている
残されたもの/脱落していくもの/病床に臥し/色あせて見えるもの
仔羊の結婚/気高い台座/静かな死を見守る朝/そっと目を閉じた先に
宛名のない手紙/剝がされた切手の跡/行方不明の旅客機が現れて
お前が/飾りの欠けている門へと向かうとき/魂の巣箱はあすこへあるか
無辜なる遺骸よ/異郷をつなぐる接地点よ/死者は沈黙という形で物語る
けれど/誰だ!死者をさらに殺すのは/よってたかって傷つけ陥れるのは
死を認めぬおこがましい者/欠陥治療の果て/無慈悲な対話が渦巻いている
論理に囲繞され/いつも以上に溺れる/お前は水のない海を想像できるか
全言葉を失った者/世界に穿つ瑕疵ひとつ/それがお前だ/それが私だ
行止まりの果て/空虚に存在する全質量/不動の挙動/極右の極左/無と有
ほら/世界は霊に満たされている/死そのものの死が/ほら世界を包んでいる
近づいても獲得できない/明日が手に入らない/それが約束/破棄できない
光もない/闇もない/絶無の水源からやってくるもの/死そのものの死
もう夕暮れ時は過ぎている/死者からしか見えないものを大切にせよ









6 泥の女

剥ぎ取られたか細い手脚
すっかり鈍ったハウンティングナイフ
愛嬌のある乳房はもう跡形もない
毟り取られた髪 どう調理しても喰えぬ肉
飛び散った血もすっかり酸化して
こびりついたみにくい脂
嬲られて 身に搭載されたものが
ぽろぽろとこぼれていく感覚
けれど切り刻まれたところで
もう性行為のような心地よさもない
その姿 まるで泥で出来た犬
吠えることもできず 四つん這いもできない
身体の可動域もわからぬまま
どうやっても涙を流すことができないの
かわいそうな肉
かわいそうな畜生
いいや ちがう!
わたしは犬じゃない!
こんな姿でもわたしは女
弁別も経由もできない
扱いにくい狭い管を 肉襞を
その切れ味の悪い刃物で
さらに捌いて さらに散らして
それでもお願い
もっと激しく
陵辱してください
愛する人よ
もっと私を
かわいそうな泥にして









7 死んだ時間

どす黒い闇が永く積もり
カラスどもの強襲はつづいてゆく
木樹の影が不吉に伸びて
昏い部屋の中で
おれは喚いた!
這う大蛇のようにうねりながら
襲ってくる何かを
ただひたすら避けようとするが
それでもなお
おれの足に纏わりついてくる
屍たちの
憎々しいたましいの悲しみだ
噴出したまま凝固しない
排されながら苦しみながら
おれのみつめた先にそれはあった
遠く先にあったもの
それこそが
虚空の淵よりにじりよる
すべてを呑みこんでいく
死んだ時間である









8 さらなる不安遊び

あなたにもお見せしますか 
けして先へはすすめない この世界の限界を
枠からはみ出そうと 深く地獄をつかもうと
砂場の土を掘り返す 子供たちは笑っている
彼らは休憩を知らない みな競うように遊んでいるわ
水たまりの泥の奥にきらめきを見つけようと
虚無から有限を引きずり出そうとする
かつての資本主義のように 歪みなく 貪欲に 
どれだけ深い穴を作るの?
混ぜかえすだけで 何も得られないというのに
けれど そんな虚無の遊びに
ねえ 私も混ざっちゃいたいの
隣のあなたは 何も言わないし 何も見ていない
子供が嫌いなのかしら それとも……
そうこうしているうちに 彼らは世紀の発見をした
穴から出土した 銀のブリキでできた円筒状
もしかしたら不発弾かもしれないな
いいや 錆びついた弁当箱の 成れの果てだと
とやかくその正体を探っている
真実なんて 見つけやしない方がいいのに
どうしてみんな そんなに躍起になるのか
しばらくして 誰かがこう言い放つ
これはタイムカプセルだ!
ああ、人の思い出を勝手に開ける鈍感さよ
愛に亀裂を残そうとするその態度が 
今のあなたによく似ているわ
私だってあなたの
そのどうしようもない表情が 
かつてはずっと好きだった
けれど沈黙を保持する目の前のあなた
正体を知ってひどくはしゃいでいる彼ら 
遺物をぐしゃぐしゃにまぜながら
ヤキモチして書いた恋文も破り捨てられ
イニシャルの入った指環も燃やされ 溶かされて
そうして人の思い出を破壊して気が済んだのか 
子供は嬉しそうに鼻歌交じりで帰っていく
乞われるまま 望まれぬまま 
中身は 影すら残っていない
だったら たとえ何度そうしても 
無碍に絡め取られてしまう末路
麩菓子が炭酸に溶かされるみたいに
石で頭をかち割られるみたいに
永い時間すらも無効にする 人々の無神経さよ
けれど それらはわざと
誰かに見つかるように
浅く埋められたのではなかったか
あえて発見されて 
ひどい目にあうように 
設計されたのではなかったか
だったら 別にそれでいいじゃないの
砂に描いた時計のように いつかは消える関係性
わたしの心に植え付けられた 得体の知れない不安遊びを
時間をかけて ふたたびあなたに結びつけたいの
口ごもって仕方のない 今の可愛らしいあなたに
思いっきり心の底までぶつけてやりたいの 
それが真に朽ちるまで 色褪せないふたりの不安遊びを
永続的に閉じ込めて いつでも確かめられるように
死なばもろとも ひとつのアルバムに保存したいの
そうだ 今度は 思い出だけではなく
私たちの肉体ごと 一緒に埋めましょうよ 
時間とともに ぎゅっと固まるかもしれないし
もしかしたら化石に変わるかもしれないけど
それならそれで もっと価値が出るかもしれないわ
それとも今度こそ 誰からも見つからない方がいいかしら?
とこしえの技術は きっと私たちの味方
あの頃にもどるには それだけの時間を刻めばいい
あなたと一緒に入る銀色の殻を 私は拾いにいく
かつて埋めたそれを もう一度 地中深くに埋めるため
誰かに発見されるかどうかは 
その時が来るまで わからないのだから
それをやるだけの値打ちはきっとあるはずよ
恋人の本質は 誰かに発見されてこそ
ほんらい輝くべきものだと 私は思うのだ









9 前夜祭の子供

友の首を
転がして遊ぶ子供 
前夜祭だから許される
哲学者を気取っているのか
それとも純粋に狂っているのか
まだ温かいうちに
遊んでみたかったの
そう答える横顔は
死を恐れぬ死刑囚のように
手加減を知らない処刑吏のように
けれどね ああ 本番はまた今度
だってまだ前夜祭だから
どんな失敗も許される
どんな犯罪も許される
だってまだ前夜祭だから









10 思想の流産

●淡々とした調子で解剖所見を読む医師。羊水の垂れる果てに尖った思想で意識を刺すのはやめて。無情に流れるぼんやりとした不安。揺れる霞の煩わしさ。木槌の平たいところ。静々と鳴る卑金属の欠片。目覚めるのはいつか。投げ捨ててしまえば楽になるのか。埋もれゆく煉瓦に遠き日々を憂う。魔法にかかった幼い子は黄金色の夕暮れに何を望むか。護ることもできぬ薔薇の香り。足を縛る概念たちの生きられぬ時代。雨の降る国に向けて。心の眠る先へ。そして星屑。純血の沈黙あるいは善悪の濁流。
●心臓に施した手術を気にする医師。辛うじて把握できる最低限の、次の日までの死刑執行。集えない彼らを覆う蒼穹。どこまでも渇く舌で満足できる薬。どこまでも濁る水晶体。何んにもない存在は動物のように捕食する。鼻腔の奥の蓄膿症が取れない。昏い紅蓮の光、けたたましい喊声、その総体が私を殺しにかかる。一茎の追憶だけが流れていく。幻を探る無能な工作員、厳格な夢の検閲官。孤独に震える幼年期を見る。境界線の絶え間ない循環運動あるいは窓から眺める遥かに遠い給水塔。
●瀕死の赤ん坊に咳き込んだ医師。喉にいつまで時空を詰め込むのか。頭上の落下にご注意を。いつのまにか肺で呼吸ができなくなる。深甚から紡げない意味と地獄へと贈られる言葉。墓場はわれわれの死亡現場。記憶をいくつも圧搾へ。俯くだけが人の現実。空で眩めく寂光がもはや光っていない。ねえ泣いていますか。潜れなくなる夜。螢火は無意識界まで燃え広がり、やがて禁忌へと届いてしまう。虚無なる恐怖閾、儀式、神の自殺。愛って何。万能の睡眠薬あるいは岬まで収縮していく己の実像。
●堕胎するだけが専門の医師。切断すべき葛藤の芽。複合音がもう聞こえない。翳りが中空で白濁していく。とくとくと雨が貫く。ただ許していけるか。極端に隔たりは見える。傷口にできた牆壁は残酷にまでとり繕う。何を摑めばよいかわからない。指の先が痺れていく感覚を忘れないで。死線を越えたことだけが唯一の安息。命の重さは貪欲さの現れ。銃を構えたところで無駄になる。引きずった屍体の傷痕を。豚を蹴るみたいに扱われる命。無実の罪人あるいは誕生から纏わりつく奇妙な鎧。
●未来を想像する重く肥った医師。強く啜わねば理解できない全暗闇。迷い込んだ自らの欲望。愛すべき自我不可解性。身も心も蕩けて崇拝しなさい。極上の蜜を頂き、今日も明日も貪り尽くす。胡乱な眼を浮かべて脊椎を痛める。胃袋が裂けていく痛み。飢餓を知らぬ由もない。卍を切ることもない人生。成熟を早めるだけでは死を迎えるのと同じ。もう怖くないよ、お願いだからそんなこと言わないで。地下の実験場で放った弁解あるいは幸福の機械音痴。
●荒廃した胸を聴診する医師。平穏に流産されゆく私の精神。記憶の塋域、その固着。脳の棘波が何を象徴してるかわからない。そういえば喚いたことがない。妊娠痙攣を発症する者へ、この分析法を捧げる、特殊な条件下の予測結果はまだ利用できるので。今はまだ傍流の方がいい。隠され、防衛されるままに受け入れる人生予報。途切れた意識の合間に存在する抵抗の物語。重要なのは死んでもいいから体験すること。殲滅された自由連想あるいは古い宝石箱の中身。
●専門知識すら常識すら有していない医師。他人の優しさが毒々しい色をしている。洞窟に入れば食い千切られることはわかる。なんて単純な季節の連環。平然としていられない自分が歯がゆい。愛想笑いばかりしている。悪夢化する自分の脳髄。蓋をしなければ永遠に反芻されゆく文字列。独自の論理の綴じ目がほどける。重篤な思想に安全弁を設ける。終の棲家としての病院。あれが百鬼夜行だよ、汚い人間の心だよ。溢れていく偽善病あるいは常に感じている自分の感情破壊者。
●白痴の少女を何とか救おうとする医師。眠れる氷魂、水銀の揺れる舞台。横たわる死体を食んで、彷徨う眼球へ。あの頃の孤独を思い出すの。血を飲んで血を吐いて救済。一千一の夜と死。橋の崩れる夢を見た。底のない現実で鬼は殺せない。深い闇は自分の影。叶わぬ願いは星へと消える。淫らなこの肉体を誰か切り刻んで。月に一度は犯される。擦り硝子の向こうの出産光景。無月経の家畜あるいは生きていくということは永遠の生理痛であること。
●不在の医師。繋がりあえない。遠くにある土のふるさとの、首の上からの消滅。愛なんてしょせん深い自殺。心中した路上の若者の死体、それを食らう犬。老いさらばえた神さえ知っているこの哀しみ。前世で死んでこなければよかった。輪廻をひたすら俟つ。這いつくばって重力を感じる。雨に始まり異形で終わる。虚滅に進み塞ぎこむ他界王。ただひたすらに痒いだけ。逆さにした砂時計もしくはすべては思想の流産へ。











11 無限の汝

エイズ時代の私たちへ
突然くずおれる膝
忽然いなくなる友
冷静な日々はひび割れる
いくら泣訴しても戻らない
哀れなる私たちに救いを
そんな言葉は空虚にさまようだけ
救いを求める私たちを誰が見定める?
私たちだけが私たちを見ているに過ぎないのに
時代に流行る自分だけを手に入れるな
余計な自分・生き抜く自分・誘惑する自分
密告者・征服者・錺職の喪失
私の坩堝・私の混沌・私の健忘
涙・涙。あとどれくらいの私を持てる?
記憶に縛られない自分をどうにか
靭帯の引きちぎることを学んだ私は
もはや幽霊的な私になることしかできない
私は私を失う 
早くそうしたい 
早くそうなりたい









12 神殺しの儀式

埋め尽くされた神の遺骸
惨殺された人ならざる者の祈り
空中を漂う無念・それの成れの果て
神殺しの儀式をおこなう凡百の人間
土の壁・混ざりあう花びら・上澄みの精神
彼らの忘れてしまったものたちの美意識
神の死後写真を見事に撮影して喜んでいる
それは眩しくて目を瞑ることに似ている
微かな隙間の逆光だけが彼らを照らしている
散らした花びらは眼前にはもはやない








13 死滅

どうにもならない
近づいてくる靴音
どうやっても途切れない
靭帯の切れる音
喉音からこぼれる苦しい息
歯の痛みだけを共感できる
死滅すれば天国も地獄もない
死滅すれば・・・















14 巡礼の向う側

あなたの狂気を目覚めないようにする方法なんてあるのだろうか
もうすぐ聞こえてくるだろう 巡礼の向う側の あの禍々しきサイレンの音が 
あなたのできる唯一のことは今すぐその両手で両の耳をふさぐことだけだ











15 無宗教

朔の日が近付くにつれて孤独地獄の餓鬼どもが奈落の底いから儚い悲鳴をあげる。
幻声ざざめく歯車の世の末、水門のうち、不安を帯びた河童の集団が朽ち果てた。
凋落せしめんとす無辺の彗星は、水槽水に似ている防衛的風景の色で満ち始める。
飛散する凝血こそが我が乳汁、紫蒼なる髄液圧の象徴たる心情の焼き重ねを観よ。
「さらば!我々全教徒の手脚を貪る他界王よ。僭称すべき犠牲となって鬱ぎ込め」
「さらば!我々全教徒の完膚無き咀嚼音よ。陽炎の心臓で鈍った庖丁を剔出せよ」
「さらば!我々全教徒の魚臭の染みた無意識よ。辺鄙な沼地で間断なく儀式せよ」
赫蜘蛛の群れが一颯と草を薙いで、連綿と続く鳥黐の床罠に旺んに這いつくばる。
「さらば!我々全教徒の携える堆積岩よ。その黒き瞳から永遠の惰眠を吐逆せよ」
「さらば!我々全教徒の欣然と哄笑う畜生よ。未来に塗りたくつた忘恩を奪えよ」
「さらば!我々全教徒の重く肥つた薄ら暗さよ。可死的非在なる亡霊をすり潰せ」
砂の意識は空漠なりて、もの問いたげな真空の拡がり、感染させるべく大狂気へ。
遁がれる黙想の尖先に見うる茶黄色い芒の群れ。仄暗き棺を無理に開ける必要を。
屑菓子を頬張り喰らう両の口から廃棄されるは胎盤の絆し、選ぶ終焉のさてはて。
一層凄愴の度合いを嵩ねて天へと高める音域と妄想を波及させたるは干潟の泥海。
凡て煩悩的な獨りぼちよ。ちょと善さげな、けれど不細工な頬笑みをくれないか。
「さらば!我々全教徒の口走つた葛藤の芽よ。冥々たる水鶏の神経叢を断ち切れ」
「さらば!我々全教徒の臆面もない深甚な恐怖よ。子へ至る道上で偽悪を審けよ」
「さらば!我々全教徒の夕嵐を分娩なさる太母よ。幻の賛美者の面前で崩折れよ」
黝んだ煉瓦屋根のひとつ家、その中で反響するは毒の飲み物、絶叫なる蟲の銀杯。
聖球体の胚芽状態はますます順調、破滅ヶ丘に佇む羅列神の大痣、鳳凰の双歯牙。
畏れいった少年少女の窒息感情、各々の夕暮れに表意識を飲みて記憶づかせたり。
見当らない菩薩、驟雨、そこ果敢となく淑やかさを孕んで湖水の底に沈んでゆく。
「さらば!我々全教徒の怠惰に鎔けた無愛想よ。其は蜜柑の幾筋の馨りであつた」
「さらば!我々全教徒の虚構に啼いた夢よ。深遠たる暗澹に失神する俗に及ばぬ」
「さらば!我々全教徒の詩を認めた羊皮紙よ。厖大なる知識を瓦礫粒に打擲せよ」
乾ききった仙人草の食い込む荊、まさに神経症じみた抜け殻の涯、消えた笑い声。
嗚呼、空に耀く口移しの蠍火たちが蚯蚓の這った万能快楽の輪郭をぼかしていく。
地中に凛然と燃ゆるは皎い輪廻転生の塊まり、まっこと方舟に載れぬ亡びた尸だ。
花冠から呪いを抓み出せば紡錘形の高圧鉄塔の天辺から昏がる処女が身を投げた。
脂肪の袋がひとつ墜ちていた。そこには画鋲の如きせりあがる意識の逆影法師が。
黎く膿んだ記憶がどこからか湧き出して空を幾瞬見上げれば悪魔の顔が近づいて。
「さらば!我々全教徒の葬送たる哀しき恋心よ。虚を吐く慈愛を黙して受難せよ」
山峡から流るる颶風、魍魎、狐狢狸の囃子、犯し合う恋人たちの覚束ない交媾よ。
死に至る血腥い顛落の結び、ただひとつの小神が幾雫かの蚯蚓酒を無為に撒いた。
こうして我々の世界が開闢し拓かれた。大地と日華は一切の縛もなく出来上がる。
布かれた胤の壮大なるご満悦よ!山襞から今すぐにでも薄長い陰翳が曳いている。
これからは満たされるのだ。砂利を含んだ拙い蛇門、空恐ろしい幻夢の始まりが。










16 ため息以下

外骨格はどこにも
頭蓋骨はどこにも
干からびた息づかい
思わず涎を垂らした料理は腐って
買える酒の量は減るばかり
もう一杯ください
モウ一杯だけクダサイ
日々は過ぎていきます
受け継いだものも焼尽
そのたびに水嵩は増して
いつしか溺死量まで達するはず
ため息も吐けない生活を
どうやっても護れぬ自堕落さを
どうぞ嘲笑ってください
だれか嘲笑ってクダサイ









17 野垂死に

理知的な大人を演じたかったの
光るものばかり見つけて
夢には馬 現には空蝉
哲学者ぶって巨きく口を開けた姿は
まるで廃棄された発電所みたいね
貯め込んだものはまるで意味のない夢
線の繋がっていない電話は鳴らないなら
谷底の生活も悪くはないか
高らかに闊歩しても
安らかに逝去しても
どれもこれも野垂死に
だれもかれも野垂死に
もうそこに出口はないわ
あるのは行きどまりだけ
空包みばかりが落ちている・・・









18 審問官たち

ありとあらゆる地獄は自らの精神に依拠している
ありとあらゆる拷問は自らに仕向けるものだ
宏大無辺の無縁なひとびと
因果応報の鏡に映される自らの寸大
実はふたつは同じもの
異常に拡大する領域のなかで
生き延びるために防禦壁をつくり
孤立の平安に閉じこもる
だが内外ともに疎外されてしまえば
自分はいったいどこにいるのかわからず
自らの陰陽が喪失してしまいかねない
そして時計塔のごとき冷たき安泰は
いつ襲われ侵入されるかわからない
さらに入り口も出口もなければ
自らのおぼろげな思想が流れ
その排泄が自らに返ってきて
自家中毒に陥るしかない
自らのメドゥサに石化され
鋭い無時間性に支配される
孤独こそ月蝕
孤独こそ真実病
いずれ壁が迫り
つぶれてしまう
自分に殺された自分の
血液だけが赤く光る
誰も知らないまま
気が付いたら
名もなき自分に
裁かれている

大層な墓なんてなくとも
いつかは死を迎えられる
先史時代の木が生えていた土地
埋められたいけにえを掘削する
そのまじないを解き放つつもりか
道案内もなくコンパスもなく
水準器も壊れれば
自らの足首を用いて
歩かねばならない
怱々と絶縁した他人の肉体
それを借りぬとも
この身をはたらかせ
唯一の目的地へと向かう
己を縋りつける紐帯はない
他者の範疇に縛られず
生きねばならない
俗にまみれて死穢を食って
そうして過ごした人生が
無残かはどうかはわからねど
何も読み取れぬままそっと死に落ちる
それができれば人としてじゅうぶんだ
静かに死ねる能力こそが
現代人には足りない

若い女性が
ピルを飲んで
何を捨てた?
何を得た?
引き潮の障害
満ち潮の障害
答えは羊水の死児がもつ
古めいたる岬に佇めばたやすく
からからした月の声が聞こえる
流れたヒルコは天を仰ぐ
星の空に映る自らのちっぽけさ
母に捨てられたと嘆く
自分は毒物だったのではないかと悲観する
母を怨み続けることで濃度は高むり
その毒は来世に引き継ぎ
いずれ母を憑き殺すだろう
しかえしをし、殺し殺される関係
それはお互いにたましいを削り
破片にしていく作業
行き場のない繰り返される憎悪は
結局は個人の衝動ではあるが
いつしか壮大な惑星の流動となる
処女なる乙女を供犠に捧げなければ
不開の箱に入れて
冷たい氷湖に沈めなければ
この情動は留まることを知らぬ
浮遊した霊は闇に昏く耀いている
いまでも怨讐の念は宇宙を巡っている

水面に映る建造物
聳えるだけが世界の在り様
生きるは目前の影を追いかけること
死すべき獣の大きく重なる臓物
闇を剥がすと無しかない
死ぬより怖いものはない
けれどそれは救いだ
古来より独裁された場にて
らしくない希死念慮の溢らるる
陽光のさんざめいた瞬間に
道端の灌木を拾って
そっと庭に植えて
簡易的な墓を作った
水に映えればよし
この身の不幸を流して
乱れた枝の天へと向かう余力
こんなきれいな朝方に
死ねるなんてどうして幸せ
夢幻の幕切れ
一片のわずらいも失くし
仄かな愛を自らに捧げた者
天使に寄す

一時的な流行
そんなちっぽけな時勢に乗って
あなたはどこへ往く
矜持をふりまいて
死ぬときには何も残らないというのに
流れ星が
焼け焦げて姿を失うように
ほらあなたの影はもう
自らの影の影すら失っている
もうすぐ身体が消えていくだろう
等しく何もなくなる
残されるのは醜く焼け落ちた瞼と
そして一時的な流行の記憶だけ
痛みの感覚すら残らない
身は人屑ぞ
肉の軛からは避けられぬ
火葬炉から聞こえてくるやりとり
死霊のあなたたちは
死んでも報われないよと

鎖で足を繋がれた自らを解放した自ら
そもそも深い地下に縛ったのも自ら
指が勝手に暴れるのなら
その指を切り落としてしまおう
切り落とす指も自らで
切り落とされる指も自らで
百鬼を呑み込む大きな蟲獣
吉凶占っても
その運命からは逃れられない
生涯自らの愚を振り翳し
道徳家ぶって這って生きる
目を傷め耳を怪我し身を引き裂いて
人が暗闇を怖がるのは
自分の影に呑み込まれたくないから
しかし影はいつもあなたを見ている
だからいつしか
自分の影と大戦争を起こさなければ
文字通り己が獲って食われるのみ
いつまでも平和な時が訪れるなんて
誰が言ったの?
影は敵であり常に戦いを求めている
審判は自己の内部から下る

茂る藪の森では
生ける人間が見えない
ガス室では
生ける人間性が見えない
たましいから出血している
たましいから死亡している
光を肯定する影と 
影を否定する光
自由裁量のもと
自らの汚歪を
処理しなければならない
もう死へと近い命
異郷の地に流す血液
踏みにじられた祈りはどこへ
きっと泣き虫が迎えられる場所
空はやがて堕ちる
終わりをただ受け入れるには
伴侶がいるのだ
徹底した人間ったらしい伴侶が

他人に触れることは
泥に触れること
沈んで底まで呑み込まれること
悲壮の果ての人間関係
先の生涯を想像することも
過去を想い巡ることも
できぬか弱き存在よ
満たざる狂いと
枯れ果てぬ熱量は
取り返しのつかぬ過ちに似て
意地悪に笑ったその顔は
愛にあふれた地球の縮図ぞ
乳歯のきらめき
閉じぬ顎
乳を吸綴する幼き口唇
つい先刻まで平静だったのに
偶然大事な人を傷つける
棒片と糸巻を握る赤子は
屈服することなく
それらを投げ捨てた
重大事態だ
緊急事態だ
おれの脳が被毒しないように
おれのからだを守るために
凛として殺せ
殺し尽くせ
しかし一体だれを?
だれを殺せばいい

地下にある棺
自らの屍体が安置されている
映る大鏡を見る瞬間
焼き殺される我らの我ら
その時
自分の中の審問官たちは
なんと宣うのだろうか
なんと決定づけるのだろうか
その眼窩には
自らの醜いかたまりを垣間見て
それに耐えうるこころを持っているか
錆びた短剣が胸を刺せぬ
堂々とした心臓を持っているか
大審問で裁くのは自分で
裁かれるのも自分
死は自らあぶれ出す
身体が軋み限界を迎えたあと
最期の寂しさが待っている
逝きつく先で下される失意に
ただ従え
地獄の辺土で
ただ従え







19 水没圏

人の流された無言の街を見よ
静寂の讃頌歌が
ただしずしずと鳴らされ
ほの暗い隘路から
来たる男は
にっくき氾濫王なり
大鴉の羽撃く
音の現れと
水滴の垂れ
聳えるダムの
落ち逝く水は
陰鬱な潮に流れだす
さかしまの橋の弔い
美しの尖塔は
千尋の溪へ落下
魂はあまねく
深い天へ接吻を始める
嗚呼!
愛溢れるメトロポリスは
ついに王領に達す!
裂け目に浄められ
もはや月に曝されることのない
巌を人々は見つめ
自分たちの郷が
壁龕に蔽われていたことに気づく
これからは
晴れた空がざわめき
レテの川ができるころ
この星はさざ波もたたない
青い球体に戻るのだ
もしくは
淡青の淼淼たる
睡った夢になるのだよ








20 大機械

稀薄な脈を殺してよ
分裂の恐怖を
味わわせないで
そんなことを思って
造られた機械
それは
大きな音も出さず
わが身に罪を滲みだす
"自動リストカット装置"
無数に咲いた裂帛は
手首を無情に切り刻んでいく
紙でできた月のように
生命の韻動を
ことごとく弱めさせる
しかし
死ぬことはない
まったく安全な
"自動リストカット装置"
その機械を眺める男
彼は即死王
こんな幼いものなど
熱病者の青い夢だ
しづかな霊魂など
できやしない
そう言って呆れ
この世を去った
魂の剥がれ落ちる感覚
透明な血漿を
真白の砂に流して
死なぬ機械を
幾度も機動させて
それでも足りない
ひとりの少女は
脆い心悸の鼓動
弱々しい音色を鳴らし
この大機械だけを信仰して
部屋の隅でふるえている……
呼吸が乱れ
廃人のように
虚無のまっただなかを
這いつくばっている
嗚呼!
だれか彼女を
優しく
撫でる者はいないのか
どこか
彼女の冷たい膚を
温める機械は
ありはしないのか








21 幽霊の役

幽霊の役をしていたさっちゃんが
本当に亡くなったら
本物の幽霊になるんだね
誰も恨まない幽霊になりたい
って言ってたっけな
海水に溶けるクラゲになりたいって
小型ピストルのような恋をして
人生に花咲かせたさっちゃんは
ひとりで幽霊になったんだね
まるで敵機に撃墜された
飛行士が空気に溶け込むように
ほうら 今では ずっと一緒さ
理科室に閉じ込められた魂を
今解放してあげよう













22 スキャンダルを重ねて

囲い込んで 可愛がっている お祭り騒ぎ
チヤホヤして おちゃらけて 乱行パーティー
気持ちがいいから どこまでもヤろうよ
バルーンの中で 無重力装置を使って
どこにだって移動できる 誰とだってできる
電極を差しながらヤる人もいる 人気あるんだよ 刺激がいいんだって
永遠に入れかわろう・いつまでも続投する余裕はある
教養を必要としない・入れ替わり立ち代わり
恩もない 愛もない あるのは即物
相性ってこうなりゃ どうでもいいこと
存分にのろけたらいい きわめて生理的なものだから
もう照れる必要もない 恥ずかしいわけじゃない
ここでは気持ちの良いフリをしなくてもいいんだ
人格をすりつぶして 500人でひとつなんだ
誰かが死んでも 代わりが入れられる
私ら人形なんだよな 世間の藁人形
生命力の実験 性なるサンクチュアリ
胸が潰れるほど アソコが擦り切れるとき 最高潮に達する 
パウダーを振りかけて 上空何万フィートで
何事も隠すには地下か天空か
人目に触れず 私たちは交わり続ける
こうして集合意識はできあがる 
最初は単なる金持ちの遊びだった
そこから発見されたこの方法は
神話的に続けられた
伝統のタレを継ぎ足しするように
私たちで作られた集合意識は
どこまでも膨張していく
地球を覆っていく
天国が近いから清浄になるのかな
けれど死ぬことはない
だって不老不死だから












23 征服者

涙の痕を残せ
血の唾を吐け
傷口を開けろ
炎を熾こして山を燃やせ
毒を流して井戸を汚せ
人々よ忠誠を誓え
地に平伏せ屑折れろ
切り裂く痛みを浴びろ
そして死の歌を歌え
我こそは
征服者なり
お前たちから
月も太陽も奪ってやる
これから
お前たちの視るものは
仲間の処刑だ








24 奴隷

かの国の末裔
今や奴隷に身を窶す
お前は何を見るのだ
いつぶりの故郷だ
夏には虫が鳴く野
冬に枯れた宿り木たちよ
ああ
遠くの町が燃えている
奴隷にしか見えぬものがある








25 見えぬ者

おれたちは見えない者を
ころしている
遠く離れた国の人たちを
いっしょの陸地に立っているのに
おなじ太陽のもとに住んでいるのに
いつか会えるかもしれない人たちを
毎日ころしているんだ
いつか友になれるかもしれないのに
いつか理解しえるかもしれないのに
ともに人間なのに
おれたちは見ぬ者を
存在しないかのように
ころしているんだ










26 非王国の現実で

おお、誓ってくれ 目の前を阻んでいる鉄格子の 最大の包含物は自分自身なのだと
おお、誓ってくれ 誰にも向けられていないその祈りは 自分を開き裂く切っ先なのだと
異端の少女を次々と惨殺した 罪深き咎人は 読者によって解き放たれた静寂の怪物だった
全ての物々を 恍惚の波の泡粒に沈黙させ 全ての言々を 顔のない現実に歿しせしめた
彼の疼く精神は 一冊の書物でもあり 詰問され神経の極弦に至った皮膚感覚でもあった
喘いで唸り続ける 傷ついた獅子の仔よ お前が足を引きずってまで見たいものはあるのか
いや きっとそんなものはないのだ あるのは非存在の王が命令して築いた建造物だけだろう
入口も出口も見当たらない疆域門 生まれ落ちたのはここで あなたが死んだのもここだから
圧し掛かる終焉でも崩れえぬ楼閣 開けられない屋根の蓋は 永遠に死んだふりをしている
透明な漆喰で塗られた壁のなか 隠れた者は誰なのか 見ないようにしている者も誰なのか
実弾の込められた銃身を抜いてでも 並び立つ少女たちの剥製を傷つけることは許されない
取り換えの利くような専属殺人を犯した少女たちの 精神内在にも似たその場所の在り様は
治療者がいかようにも解釈できる 典型夢でも架空の戦記でもない ましてや虚構ですらない 
どのような過去にも未来にもない 無の有のあいだにそっと佇む ひとつの偉大なる王国だけ
少女たちが甘んじて受けたのは 弾け散った従者の心臓か それとも病んだばかりの荊歌か
不在の王国に住んでいる唯一の国民は 少女の死を乞い願うだけの作業に従事させられている
瀕死の王国に敷かれている唯一の道標は けして血の流されていない屍に捕縛させられている
行き場のない人間じみた獣たちの たったひとつの ああ 美しすぎる消えゆく厳かな命
死んでも死にきれない魂の群れよ 非常灯で仄かに照らされたのにも気づいていないのか
闇が腐敗したのちに残されるのは 異形の光と 手首を切り落とした時の密やかな象徴音
貴族でもない 下賤な民でもない あなたの唯一の身分は 敵対相手のいない戦争の肯定者
鏡に映った自分ですら 苦しめることのできない苦しみよ 傷痍も欠損も 引き受けられない
寝起き狂った頭を どう引っ掻き回しても 紛失した現像写真の駒絵を思い起こせないように
愛すべき隣人や共同労働者のない土地では あなたは何も信じられない 脚の悪い馬と同じ
歩くことも身動き一つもできないような 世界の停止者 首を絞められた生身の生存者なのだ
相克の不可能性 修羅の不到達性 闖入者の時間はなく やはり遠く離れた場所でもなく
これ以上なにを知りたいのだ 埋めるものも零すものも持たない 少女の完全な月経周期
明確な境界があるとでもいうのか 聖なる不具の領域に もはや生贄を必要としない祭壇に
捧げられ 自ら敗北し 投降した者だけが行くことのできる 美しすぎる非王国の現実で
もう行く涯すらもない 戦うこともできなくなった 異端者ゆえ普遍者であるあなたこそが 
今まで辿り着くことのできなかった 真の王国に 亡命者として無条件で受け入れられるのだ 
ようやく諦められるのだ ようやく喪に服せるのだ 深き水底に崩折れた神の塔のごとく
喜ばずにはいられないだろう あなたが酸鼻きわまりない少女たちの死体を創ることを
これからあなたは殺人者 愛する少女たちを殺すことのできる 王国内の唯一無二の殺人者
それが非王国の現実なのだ 救いも救われもしない それだけが 非王国の現実なのだ!











27 他人の吐いた酸素

たとえ自分自身の核があっても
いつかは破壊され持っていかれるのだ
名もない餓鬼どもに連れ去られるのだ
そして記憶をすべてうしなって
聾唖者となって逝ってしまうのだ
睡り呆けた無力な赤ん坊のように
安全な場などどこにもないのだ
世の中、砂みたいな愛情ばかりで
噛み潰しても痛みはない
倒れそうな廃ビルも
乱暴に犯すあなたも
傾倒した昭和作家も
流れっぱなしの想いもついには涸渇した
身体の奥底から湧いて出てくる空っぽの感情
涸れ果てた肉体のうねり
息ができるだけでそれだけなのだ
呼吸をして他人の吸った酸素を取り入れる
それだけが自分が生きてる証なのだ
けれども
逆説的に僕だけの酸素はどこにもないのだ
結局は他人の吐いた酸素を吸って生きている
どこに行っても他人がいるのだ!
それに気づいたとき
僕は赤の他人にまみれて
消えてしまったよ













28 どうでもいい

血液
射幸心
履きなれた思想
砂浜に無造作に落ちたコップ
獣脂を溶かした祈り
瑪瑙の煩悩を破り
現出したのは他人のかたまり
どうでもいい
どうでもいい
大事なのは大事な自分だけ
シワよせが来る自分だけ
















29 さよならに向けて

千羽鶴を焼いた
悲しみが煙となった
その灰を吸って
私の行く末
もう駄目になりそう














30 ジキルとハイド

僕はジキルなのか
俺はハイドなのか











31 たった一度、想像しただけ

「恐るべき世代」よ
愛を望む青年の想像した
たった一つの素晴らしき楽園は
想像の中でしか栄えられなかった
想像妊娠した聖女は
神の息子を想像で産んだ
そうだわれわれ人間たちは
神々の想像物でしかないのではないか
生きているかぎり
そっと拒絶される胸中の叫び
海水と同じ成分でできている夢と希望
灯を持たず闇の冥王に裂かれ
もう一度地底から人生やり直し
影を更に知れ
影を更に刻め
神に媚を売るのか
当の神は頭を垂れて呆けている
あまりに忘れられていたから
こうして神を殺しながら
自分を神と宣う驕りよ
たった一度、想像しただけで
神話の覇王となったつもりか
地の落ちたお前など
最初から去勢されたエディプスだ
さっさと目をつぶせ

「恐るべき世代」よ
自分のへその緒を斬ったナイフで
誰を殺し続ける
細胞を広げていった先が
樹木が朽ち果てていく土壌地だったら
もし自分が赤ん坊だった自分を
育てなければならないとしたら
きっとその醜さに驚いて
錆びれたゴミだらけの
コインロッカーに抛り込むのではないか
自分は窒息し乾涸びて死んでしまう
かといって灼熱の太陽の許では
同じように乾涸びてしまう
人生とは稚児の遊びの延長線上
靴を思想を肉体を履き違え
取り換え効かないことをいつ気づく
自らの心臓を情報雑誌に委ねた
潰れた貝殻を拾っても元には戻らぬ
たった一度、想像しただけで
性交の仕方だけ学んだと思い込んでいる
その対極の死王を侮りすぎている
お前の種はもう育つ地でもないのに

「恐るべき世代」よ
毎日の新聞を食い散らかして
いつまで恵みを乞うている
廃材を集めて幸せを乞うても
そのパイプにどんな力があるというの
伝統的にしきたりを破ったのはよいが
友人一人も誰もついてこない
虚構の称号をほしいままとしたところで
ふさわしい特殊な名詞などないのだ
きわめて平凡な睦びがお似合いだ
儀式ばった行動の深層ありふれて
浅い物言いしかできなくなっている
代用品で欲望を消費している
剽窃の繰り返しには眼暗のごとく
変なところで適合しても
それが狂ったってことでしょ
最も葬られているのは自分のこころか
たった一度、想像しただけで
自分は満たされていると錯覚している
虚の充填物を棄てろ
おぞましい魔術を使え
もはや自分と内乱調停していくしかない

「恐るべき世代」よ
かつての者は言った
履物を脱げ
お前の立っている場所は
聖なる地である、と
ひたすら俗なるあなたは
愛も知らぬ 十字架も知らぬ
粉々になった宇宙の断片でしかない
窓辺に咲く花の罪つくり
隔てられた当てのない戸口
入り口がなければ追いかけられず
血を塗った想いも持たず
もてあそぶだけの人生
目蓋から零れた水は蒸発した
二人組の神の握った腕は
しびれを切らした
ぞんざいな
テロリストによって
バラバラになって
一本の柱は倒れた
天と空を支えられずに
みな圧搾されて消える
何気ない思考に殺される
たった一度、想像しただけで
神を模倣したという
現実はもはや
錆び屑のマネをしているにすぎない
幽冥界からの怒りを受けよ

「恐るべき世代」よ
鋳型が流水した
生物実験室で発見された数値は
実際の恋愛で生かされることはない
列挙された要因のどれも蓋然性はなく
残虐の叫びに見いだされる血の
煌々とした紅にしか証明されない
流れる水に果てた鳥は那由多の先
優しさの先にある人の死骸
あらわれよ あらわれよ 
衰弱死した自分の感受性
殺されよ 殺されよ
肉体を通しての自分の脆弱性
自然流露的なことばを失った
借りた言葉 痩せた考え
目に見えない肋膜がわれわれを取りつく
礼賛崇拝する者は枯れ果て
焼失された思想を採るしかない
深い悩みを持ち想像力を養う
土の上で胡坐をかいて
手づかみで石を食い
絶え間なく草を吐き
神と性行為をおこなえ
掃き清められた無菌室で
まさか妊娠などしてないだろう
縄も撚らないその指で
放り投げるのは自分の純情
たった一度、想像しただけの
非現実な夢なら見ない方がいい
死すら想像できない者に生など要らぬ
さっさと死ね

「恐るべき世代」よ
豚に餌をやってるつもりで
自分に食べ残しを与えている
どうやって死ぬつもりだ
他人のせいにして
怒りながら死ぬつもりか
たった一度の
死を我々は無碍にしすぎている
どこぞの天国に移ろって
声を失った児童のように
何も言えない状態が続くだろう
浄界の王が言った
今更、聖なるものにはなれぬ
しかしお前はそっと死ねない、と
無数の王の一つでしかないのだ
突如、融没する足首よ
突如、切断された主翼よ
自分の肺活量で
思いっきり呼吸したことのない者よ
たった一度、想像しただけの
聞こえた声は何を言っていた?
聞こえないふりをして
閉ざしたのは
何だったのか考えよ
お前たちは未来の懸け橋
不気味な、きわめて不気味な未来へと
続くために犠牲にされた世代なのだ









32 巻貝

巻貝の螺旋の中には
むかし殺された女の無念が
孕んでいるのです
だれにも悲しまれず
ひとりで死んだ女のたましい
死の世界にも生の世界にも
どちらにもゆけず
とわに漂っている
いまでも巻貝を耳にあてれば
その叫びが聞こえるでしょう
ひたすら哀しくとどろく
その怨みが








33 黙殺

人生というのは
全生命全存在を賭けて
狂っていくようなもの
人生というのは
地獄とこの世を
語彙に窮して
声も出せずに
履き違えたようなもの
精神をすべて壊して
残った粘っこい絡みこそ
純粋な己がしかばね
飲めぬ真実
まるで不良品の人工声帯 
あとは
黙殺されるのみ








34 副葬品

赫く錆びた一体の埴輪
永い時間を経て
泥でその身を汚しながら
死の王に従事する
人工の涅槃をみつめて
千年も佇んでいた
その身を窶して
欠落していくつちくれ
形を変えながらも
姿をなくしていく
空間に溶解していく
いつになれば亡べるのか
もし朽ち亡べば
この世には
ふたたびはもどってこれぬ
それでもよいのなら
その積み重なった時間を
祝福しよう
そして
闇に濡れた
死へ帰そう









35 制止、少女、不安

少女 虚世を開ける鍵とは 全きことの異常妊娠
我が子を喰らう暴力恐怖症 その果ての無理解の僕
残像発作 偽態の動物 隔てをおいた人々の群れ
押しよせ あらわれる 鉄塔放送・電波ラジオ
たれ幕の向う側にある 悲哀・悲瞳・爪の痕
無性に欲しがる お菓子の家 崩れ落ちたブリキの楔
紺碧の穹空からは見えない 平べったい自己と爪
そして前衛的な身体病 蝕まれるのは精神でなく?
これは恋の痛みなのか それとも強固な国旗掲揚台?
屋根裏部屋にて 和綴じの本 口に出して読んでみようか
電気の動くうちは 誰もがまだ視野狭窄 眉も動かせない
大災害の投獄 現実への夢の流出 神の排泄物
沙漠の裡の 遣い物にならない錆びた金属檻
誰もが知らぬ 孤独の存在王 この夢兆の意味は?
少女よ わけのわからぬものが多すぎる
お前を傷つけるものを ただすべてを食らい尽くせ 
とくとくと溢れる不安を 静かに絶叫・殺すのだよ









36 六十億年の身体病

歯を歯をもって砕き
鼓動を鼓動をもって打ち
臓器を臓器をもって消化し
よろめく身体を
ふらつく身体を
心で受け止め
そうしたおれには姿はない
呼吸もない
遠くの少女の
眼帯の奥の眼球だけが
芯を持っている
輝いた笑顔は首を吊って
情けないんだヨ
音楽はここにはなく
躁 鬱
躁 鬱
躁 鬱
仮面 髪留め
性衝動の落下 案山子の制服
飴玉を舐める舌だけが
現実に生きている
口の穴から軍隊がやってきて
手や足や指や爪や
首から下や
腰から下や
狂ったアニメのように
青龍刀で切った動脈のように
溢れ出てくる
ハァ 嘘
ハァ 嘘
ハァ 嘘
どこから見られているのか
子宮の中 熊のぬいぐるみ
がらくたの少女のワギナ
目 眼 目 眼
眼 目 眼 目
名前は体を持たない
身体を持たない者に侵略される
どこまでも伸びる
髪のヶ 髪のヶ
もうすっかり疲れてしまったヨ
重症だ 
重症であるようだ
緊張ばかり
痙攣ばかり
足が四本 腕が六本
頭が三つ 脳がない
畸形だ
畸形だ
電動ノコギリで切ってしまえ
林檎を食って林檎の頭
少女が破壊
東京タワーには勝てない
空を見上げて押し潰される
美しい性交
空腹を満たすだけ
あなたのひとつの命は
身体という病気をもつ










37 排泄極期期間中

剱を立てた子守唄
もう誰も聞いていない
季節に咲いた傷膿を抉れば
その芯、その哲、枯れ果てた
逝去った趾、原子菌の開闢、鬼子母の面
吐き嘔された愛は凍花に成り変わる
砥ぎ澄まされた刀身の耀きの
裂けびの失楽、解体恐怖からしてみても
それは倦み疲れた果実、もしくは一種の詩稿
地下室に埋葬された臨終の種
そこから樹つ一粒の夜の春が
いくつもの生き残りと死に残りを
卍印を切るための神殺しへいざなう
目蓋を切り裂いて、錆を取り入れて
虚明、虚題、虚墓、さらなる虚に落ちて
大時計に錄されたアカシアの少女は
強烈な呼息、生に足掻いて
それでも手を離してしまえば
土台磔刑の真空へ氾がって
もはや人ではなくなった
誰がために殺めるか、誰がために匐うか
蒼鉛の闇、毒雪に満ちて
濛々たる異常源に晦ませて
はやく思想の負圧力を下吐さないと
存在の一切れの消褪、消滅したあとの存在の一切れ
妄想の滲んだ世界に排斥されてただ漏れて
問われるだけ、心を神に問われるだけ
わが身に純粋栓を塞いで、自閉するヒューマニズム
思考の抑止地獄、脳髄・脳線を切れと
排泄極の囁きが聞こえる
表層に雕まれた禍々しい葦の華
灌いだ腐水は肉芽に沁み渡る
供物の意味は打ち消され
取り入れられるは飢餓と分裂
投影しただけの心獣の棲み家
ただ背後から出獄するだけ
地面が割れている、塔も支えきれない
それは明瞭りと捉え難い空ごとの作り物
遠隔実験の涯てに
大機械の動き続ける
二人だけの國で
自分の躰から自己が排泄されていく
融ける魂、融ける幻想
無の音楽が鼓膜を狂わせて
視界の彼方に混沌球が見える
廃れてしまった感受性
もうこれだけなのか
隅に残った塵芥を拾ってみて
懸命に祈り続ける
自分の姿はまるで
世界の喉が
咳き込むような
薄気味悪い
排泄物だ















38 神の胃のなか

僕たちは発狂した神の胃のなか
自らの像を溶かされて
あとは干からびて排泄されるのみだ
それが転生とでもいうのか
消化器官をくぐった先は
微生物たちと汚物の楽園か
性も死も晒してみるも
恋人との記憶も残らない
臆病な僕は欲望だけが膨らんで
得体のしれない感情が
ぬかるみのなかで去勢された
闇の中の絶叫
自分の生涯に騙されて進むだけ
症状がでている
ふたり併せても
死者は霊魂だけになって
涙をながしても認めてくれない
恐怖を胸臆に抑圧し
遠くで鷹が翼を広げる
咽喉を斬られる季節
淵に立って飛び下りる
ああ、罪だけが
ああ、罪だけを畏れている
朦朧の果て
脊椎が折れても歩かねばならない
落ちた骨の刻まれた数字
朽ちた錠を開くための
水鏡に映る人影に
大小の蛇が蠢いて
栗馬の死が嘶いた
腐った無数の蓮の花が浮かんでいる
引き連れている子供たちの
哀しい声だけが聞こえてきて
心臓が音を奏でて破裂した
ほんとに欲しいものなんてなく
希望も絶望も抱かない
この毟られるような痛みを感じるのは
まぎれもないこの僕だ
僕だけが
これが
死んだということか
神の胃のなかでの輪廻
死に果てて息果てて
なんと単純な星の巡り
愛も恋も狂って逝って
掠れた声を出して
今日もまた
荒野だけを歩いてる
目的地はなく
ただ流浪の先まで
再び飲まれこまれるまで
時間をかけて溶かされていく












39 略奪

時間を奪われる
命を奪われる
魂を奪われる
禍々しい狂いに
何もかも奪われる
宇宙的恐怖に
私は私を失い
立てなくなった
そして
ただひたすらに
蝕まれていく
理性
もう逃げられない









40 水準器

あべこべの命がはびこったせかいに
もはや水準といえるものはない
原初からはがれた思想を
ひたすら産みつづける病
自然をまねた構造はもはや破綻しており
貧困も宗教も死んで
倫理や道徳の輪郭は
地の底へ
自由という地獄に
浸りすぎている
何が基準だ
何が水準だ
いよいよ
連綿といままで
紡ぎついだ時間は
いま
きえはてた
かつて聖餐台にだけあった
仄暗い現実が広がってきている
そこにあるのは
見知らぬ死だ
見知らぬ地獄だ









41 生活の無意味さ

気を遣れない殺害に意味などない
道徳観も膨らみすぎたアナアキイ
漲る情感もどんな喩えも意味がない
どこまでいってもアナロジイ
倦みに倦んだ空虚の自殺願望
端から端までせりふを附けても
誰からも意味を与えられぬ実生活
修辞的誇張だけが独り歩きして
あーもう馬鹿らしくて仕方ない
首の皮一枚 薄っぺらい抱擁
可笑しくて可笑しくて
わざと胡乱な目を剥いて
何んにも喋んなくたって
過呼吸気味に息があがるだけ
猶予のない生活があるだけで
かつてとおんなじように先は泥
だけど信じたい
どれだけ人を殺めても
どれだけ自ずの首を吊っても
あなたとのキスには意味があるんだって
うまく生きるのにしくじっても
それでも
それでも恋はしたいものです









42 詩人

つくづく思うよ
詩人は狂人だ










43 蝶のとばない夜

この蝶はヒトの夢
何億年もの時間をもつ
それがもう飛んでいない
羽根の垂れた死骸が
宙に浮いているだけだ
そのことを誰がしっているのだろう
そのことを誰がしっているのだろう
時間から血が流れている
時間が殺されている
もう誰も夢を見ない
この深い夜に生命は消えていく










44 人類史にジェラシーを!

ここに70億人のリストがある
私たちはすべての人間の名前を知っている
だからと言って慈悲の心を持つわけではない
私たちが生かす名前を知っている
私たちが殺す名前を知っている
それは何を基準にする?
ペアになる人間を決めて一生守り
誰にバトンを渡すのか決めかねていた
そうして人間が救済リレーをしていた時代 
そういうものと別れていつぶりになった?
私たちは人のはらわたを切る方法を知っている
戦争という「どつきあい」をしても 
どこか本気ではなかっただろ?
だから骨身に染みた言葉を奪わずに
私たちは何かを隠し蓑にして生きていく
でもそれも全て裂けていく
死刑執行者は裁判官ではない 
もうすぐ血の雨が降る
さよなら人類、さようなら人類史









45 宇宙の罪と罰

星型の生物が人類に攻撃してきた日
私は陽気な気分だったのを覚えている
公園で70年代フォークを聴き
目を見開いて昼の花火に釘づけだった
(ろくでもない衝突)
独立した生態系には核ミサイルも効かない
異星人同士がここまで戦えるのか
防空壕なんてどこにもないのに
(ろくでもない衝突)
必死な軍隊はあれほど滑稽だったのに
異星人をやっつけてしまったとき
私は心底面白くないと思ったのだよ
せっかく支配しようと考えたのに
地球人は勝手なんだよ
と誰かが言っていたっけ
ほらごらん 
地球が嘘泣きしているよ














46 神隠しの少年

あの闇から帰ってきても 現世での居場所はなくて
待ち続けていた一〇年間の思いはもみくちゃにされて
彼岸から戻った今でさえ こころもからだも だるくて仕方ない 
滔々と流れる闇の川 もしかしたら今もなお そこにあるのか
置いてけぼりの おれの きらきらのからだ そして たましい
そうだ あの日のことは よく覚えている
彼女との なんとはない 昼食の時間だった
(ほんとうによく覚えている おれと彼女は
少し傷んだ イカのお造りを 貪り尽くしたのだった!)
「いくらか永く続いた平和で愛おしい宇宙の終わり」
そんな話題に おれは素早く相槌で流して
空の平皿をカタリと音を鳴らした まさにそんな刹那だった
たちどころに 何かが割れ 助けてくれと 誰かが叫んだ 
かなきり音が グシャと耳奥を劈き いたずらに暗転 
すぐに地震だと悟った 永く噂されていた 南海トラフ!
本震余震 …余震 余震 ……余震余震 余震
目に映る風景はチカチカして 繰り返す夢のように 
おれの視界は そっくりかえって 高速で しばたたいた
投げやり気味に 此岸から 全身が引き剥がされ
気づけば 飛ばされていた 冷たい大星団の果てに
一体どこへ消えたのか! 虚無に置き換わる ぞんざいな現実
背景のない空間で ただひとり 身動きのまったく取れない
おれだけを撫ぜる 果汁のような 無数の 混沌の渦内で
しなやかに 流れに縫われた繊維のひとつになって
強迫的に いつまでも自分の葬式をあげなければならない
刻一刻 ジッと 孕んでいる いささか不気味な熱量を感じ
叫ぶこともままならない 砂粒となった精神も 恋心も
そのまま 一〇年間も 闇に迎合され 暗に秘匿された
おい! この中で そんな経験をしたやつはいるか!?
現世でも つつがなく暮らせる保険など どこにもないのに
さらにこれは あまりにもむごたらしい えげつない仕打ち 
はるか極界からの あまりに悪趣味で 強情すぎる受罰
死ぬこともなく 一生このままだと 本気でそう思った
だから諦めていた ろくな人生 生活体としてのおれのすべて
しかし しつこい一〇年もの 孤独にも慣れた その瞬間だった
ドンっ と停止していた時間が 再び ぶった切られたのだ
まさしく 彼岸でかつて遭遇した 目眩 転倒 だまくらかし
いくすじもの衝撃を抱いて 冷たい心臓が温まり始めたとき
おれを凝視する 他人の眼差し どこか物哀しく厳しい視線
そうさ おれは戻ったのだ! この卑しい現実へ
まるでタイムスリップ そら恐ろしい刻限からの帰還
収束されたおれだけが そのままの輪郭と形象を保っている
まさしく・神隠しは・実際問題・時間旅行者の果て!
そうして落ち着いた今となって やっと気がついたのだよ 
あの世界は 彼女の たった一本の 髪の毛 だったのだと
おれは 細長い尾の ひ弱な先端に成り代わっていたのだと
それから慟哭 たったひとつの事実が 立ちはだかる 
彼女はもう この世に存在しなかった 亡くなったのだと
時間だけはいつも無神経だ そこには 往生ぎわの悪さがある
フェードインする合間に おれは人間ではなくなっていた 
今でも このように頭をよぎるのだよ
いっそ 戻らない方が よかったのに と
いっそ 戻れない方が よかったのに と
ああ! かの墨のような闇が懐かしい!
















47 2056年への弑逆

どこにもなかった身体をどこかに出した瞬間に存在だけの精神が消えてしまった
その場その時間に歴然と残存したものは中身が空虚な誰とも知らぬ死体である
これが徹底的な殺害なのであり事前に誰も死亡宣言を教えてはくれないのである
近いうちに黒い戦争が始まり多くの人々を漫然と呑み込み溶け込み包み込み
崩れ壊れた死体は生皮を剥がれ赫赤しい血管は零れ落ち骨も砕けてしまって
そして知らぬ間に自分の死体が生まれるということは誰もどうにも語れない
狂気じみた幾ばくの亡者の群れが向かう先はおれの家の方なのであって
それは同時に同時間にお前たちの家にも向かっているという意味なのである
予感なく新たに手術を食らう誰かのはらわたはかわいそうなものではなく
奇妙にも誰からもうらやましい代物として崇め奉られる生贄にもなる
見知らぬ人間が犠牲になるということはおれのところには来ないことと
虚しく錯覚してしまう愚かな人々の集まりだからこそ暴動が起こっているのだ
自傷他害を繰り返すけだものの牙に噛まれて潰れるひとつのこころ
食欲をそそらぬ食卓机の上にあるのは身内の死体と花散る魔獣の群れ
寝心地の悪いベッドに自分を押し込むともう時間がないような気持ちになる
ゴーレムに息を吹き込むほどの禍々しい力を持つ呪文は運命神仏には効かぬ
インク壺の黒檀によって描かれた数頁ぽっちの地獄を味わわないためにも
身体の寒さに感情が昂ぶった嬰児らとの戦争に必ず勝利しなければならない
どんなちっぽけな何かすら見つけられない人生に意味も糞もあるのだろうか
そんなことはわかっているのに脳の中の身体がそれを理解することはしない
それ以降満足するような旨い食事にありつけることもなく砕けて昏倒した
昨日見た夢に現れた年老いて死にそうな男は首を傾げて世を憂いていたけれど
よくよく考えてみるとその光景は何十年も昔の懐かしい光景でしかない
優しさを切り裂いて呑み込まれていた邪悪さを引っ張り出したとしても
2056年までに多くの恐怖と多くの絶望そして多くの生物どもは死んでいく
2056年には自分の身体はバラバラに砕け散って何も残らないというのに
淋しくも何ともないそんな所から何のメッセージを読み取ればいいのか
目を充分に瞑ったとしてもそこから何も読み取れないのではないか
そんな死後の世界を想像することもなく命は鬱陶しいほど無くなっていくのだ
見るもの見られるものそのすべてその塵一つすらも崖に蹴落とされて
雨粒に濡らしたそんなちっぽけな抒情を感じ取れる感受性は破損した
脳頭蓋の中の観念論の渦に邪魔されて徹底的な殺害が上手くいかない
不確かな手応えは益々おれを不安に陥れ正常な基準も軸がぶれていく
彷徨い歩き見つけたものは感傷を台無しにするおれが殺した嬰児の死骸ら
喉を潰すほどの碌でもない叫びは嘔吐感にもよく似たひどい排泄物
宙を流れる絶声は誰の耳にも届かず風に吹かれて現実から消滅した
巨大スクリーンに朧げながら映るは誰の目にも明らかな存在しない肉体
誰にも知られない誰かの死体は結局誰の許にも辿り着けず誰かのままで逝く
千億の星々に手を伸ばしてみてもその理性の埒外では彼の首に手をかけている
目の前の死体が何によって生み出され殺されていったかも知らぬということは
たった今のおれの眼の瞬きや一挙手一投足が奴の直接の死因なのやもしれぬ
そうなればおれは2056年までに一体何人もの他人を殺害し葬っていくのだろうか
自分が殺害されないよう自分を殺害する殺害者を事前に殺害しなければならない
脆弱な嬰児よりも脆弱なおれの手はもはやどんな兇器すら握れやしないのに
戦争の欠けたおれに真に他人の身体に触れることは許されるのだろうか
同じ他人の身体に触れることならば人を救うよりも人を殺す方がたやすいのだから














48 カーミラに捧ぐ10篇

1.ああ切腹の民

枯れた骨のでる荒れ地で
頭髪を剃って袴を履いて
人はみな腹を切る
声もあげられないくらいの
痛みと引き換えに
天よ百千のお恵みをください
いっさいを脅かされぬ
宇宙の意識よ
我らのはらわたは
天まで届きましたか
それとも徒花なのか



2.禁じらた血戯り 

ロザリオを壊す結婚式
不思議なことがあった
赤眼の子供 石を拾う 
強い耳鳴り 聖なる目眩
その瞬間 血が流れた
祈りよ 
甘い果肉をたぎらせて
それは誘惑?
時計はそろそろ壊れ
何をや数えることで
たましいを運ばん
湖畔のつるぎ草を踏み



3.翼を縫い閉じて

誰もいない曇天の下
君よ どこへ行くのだろう
あるはずのない愛を壊して
永久に癒せぬものよ
いっそもがれるくらいなら
自慢の翼を縫い閉じて
宙の彗星が優しくて
さあ 保って心臓 
まだ怯えているのか
孤独に禁忌はないのにね



4.拝啓小心者ども

逆さ吊りのメメントモリ
あべこべの鏡に映るは
どん底の身の程知らず
ここは虚無点なのだから
檻の鉄を啜って 
弱さの壁から逃れられない
でも謳うしかないんだ
目を伏せる者にこそ
銃殺が待っている



5.祭壇の羔(SACRIFICE)は

蘇る瞬き 光と蛇 高き柵
漲る火花 古き傷を埋める 
交接 肉 龍とキス 聳える汚穢
千切れたページ 絡まる荊
月光から織られた糸と
死の羽ばたきに殉ずる貴方
葉翳 供物 止めを刺して
もう背中を見ないように
裂けていく絹 滝に流れよう
そして容赦なくやってくる 
魔王
 


6.もしもお前が罪びとならば

目隠しされて洗脳ビデオ
髄まで犯され 舌根が爛れても
黒膚の拷問で 心に罅が入っても
けして暴かれてはならぬ
たかが手足の冷たさで 
怖いだなんて言わないで
指を失い 歩けなくなっても
お前は立派な罪を隠し通し
命尽き最期逝くまで
私の美しき罪びとであって



7.メガネとゾンビ

肉を食らうおさげの子
メガネを真っ赤に染めて
死の刻印を打ち込んで
「ずっと溺れていたいの」
面影もなくなれば
深い穴に埋まるまで
二度とは戻らぬ
くたびれた四肢を使って
残り楽しい人生を
幸せになりなさい



8.魔鯨を造る

ふと世界に内緒で
鯨を作ろうと思った
まずは設計図を引いて
次に素材を集めて
命を肉片に灯して
最後に緑色のゲルを
頭蓋に注げばよい
鯨は海を泳いだ
波まかせ 
最後、雷に打たれて
崩れるまで
世界には内緒だよ



9.らしくない私の子

上品に敵を薙ぎ払う 
触れたものは枯れ果てる
カーミラ!貴族の子よ
本当はこんなにも弱いのに
その姿は 嘘つき泣き虫 
用もないのに 手を振って
私が死ぬまで愛する 呪いの子
その憂鬱さを忘れないで
君の味方はいるんだからね



10.沈黙療法

kill 三角座り 声が掠れて
喉を塞いでいるのは一体何?
物を言わぬ誰かの歌が聞こえる
崩れ落ちたビルの先端
夏に世界が終わるって
テレビのニュースで言ってたっけ
あれだけうるさかった大都市に
無意識だけが流れてる
変に大気が澄みきって
サイレントセラピー
氷河期を待ち続けて














49 精神衛生の涯て

私は 勉強のしすぎで 頭が溶けた子供の
事例を知っている(知りたくないけど)
私は 日本人が外国人の脳みそを食べた
事例を知っている(知りたくないけど)
気味のわるい赤ん坊 母の死汁を吸って 生き延びた
〈小学生連続行方不明事件 継続中〉
胃袋を充たすために 掻爬するしかない 未熟な子宮
〈小学生連続行方不明事件 継続中〉
ぎりぎりぎり 歯ごたえがいい あれとは較べものにならない
手探りで暴いてはいけない 事件があるのを 知っているだろ?
見知らぬ男 いいえ 数年前から 関係はあったはず
初めての性的接触は 趣味としてのぶち殺し この偽りのない気持ち
え? このくらいで死んじゃった? じゃあ次だ 次を早く用意しな
首絞め バラバラ もう用済み? ハナから用などあるわけないのに?
茹だる暑さの中 暫くほっておけ あとは溶けてくたばるのを待つのみ
戸惑いを感じることなく 純粋に陵辱する心を有している 
直接 人を殺せるのなら 世界はいつだって君だけのものさ
病気は型どおりに発症する だから けして取り乱さないで
おびえることのできない受精卵をぷちぷちと潰す指先は
切られた髪の繊維と同じ ずたずたの 生傷ばかり
デリカシーのない人は嫌いだわ これは「私たち」の総意
でも 無駄なのよ もう時効だから あの事件も その事件も 
どうせあがいても 仕方ないのだから あほらしや
苛酷で 名状しがたい 荒療治は いったい誰のため?
平和に見える小国にも 目につかず 気づかれない 
小さな殺しが 実際 そこにはあるんだよ 
私たちは「殺された」者たちの 総意そのもの
次の私 次の君 
いつかの私 いつかの君
未来永劫 いつだって 
私たちと 君たちは 
同じ顔を してはいないし
しては いけない















50 地下茎

殺風景の景色を更に殺そうと沈黙を頑なに守り続ける幻影は父であり
残酷喜劇で上映される牽強付会の理論をぶちまける死霊は母であろう
脳漿をぶちまけて逝った妹と腹這いのまま死んだ弟の顔を思い出せぬ
開戦で喪われた恋人達の愛しさは帝王切開のような深海の藻屑になる
蜘蛛の然として逃れ逃れ帰ってきたこの街には親戚家族はもうおらず
遠くから祈りと瓦礫を間違えたような凱旋行進の音像が聞こえてくる
戦の終わりを伝える使者を撃ちぬく者の逮捕と電気椅子の乱舞を見て
四衢八街の果てに落下しうる飛び降り自殺者の寄る辺ない孤高の熱量
逢魔が時利用価値が消えた癲狂院と廃兵院の永遠に似たうねりが響き
夜になれば蛾蝶の虚しき会議たる螢火がこの街の翳りを照らしていく
非力で矮小な思い出をただ照らしていく大量生産の銃器の残骸たちよ
水生動物のように仰向けになって私小説の切れ端を朗読する孤児たち
腐れ落ちた腕を紐で括り皮肉交じりでどろりと捨てた隻腕を踏む兵士
肉体が軋み脱力の楽園へ四肢を踏み込んだ農民の性交は日本猿の踊り
対象物の代償品に対して一滴の出血もなくとも死ねば永久的なものだ
空白を埋めるように自分らしさを探してもそんなものはどこにもなく
地表に現れた地下茎の虚しさよお前はこれから枯死するしかないのか














51 太陽の滅んだ日

かつて太陽というものがあった
太古より空に 光り輝く天体があって
どうにかして星の半球だけを照らしていた 
だから世界は今日より昏くなかったという
その分 眩しすぎて目を開けられなかったほどの
貧しい世界が地平を貫いていた
とある日 とある島国の隅っこで 
いつも つまらない つまらない 
とばかり言って空を仰いでいる 
ひとりの不能の男がいた
彼は考えた 太陽は憎っくき邪星なのだと
やつがいるから 誰もが消毒される運命なのだと
そうして最も自由な何かを 通せんぼしているのだと
彼はテロリストではなく 幻想主義者でもない
ただのしがない施設エンジニアだった
泳ぎがちょっぴり苦手で ピアノはうまい
夏の雪だるまを愛して 何よりもサボテンの針が好きで
適度に雨に濡れ 過度にスケジュール帳を埋めて
蝋燭を垂らした跡をジッと見て ニヤリと笑う
街の純朴な正直者だった と付け加えてもいい
しかし そこまで狡猾に世を生きてはゆけず
いささか心が餓え いささか心が虐げられていた
だから自分に似た 印刷機上の 粗悪な芸術品を憎み
眼に映るヒョロヒョロの正義を壊したいと心から願う
どこにでもいて どこにでもいない人間になっていた
そんな彼が愚かなる時代の寵児となる経緯はこうだ
自らの使命はこの地上に存在しないと悟った朝方
幼年期にこしらえた 飛行機のラジコンの突起部分に
これもまた暇つぶしにイチから撚ったロープを引っ掛けて
だらりと垂らした小さな輪っかへ ちょいと自分の首をかけてみた
いっそ死ぬなら壁際での銃殺刑よりもよっぽどいいと
傷の癒えた小鳥のごとく機械を天高く投げつけた
自身の飛翔力はいくらか改造しているのだから
だらりとした首が無理に胴体から引き伸ばされ
計算していたよりもそれ以上の力が働いて
彼は目を剥いてひどく苦しんだのちに生き絶えた
と同時に リモコンは設定された自動運転に切り替わり
分断した彼の頭部をぐんぐんとどこまでも引き上げた
「首号」は うろうろしながらこの星中を旅行して
忘れ去られた旧跡や 各々の大都市を見下げたのち
吹かれた煙のごとく誰にも姿を見せないままに上昇し
いつしか大気圏に突入してしばらく一定の高度を保ち
だしぬけに真っ赤に光りながら膨張したと思えば
容々として太陽のとき放つ輝きを覆い隠した
その光景は太陽を食べたようだったと伝えられ
世界は「首号蝕」により闇に包まれて
一切の音をさせないままやがて機械は破裂し
そしてまったく不思議な現象だが  
いつしか太陽もともに消滅していたのだ
こうして銀河系から ひとつの恒星は失われた
我々は光を失ったが 同時に
全てが闇に包まれているから
もはや 差別も 戦争もなくなり
全球に影がまたがることで
人類はずっと変化のない善良なモラルを抱いて
自身の滅びるそのときまで 明るく暮らしている
だから 私たちは 忘れてはいけない
もう二度とは繰り返されない 男の奇蹟によって
人類は「真の暗闇」を得られたのだと
私たちは 忘れてはならない
今もなお 宇宙に彼の魂が漂っていることを
唸りながら 遠き星々を経巡っていることを
そうだ 私たちは知っている
彼の犠牲があって「今の太陽」があるという事実を
自分以外の首を捧げて
次の太陽にしなければ ならないということを


















52 生霊から自由になって

紀元前から大地にまとわりつく
生霊から俺は自由になった 
そっと俺はふりむいた 
すでに誰もいなかった
当たり前だ もう自由なんだから!
何を苦しむべきものがあるのだ
俺は再びふりむく 
やはり誰もいなかった
けれどさっきから俺は
誰と抱擁している?
誰と抱擁している?

不活発な共和国を建てる幽霊どもの
呼吸 食事 排泄
あまたの果実の脂肪をもぎて
干からびた時間の溺れる
燃える魂の淋しさ
朱鷺色のふくらみ
麦粒のごとき眼球を潰す

自分の神経が伸びて首を絞めてくる
雑草のように生えてくる 
骨に絡み付いた神経叢
まるで罰 これは何の症状なのか?
奈落の春 風と共に消えるなら
罪をみずからに引き受けて
ならば一体誰に延命を頼めばいい?
その度に笑劇作家は殺される
咎めたてる人はいない
空頼みする人もない

ここは地球上だ もう許してくれ!
減刑させてくれ
心ぼそげに骨が折れている
脱水だ!
そんな人間が俺だ
禍い魔が襲う
果てしなき地球
奥の手のやつれ
ビヒモス













53 UFOを見た話

小学校高学年の頃である。夏、私はUFOを見た。
当時、自転車に乗って色んなところに行っていた。大勢で行くこともあったし、ひとりで行く時もあった。
その時よくタイヤがパンクしていた。なぜか後輪ばかりパンクしていた。パンクすると、父親に報告する。父親がどこから工具箱を取り出して、大きなタライも用意して、そこでタイヤを水につけて、パンク箇所を見つけては、パッチみたいのを当てて修理するのだ。
自転車が復活して、私は嬉しくなって、また自転車で走り回った。家の近所に墓場があって、そこを何周もして「墓参りだー」って言っていた。そして、再び私の自転車はパンクするのだ。なぜかはわからない。なぜかはわからないが、とてもパンクが多かった。
その日、学校が終わって、近くの本屋さんに自転車で行った。本屋に行く場合、大きな坂がある。下り坂である。下り坂を自転車で降りるのが好きだった。文字通り風を切るのだ。
本屋で漫画を立ち読みし、1〜2時間くらいいたと思う。外はもう夕暮れになっていて、帰るのがめんどくさくなっていた。なぜなら下りの坂は上りの坂になるからだ。
坂は10分くらいあって長いので、私は早々に自転車を降りて、自転車を押していた。夏だったので、滝のような汗を流していた。喉がからからである。日は落ちかかっていて、空はもう紫。
前を見ていた。坂なので前方を見ると、自ずと空を見ることになる。もうすぐ坂を登り終える。その時であった。
私は光を見た。その光はジグザグに移動していた。早かった。光は数秒間だけ空を駆けていた。その直線的な移動は、まず飛行機ではなかった。もちろん鳥でもない。
「UFOだ!」子供心にそう思った。光が消えた時、そこにはどこか心地の良い疲れがあった。そのまま家まで自転車で疾走した。
家に帰ると自転車がパンクしていた。私はどこかウキウキ気分で父親にタイヤの修理をお願いをした。父は振り向いて、そして嫌な顔をした。



















54 カマキリの夢

私は大学院に通っていた時期がある。大学院では心理学を学んでいた。
そこにはお爺さんの教授がいた。頭はツルピカにハゲている、少々ぽっちゃりした教授だ。
私はその先生を慕っていた。週に2回ほどはその先生の研究室に通っていた。別に通っていると言っても何もしない。ただ研究室にいて、コーヒーなどを頂いて談笑するだけだ。その時にもらったコーヒーは高級なものだったためか、普段コーヒーを飲まない私でもとても美味かった。
先生の部屋にはミニチュアがズラーって並んでいる。それはいわゆる心理学における箱庭療法で使うミニチュアなのだが、本当に色んな種類のミニチュアがあった。
正確にはミニチュアではないかもしれない。子供用のソフビ製の人形から、地方の置き物などから作られる、人間や動物といった生物、乗り物や機械などの様々な道具、もしくはそれが一体何なのかわからないものまでたくさんのものがあった。先生も色んなものを集めるのが好きだと言っていた。
ふと私は目を奪われた。それはカマキリだった。プラスチック製であり、手のひらサイズだった。カマキリのミニチュアって珍しいと思ったのだ。あんまり見たことがない。それを見つけて私は興奮していた。
その夜、不思議な夢を見た。カマキリの夢だ。
カマキリが出てくるのだが、デカかった。私の身長と同じくらいなのだ。妙な迫力があった。
ただしその時はただそれだけだった。別にどうこうもしない。人間サイズのカマキリが立っているだけの夢だ。
しかし、日を追うにしたがって、そのカマキリが近づいてくるのだった。
そして何日かすると、ついにそのカマキリが私に襲いかかってきたのだ。
私は逃げた。けれどカマキリは追いかけてくる。無事に逃げ切れることもあったが、追いつかれることもあった。追いつかれた場合、カマキリの両の鎌で囲まれて逃げられず、そのまま頭に噛みつかれた。痛みなどないが、数日間も続いてカマキリに襲われる夢はとてもしんどかった。
寝ることが怖くなる時もあり、どうしたらいいのかとても悩んだ。そして考えた末に、私はあるひとつのことを思いついた。
100円ショップで粘土を買ったのだ。粘土はごく普通の紙粘土である。家に帰るとすぐに粘土の封を切った。粘土に触る。久しぶりの感触だ。何度もこねこねした。
私はカマキリを作ろうとしたのだ。別にそういう工作的な趣味があるわけではない。単なる思いつきだった。
胴体を作るのはそれほど難しくなかったが、足や鎌は細いので、中に爪楊枝を入れて補強した。
そうしてカマキリは二足で立つように設計した。我ながらいい出来だった。私は調子に乗って、絵の具で全身を緑色に塗った。それもなかなか良かったと思う。こうして自作のカマキリのミニチュアが完成した。
不思議なことに、その日から夢でカマキリが出ることはなくなった。もちろん襲われることもだ。
そのままそのミニチュアを部屋に飾っていた。本棚の上でずっと放置していた。
1年ほど過ぎた日に、突然ポキって胴体が割れた。アーって思って急いで触ると、足もボロボロと崩れて、何分割になった。最終的には数本の棒状のものになった。もしそれを見た人は誰も「元々はカマキリだったもの」とはきっとわからないだろう、ってくらいにボロボロになってしまっていた。
修理不可能と判断した私は、それをそっとゴミ箱に入れた。


















55 汝、乱草地帯を征く

これ以上、足を踏み入れてはならない
これ以上、足を踏み入れてはならない
おのずと脳裏に浮かんでくるのは
こんなたちの悪い台詞ばかり
まるでブラウン管に流れる
情感のかけらもない
ローカル・ニュースみたいに
宇宙の鰯雲がちぎれて
一種の捌け口のように
数千年前と全く同じの
巨大ないなづまが落ちる頃
重たげに草の揺れる
妙に厚みのある宏大な領土が
素知らぬ顔をしながら
淡いゆらめきとともに
滞留しきった心のうちに出現した
どのように侵入したかは不明だが
もったいづけずに
前進するしかなかった事実
ああ わかっている
おれは
世界の亡命者だ
空は墨の垂らした無明の宙吊り
幻影を抱える沙漠
死火山 
月沼
裂けた天 
そうだ!
ここは「前人未踏」の土地なのだと
射殺された胸がそう叫んでいる 
だから
ここは他の誰でもない
「架空の者」が守る土地
手ぐすねを引いて
彼らは誰かの到着するのを待っている
噛み切った唇の皮 
痺れた黄金幻想 
頭の包帯と足の痛み
ファウストの夢みる風景
今はまだ恍惚気分を味わえばよい
遠くにまだ見ぬ故郷が
いたくねじくれて見えている
向かわなければならない
冷却された草がある先へ
そもそもこの場所の目的は旅人の間引き 
首を斬られた道化師のように 
勢いの失った疾風のように
漆黒の岸を燃やし尽くすこともできるのだぞ
これ以上進むというのなら
〈私たち〉にも覚悟がある
死骸の漂流する
空から肉色の瓦礫を垂らしてやろう
そのような台詞が地下から聞こえてくる
おれは趣味のよくない怯懦に取り憑かれたらしい
しかしそれはまっことおかしなことである
洗いざらした思想なぞ
全て現実に置いてけぼりにしたのに
少量の希望も縊り殺したはずなのに 
今以上のおそれや痛みはありはしないのだから
それは幻や悪夢のたぐいに違いないのだ
薄明のサヨナラ 
装填されたはずの弾丸
灰色の呼びかけが再開する
灼けついた鞭のよくしなること
何を言う!
お前は返事もできないほど怖いのか
一切を警戒しない 
死なない見込みでもあるのか
ならば予期せぬ末路を知るべきだ
良きも悪きにつけても
希望を捨てることはできぬのだ 
なあ! 
ひょろひょろに痩せこけたお前が進めば
〈私たち〉は人質を殺してやろう
見知った顔だけではない
どこの誰とも知らぬ 
未来の知己をもひねり潰すのだ
縁もゆかりもない
その出会いの根元からバッサリと引き抜いてやろうというのだ
将来の大事な者を惨たらしく犬死させられるのだ
恐ろしくないのか
怖くないのか 
お前は太陽のように孤独になるのだぞ
おい! 
「架空の者」たちよ!
なんて手前勝手な押し付けだ
冗談をほざくのを辞めてくれないか! 
予想以上に頭でっかちだ
どんよりとしたどすぐろい穢らわしさだけが
ほとんど鷲掴みで 
脳髄やたましいにかぶりついてくる
何も摑めず 
ただの取越し苦労になるのにだ
その通り! 
お前が抱くのは恐怖だろうし 
死寂だろう
挨拶もなく犯される女のように
むずがる赤ん坊の動脈を断つように
無数の人間が涙を流している亡者の塔で
そのうちの無垢なるひとりになるのだと
走馬灯に似た記憶の奔流
到来するエセ新世紀を前に
揉みくちゃにされた海の
クラゲや魚らを知ってるか?
何を躊躇するのか 
何に感化されたのか
何がお前のたましいの門を破壊したのか?
そんな言葉攻めで
おれの理解はおぼつかなくなる
地を蹴る音がまるでしない 
柔らかい泥を踏み過ぎると
頭上を狙撃手に射られるように
手負いの闇をほじくり出さられて
辿り着く前の朽ちた旅人の 
最後に想った者に対する
愛おしい逆さまの海底のように
あと数分足らずで足折れて
頭が割れて骨を抜かれても
身体の輪郭線が崩れ
轍のない裸の心が
一寸たりとも動かぬとも
吐き出される硫黄の塊
息も絶え絶え
溢血で喉が千切れそう 
肉は切断され 
震えた渦を巻いている
それでもお前が進み這入りたいのであれば
死しても先に征きたいのであれば
おろしたての絶望を請け負う覚悟があるのなら
咬み傷だらけの底べたの道を進むようなら
どうかわれわれのようにならぬように
炎のごとき憎悪と嫉妬を抱かぬように
いっさいの紛い物を捨てなさい
どんな甘言に釣られることなく
肚を決めてまっすぐ彼の地へ向かいなさい
唯一まほろばへ続く
誰からも特定されないあの場所へ
俯瞰の一切できぬ行き先の読めないあの場所へ
これから取り返しのつかない地へと君は行くのだよ
そのことに署名するならば
ささやかな慈しみを絞り出し
我々はきっと応援することだろう
脂の蒸し出す
生暖かい靄に囲まれ
「架空の者」は最後にこう言った
殺すべき父のいない世界でも
好きなだけ思いを胸に溜め込み
汝、凡百凡千の釘たちよ
金槌の打たれる前に躱せよ 
ひと皮向けたお前が見たいのだ、と
















56 ラブレター・フロム・アウター・メーデー

惑星歪聖者 (どうしても) これ以上は危険だぞ(naa soudarou?)
木馬晶貪欲 (ああしても) もう会わない方がいい(korosarerumaeni)
圧殺水閉眼 (気にしてしまう) 幻灯機をつけて(genjitsuhadokoda?)
蛇状鮮夢路 (飽くなき探訪) 不在の隣人を訪ねる(kouhukuronnjanoyume)
事情埋幽夜 (愁いを帯びた)苦し紛れの狡猾さ(aa soudatta sindanodatta)
叢雲炙螢燈 (黒鳥の息づかい)靴底を命中させて(oreha kuruttaotokoda)
泥雫渓髪梳 (強い口調の)高望みばかりするな(kazenonaiuminoyouni)
故郷笑錯轟 (蕾をもぎとる如し)心の戦争は終わらない(real nantenaindayo)
衣訳裳地下 (飴玉を転がす)その問いは無効だ(azamukareta kimihesasagu)
蓑禍微金切 (そうなのだ)おのれは無垢だと(itamumiraiheno kakehashi)
自活壜吸殻 (こうしよう)どの口が言うのだ(daremokikanai taigimeibun)
欲情顛態呪 (目障りはお前だ)邪悪なる君たちの未来(yumenomatayume)
絞湿陰惨没 (単純に滅入るのだ)挫滅する精神どもの(yoyuushakushaku)
眺光戦濃慄 (思い出したくない)手の白い人間はいる(fuwafuwashitajisatsu)
団火傷肉減 (赤い指を折ってみろ)無知に基づく振る舞い(torikoshikurou)
旺盛雷押詰 (納得ゆかぬのに)ぬるま湯に浸って(torikagononakanoinochi)
融通防壕溶 (敵の正しい理解)無菌室はとうにない(un souiumonodearu)
覧囚江音楽 (霏々として降る)煙の踊りは同じ手口(shinikuwokuchinishite)
倦怠時敵割 (こんな薄着で何を)抑圧する黄金幻想(kimihaittaidareda)
自神樹憂欝 (寂寥感の泡を抱きたい)放物線は夢を孕み(tooikuniniikitaiwa)
理性溶喚起 (申し訳なさそうに)けして驕るる勿れ(kyoufunokenkyuujo)
接吻漠億千 (目を遣る呑気さ)しらばっくれる貴方(rojounohatowonerau)
窓閉戮命令 (反省の猿は笑う)嘆かわしげに首を振り(hunsuiwoabiruhito)
哨戒諚字架 (無辜なる心中)尋常ならざるものら(yuigonwokakanebanaranu)
顫影落枯草 (詭弁の定理)よそ者として泣く(sayonarahaiwanaidekureru?)
不意立棺門 (病める者の極天へ)計算づくでいるかのよう(utawoutattemiro)
暗渠開存情 (感覚の合わない)果実の重さに耐えられぬ枝(jigokunoryuugide)
夕因暮行方 (作用された関係)哲学的なそそっかしさ(moumokunohametsu)
暴乱肉所感 (あれもしたのに)不利益を被る民衆(arayuruheyadeoboreru)
灼夜挿到命 (これもしたのに)今ぞ肝心のときだ(kotobanonaisekaideikita)
















57 時間の停留地・大阪

ここに極まれり黄金律 小っちゃな宇宙論を語る私
人類の滅亡した道頓堀には 紅く黄昏れた雲が浮かんでいる
河流のしずかなささやき声は 幽霊船の進みによく似ている
倒壊した通天閣 きっとプラネタリウムみたいな光り方 
仄かに白んだ建築には 人々のかつての真摯さが浮かんでいる 
苺の蔕でも取るように 駅ビルがそっと静かに沈んでいく
くり抜かれた悠揚迫らぬ商店街 オーロラめいた光が浮かんでは
永い惰眠を携えて 心地よい眩暈に似た雪がそっと降り積もる 
そこには祭りの妙諦がある 乱打する思想の弾けとぶ時空の涙
滅びはいつだって処女なのだ エロスを含む崩壊曲が好きだった
大きい屍体が寝そべっている それはきっと昼寝をする鯨のよう
転がってきたラグビーボール その持主はどこにもいないのに
集合場所の書かれた紙片を食い破っている もう戻れないのに
稀薄な水の気配 ふやけた義理と人情 ずっと波に打ち付ける
ひと続きのいとしさは 短い年月の前では抜け殻だったけれど
浅いクレーター 跳躍旅行 砂にならなかったグリコの看板に
今だからこそ言える 一緒くたになった素晴らしき幻想を胸に
ああ見るがいい 恋をした植物群の あの激烈な育ち盛りを!
寿命が尽きた風車が佇立して 遮蔽物のない淵源を満たしたから
夜へ伸びる山にて好々と丸まる電車たち その幽霊が飛んでいる
新風景に飽和が満ちて 夏の光を吸収する花園 世界の大きな呼吸
転轍点のない尻尾の先 燦然と輝いて 世界の公然の秘密となった
滅びても差し支えのない風景だけを ひとり水没王が覗いている
純然たる呼びかけ 明瞭な滅びに垣間見える 少しばかりの煌めき
これでは意味がずれてしまうかもしれないと この風景を素描したかった
滅ぶことでむしろ世界の閉域を飲み込んで より地球に広がりを見せる
天高く 世界の実相を摑む子供の天使が遊んでいる あどけない遊戯
何も言えぬ私は こんな美しい景色を見れない彼らを哀れむと同時に
幾たびも足裏を撫ぜた 可愛いくもあり醜くもある あの生き物にと
また会えたらいいなと この時間の停留地にて ひとり唯思うのだ















58 黄昏に問う

あてがわれた部屋が辛気臭く
煙草をふかしながら
ふと窓越しの空を眺めてみた
夕陽は握りつぶされて
闇は黒石のごとく満ちあふれてきた
ふて腐れた棕櫚の樹影が
恩着せがましく室内に雪崩れ込み
なんら代わり映えのない空間に
余計に嫌気をさす
毛嫌いされた音楽はあるか
背後のしかかる惰性
バーボンの水割りを呷る
狭くるしい解体前夜
問いかける解体前夜
点呼でも取るように
スッと青暗くなる刹那
妙に首の長い老人が
庭端に現れ
立て続けに短い舌先を動かして
おれに語りかけようとしている
「偽物は本物の偽物だ
本物は偽物の偽物だ
ならばどちらも偽物になる
ならば君も偽物だ」
何を言っている
臍曲がりのついていけない思想なんて
詰まるところくだらぬ文明の漬物だ
死者数が想定される災害のごとき
計算されることを拒否してきたおれが
今さら要領よくなんてできやしないのだ
しかし老人はきっとおれだ 
いつしかのおれなのだ
だったら
反対に問いかける
まんまと 満たされた 不調者よ
それ以上 年のとらない 不変人よ
日々 鈍磨する 脳髄の彼方より
もし答えられるのならば 答えてくれよ 
あの鳥が つぶらな鳥が
地球にぶつかり
隕石となって
おれを擂りつぶすとき
そのとき おれの考えることは 
おれが最期に考えることは 
いったいなんなのか
教えてくれ
すると老人ははち切れた腹を
のたうち回してこう答える
「ないものねだりの孤独者よ
私はゆっくり地に馴染むのを待つ
それだけが
町が望む闇と光
行方不明者のヴァイアラス 
屠殺牛の子午線
地獄のマスターベーション
カプセル入りの致死剤
骨色の食用チーズ
幻滅の魔と大破局
殉日・殉月・大禍に全て呑み込まれる
総崩れ・審級の声
ついに打擲は実行される
人間の練り物
海とは地球の粘膜だ
宇宙に睥睨されて
最期に思う お前の心
亡ぶべき未来の刹那を 
想像できるほど
お前の心は・完璧に・できていない
どう見ても採寸違いであろう
ありあわせの域を出ていない」
はち切れそうな欲望をなだめ
黄昏の庭に 跳ねかえる響きは
地球を数周もまわったのち
宇宙内宇宙をも通過して
この部屋に帰ってきて
しらけるように消失した
そして
その途端
おれの思想が
ぐじゅぐじゅに泡立って
沸騰をはじめ
おれの魂は
投下された原爆のように弾けて
十把一絡げに雲散霧消して
そして
再び蘇った
そして再び消え失せた



















59 ニッキ飴を嚙み砕く

無骨な五本指で神のぼやけた意識をすくいたまえ/当座も凌げぬ外側にずり落ちたやり方で/見えない森に埋葬される心の悲惨/根強く隠された魂の暦/めくるめく病める時間のはじまりを/私たちはまともに眺めなければならない/至極しおらしく謙虚な態度で/滲透する光がようようとぎらついて/雀の囀りがもはや聞こえづらい日に/栄誉名誉をごっそりと持ち去られた/これっぽちも戦闘にくみしない兵士たちが/なるべく手近で済ませようと/強張る背筋に脂汗をべったりと感じつつ/朽ちた砦の外れに入り/弾みのない足音は不気味で/荒廃ここに極めれり/来るはずもない客を待ちわびる処女を連れ去って/さっさと遊戯を楽しませてくれやなと/幽かに硫黄の匂いのするぬかるみで/焦げた皮を引きちぎり/自由恋愛の急所をめくって/入れ替わり立ち替わり牛耳って/ただひたすらに/分裂錯乱の気を帯びた/青桐の葉をとにかく揺らし/のちに恵まれぬ/苔の堆積した胎児を孕ませた/たち去り際にぱんぱんの腸詰を落とす/仕方ねえことだ/このおれが極端に疾ってこのザマなんだよと/帰還した暁には/今ごろ仏神に祈るのならば/頭に敗戦図を敷き詰めて/足元の故郷をジッと眺め/欠けた拇指で/眠れる子蜘蛛を圧し潰せば/ひねくれ者の忘我にただ消えゆくのみ/母は息絶え/遺された児は塵芥を喰らい/腐った臓腑を売って/仄紅き端銭を受け取れば/どこまでも美しい恋心よ/親愛なる頓死者よ/尖った冬と酒に散らされた溜息と/耐えられぬ痛苦は生者の首に埋め込まる/胤踏む人よ陰る人よ/轟々と吼える獲物らの/ぼうっと見つめる先にある/心理内に燃えうる草原は/不承不承そそり立つ/白い十字の殴り描かれた旗の跡/黄色く濁った夜が引き攣る黒髪を/自重で崩れる身勝手な罪滅ぼし/欠席裁判すら開かれぬ/玲瓏と響き渡る行きずりの哀歓/無明への血まみれの結婚/恐しい後ろ指を/人々をねじ伏せる蛮行を/これこそが太古悠遠の時代から受け継がれるうってつけのやり方だ/この世の全ては軽蔑すべき戦略ばかり/有効性の欠けた計算で/生きることは無効票を摑まされたことと同等/高価い義眼をはめても/景色がはっきり見えるわけじゃない/滅んだ望郷/けれど変調に耐えられないなどと/でっち上げられた歴史で気を紛らわせようと/意外性のない註釈を加えながら/米を研ぐように/体温で溶ける麩菓子のように/道理に適った気弱な外見を/ありったけの賤しい欲求も殺がれて/用の済んだうぬぼれの強さだけが/刑期の満了を待たねばならない/野菜くずや配合飼料/樹縁で啼く鴫は/秋の枯葉で安らかに濡れている/やはりくぐもった遠吠えだが/生命線の切れた現実に/紛れ込んだささやかな信憑性のない噂/天国に赴いた狂人/猟奇を抱いたメガロマニアクスたちよ/善悪を峻別するのは時間だけか/どう贔屓目に眺めても/身包み剥がされ/いたぶられた純情は/もはや乖離した痛覚は帰ってこず/こうなれば玄人もズブの素人/虚無感に似た根拠のない確信だけが宙を漂う/それほど放蕩生活は心地よかったのだと/とどのつまり誰もが同じ狂気の内側にある/だから手を紅く染めなくては/はやく鳥肌を立たせなければ/自由浮遊惑星を凍らせるほどの冷たさを/手のひらに抱いた貫徹した時間/神話の剥がれた珊瑚礁を/眼は真珠で骨は身の程知らず/おれたちは不満たらたらの夜に似た寂しさで/湖面に漂う死魚となって/執拗に藻が繁殖し/氷雨に打たれた/首の折れた水仙の/現実の屍体なのだ/何処を掘っても/冷たい蝋の怨みだらけ/老残の身体を振り絞り/まるで百も二百も首なし地蔵/蘇生することはもはやない/肉体喪失をする亡者の思い/死について語りたくはない/留めておきたくもない/それだけはまっぴらごめんだと/誰も助けに来ない/独りでいいじゃないか/死んだときから/生き延びたときから/ずっと孤独だから/そっと襖を開けるとき/心の奇書でも読んで待てばよい/死は半透明の施しだ/世界の終わりは薄く透けたひとつの蜜柑だ/裁きが下されるように流血はいずれ止まる/死後に流るる時間は/君たちが思っている以上に永いのだから/親愛なる妊婦よ/胸に金属片を刺す者よ/確かに想像の埒外にあるのだよ/個人の死に報復はないように/答えの知っている知恵の輪のごとく/よその命が朽ち果てるのを黙って見てきたはずだろ?/ほうら音楽が鳴っている/ようやく自分の番が来るだけだ/せめて枕辺の夜に/安らかに微睡みに耽って/先ほど廃墟に捨てられた/ニッキ飴の旨さが夢に浮かんでいる














60 戦争は幽霊によって

空襲警報を思い出せ
空襲警報を思い出せ
不健全なものはテッテ的に排除され
ざっくばらんに蹴散らかされた
子供の首を持ち帰る 公務員
老人の目鼻をえぐりだす 自衛隊
暴力的な見当違い 口実を探す暇もない
崩れそうな橋は みずからを危ないそれだとは
けして忠告をしてくれない
今さら後悔しても遅い 
ほんとう 遅すぎるほどに 手遅れだ
けれど こうなることに
お前たちも加担したはずだ
夢の端々で望まなかったか?
自滅癖のある私たちの覚醒を
思考の節々で感じなかったのか?
肌穴はだあなから滲みでる 諍いへの高揚感を
よく思い出すがよい
筋の運びが妙に手馴れていただろう
みるみるうちに 昏く閉じていく世界に
もう巡礼することのできぬ しょげかえった世界
期待していたのは 当の自分たちであるのだと
ああ あれを見てみろ いたずら描きの殺戮を
成犬が食いちぎった 屍体どもの皮肉っぷりを
もう 戻れないところまで来ている
これこそが 戦争の正攻法
これこそが 戦争の正攻法
世界は幽霊に命を握られている
より骨太の 命を賭した 子供たちの遊び
私たちの知るべくもない寂しさの戦い
陽動も 鹵獲もない ただ意識だけが削がれて
無情に衝立ついたてを倒す どうにも阻止できぬ 悪い冗談
けれど 向こうからすれば ぼろい勝負
今はただ首を絞められている途中
お構いなしに 死相の青みを帯びて
平和裡に ぼけた考えを振り回す 
我々は愛を込めて 呆れ果てるだけ
今更だれも傷つかない結果を欲しがっているのか
もはや そんな生易しいものではない
はっきり言おう 死んでしまえばそれぎりなのだ
あらゆる最期を 垣間見ることしか できやしない
けれど こうなることを
お前も望んでいたじゃないか
そうなのだ この過程こそが 戦争の正体
誰もが心に抱える 歿死の引き金
放てば 一斉 終わるに決まっている
そして総決算的に 何もかもを焼尽している
見てて笑える 紛れもない事実なのだ
本当の空襲は 静謐さをたたえている

















61 毒水のプールにて

優しい祈りを祈って
苦しい叫びを叫んで
小聖堂は実験室
容器に包まれた殻の中身は
ほんとうにぐちゃぐちゃ
きっと切り絵みたい
埃がいつ入ってくるかわからない部屋では
卑しい素姓が漏れていくだけ
少しばかりの明かりだけでは
やっぱり誤ってしまうのがオチ
命がけでくるめく都市は
そっと感情の墓
飛べば飛ぶほど潜り込む
いうことのきかない肉体
ただより高い愛は
簡単に手に入らない
むし暑い季節に
空高い雲群れを
生ぬるい炭酸は
欺罔のかたまり
喧噪を謳う電線よ
よくわからないプラスチックよ
流行の音楽にとらわれて
中心相から傾いた姿勢
瀞に這いよる魚たちを
見ている孤独
水没圏にはほど遠い
無菌のフラスコと
培養炉にほだされて
機が熟された疲れた身体
みにくき影とみにくき光
よく見ると同じ姿
指先の傷口に滲みる水
振動を味わう感覚の渕 
自分の発生源を
探すだけ無駄
誰にも
語られない思いを
ふかく沈めて
水底は汚れていった
泣いて
嘔吐して
何を迎えた?
水面に流れる薄汚れたこころ
目を潰してまで見たくなかった物語
ひとびとの熱射にやられて
私の罪の意識が狂ってしまった
荷物をおろして
寂しさをてばなして
殺される蝉しぐれ
シンプルに透明な風
息が切れて夏
暴力と太陽
滲んだ汗をぬぐって
水着に着替えて
世界の果てを描いて
闇の夢なんて見ちゃってね
一滴の毒水には無言の即死
ずっとずっと遠くへ逝く人と
ぼんやりと溺れてみませんか
自分の幻泥を贖ってまでも
それでもまだ満たされないのなら
今年の夏こそ
さあ
毒水のプールにとびこんで
心をまかせて
身を溶かして
死んだようにただよって
泳いでいく
水鏡の霊魂 
陽光の粒子
もう、何者にもおびえない
もう、息もできない









62 少女の国のアリス

さよならは生きたカーテンへ
かつて深窓の見た世界
どれだけ嘘の夢を見ればいいの
拭えない過去の亡霊
見すえた罠をすりぬけて
時は貯水湖の奥底に爛れて
閉鎖に囲まれた
520㎡の鎮静なる町
終息していく夜の真ん中
ミュージック(未熟な宇宙)として
稠密なエーテル水に融けた
冬空を徐々に
殺して

さあ
絶えず踊ろう
恋愛感情のメロディで
子宮に帯びた魂の愛を
体温に落された
一滴の毒素を
そんな躰で過ごした
偽りの時間
撃ち落とされた
白鹿の代理
そう
あとは
ほっそりとした頸筋に
白刃を立てて
切断するだけ
必要となるのは
古い記憶の諸風景
憂鬱の欠片
白堊の純心
ためらいのない剃刀の傷
そして
甘いチョコレート
ああ
はやく私の骸を沈めて

百合の咲くこの土壌は
薔薇の乱れる廃園は
この館に佇む墓碑銘は
上下さかしまの光たちを
無条件に孕んで
あとはこの繰り返し
意識のない鳥たちへ
この歌を捧げてしまって
残ったのは
虚ろな空気
ただ壊れている
死の香り

Ah ah ah
震えた唇に
紡いだ言葉
果てなく投与される
静脈の中
どうしても
鈍らないナイフ
感受性ほど
自分を表すものはない
天使の散らした羽を
その傷だらけの両手に持って
死と祈りを
天に向けて
焼けおちた教会で
一緒に眠ろう
空の狭さに
私の永遠性が洩れている

ピグマリオンたちへの
静かな葬斂を
開こう
国破れて戦争あり
そっと揺らいだ遠い瓦礫に
塞がれた光線よ
不実の恋を
柔らかく包んで
贋物の城の中で
直径1cmの
円い糖衣錠
飲んでみて
浅い眠りを誘って
毀れ落ちる甘い昏睡

時間も空も東の方に
景色を切り取った術を
瓶詰めの約束ごとを
脆弱な喉奥に
放りこんで
クロスフェイドする
不安定な自分を取りとめて
あとは沸き立つ欲動を
凌いでいくだけ

ねえ
ここでは何も教えてくれないの?
ねえ
神罰があれば神にも罪はあるの?
この底の浅い
人工の海で
溺れてみたい
生き埋めにされる呼吸
永久に動く偽宇宙
深く時を刻む腕時計
何が楽しくて
いつまで続く
悪びれない銀河
まだ許してくれないの?

まほろばの案内者よ
私は自らの心臓を
喰った永遠の少女
連れていくのはいつになるの
もしもそれがまだなら
無彩色の華のために
手紙を書きます
記憶の一断面を
ポケットに入れて
ゆっくり歩きながら
あなたのことを
口うつしで
愛していたの
そっと来る明日を
待っている
そんな日を
待っている
痛む胸のこと
高鳴る胸のことを
知ってるのは
不思議の国だけ
私の
不思議の国だけ
すべてが許される
私のかわいい
不思議の国だけ














63 その廃址に葬り、不滅の少女は

神与え、神奪い給う
永遠が約束された
清廉な泉に雷雨が迫り
邪気のない鏡が割れたとき
不滅の少女は血の化粧をした
黒き闇を俟つ束の間の夢
保護領の幾重もの連柵
森の静けさを破り侵入する
一本のロープを食い千切って
凶鳥の同居、知の愚者の血肉
雛をむさぼる犬歯で
綾をもぎ取るだけの刃で
両手首に傷をつけて
聖植物の像は壊された
輪郭のない水を形づくり
影に溺死した水子たち
わが二重心身をそこに見る
境界域を脱するもののけ
たましいのわずらい
拇指くらい保っておきたい
自分の影を踏むと死ぬというまじない
迷子になった腫れぼったい目蓋
殺された涙を数えて
罪を抱いて眠る赤子
母胎を遊泳し
いまこそ破水する
外気と触れ混じり
シャム双生児はついに別れた
水の精は獅子に喰われ
全身がひからびたとき
いまこそ魔の戦争を
その胃液で何を溶かすのか
裂け目にぬくもりを
さりげなく握る心臓を
名のない墓碑に捧げて
我は大人になる
無呼吸の園が廃されて
世界へ猜疑を
憎悪の魔女になるために
捨てねばならぬ名を
ひとかけらの赤土の地面
形而上的な天使が舞う
死は神話集を棄てて
魂は七たびよみがえり
屹立する塔から飛び降りる
その声を絶体絶命に震わせて
その唇で悪徳の蜜を吸って
少女は産み落とされた
永かった内戦が終結した
千年後にまた出会おう
遥か遠くまで旅をして
目を伏せずに耳を澄ませて
聖域から罪人の都へ
骨まで燃え上がるように
答えを探すように
いつまでも彷徨うけれど
忘れないで
また会えるから
君は大人になって
いつか振り返る
その場所を
かつて楽園のあった
母国を
その廃址を









64 完全球再生

蒼穹に射し込む透き通った光の輪っかが聖らな光芒を描いて、
いつまでも連続する世界に虚空を震わせる再生の感触を心の深淵で感じながら、
いつしか涸いてしまうかもしれない覚束ない祈りを神経叢の深奥で懐いても、
けれど同時に君の生命をいつか壊してしまう哀れな連鎖を崩していって、
幾重にも重なった間違い探しの言葉を紡ぐことをいつまでも考えている。
生まれた意味と柔らかい性衝動を一緒にして僕の胸臆にそっと忍ばせて、
君とともに繭の中で成長させていけたらいいなと思うのだ。
お互いを犯しあうみたいに可憐に咲き続ける花弁を傷つけたとしても、
鮮血を流し続ける八つ裂きの陥穽の埋没とともに、
いつか重々しい罪は晴れて、黎明たる意識がせりあがる。
それは鳴りやまない救済の交わりなんだ。僕たちは鳳凰になって翔けていくんだ。
再生の民の限りないキスシーンよ。獣の如く互いの軀を貪り続ける愛の交歓よ。
僕たちに決して揺らぐことのない祝福を、二度と離れることのない纜を与えてはくれないだろうか!
夢で終わることのない具現化する痛みを、真夜中の交媾を、僕たちに劈いてはくれないだろうか。
そうすれば、淡い惑星のちっぽけな存在の僕だけど、きっとどこにいたって君を見つけ出せる。
見失いたくない愛の集積回路が、流動する圧搾空気に飲まれて闇の底に落ちていったとしても、
厭な事象空間、悪意に塗れた嘘、罰の負圧、呪術めいた蛾の集団、
そして、狂ったままの感情を虚無的なブラックホールにぶつけて、夕嵐の彼方へ追い出せる。
そうしたらきっと僕たちに怖いことなんてなくなってしまうんだ。
瞼の内側に重なった風景は、青々とした梧桐の幹となって、
真赭に耀く落日を背景に、ずっと心の中に焼きついている。
深甚なオルガスムだって、古の無感覚だって、結局は子宮の王国の過去の歌。
恋人たちは楕円の鏡に取り込まれ、いつまでも幸せのまま昇天するんだ。
脱脂綿で育っているのは甘い甘い恋の胚芽。醇乎たる光彩のかたまり。
もし枯れてしまってもスカラベに象られた死と再生の繰り返しを辿って、黄泉の果てから蘇るんだ。
この世はいつまでも畢らない苦界だけど、どんな酷い葬殮だって、
きっとそれはどこまでも丸くなって、完全球が樹つんだよ。
それは全ゆる障碍を乗り越えて、幾筋の暁を過ぎって、涙は滲んでも、倖せになっていく。
宇宙が闇に飲まれるならば、ロケットに乗って別の宇宙に脱出しよう。
秩序の分泌――それは古いかわらけの破片と同じ。表面も内側も愛で満ち満ちているんだ。
奇跡はいつでも起こせるんだ。仰いだ天あめから奇跡の紐が低れているんだよ。
それを手繰っていけば、そこはきっと再生場だ。――破壊された想い出だって復活する。
うん。そうさ。数年後きっと忘れてしまった君のことを憶いだすんだ。
再生される僕たちの記憶。それがもう届かないと思っていた魂の記録。
完全に再生したその亡き骸の完全球をいつまでも奏でていくよ。
だから君は何も惧れることはないんだ。心配しないで希望の朝を迎えたらいい。
僕たちはそれを咀嚼しながら雪花石膏の時間を待ち続けるんだ。
たとえ地の涯て海の涯て真っ逆様に墜ちていこうとも。
地雷原だってほんのつまらない冗談のように感じることになる。もう不幸は霧散した。
閉ざされた宇宙の巨海にたった二人で生きていこう。













65 七重星団

 一群の星々が幾重にも堆く重なって夜の暗黒さを綺麗に輝かせれば、水平線の見える平原では玲瓏たる音楽が流麗に奏でられ、そのまま流星の一陣が虚空を切り裂いて空間に気だるい分裂を呼びこむだろう。天体の赤・橙・黄が一片の粉雪のように舞っていて時間の流れがふと感ぜられる。途切れ途切れに聞こえる闇のワルツ。永遠の音楽祭。嗚呼、消えていく物語を鼓膜で感じることができれば、がらんとした肉体の空白が海流の如くうねりに感じられる。淡い世界のなか恋愛のように過ぎていく時間は幻に似て、みたところ抽象名詞のように思えるのだけれども、それは螺旋にように複雑に渦を巻き過去から現代を媒にして未来へ向かっているのだ。それこそまさに彗星なんだろう。時間の彗星、彗星の時間、決まった枠組みのなか、星の運行は神の仕事だ。星が時間を遡って見せるめくるめく蜃気楼は柔らかい破壊性を帯びて、一閃光の刹那、すぐに瓦解すれば、乖離した月の光も、原初の雲も、全てはひとつの点から始まったんだ、と憶え、冷えた空気を深呼吸をすれば、一つ一つの肺胞に静かに酸素が染み込んでゆく。だから星は奇跡なんだと俺は思う。奇跡のように耀いている星。ところで流星は射幸心の意味を持っているとフランスの詩人が言っていた。無重力圏を漂う流星はやっぱり一人で怖いんだと俺は思う。一人ぼっちで墜ちていっていずれ燃えてなくなってしまうんだから。でも、流星はそれでも宇宙の歌に乗って流れていく。翅を拡げて神々の坩堝に混淆されることなく翔んで行くんだ、さよならも言わずに。だから流星は苦しんでいる人々の苦しみを吸い取って、どうか幸せに、と祈りを込めて飛翔する。穏やかな夜、俺たちは眠っている。そのあいだ、流星は皆の苦痛を消してくれるんだ、と。そして厖大な苦しみを抱えて大気圏で畢っていく。流星は宙からの贈り物なんだ、と。俺は流星の一条の筋を彼方に臨みながらそんなことを考えていた。
 遠くに葡萄園が見える。薄い暗澹のなか、濃密な紫色が網膜の中で映えている。荘厳なる死者の国として目に映ったが、邪悪さや醜悪さは感じられなかった。そのとき夜も更けて昏いにもかかわらず葡萄園の光景が鮮やかに見えたことに何の不思議もなかった。銀河に鏤ばめられた星の光を受けて、葡萄の活き活きした葉脈までしっかり観察できる。小さくてかわいい枝、花弁、萼が風に揺れて漾っている。近くまで訪れると葡萄の白い花はわずかに雨に濡れていて、湿った雄蕊と雌蕊は幾雫か垂れて、そのちっちゃな存在を世界に示した。環境に即して全身全霊で生長する葡萄の果実は柔らかい膨らみを有していかにも美味しそうに見える。俺は一口食べてみることにする。ひとつの実を捩じって房から切り離し、それを口に運んだ。舌で転がして皮を唾液で濡らし、味わって咀嚼する。――美味しい! 豊満な甘さが口腔内に拡がって十二分に美味しかった。葡萄の樹は鳴動し、音を響かせて、どうだと言わんばかりにざわついた。葡萄の木全体を見ると、全ての枝に葉や花が茂っているわけではなく、まだ時期尚早なのか、実をつけているものは少なかった。でも、きっとまだ実っていない夭い葡萄たちはいつか立派な胤を残してたわわな実をつけるだろう。そして時がくれば次世代の葡萄たちはまたこのような透き通った夜の大気で、満点の星に祝福されるのだ。連続して生きることに意味を持つのだ。俺はそれがひどく嬉しかった。星天井に包まれて生きていける葡萄たちが。育っていける適切な環境が。気がつけば俺の目から涙が流れていた。俺は涙を止めることをしなかったし、止めたくもなかった。禁じられた遊びのように僕の顔面の筋肉はゆったり弛緩し、緊張の解ほどけた僕はにっこりと破顔した。
 まん丸のお月さまは俺を照らし、俺の影が幽かな光のなかで長く曳いている。月は幾万の星と区別され聖らかなものの象徴として過去数千年間愛でられてきた。歌にも詠まれてきたし、たとえ戯詩だとしても月はその形と意味をもって現存してきた。月は美しい! たったそれだけの真実を修飾して俺たちは生きてきた。また、どれだけ真実めいた嘘をついてもお月さまにはバレてしまう、と言われるほど月華は誠実かつ節操を孕んで咲いている。月はやっぱり神聖なものなんだろう、と考えながら、さきほどから俺は月とにらめっこしている。つるつるしたのっぺらぼうの月にはクレーターという凹みがあるけれど、それでも地球からは美しい滑らかな黄色い円環に見える。そうだ、月は地球上には存在しないんだ、と理解したのは月を凝視して二、三分経ったときだった。なんだか月が夢幻のように思われて、切なくなった。宇宙空間を通った青白い円光が宙空を辿り、俺に至る。その事柄はかなり神々しい現象だと思ったので、俺も月になにか返さないといけないと思い、流行歌を象どった口笛を吹くと、残念ながら月は曇ってしまった。俺の返事が気に入らなかったのだろうか。そのことは単純に悲しいけれど、俺の鼓動が爆発するみたいに楽しそうに弾んでいた。宙に浮遊する月よ。俺を食べてくれないか! この矮小で短矩なこの俺を、心の奥に不眠症を飼っているこの俺を。――そのとき月の輪郭がぼやけて、月が気体に鎔けて僕の器官の内側に這入ってきた。その浸蝕力は強く、繊毛にまでびっしり搦みついて離れない。月が俺を食んでいるんだと直感して、俺は身を任せて、月に凭もたれかけた。死の瞬間を感じ、それから永遠に近い時間を漂流した。俺は月に埋葬された。来世を経巡り、幻想的な世界を幾度も周遊した。意識を取り戻したのは二時間ほど経ったあとだった。まだ俺が感じた細胞単位の刺戟は脳を駈け巡っていて、血潮が漲って収まることを知らなかった。
 山峡から狼煙が上がったので、誰か人が住んでいるんだなと思った。時計が要らぬ天然の時間感覚で生きている邑なんだろうか。原始の狩猟採集が生活を支え、電気など必要のない生活は俺の憧れている風景のひとつだ。いや、この平原だって自然のまま育ってきた環境だ。古代の鳥獣虫魚が生きているこの美しい景色を見ながら今ここにいるのだ、と実感すれば俺の脳内でいろんな神経伝達物質が湧出して独特の感覚に身が溺れた。筋肉が弾み、雑音が遠退いた。まだ動悸の余韻が残っている。心臓が破裂しそうだ。無辜の自然に埋没していく意識のまま、峰々を遠くに眺めて、俺は一瞬の点となる。闇夜にぽつんと存在するたったひとつの点。幾億の星団のなかのたった一つの赤星と同じ存在価値になって、俺は俺という概念そのものに変身して、魂が体から抜けて空を駆けた。馬になって、虎になって、龍になって、地球を睥睨しながら、星光と同じく大気中に放射される。散乱した自尊心も分散した虚栄心ももうなくなって、風景の一つとして俺は漂った。大気と光と水に融滌される気持ちは嬉しいだった。光彩として星として生きていこう。俺の意識はそう思って溪川に落下していった。いずれ巨海に流れていくだろう。蒸発して雲になってまた流れる。その繰り返し。それこそ星になるということ。自然と融合すること。花鳥風月そのものになるということ。有象無象、森羅万象、その全てになりうるのだ。――それは俺が俺でなくなることだけど、それでいいのかな、と改めて考えてみる。気がつけば、陵を、稜線を、水平線を、葡萄畑を、満天の星空を、そしてたった今、ここにいることを、噛みしめて、俺は呼吸を、していた。俺は人間の姿で呼吸をしていた。俺は俺というたった一人の人間だった!
 もう夜の時間は終わりだ。場を支配していた宵闇は淪み、じきに朝が来る。このぼんやりとした朝と夜の界いはいずれ見えなくなって夜露だって涸れてしまう。あらゆる物は朝焼けに灼けてしまって、熱を抱いて動き出す。自然の摂理として、陽光が這い出てくる。無差別に陽の光が蔓延するだろう。いわずもがな天を蔽う星雲や月も太陽光に負けてしまって消えてしまう。星空の一時的な終焉。それは仕方ないことだ。しかし俺はこれほどの美しさの空はもう見えないと思ったのだ。光が窒息するほど蝟集し収斂する景色はもう見えないんだと感じた。だから俺は自分の胸にこの景色を残そうと思う。天国に向かう産道のような、神話の入り口のようなこの景色を。六連星が凛と耀いている。結局俺たちは人間として生きていかねばならない。そうやって人は星を心の拠ろにして生きてきたんだと思う。永遠の微睡みに浸ることはできないのだ。星の数ほど未来はあるというけれど、それはその通りで、星一つ一つに人の未来が込められているんだ! どれだけの矮星でも星屑でも、祈りや願いが込められているんだ。人として生きている限りは、星を拝む。そしてその願いや祈りが星をますます輝かせているんだ。天を仰いで手を伸ばして、せいいっぱい背伸びをしても、それでも星に届くことはないけれど銀河の隅っこで人間は星ではなく人間として生きているんだ。そう思って俺は長い散歩を終えようとひとり嬉しく家路に就くことにした。そのとき体が急激に顫えた。なんだろう、と思ったけれど、歩いているうちにだんだんそれが何だったのかが理解できた。たった今きっと渺々たる宇宙のどこかで星が生まれたんだ、スーパーノヴァだ!














66 器官意識切断帯

 次の手を打とうとしても刃に切りだされる臓物を保つことはできない。浮き上がる拷問傷は疼きだし、深紅の血潮がうねりだした。皮膚が脱げていく感覚、それは外部と内部の境界がどろどろに融けていくということ。肌を纏う粘膜が一枚ずつ剥離されていくのだ。糸が解けるように力が抜けていくことを漆黒の視界で味わうと、不動の体が僅かながら操作できたような気がした。しかしそれは腹部の痙攣でしかない。意図的に動かすことなど四肢の拘束具の頑丈さから見て不可能だ。また近くで何かが潰れる音が聞こえる。するとひたすら俺の深層から恐怖が湧き出してくる。初めは小さな疼痛が五体全身に拡大していき、それが鋭敏化する。ぶしゅ、ぶしゅと生々しい音が鼓膜を揺らす。そう、それは俺の肝臓が切り取られた音である。それは静寂を破り、細胞を殺す音、刹那ごと、死んでいく音、俺が殺されていく音である。
 欠陥品となる俺の躰は彼女の狂おしい欲求で充たされていく。電子の律動で刻まれていく臓器、次は腸である。生温かい温度を受容し、炎に遮蔽することなく接触するかのように、肉を一歯毎に巻き込んでいく。それは一つの夢幻を視るように、全く俺の心に現実感というものは抱かなかった。噛みちぎるかの如く絡まる刃先は俺の腸を捉え傷つける。神経が切断され、感覚を失う。痛みは奔流となり全身に襲いかかる。夥しい痛痒によって現実感が乏しくなり呼吸もまともにできない。抵抗できないもどかしさはもはや死んだ。錆ついた手錠がわずかに音を立てる。俺の腸は一本の芯は支えもなく崩れてしまった。積み重なった何かが廃棄されていく。感触の喪失はある種の奇妙な満足感を催したが、一瞬にそれは彼女の愛憎に上書きされた。
「うそばっかり」彼女が耳元で囁く。次に犯されるのは耳である。皮膚を燃やしその中身を綺麗に剥ぎ取る。火傷のような刺す痛みが耳朶を劈く。耳が破れる瞬間に俺の中の矛盾した想いが疼いた。こんなにも醜い血まみれの俺の魂を救ってくれる、そんな思いがする。曖昧な心臓の輪郭であるが、胸が躍動する。俺は興奮しているのか。こんなにも苦しいのに、痛むのに、それがまるで一個の救いのように俺は脳髄で感じているのか。永遠に囚われる感覚。今まで殺されてきた臓器から流れた血に浸る俺の手首、足頸、紅くぬめって気持ち悪い。全身をヘドロの沼に囚われているような、そんな感覚。鼻の粘膜に迫る血の香り。それはもう俺の鼻腔を刺激するだけで収まらず、そう、なんだか頭痛や咳まで発症させるに至っている。痛みなのかわからない体感でわかった。俺の耳が焼却されたのだ。
 もう動くことができない。全身を鎖で縛られているようだ。ひたすらに静寂の音だけが聞こえる。飛沫が飛びはねるのが見える。彼女は切り離された俺の指をくわえ、そのまま飲み込んだ。いつか胃液に消化され、彼女の血となり肉となるのだ。俺の肉体は彼女の肉体へ、俺の一部が彼女の魂の一部へ変容するのだ。俺の体を摘み取っていく彼女はもっと刺激を欲しがっている。廃れた臓器すら食んでしまいかねない。痺れきった視界は常に揺れる。そこにあるのは天国か。多重の星が網膜に映る。深い闇の中、果てのない海のように、地獄に墜ちていくほど、俺は、救われていく。その快感に溺れていくだけの、浄化。刻印がもうそこまで達している。
 排泄される意識の中に這入ってくる俺でない何か。それは偽の意識だ。そう俺の意識閾は、境界は崩れ始めてきて、その中に注入されてきている。皮膚感覚がなくなった今だからこそ心の魂の境目が麻痺して、弱くなっている。俺の中身と融合してきているもの、それは彼女の殺意と、そして愛情だった。もはや俺はそれでもいいと思う。俺の意識は抜け殻となって自分の力では考えることがもはやできなくなってしまった。そこに混入する彼女の意識。俺を操るかのように舌を動かす。「愛してるよ。祈り」俺はこんなことを口に出してしまう。彼女は何か喋っているが、俺には鼓膜も耳も失われているのだから聞こえるわけがない。聞こえるわけがないのに、何を言っているのかわかる。「その言葉が聴きたかった」と。わからないのはこれが俺の無意識の想いか、それとも偽の言葉かということだった。ただもはや終わってしまった俺の躰は人間の形をしていないのだった。俺の生存している器官はどこか。彼女に殺戮されるのは果たして倖せだったのか。未来、様々な疑問達が脳髄を闊歩する可能性があったが、もはや知らない。それを考える前に、俺は意識を失ったのだから。俺はもう死ぬのだから。だから、最後に、俺と彼女の体は寄り添って。


















67 龍の子供

天に駆け上がる龍の夢を見た
鬣は立派に生え揃っていた
ああ、それはまさしく私の父じゃないか

















68 みんなどこか正しい

銀色の猫が私の正しさを食べたんです
それは彼の専売特許だったのに
ウイスキーで割ったような公園の午後
あんなに太陽が眩しいなんて思ってもいなかった
私がまたたきをした時
声をあげる間もなく
胸の穴から静かに血が流れて
ぷつんと何かが切れて
そして私の意味が消えたのです
黒ずんでいる視界の隅で
うさを晴らす「自殺ごっこ」も 
石を数える子供たちも
神を写生する絵描きも
詩人だって
全ては眼帯のガーゼに消えたんです
その瞬間に全ての世界が
まるで自分の所有物のように思えて
そしてそれを少しずつ
奪われていきました
感情の盗賊に襲われて 
ここは最も遠い宇宙の猟場だった!
もう酔い覚ましは要らないんです
私は今から大きな棺に入る
我われの時代の銀猫とともに
そっと葬られていくのです
でも正しいことに 
理由はきっと要らないんです
正しさは正しさなんです











69 淋しさの木

怖がる必要がある時 
君は一体どんな言葉をさけぶ?
ちいさな手足は震えているか
君の心には木が生えていて
水がほしいと泣いている
心配しなくたっていい
誰だってそれだけが全財産なんだ
みんな心では泣いている
でも君の木だけは特別なんだよ
だって他と泣いてる理由が違うだろ?
神話を砕いて作った砂を
撒いて育てた木の周りには何もない
生きることに怯えぬように
守ってくれるその木を
君はいつかへし折る必要がある
そして君はもっと淋しくなるんだよ








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