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小説 創世記 1章

東京は火の海になった。
その後、一帯は茫漠としていた。
天は雲に覆われ、地は混沌として何もなかった。
闇が街を包んでいた。

神は仰せられた。「光、あれ」
瓦礫の下にボロボロの雑巾のように横たわっていた少年、一雄はその声を聞いた。
すると瓦礫が剥がされ、空の光が一雄の目に差し込んだ。

彼は喉が渇いていた。
神は仰られた。「水よ、あれ」
一雄はその声を聞いた。
すると雨が降ってきて、一雄の喉を潤した。

光を浴び、喉を潤した一雄は少し元気になってきた。
「ぐぅ」と腹が鳴って笑みがこぼれた。
そして崩れた街の中をヨタヨタと歩き出した。
先ほどの雨で街は少し静かになっていた。
空気中のチリやガスが地に落ちたのだろう。

神は仰られた。「地よ、あれ。草よ、あれ。」
一雄はその声を聞いた。
その声に導かれて少し歩いたところに、緑の草を見つけた。
それまで白黒だった町の景色の中で、その色はとても美しかった。
一雄は何も考えずにその草を食べた。

神は仰られた。「天の大空に光よ、あれ」
一雄はその声を聞いて、上を見上げた。
あたりは夕日で真っ赤に染まっていた。
火の海とは全く違う赤だ。
見とれて時間が経ち、月が出てくる。
そしてたくさんの星に囲まれた。

朝になって一雄は、昨日の空襲で一人になったことを知った。
涙は出なかった。
潰れた家の前で立ち呆けていると、一匹の黒猫が近づいてきて目の前に一匹の魚を置いた。
神は仰られた。「この魚を食べよ」
一雄はその声を聞いた。
瓦礫の中から使えるマッチを見つけて火をつけ、焼いて魚を食べた。
するとまた、さっきの黒猫が近づいてきて、火の横に一匹のスズメの死骸を置いた。
それも焼いて食べた。
少しお腹を壊した。

どこにもいく当てはなく、河原に向かった。
たくさんの人が河原にはいた。
とりあえず、空いているところにそっと座る。
そのとき、神は一雄の名を呼んで、仰られた。
「一雄、わたしがあなたを造った。
 この地で生きよ。わたしがあなたと共にいる。わたしがあなたを養うのだ。
 わたしはあなたを喜ぶ。」
一雄は静かに祈り続けた

しばらくすると、食糧が河原に届いた。
トラックから配られる粗末な食事が、徐々に河原の人々に広がっていく。
そして少しずつ楽しげな声も混じる。
小さな笑い声が聞こえた。

目の前に広がる大きな川は、キラキラと輝いて、
今日という日を決してわすれないでいようと、一雄は決意した。

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