ちゃんとテキスト②

  研究所内をノイに案内されるままにしばらく歩いていると応接室と思しき部屋に通されました。家族連れが来ることでも想定していたのか学校の教室の半分ほどの部屋の片隅にはミニカーやぬいぐるみ、ままごとセットなどが組み合わされたパネル式防音シートの上に置かれています。ふと窓の外をみた貴方は少しぎょっとしてしまいます。そこには数体のぬいぐるみがロープにぶら下げられていました。

 あっ、と恥ずかしそうにノイが笑います。
「ごめんなさい、お天気が良かったからちょって干してあげてたんです。まさかお客さんが来るとは思ってなくて。」
構いませんよとあなたは返します。のどかでいいですね。昼寝でもしたら気持ちよさそうだ。あなたは続けます。

「そうなんですよ。こういう日にああやって干したぬいぐるみを抱っこしてお昼寝するとふわふわしてお日様の香りがしてとても気持ちよく寝れるんです。もしよかったらお一つどうですか?」
ノイが楽しそうに提案します。確かに気持ちよさそうだ。あなたもノイに笑いかけます。ふとノイが顔を上げました。
「いけない、せっかくお客様が来てくれたのにお茶をお出ししていませんでした。」

お構いなく、そう言おうとした時には既にノイはパタパタと、恐らく給湯室なのでしょう、奥に引っ込んでしまいました。

 微かに聞こえるカチャカチャとカップが触れる音を聞きながらあなたは改めてこの部屋を見渡します。応接室というよりは居間と形容した方が良さそうなほど生活感を感じさせるこの部屋はノイが普段から使っているのでしょう、積み上げられた文庫本、その横に畳まれたブランケット、恐らく先ほど言ってた通り抱えていたのであろう何かの生き物のぬいぐるみがあります。ちょうど手が届きそうな位置にあったその人形をあなたは座っているソファから少し身を乗り出してツンツンとつついているとノイがティーカップの乗ったお盆を持って戻ってきます。少しバツが悪そうに居住まいを正すあなたの前にノイが微笑みながらカップを置きます。
このぬいぐるみは?恥ずかしさを隠すようにノイに聞きます。

「オポッサムです。ご存知でしょうか?」
名前だけは、そう返すと彼女は続けます。
「コモリネズミなんて別名もありますね。好きなんです、オポッサム。有袋類の仲間なんですけど、袋に入りきらなかった子供を背中に背負うんです。一回の出産で20匹くらい。全部がちゃんと成長する事は無いのですがそれでも10匹ほどは抱えるみたいです。家族の命を何個も守るのってなんだか尊いじゃないですか。」
そう語るノイはとても無邪気で楽しそうに見えます。そしてまるで自分を重ねているようにあなたには写りました。
「ところで父からの頼まれ事はどうしましょうか。」
ほぼ1日を移動に費やしたあなたは今日は疲れたから明日以降にしようかなと思います。と伝えます。
「でしたらどうぞ泊まっていってください。私しかいないので部屋だけはたくさんありますよ?」
それは願ってもないけど。あなたは尋ねます。女の子が今日会ったばかりの他人を同じ建物で寝泊りさせていいものなのでしょうか。
「こんな山奥に1人で生活してるんです。人がいない方が危ないという見方も出来ますよ?それにふもとに降りて明日また登ってくるのも大変でしょうし。」
それもそうかとあなたは考えます。そのままあなたはノイの厚意に甘えることにしました。簡単な夕食、1人で生活しているだけあってノイの作った料理は素朴ながら美味しいものでした。シャワーを借りその日の汚れを洗い流したあなたは今日はもう休むことにします。
「おやすみなさい」
おやすみなさい、ノイにそう返し彼女にあてがってもらった部屋の簡易ベッドに寝転びます。考えること、やる事は多いですが1日の疲れが溜まり切ったあなたはそれらを明日考えることにしてそのまま意識を深い眠りに沈めていきました。


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