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小説 創世記 2章

2章

しばらくは河原で過ごした。
1日に一回の配給で飢えをしのぐことができた。
食べて横になり、何もせずに1日が過ぎ、日が暮れると寝た。
そんな日々が1ヶ月続いた。

神は仰られた。
「おまえにふさわしい助け手を与える。
 それまではここで待ちなさい。
 ただ何も、盗んではいけない。」
一雄は静かに、その時を待ち続けた。

配給は不思議と、一度も途絶えることがなかった。
少しずつ、体力と元気は回復していった。
しだいに隣に同じように河原に住んでいる自分より年下であろう少年と仲良くなった。
名前はイブキと言った。
空襲の前からイブキには親も兄弟もいなかったらしい。
同じような境遇の子供らと共に生活し、生き抜いてきたという。
しかし空襲で、また一人になってしまったのだ。

イブキは焼ける前の街について、誰よりも詳しかった。
仲良くなると、どんどんと話が出てきて、とどまるところを知らないようだった。しかも面白い。
湧き水のように出てくる話と知識を、一雄は毎日楽しんでいた。

ある時、いつものように配給を受け取ると、後ろの方で叫び声がした。
「おい!俺のところまで届いてないぞ!!」
前を見ると配給をしてくれている人たちが、手を広げもう食糧のないことを伝えようとしている。
この河原には人がどんどん増えていっているのだ。
後ろの人は喚いているが、トラックは帰ってしまった。
その人だけじゃなく、配給を受け取っていない人はたくさんいた。

後ろでは落胆の声がする。
もう配給は手に入らないことがわかったのだ。
振り向くと睨まれそうな気がして動けなかった。
気の毒に思い振り返って誰かに渡そうと思って立ちあがろうとする一雄の手を、イブキは掴んだ。
「しーっ。食べた方がいいって。一人に渡してもなんもかわらんよ
 お腹空いてるよねぇ? 運が悪いのがダメなんだ。俺たちは食べていいんだって」
そういってイブキは身を丸くしながらムシャムシャと食べ始めた。

一雄も、配給を見るとヨダレが出るほどに腹は空いていた。
イブキは「大丈夫、大丈夫」と言いながらどんどん食べている。
そのとき一雄の口が緩んだ。
(そうだ、運が悪いのがいけないのだ。僕は運がいいから食べられるんだ)
そう自分に言い聞かせて静かに食べ始めた。

満腹になって空を見上げると、急に自分がちっぽけに思えた。
そして嘆く人たちの声の中、とても恥ずかしくなった。
(運が良いとはなんなのか。この状況のどこが運が良いのか。自分は何者なのか)
どこかに隠れるところはないか、と思ったが立ち上がることもできなかった。

その時、
一雄の名を呼ぶ声がした。
「おまえは何をしたのか」
一雄は答えることができなかった。
再び神は仰られた。
「おまえが盗んだことを、おまえはすでにわかっている」
緊張が走り、一雄は吐きそうになった。
そして心の中で神に応えた。
「ああ、神よ、わたしの罪をお赦しください。
 わたしは食べ物を渡せばよかったのでしょう。
 渡さずともせめて、分ければよかった。
 わたしが盗んでしまったことは、わたしにはわかっています。
 どうぞ神よ、わたしをお赦しください」

神は仰られた。
「隣の者に、おまえが伝えなさい。
 盗んではいけない。
 彼がおまえの助け手である」
一雄は驚いてイブキを見る。
イブキは何も気にしないまま、空を見てぼーっとしている。

一雄は再び、心の中で応えた。
「神よ、どうすればよいでしょうか。
 わたしに何ができるでしょうか」
神は仰られた。
「明日も同じことが起こる。
 その時あなたとイブキは、あの声をあげていた男とその家族に、自分の食糧を渡しなさい。
 おまえはわたしが養うのだ。だから、ゆけ」

一雄はイブキに一部始終を話した。
話すのが上手ではない一雄は、一言一言じっくり丁寧に伝えた。
そして先ほどの神の命令と約束も伝えた。
イブキは冷静な目で、何も言わずに一雄を見つめながら聞いていた。
そして話が終わると何も答えぬまま「寝る」と言って背を向けて寝転がった。

翌朝、目を覚ましたイブキは汗をかいていた。
「どうしたのか」と一雄が聞くと、
唾を飲みこんでイブキが、
「おまえの言っていた神が、俺の夢に出てきたんだ。とても怖かった。
 わかったよ。おまえと一緒に行くよ」

しばらくすると配給のトラックが来た。
今度も前から渡されていくがやっぱり数は足りなかった。
一雄はグッと渡されたパンを握り立ち上がって振り向いた。
そして食べ物が行き届いていないところまで歩いて行った。
イブキも黙ってついてきた。

泣いてる子供も、弱っている女の人も、しわしわのおじいさんもそこにいた。
イブキは泣いている子供に渡し、
一雄は昨日、怒鳴っていたおじさんに渡した。
ポツリと「ごめんなさい」と言って元の場所に戻った。

その時、トラックが再び荷物を詰めて戻ってきた。
昨日足りなかったために、追加されたのだ。
二人は受け取り、喜んで食べた。

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