摂関期の荘園と院政期の荘園について


教科書最大手の山川『詳説日本史(日本史探究)』は、摂関期で荘園(寄進地系荘園)の成立を説明し、院政期の社会のところで荘園が増加し、国衙支配からの独立性を強めることを説明するという構成をとっている。つまり、中世荘園制の成立に向けた経緯を、摂関期と院政期とに分けて説明する構成になっている。
もっとも摂関期のところの説明が目立つ。鹿子木荘の史料や桛田荘の絵図は院政期に配置しておくのが適切なのにもかかわらず、相変わらず摂関期のところに配置してある点がそもそもミスリードなのだと思うけど、こうした構成をとっているため中世につながる荘園制が摂関期に成立したような印象を強めている。
もちろん、摂関期の荘園は院政期の荘園につながっているわけだけれども、時期的な違いをはっきりさせておく必要がある。学問的にはまだまだ議論があるところであるにせよ、高校日本史では古代と中世の違い、変化を見通すうえで大切だ。

荘園は貴族・寺社の私有地

前提として確認しておきたいのは、荘園は貴族・寺社の私有地であること。

摂関期の荘園について

摂関期の荘園とは?

国衙の支配下にある私有地。田地の集まりで、不輸の権を持つ。
官省符荘と国免荘があり、国免荘の場合、受領が検田(課税対象か非課税かを調査)を行って課税対象の田地を把握する際、非課税の田地として認定される。

摂関期における荘園の広まり

ところで、荘園の持ち主が新しく土地開発を進めると、不輸の範囲・対象をめぐって受領・国衙としばしば対立する。受領・国衙は、新しく開発された田地を課税対象に取り込もうとするのに対し、荘園の持ち主はそれを拒否、山野や集落などを含めて領域を区切って不入の権を主張する。延暦寺や興福寺などの有力寺社は、僧兵を使って朝廷に強訴を行い、受領・国衙に対抗する。
一方、受領・国衙は徴税対象の田地を増やすべく土地開発を奨励していた。その際、受領やその郎等、在庁官人らが開発に従事する。開発予定地は◯◯郷、□□保などの名称で区切られ、彼らが郷司、保司などとして管理を請け負い、開発に従事する。開発した田地は彼らの私領となり、開発に従事した人々はやがて開発領主と呼ばれる。開発領主のなかには国衙の徴税・干渉から逃れるため、中央貴族や有力寺社を頼り、その権威を借りて不輸を主張するものがでてくる。

11世紀半ばに荘園整理令がくり返し出される

こうして不輸を主張する荘園が増え、国衙が徴税しにくい状況が生じるなか、受領の要請に基づき、朝廷が荘園整理令をくり返し出すようになるのが11世紀半ば以降。そのなかでもっとも有名なのが、後三条天皇による延久の荘園整理令である。
なお、荘園整理令は、荘園そのものをなくすのではなく、不輸を主張する田地を適正なものだけに限ろうとする政策である。

院政期の荘園について

院政期に荘園が増える経緯

延久の荘園整理令以降、受領・国衙はがっつり検田を行い、しっかり徴税を行う。一方、天皇の権威・権力が再認識されたため、国衙の徴税・干渉(「国衙の乱妨」)から逃れたい貴族や開発領主は、荘園や私領を天皇家(院や女院ら)に寄進する。天皇家(院や女院ら)の近臣がその寄進を仲介する。(ちなみに、鹿子木荘の史料はこの時期の様子を後の時代、鎌倉時代から振り返って書かれたもの)
それをうけて院・女院やその近臣は、院庁下文を使って国衙に命じ、田地だけでなく山野や集落などを含み、ひとまとまりの領域を区切って荘園を設立する。(東京書籍『日本史探究』が神野真国荘の設立経緯を記す史料を掲載しており、この経緯を理解するのに適している)
その領域は、現地で集落を作って生活する人々の活動範囲に基づいて確定され、国衙から田地調査や年貢の収取、警察・裁判など土地・住民の支配権を譲り受ける。(神野真国荘が実際に設立された際の領域は、院庁下文に記されたものとは少し異なっていた)

ところで、摂関家は出身の皇后(中宮)を使って荘園を増やし、有力寺社は強訴で圧力かけ、あるいは、国家の安泰や豊作を保つうえでの神仏の有用性を強調することで荘園を確保、あるいは天皇家などからの寄進を求める。

院政期の荘園とは?

このように院政期の荘園は、ひとまとまりの領域をもち、田地だけでなく山野や集落などを含み、専属の住民をもつとともに、国衙の支配から独立したもの。つまり、私有地であるとともに(郷保に並ぶ)行政区画である。

各地に散在する荘園の経営

こうして成立した荘園は、院・女院らが本家、寄進を仲介した近臣らが領家となり、領家は現地へ預所を派遣して経営を任せる。そして預所は現地の有力者(開発領主ら)を下司や公文に任じるとともに、田地を名に編成し、有力農民を名主に任じて年貢や公事、夫役を納めさせた。

こうして天皇家や摂関家、有力寺社は全国各地に数多くの荘園を所有するようになり、彼ら荘園領主と現地の荘園とのあいだでは人や物が活発に往来するようになる。

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