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小説 創世記 3章

三章

次の朝、イブキは怖い怖いと震えていた。

「また夢を見たんだ。
 神様が出てきて、すごく怒ってるんだ。
 オレはそれが怖くて仕方ないんだよ。」

一雄は不思議に思った。
夢には見たことがないが、一雄が聞く神の声は優しく力強い声だ。
畏れはあるが怖さはない。

寝る時、一雄は祈った。
イブキが安らかに眠れるように、そして神が、なぜ怒っているのかを問うた。
その祈りは煙となり、天まで届いたような気がした。

次の朝、イブキは不思議そうな顔をしていた。
「神様がオレに言うんだよ。
『なぜ、あなたは怒っているのか。なぜ顔を伏せているのか。
 もしあなたが良いことをしているのなら、あなたの祈りは受け入れられる。
 しかし、もし良いことをしていないのであれば、
 戸口で罪が待ち伏せている。
 罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。』

 オレは『え?』って。
 『いやいや、怒ってるのはあなたでしょう?』って。
 『オレは怖がってるだけでしょう?』って必死に訴えるんだよ。
 でも神様はじっとこっちを見てるんだ。
 オレにはその目が恐ろしく怖いんだ。」

「あのさ、、、」
喉の奥の方から、何かの力がかかって、
気がついたら一雄の口から言葉が出ていた。

「イブキ、恨んでいる人がいるのかい?」

ギョッとした顔になるイブキ。
静かにもう一度聞く。
「恨んでいる人はいるのかい?」

「な、なんだよ、一雄。
 なんで急にそんなこと」
「わからない。
 でも、僕はイブキのこと好きだよ。本当に友達だと思ってる。
 だからこそ、聞かなきゃいけないと思ったんだ。」

しばらく黙りこくってイブキは、静かに話し始めた。
「、、、、親だよ。」

「オレは生まれてすぐ親に捨てられたんだ。
 一緒に住んでた兄ちゃん姉ちゃんたちに拾われたんだ。
 同じような、親や兄弟に見放された子どもだけで住んでいた。
 そこで育ったんだ。
 そりゃ悪いことはたくさんしたさ。たくさん盗んだ。力も使った。
 そうしなきゃ、生きていけなかったんだ。
 戦争してんだ、日本は。本当に大変だったよ。
 楽しいこともあるよ。みんなでいたら孤独も少しは和らいだ。
 でも、辛かったよ。

 オレは親を恨むよ。オレを捨てた親を恨むよ。
 なんでオレたちだけこんな目にあわないといけないんだよ。
 そりゃ怒るよ、、、」

イブキの目は血走っていた。
力がこもった、怖い目をしていた。
そしてぽろりと涙が溢れた。
一雄も泣いていた。

「、、、そりゃあ、そうだよな。
 僕も腹が立つよ。イブキをよくもって。

 でもさ、僕はさ、、、
 こんなことになる前は、お父さんもお母さんもいて、弟と妹たちがいて、
 そんな人がいるなんて、思いもしなかったんだ。
 ほんとうにごめん。
 悪いことをする人を軽蔑してたよ。
 なんでそんなことをするんだろう。
 ダメだなぁ。腹が立つなぁって。
 だけど、イブキに出会って、僕は驚いたんだ。
 こんなに面白い人がいるんだって。
 君がする話はとっても面白くって、腹の底から笑えたんだ。
 本当に腹の底から。

 ああ、すごいなぁ。大変なところを戦ってきたんだなぁ。僕にはその辛さがわからないかも知れない。
 でも今、こんなことになって少しだけわかるかも知れない。
 だからこそ、イブキのことを尊敬するんだ。
 面白かったんだよ、ほんとに。救われたんだ。

 イブキが生きてきた道を、僕には何を言うこともできないし、僕は尊敬する。

 でも神様が、
 心の中で神様が言うんだ。
 それは人殺しだよって。
 その怒りは、恨みは、憎しみは、人を殺し続けているんだよって。
 その罪はあなたを支配しようとし続けるって。

 そして僕こそ、イブキを、イブキみたいな人たちを、
 殺し続けた悪人だ。

 本当に、ごめん、な、さい」

二人でボロボロと泣いていた。

泣き止んだ時、イブキはすっきりした顔で一雄を見た。
「お前が泣いてくれたからもういいわ。
 今日夢の中で神様に言うよ。もういいですって。
 オレからはもういいんですって。」

その夜、一雄も夢を見た。
神様の姿は見えなかったけど、
自分の口から出た白い息が、天高く上っていって消える夢。
息が消えるとやけに肺がスッキリして、体の中に悪いものが一切ない気がした。

目が覚めた時、声がした。
「この場所を離れよ」

イブキの顔を見ると、目が合い、
イブキはにっこりと笑った。

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