見出し画像

やさしい物理講座v30「神秘の波:ソリトン(孤立波)について」


水に石を投げ入れると生じる水面波は伝播するもののやがて消える。波が水面で広がるため、振幅が減少することも一因であるが、細長い水槽のような一次元の系で励起された水面波もやがて消える。
しかし、地震で発生する「津波」は長距離伝播する。しかも、高速で伝わるにもかかわらず、あまり、変形しない。例えば三陸津波のときの大津波はチリから三陸海岸までの約1万㎞をたった1昼夜で伝播した。ジェット旅客機並みの速度である。
それは、孤立波(ソリトンsoliton)と言われ、余り聞きなれない上にイメージが湧かないものである。これらの驚くべき特性の原因について解説する。

               2021.12.12
               さいたま市桜区
               理論物理学研究者 田村 司

はじめに(『ソリトン』の基礎知識)

基準振動は安定な波で、どの様なパルスでも基準振動を適当に組み合わせて作れる。この基準振動が調和波/正弦波(又は余弦波)である系を「線形系」と呼ぶ。
ある変化が起きたとき、それに応じて発生する力がフックの法則 F=ーkxのように変位ⅹに比例する「線形」だからである。(マイナスの符号はばねによる力が変位とは正反対の方向に働くことを示している)
線形」とは、力と変形、応力とひずみの関係が比例関係の状態です。下図をみてください。応力ひずみ関係を示した。1本の真っ直ぐな線で描かれている。これが線形です。最もシンプルかつ根源的なのが、関数が線形・非線形という話です。砕けた言い方をすれば、グラフが直線形になる関数が線形関数で、そうでない関数が非線形関数です。

(例)線形関数グラフの図

このグラフは「線」の形をしている。この様な力を「線形力」という。
水面波の波高が低いとき、つまり、水面波のエネルギーが比較的小さいとき、水面は線形系で、発生する振動はバネ振動のように正弦波でした。
しかし、もともと力は比例する線形力だけではなく、非線形力も含んでいる。
厳密には力を
F=ーkⅹ+Kⅹ²+Lⅹ³+・・・  
と表せるのである。
ここでKⅹ²やLⅹ³非線形力である。両方とも「線形」ではなく、2次関数3次関数で、曲線的ですから「非線形」である。

線形と非線形との関係グラフ



が大きくなると非線形力が増大し、が小さいときのように、もはや線形力ではない。同様に、水面波の場合も波高が充分高くなると系は「非線形」になり、発生する力は線形ではないのである。
すると、振動や波を表す微分方程式も複雑になり、その解である基準振動は正弦波ではなくソリトン(孤立波:soliton)や「衝撃波」になる。よって、そのような系では、振幅の大きい正弦波は、安定ではなく、不安定なので、多数の安定なソリトン(図8)などに自動的に変身する。


非線形力と分散力のバランス

ソリトンが安定な理由は、非線形力が充分強くなると、パルス幅を圧縮しようとし、パルス幅を広げようとする分散力丁度バランスするからである。
海の波の場合も浜辺に近づくにつれて非線形力のため、波の幅が圧縮され突っ立て来る。
要約すると、どんな系にでも線形力と非線形力の両方が作用している。しかし、非線形力は変位ⅹが小さいときはには無視でき、大きくなると急速に増大する。したがって、一般に変位が小さいときは調和波(線形波)が、そして、変位が大きいときには、ソリトン(孤立波)などの非線形波が現れ、安定的に存在する。そのソリトンも摩擦抵抗などによって振幅が減少すると、非線形力が弱まる結果、やがて、いくつかの調和波に分裂する。

ソリトンは水面波としてだけではなく、いろいろな形で出現する。体内の動脈を流れる血液も、心臓からソリトンとして伝搬するようである。マグマが火山の噴火口まで押し上げられるときもソリトンの形をとると言われている。
多くに系で波のエネルギー(つまり振幅や速度)が増大すると、ソリトンが出現するのである。
最近では電話やインターネットに使われている光通信み「光ソリトン」を利用する試みと、実用化まで近づいている。

津波とソリトン

地震の後に大きな被害をもたらす津波は典型的な浅水波である。深い海を渡ってくるのに浅水波とは奇妙だが、これは、波長が海の深さに比べて非常に長いからである。このような海の深さに比べ非常に長いからこれを浅水波と呼ぶ。
太平洋の深さを4㎞とすると  v =√gh より時速713㎞となる。
1960年、日本とほぼ地球の反対側に位置するチリ沖で発生した地震による津波が一日で太平洋を渡り、三陸海岸に大きな被害をもたらした。
太平洋を渡っても消えなかった津波は、粒子のように局在し安定性をもつ振幅の大きい波で、ソリトン(soliton)と呼ばれている。


衝撃力のソリトン

弾性衝突実験の画像
この実験は運動していた球が衝突した途端にピタリと止まる。
この現象は運動量保存則で説明できる。
衝突球の後でどのように動くのか右の一個がはじかれるのか、
他の4個が図のように動くのか、それについては次の図の通りとなる。


この様に孤立して進む波や力をソリトンという。
衝突のとき作用と反作用のため左右二つのソリトンが発生する。

図3の1では実験に沿って一方のソリトンが左へ球1個、
他方のソリトンが点線に沿って右へ球一個の距離を進んでいく。
2になると実線のソリトンは左端の球を往復している。
これに対して点線のソリトンは球2個の距離を右にすすむ。
以下3,4と進み、5で点線のソリトンが右恥の球1個を往復した瞬間に、
左から進んできた実線のソリトンと正面衝突をする。
そのために、6のように、右恥の一個が跳ね返ることになる。

波の分散と水波のソリトン

ソリトンの特徴は分散をしないという点にある。
波の分散とは、波の進む速さが波長(振動数)によって違うということである。ガラスや水の中では赤が最も速く、青の速さが最小になる。つまり、波長が大きい程速さが大きくなるという分散の性質がある。水の重力波についても、光と同じ性質の分散が成り立つ。波長3センチ以上で波長に比べて水深が十分に大きい水波を重力波という。
波長に比べて水深の浅い水面にはソリトンが生じる


光ソリトン optical soliton

形を変えずに伝わる非線形光の波動孤立波ともいう。
超長距離の光ファイバ通信に適した方式として期待される。
ソリトン表面を伝わる波紋と同様に,遠くにいくにしたがい波の高さは低くなるが,形や周期自体は変らない性質を持っている。
従来の光ファイバ通信の信号は光の点滅で,長距離の場合途中で中継して信号を増幅する必要があるが,ソリトンでは日本の実験で 1000km以上の無中継伝送が可能であることが確かめられた。1973年に長谷川晃博士(アメリカ,ベル研究所) によって発見された、光ファイバーの中を伝播する安定した光パルス。ソリトン伝送システムを導入すれば、既存の光ファイバーを用いた通信システムの伝送容量を、1千倍程度アップグレードできるとされる。次世代の超高速通信の担い手として最も期待され、2010年10月現在、すでに検証・実験段階を終了して開発段階に入っている。

ソリトンの定義解説

ソリトン: soliton)は、おおまかにいって非線形方程式に従う孤立波で、次の条件を満たす安定したパルス状の波動のことである。

  1. 伝播している孤立波の形状、速度などが不変。(粒子の「慣性の法則」に相当する)

  2. 上の条件を満たす波同士が衝突した後でも、お互い安定に存在する。衝突する波は二つより多くてもよい。(波の個別性の保持、衝突前後の運動量保存

この2条件より、この孤立波は粒子性(粒子としての性質)を持つ。この呼び名の由来は、1965年米国の N. Zabusky と M. Kruskal が、KdV方程式 [注 1]数値解析から、上の2条件を満たす孤立波を発見し、粒子性をあらわす接尾語-onを使ってそれをソリトンと名付けたことによる。
因みに、本来は solitary wave(-on) からソリトロン(: solitron)と名付けるはずだったが、既に商標(会社名)として使われていたのでソリトンと名付けた。非線形現象の一つで、非線形方程式に従う、粒子のようにふるまう孤立波波形速度などの性質を変えずに伝搬し、互いに衝突しても、その性質を変えずに、互いを通り抜けるのこと。1965年にザブスキーNorman Zabusky(1929― )とクルスカルMartin Kruskal(1925―2006)が、KdV(コルトベーク・ド・フリースKorteweg-de Vries)方程式を研究中に、同じ方向に進む孤立波どうしが、追い越しの前後で波形を変えずに粒子のようにふるまう数値を発見。粒子性をもつ波として、孤立波の英語solitary waveに粒子を表すときに使う-onを加味して、ソリトンと名づけられた。量子力学の逆散乱問題(物理現象の因果関係を逆方向にたどる)を応用すると、この方程式が解析的に解けることがわかり、KdV方程式以外にも、非線形シュレーディンガー方程式、サイン・ゴルドン方程式、戸田格子方程式などの分散性非線形方程式に応用が広がっている。ソリトンは波動問題だけでなく、物性物理、微分幾何学、場の量子論などに広く応用されている。とくに、安定して高伝送容量にできる光ソリトンを使った光通信システムの高度化に対する期待が高まり、実用化に向けて大きく進展している。



生物学におけるソリトン

細胞性粘菌の一種であるキイロタマホコリカビのある変異株が示す波状の多細胞体運動が示す挙動がソリトンの性質を備えていることが、2013年に桑山秀一博士らによって報告された。細胞性粘菌の野生株は飢餓状態において走化性運動により集合し、ナメクジ状の多細胞体を経て子実体形成を行うが、ソリトン波様の多細胞体運動を示す変異株は走化性を欠き、子実体形成を行うことができず、波模様の塊を形成する。この波模様の塊は形を崩さずに一定の速度で運動し、衝突後も形を崩すことなく互いに通り抜けてしまう。



固体は縦波と横波の両方を伝える。その代表が自身であるが、剛球の衝撃のソリトンが地球の地震で起こっているのではないかと思われる記事を次に記す。

(参考)東日本大震災の地震波、地球を5周

 気象庁観測 2011年3月24日5時4分

 11日に起きた東日本大震災の最初の地震の表面波(地球の表面を伝わる地震波)が、地球を少なくとも5周(約20万キロ)していたことが、長野市松代町の気象庁精密地震観測室の観測で分かった。

 同観測室は、11日の地震発生時から敷地内の地下700メートルに設置した地震計のデータを分析してきた。その結果、地震の表面波を地震直後に1回観測。その約2時間半後に震源から太平洋方向(東)とアジア大陸方向(西)の二つの波がそれぞれ地球を回って戻ってきたことを観測した。その後も約2時間半おきに表面波を観測し、地震直後の表面波を除いて計5回の波を確認したという。

To be continued . See  you  later !


参考資料・参考文献

ソリトンとは - コトバンク (kotobank.jp)

ソリトン〜計算機から生まれた数理物理学〜 - Qiita

asahi.com(朝日新聞社):東日本大震災の地震波、地球を5周 気象庁観測 - 東日本大震災

海外での地震・津波被害 東日本大震災の記録 (fc2.com)

報告書(1960 チリ地震津波) : 防災情報のページ - 内閣府 (bousai.go.jp)


飽本 一裕著 『クイズで学ぶ大学の物理』講談社 2003.6.27 第3刷発行 p328~

後藤憲一・小野廣明・小島彬・土井勝著 『基礎物理学第2版」共立出版 2004.4.15 第2版1刷発行

小暮陽三著 『物理のしくみ』日本実業出版社 1994.10.15 第8刷発行

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?