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エンタメから姿を消すタバコとSDGs

友人がこんなことを書いていて、ちょっと面白い論点だなと思った。

ラノベでも漫画でも登場人物がタバコを吸うシーンをほとんど見かけなくなったな。異世界転生・召喚もので主人公がタバコを求めて右往左往するシーンがあったりすると逆にほっこりしてしまう(喫煙嗜癖者には異世界にお米や味噌・醤油が無いよりも深刻だろうw)。

関連して少しやり取りしたことを(友人も記録を残してるけど)こちらにもまとておこう。実際、お酒を飲むシーンは普通に見かけるし、お酒を求めて右往左往しワインビールを作ってしまうようなエピソードもわりとある。でも言われてみれば、喫煙シーンはずいぶん減った気がする。

日本が取り組む「たばこ規制枠組条約」

一つ思いついたのは、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」、略称「たばこ規制枠組条約」の影響だ。日本はこの条約を2004年6月に受諾、その後2005年2月に発効している。

そんな昔からの話じゃないだろうと思われるかもしれないが、もう一つここで絡んでくるのがSDGs。2015年に採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」は17の目標と169のターゲットターゲットで構成されている。この目標3「すべての人に健康と福祉を」には、以下がターゲットに含まれている。

3.a すべての国々において、たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約の実施を適宜強化する。(SDGsの目標とターゲット:農林水産省

たばこ規制枠組条約が第一に挙げているのは受動喫煙の防止で、受動喫煙防止を強く打ち出した健康増進法案改正が2018年に成立、2020年4月に発効した。東京五輪に向けたIOC「タバコのないオリンピック」方針への対応などの意味もあるだろうが、SDGs 3.a項に日本も力を入れている証左ともとれる。

たばこ規制枠組条約がもたらすタバコ描写リスク

その「たばこ規制枠組条約」だけど、13条は「たばこの広告、販売促進及び後援」(外務省和訳文)になっている。これに対してWHOは実施のガイドラインを発行しているが、この中には次のような事項もある(ちょっと長い部分だが国立がん研究センターによる訳文からそのまま引用する)。

娯楽メディアにおけるたばこの描写
映画、演劇、ゲームなどの娯楽メディア製品におけるたばこの描写は、特に青少年のたばこの使用に強い影響を与える。従って、締約国は次のような対策を取らなければならない。
■ 娯楽メディア製品が、たばこ製品やその使用またはいかなる種類であってもそのイメージを表現するとき、その娯楽メディア製品の制作、配給、または発表に関わった各社の幹部責任者に、その表現と引き換えにいかなる金銭、ギフト、無料宣伝、無利子の融資、たばこ製品、広報支援、またはその他価値のあるいかなる物も供与されていないことの証明を義務付ける仕組みを導入する。
■娯楽メディア製品に関連して、あるいはそのコンテンツの一部として、特定可能なたばこブランドまたはたばこブランドの映像の描写を禁止する。
■たばこ製品、その使用、または映像を表現する娯楽メディア製品の冒頭で、所定の反たばこ広告を表示することを義務付ける。
■娯楽メディア製品の指定または分類にあたって、たばこ製品、その使用、または映像の描写を考慮に入れ(たとえば、未成年者の入場を制限する成人指定を義務付けるなど)、子ども向け娯楽メディア(漫画も含む)ではたばこ製品、その使用、または映像を描写しないようにする指定または分類システムを導入する。

これを真に受けると、タバコやその使用(喫煙)を描写するのは、結構なリスクを抱え込むことだなと思わされる。たばこ業界からの利益供与がないことを証明して、冒頭で反タバコ広告を表示して、レーティングを上げないといけなくなるかもしれないというリスクだ。

タバコ描写に問われる「必然性」

あるときマッカーサーポパイを描く必要が出てきたとして、その口元からコーンパイプを消すべきだろうか?エンタメとしてポパイをリメイクするという話に限りそれもありかもしれない。でも歴史やサブカル史を描くうえでは、そこはあえてコーンパイプ片手に厚木空港に降り立つ姿や、時にコーンパイプからホウレンソウを吸い込む姿を残すリスクを取っていいと思う。

大河ドラマ「いだてん」では、主人公田畑の喫煙シーンが抗議を受け、これについて「時代の空気感、雰囲気」の演出だけならほかに手段があると必然性に疑問を呈する文章があった。その後、NHKが田畑についてチェーンスモーカーでありしばしば火のついたタバコを逆に咥えたなどの証言や回想録があり、キャラクターを描くうえで不可欠と判断、そのうえで喫煙は演出上必要最小限にとどめていると回答していることが明らかになっている。回答は演出家ではなくジャンル長の名前で出され、言い換えれば組織としてリスクを受容したということだ。

これからの作品、とくに未成年をターゲットにした作品では、喫煙描写に必然性が問われるかもしれない、ということだ。ラノベや漫画、異世界転生・召喚もののターゲット年齢層を考えると、特にレーティング上昇、成人指定のリスクは小さいものではなさそうに思える。リスクテイクの必要とか価値があることを説明して、一緒にリスクを負う周囲の人に納得してもらわないといけないかもしれない。

SDGsとエンタメから姿を消すタバコ

SDGsでは枠組み条約の「実施を適宜強化する」と言っているだけでどれをどこまでということはなくて、「娯楽メディアにおけるたばこの描写」項の実情は分からない。一方でこれは実施のガイドラインだから、いま実施されてなくても、今後いつ実施されるか分からない。いまは描写が許されるけど、作品がヒットして続編やメディアミックスを考えたタイミングで許されなくなっていた、過去コンテンツが足かせになるなんてこともあるかもしれない。

いろいろ考えると、SDGs時代にエンタメからタバコが姿を消すのは、発信者側のリスクマネジメント的に自然な成り行きかも知れないな、と思った。リスクを取るだけの意味があるか、リスクに無頓着じゃないと書きにくいだろうな、と。

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以下余談。
冒頭のワインやビールを作ってしまうエピソードもあるマンガはこちら。タバコを探すとか作るとかのエピソードはなかったと思うけど、ライバル側の元軍人(大人)で文明崩壊後の未来でも喫煙者という人は出てきてる。

逆にタバコが重要な道具立てになってるマンガもいま読んでいるものにあったなということでオノ・ナツメ。都市BADONで高級タバコ店を経営する4人組を描いた作品。世界観の共通するACCA13区監察課では主人公が「もらいタバコのジーン」の二つ名を持っていたり、なにか作者の拘りどころなのかな。こういう作品もあるし、喫煙描写は作者の選択によるという段階かと思います。ターゲット層は最初から年齢高めそうな作品だけど。

ストーリー上の必然性というより描きたかった空気感、雰囲気からタバコが登場している感じの作品も。まだ最初の方しか読んでないから後で重要度増す可能性はあるけど、とりあえずのところ必然性は感じなくって、でもタイトルにまんまCIGARETTESと題打たれてる。というかいま気づいたけど、この作品なんとなく読み始めちゃったのってタイトルが「Coffee and Cigarettes」連想させたからだ。やられた。


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