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【SD】サンディエゴ・パドレス新監督にマイク・シルト就任

既に日系メディアでも報じられたが、2022年シーズンからサンディエゴ・パドレスの監督を務めたボブ・メルビンが米国10月25日にサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍した。そして11月22日に後任として今年までパドレスの選手育成アドバイザーを務めたセントルイス・カーディナルス前監督のマイク・シルト監督に就任した。メルビン監督は就任初年度の2022年にはパドレスにとって24年ぶりとなるナショナルリーグ優勝決定戦までチームを導くも、今年は年俸$250M超の戦力を得ながら82勝80敗でプレーオフ進出を逃していた。

ボブ・メルビン前監督退団の経緯

A.J.プレラーGMとの不和が予てから公然の秘密となっていたもののパドレスとの契約は2024年まで残っており、10月初旬にはプレラーとメルビン各々が来年はパドレスで指揮を取ると明言していた。しかし次期監督を探しているサンフランシスコ・ジャイアンツがメルビンとの面接許可をパドレスに要求し承認を得たところから風向きが変わり、あれよあれよとジャイアンツ監督就任が決定。3週間足らずでパドレスは次期監督探しを迫られた。メルビンはベイエリアで生まれ育ち、現役時代ジャイアンツでプレーし、SFG編成責任者のファーハン・ザイディとはオークランド・アスレチックス監督時代共に仕事をした経験がある。これ以上ない移籍先だろう。おそらくだがサンフランシスコ以外では娘が住むニューヨークのメッツ辺りにしか移籍をする可能性はなかったのではなかろうか。

メルビンもプレラーも不和については触れないため具体的な内容は不明だ。メルビン自身はその話を引きずったまま来シーズンを過ごすことを良いことだと思わなかったという点を移籍の理由のひとつとして挙げている。ただ意見の相違はコミュニケーションやロースター編成など多岐に渡っていたようだ。

メルビン前監督は主力選手でも時々休ませたがるが、パドレスのロースターはスター選手とそれ以外の実力差が大きいため困難だっただろう。フアン・ソトは162試合、手首に消炎剤を打ちながらもザンダー・ボガーツは155試合、フェルナンド・タティス・ジュニアは禁止薬物使用違反の出場停止処分明け以降欠場は1試合のみで141試合に出場した。おそらくメルビン監督の望む起用法とは異なるが、スター選手が少ないアスレチックスや出場枠内選手がレギュラー級で占める同地区の宿敵ドジャースと比べると、パドレスの編成はレギュラー奪取を期待できない遅咲きの若手と峠を越えたロートルがベンチを占めていたパドレスは編成の偏りが著しい。

またそれゆえにレギュラー以外の選手に具体的な役割を伝えてモチベーションを与えづらい。これはアスレチックス監督時代以前からメルビン監督が得意としていた分野だ。昔話の桃太郎に例えるなら桃太郎が数人居るが犬と猿とキジが居らず、代わりにきびだんごA、B、C、D、E、F(演者マット・カーペンター。お供の動物に食べさせるきびだんごはAからCまでなので出番なし)がベンチを温めるという状況だった。

X/Twitterにも記したが、今回の退団劇はコミュニケーションのしくじりとマイクロマネジメントが過ぎたプレラーの落ち度だろう。確かにプレラーの様な強目なフロント主導やマイクロマネジメントが功を奏し結果を残すことはある。だが3度の最優秀監督賞を含む20年に渡り華々しい監督キャリアを築いてきたメルビンの様なベテラン指導者は多くの裁量を求める。午前3時に部下に選手評価や改善法についてテキストメッセージを送ってきたと思えば、その日の午前6時半にまた別のメッセージを送ってくるプレラーのブラックな働き方が象徴する息継ぎをする暇もない様な猛烈な仕事ぶりと嚙み合うはずがない。またプレラーによるオペレーション側の人材配置も不可解で、ニュージーランドのラグビー代表チームであるオールブラックスやソフトボール代表チームでハイパフォーマンスマネージャーを務めながらも野球や医学経験のない人材を登用し、メディカルやアナリティクスと幅広い領域を統括させていた。ただ会議で発言するわけでもなくメモを淡々と取っているだけなのでプレラーの反乱分子を炙り出すためのスパイなのではと疑うスタッフも居たという。

メルビンが移籍したジャイアンツは前任のゲイブ・キャプラー監督の希望を受けコーチを17人まで増やした。またそのキャプラーの前任として三度ワールドチャンピオンに輝いたブルース・ボウチーは、レンジャース就任時にパドレス監督時代に先発投手だったクリス・ヤングGMに裁量を与えられた。メルビンがパドレス監督就任時に選べたコーチはアスレチックス監督時の右腕ライアン・クリステンソン助監督とマット・ウィリアムズ三塁コーチの2名のみだ。今季でパドレスとの契約満了を迎えた両者はメルビンの後を追いサンフランシスコへ職場を移した。

そもそもプレラーのスタイルと肌が合わなそうなメルビンをなぜ雇ったのかという疑問が生じるが、それはメルビンの前任ジェイス・ティングラーがメジャーリーグでの選手及びコーチ経験不足故になしえなかった選手の人心掌握をメルビンに期待した故ではなかろうか。確かにメルビン監督はパドレス選手からの敬意と称賛を集めたようで、クラブハウス内の諍いが起きたという話も漏れてはこない。だがその良いとこ取りだけでうまく事が運ぶはずはなく、より肝心なベテラン監督とフロントの連携や協働の準備が不十分だったのではという疑念が過る。

プレラー曰くコロナ禍の2020年に最も現場に深く関わったものの、メルビン監督就任以降は敬意を以てその関わりを抑えたという。ではメルビンに裁量が与えられたかというとそうでもなく、プレラーの部下がメルビンに意図を告げるというコミュニケーション手法で益々距離が広がってしまった。今後その介入の度合いにより戻しが起きそうな可能性がありそうで不安ではある。潤沢な予算を与えられながら新人監督でも実績あるベテラン監督でも実績を残せず続かないとなると、プレラーの人選能力やマネジメント能力に疑いが持たれても無理はないだろう。

パドレス23代目監督マイク・シルト

シルトにはプロ野球選手としての経験がメジャーとマイナーどちらも全く無いままカーディナルスでメジャーリーグ球団の監督に就任した異色な経歴の持ち主だ。選手生活は大学で終え、高校のコーチを経て大学でコーチをしていたところカーディナルスの目に留まり2004年にスカウトとして働き始める。マイナー下部組織とセントルイスでのコーチ経験を経てマイク・マシーニーが解任された2018年途中からトップチームの監督を務め、2019年には91勝71敗でナショナルリーグ最優秀監督に選出。2020年にNLワイルドカードシリーズでパドレスに敗れるも、2021年には後半戦に怒涛の17連勝を成し遂げ、時を同じくして大失速したパドレスと対照的に尻上がりの成績で3年連続プレーオフにチームを導く。主力だったマット・カーペンターのきびだんご化が進む一方で2019年にポール・ゴールドシュミット、2021年にノーラン・アレナドを獲得したことによる戦力アップも大きく味方した。いずれにしても結果は残しており2021年シーズン終了後シルトの契約は残り1年だったので延長が期待されたが、同チームのジョン・モゼリアックGM曰く「方向性の違い」を理由に解任の憂き目に遭う。相違の具体的な内容は明らかにされていない。アナリティクスの活用法はその一因であったとシルト自身がコメントしているが、それが全てではないそうだ。シルトにはシーズン補強不足に対する不満があったとも報じられていたが、これも明言されたものではない。コーチとの不和は否定している。いずれにしても252勝199敗という立派な成績を残し退団。勝率.559は300試合以上指揮を取った歴代MLB監督の中で7番目に高い。

2021年シーズン終了後ティングラーの監督後任候補としてパドレスと面接を受けたが、同球団がメルビン獲得という選択を取ったためシニアアドバイザーに就任した。具体的な役割がはっきりしなかったが選手育成が主な仕事様で、手首手術を受けた後のフェルナンド・タティス・ジュニアの復帰をサポートした。マイナー戦力の視察も行い、またウィリアムズ三塁コーチが前立腺がん手術で戦列を離れた際にはユニフォームを着て代役を務めた。

近年のパドレス監督達と比べるとオールドスクールな監督という印象で、ネット上に散見する過去の会見を見る限りプレラーが雇ってきた監督の中では最も鼻っ柱が強そうだ。しかし選手と距離があるわけではなく、タティスやブレイク・スネルからは称賛の声が挙がっている、またシルトが2010年カーディナルスのルーキーボールとAA監督、そして2018年セントルイスの監督代行を務めた初年度にプレーした元パドレス保険代理店にお勤めのグレッグ・ガルシアも彼の信奉者だ。這い上がることに必死な新人は休みたくても自分から休みたいとは口にしないことを察して監督の方から定期的に休養を与えてくれたこと、また「親切さと弱さを履き違えるなよ」という言葉が今も心に刻まれているという。カーディナルスの伝説的なコーチ、ジョージ・キッセルを祖としトニー・ラルーサ等に脈々と受け継がれた"The Cardinal Way"と称される細部に目を配るチーム造りの伝統が身体に染み着いている。"Yellow Pad Meeting"はその野球哲学に基く手法の一つで、前日の試合の詳細を書き残した黄色いメモ帳(註・米国では黄色地のメモ帳が普及している)の内容を基に選手たちと振り返りのミーティングである。そのメモ帳に記される類の内容は派手な奪三振やホームランではなく、その前の打席の適切なベースカバーや全力(もしくは全力でない)疾走等といった良い点も悪い点も地味なディテールに関するものだ。ガルシアは細部に怠り全力を出していない選手と思われたくないという気持ちを強く持つことができ、またチームの結束力も上がったと後述している。

また、なかなか昇格させてくれなかったぞとか契約延長オファー(2年$4M)安過ぎだから拒否してやったぞとかカーディナルスには文句言っとこファム太郎だったトミー・ファムだが、AAとAAA時代に監督だったシルトには賛辞を惜しまない。フィールド内外で人のことを気にかけてくれるから俺も彼を大切に思うぜとのことだ。


なおシルトの経歴詳細は参照させていただいたRyoさんのnoteに詳しいのでご一読いただきたい。

シルトの采配

https://www.baseball-reference.com/managers/shildmi99.shtml

シルトのカーディナルス監督時代の采配を見ると気になるのは盗塁の多さだ(Rate+100がリーグ平均)。また一方で就任当初多かった犠牲バントや敬遠は年々減少し、2021年にはリーグ平均以下に落ち着いている。18年間カーディナルス一筋で走塁や守備など基本を重んじるチームの方針が染み付いているため、スモールボールや犠牲バントの多用を連想するが、少なくとも直近の数字を見る限りその様な傾向は見られない。代打起用の頻度も平均程度だ。

2019年から2021年の先発投手イニング数ランクにおいてカーディナルスはNL15球団中7位、10位、6位。特段にスターターを早く引き上げたりまた投げさせ過ぎもしていない。

カーディナルスファンのgoyajiさんによると以下の様な特徴があるとのこと。

ただ2024年のパドレスには勝ちパターンのリリーフが今のところほぼ皆無なので、幸か不幸か今のところ不安材料にはならないかもしれない。

堅実な選択

非常に堅実な人選だ。プレラーにとって4人目の監督選出だったので確かにこれ以上の冒険は彼自身の人選能力を疑われる。シルト以外にインタビューを受けたと報じられた候補者は以下の通りだ。

ライアン・フラハーティ(パドレスベンチコーチ兼攻撃コーディネーター)
フィル・ネビン(前ロサンジェルス・エンジェルス監督・元パドレス選手)
ベンジー・ギル(エンジェルス内野コーチ・前メキシコ代表監督。サンディエゴ南部チュラビスタ育ち)
カルロス・メンドーサ(前ニューヨーク・ヤンキースベンチコーチ)
エイドリアン・ゴンザレス(元パドレス主砲)

シルト以外にメジャーリーグでの監督を経験している候補者はネビンだけだった。実際に最終候補はシルトとネビンの2人だったという。ただ今回の人選で最も重視しなければならない条件は先述した「A.J.プレラーの仕事ぶりや方針でも問題ないか」という点だ。となると今までプレラーと仕事をしたことないフラハーティ以外の候補者はどのようなハレーションを起こすか見当もつかない。現役時代バックネット裏に座るケビン・タワーズGM(当時)に外野フェンスが遠すぎると文句を言い試合中に口喧嘩したネビンの忍耐がプレラーに5月まで持つとは想像できない。となると内部候補からのチョイスが懸命だが、選手や一部スタッフからのウケが良いフラハーティには監督経験がなく、同様だったアンディ・グリーンやティングラーでの統率力不足もまだ記憶に新しい。

ただ今回のシルト就任で気になる点は2年という契約の短さだ。グリーン、ティングラー、メルビンらプレラーが採用した歴代監督とは全員3年契約を結んだ。一方シルトは2年目の2025年にいきなり契約最終年を迎えることになる。MLBでは契約最終年の監督は翌年以降契約が残る選手やコーチから「どうせ今年で居なくなる人だしな」と見られ任期終盤の韓国大統領の様にレイムダック化し掌握力を失うので、契約初年度の来年に結果を残し契約延長にこぎつけないと2年目を待たずに解任されるおそれがある。過去の新人監督より短い契約の理由は定かではないが、側から見るより意見が割れた人選なのかもしれない。

Fun(damental)

就任記者会見は前任者のそれより落ち着いたトーンで行われた。先週のピーター・サイドラー会長兼筆頭オーナー死去を受けた喪失感がまだ漂っているからだ。司会を務めるパドレス実況ドン・オルシーロが冒頭に追悼の黙祷を報道陣に求めた。

この記者会見でもっとも印象に残った点は、プレラーがサイドラーとの別れに触れる際に涙をこらえ言葉に詰まりつつどうにか話をしていたことだ。普段の会見では抑揚なく淡々と面白みに欠ける話や厳しい質問には真正面からの回答を避ける無味乾燥な印象を持たれていたが、この日は明らかに異なりプレラーの人間味に触れる稀有な機会であった。サイドラーとの関係は単なる仕事における上下関係に留まらず、素晴らしき友人であり助言者であったと振り返っている。またバギーパンツと妙なファッションセンスを共有したとコメントし笑いを取っていた。

ちなみにサイドラーは生前シルトとも毎月のペースで話をしていたという。話題は野球に留まらず人生や家族、チャリティについてなど多岐に渡り、時には1時間以上に及ぶこともあったという。オーナーと監督ならともかく、一介のアドバイザーとの談話に定期的な時間を割くという例は過去に思い当たらない。野球のみでなく人との対話を大切にしたサイドラーの人柄が窺えるエピソードだ。

監督就任後目指す野球についてはFundamental(基礎)と共にFun(楽しさ)を大事にしたいと語っていた。後半は自身の信条だけでなくパドレスが予てから抱くチームカラーを尊重するという半分リップサービスの様なコメントだろう。以前チームのケミストリーをチーム不調の原因として問題視された際に「ハイスクールか?」と返したマチャドをどう巻き込んでいくか課題ではある。ただ重きを置く守備や走塁という面において幸い今年はそう悪くはなかった(FanGraphs指標でNL15球団中走塁7位守備5位。ともにソトが足を引っ張っている)。サイドラーのビジョンを引継ぎサンディエゴに初のワールドチャンピオンをもたらしたいと発言するも、「まずはディビジョンを制さないと」と地に足がついた答えを返していた。

来季のパドレスは今季より$50Mほど球団年俸を下げるだろうと報じられており、その一方でスネルやジョシュ・ヘイダーマイケル・ワカセス・ルーゴニック・マルティネスらがフリーエージェントで流出している。さらに来期末にFA権取得を控えるソトの放出も噂され戦力低下が危惧されている。その様な我慢を強いられる状況下では球団の内部事情に詳しく基本に忠実なシルトは適任な指揮官だろう。

来年、韓国ソウルでドジャースと公式戦開幕シリーズ後、パドレスの米国本土での開幕戦はペトコバーク。相手はメルビン監督率いるジャイアンツである。

そしてパドレスにとって代行を除く監督職への内部人材登用は2年間ジム・リグルマン監督の下で三塁コーチを務めてから1995年監督に就任したボウチー以来だ。彼は翌年パドレスをプレーオフに、そして3年後に14年ぶりのワールドシリーズに導いている。

ヘッダー写真
https://delishkitchen.tv/articles/2218


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