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やさしい法律講座ⅴ11 副題 遡及効

もし、皆さんが今の行為が、将来施行される法律で裁かれることになったら、どうしますか? 

公権力の恣意的な遡及効のある刑罰で裁かれたらどうしますか?

しかし、近代国家では罪刑法定主義の原則がある。日本は近代法治国家と自負してよいでしょう。その原則から派生する刑罰法規の不遡及類推解釈の禁止などがある。

民法の規定において、遡及効が発生する事例も多々あり、判断が不明な場合もある。現代を生きる我々の法律行為が過去に効力が遡及することを理解出来たらこの講義は目標達成である。

本講義は18歳で成人となる若者への知識の贈り物である。刑法と民法に分けて解説する。

                                                                                              2020.12.15

                                                                                          さいたま市桜区

                                                                                                 田村 司

1,律令的罪刑法定主義

日本は神武天皇から皇紀2680年の長き歴史がある。

現在の日本の法律は欧州の継受法であるが、古代の日本には中国の隋唐に完成した律令格式を継受した「律令的罪刑法定主義」がある。

しかし、近代刑法における罪刑法定主義とは、その背景をなす思想、その期待されている機能等において全く異なる。

これは一言でいうと、君臣の分を明らかにし、更に大官小史の別を明らかにすることにある。古代中国有識の思考によれば、律令以外の判断を為し得る者は広大な思量を有する君主のみであり、臣下はおしなべて、守法の義務がある。つまり、臣下に法を守らせるためのものである。

律令の罪刑法定主義は司法も行政事務として、権限分配と職務分担がこの制度を支えており、恣意的な刑罰がないようになっており、今日のような裁判官の裁量の余地は存在しなかった。

2,現代の罪刑法定主義

さて現代の罪刑法定主義は、刑罰法規は類型化した抽象的な規定であるからその解釈が必要となる。その解釈は条文の文理をあまり離れたものであってはならない(類推解釈の禁止)。ごくまれだが類推解釈と見ることが可能な解釈事例(電気窃盗事件大判明治36年5月21日刑録9・874)がある。

3,日本国憲法39条前段(刑罰法規の不遡及)

「何人も、実行の時に適法であった行為又はすでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。・・・」

この原則がなければ、各人が適法と思って行為したことが、後になって罰せられるかもしれないということになり、だれも安心して行為できないのである。

しかしながら、近年、○○国の憲法に「罪刑法定主義に反する遡及法の禁止」の規定があるにも関らず、遡及法を成立させて、処罰している事例もある。この事例を、他山の石としなければならない。

4,民法における遡及効

遡及効とは、法律が過去に遡って効力を生じることをいう。

刑罰以外の法律の分野では遡及効を認めてはならないという原則はないが、遡及効を認めると既得権益を害することになり、適当でない場合が多い。しかし、法律の目的遂行上、遡及せざるを得ないものもある。そのときは、既得権益者(第三者の表現)の取引の安全性を保護する規定にしている。

5,形成権の概念

これは、権利者の一方的な行使によって、現行の権利関係に一定の変更を生じさせることを作用とする権利(支配権、請求権に対する概念)である。形成権の中には債権者取消権のように、裁判上行使しなければならないもの(裁判上の形成権)もあるが、一般的には、取消権、解除権、相殺権、買戻権等などは、単に相手方に対する意思表示だけで権利関係を変動させる効力を持つのである。

6,解除の遡及効

一端、有効に成立した契約を遡って解消させてしまう一方的な意思表示。


民法は解除するということを一定の場合に「解除権」という権利が発生して、その権利を意思表示によって行使するという風に構成している。

6-1 民法540条(解除権の行使)

契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は相手方に対する意思表示によってする。・・・」

解除の効果は一般には、契約を初めからなかったことにする。このような効果を初めに遡るという意味で、「遡及効」(そきゅうこう)という。もし一方が(あるいは双方)の当事者がすでに履行していたとしたなら、それは元に戻されることになる。

6-2 原状回復義務

たとえば、時計の売買契約で、時計を渡したのに代金が督促しても支払われないので売主が解除するというのであれば、時計は元の売主に返されなければならない。これを原状回復義務という。

ただし、継続的な契約(賃貸借など)については、解除に遡及効がなく、契約は解除の時点からただ将来に向かって効力が消滅することになる。

6-3 民法545条(解除の効果)

「当事者の一方がその解除権を行使したときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。ただし、第三者の権利を害することはできない。

「解除」とは当事者の一方が自分だけの意思表示によって、相手方に対して、「契約をなし」にする宣告をすることである。両当事者による「解約」とは異なる。本来、契約には拘束力があるのだから、それを一方的にやめるという解除ができるには相当の理由が必要である。その理由のほとんどは相手方の契約違反、つまり債務不履行であり、(他に各種の契約についていくつか固有の解除原因を法律の条文で規定してある条件に当てはまる場合には解除できる(法定解除)。さらに当事者が「このような場合には解除する」と約束していときはその条件に該当する状況になれば解除できる(約定解除)。


7,民法127条(条件が成就した場合の効果)


「停止条件付法律行為は停止条件が成就したときからその効力を生じる。

2解除条件付法律行為は解除条件が成就したときからその効力を失う。

3当事者が条件が成就した場合の効力をその成就した時以前に遡らせる意思を表示したときは、その意思に従う。

(当事者の意思表示であり、)遡及効は任意規定である。

停止条件」の言葉の意味は、契約の効力を条件が成就するまで停止する契約である。契約の効力を停止しておいて、条件が成就して効力が発生するもの。

8,選択債権の遡及効

選択債権というものがあるがあまり実例が少ないものであるが遡及効の発生するものなので解説する。

債権の目的が数個の給付の中から選択給付する債権、つまり、自動車にするかヨットにするかを選択して給付する債権を選択債権という。この場合の選択権の帰属は原則は当事者が合意で決めればよいが決められていなければ、債務者になる。そして、選択権が行使されると、債権は契約の当初に遡って効力を生じる(民411条)

8-1 民法411条(選択の効力)

選択は債権の発生の時に遡ってその効力を生じる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」 これが遡及効である。

似たものに、「取消し」があるがある。

9,取消しの遡及効

9-1 民法95条(錯誤)

「・・・その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。・・・

第一項の規定による意思表示の取消しは善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。」

9-2 民法121条(取消しの効果)

「取消された行為は、初めから無効であったものとみなす。」

9-3 民法121条の2(原状回復の義務)

「無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。」

9-4 民法743条(婚姻の取消し)

「婚姻は・・・までの規定によらなければ取り消すことはできない。」

9-5 民法748条(婚姻の取消しの効力)

「婚姻の取消しは、将来に向かってのみその効力を生じる。遡及効なし。

9-6 民法754条(夫婦間の契約の取消し)

「夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

10 他の遡及効の事例

10-1 民法784条(認知の効力)

認知出生の時に遡ってその効力を生じる。ただし、第三者が既に取得した権利を害することはできない。

10-2 民法893条(遺言による推定相続人の廃除)

「・・家庭裁判所に請求・・・被相続人の死亡日の時に遡ってその効力を生じる。」

廃除とは、被相続人に対して虐待をする、もしくは、重大な侮辱を加えたり、推定相続人に著しい非行がある場合、家裁に「廃除」の請求をする。この効果は法定相続(含む遺留分)から除外される。なお、廃除されたその子に代襲相続はされる。

10-3 民法909条(遺産の分割の効力)

「遺産の分割は相続開始の時に遡ってその効力を生じる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」

遺産分割に争いがあって協議が相当の期間を経た後の遺産分割協議の効力は相続開始時に遡及する。協議の合意日ではない。しかし、法定相続人の一部が勝手に自分の法定相続分の不動産を売却処分した場合が考えられる。

    民法899条2(権利の継承の対抗要件)

      「・・・相続分を超える部分については登記、登録その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない。

10-4 民法30条(失踪の宣告)

「不在者の生死が7年間明らかでないときは、家庭裁判所は利害関係人の請求により失踪の宣告をすることができる。・・・」

    民法31条(失踪の宣告の効力)

     「・・・死亡したものとみなす。」

10-5 民法32条(失踪の宣告の取消し)

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