架空司書物語


 小説が、苦手だった。
 特に、夏休みの感想文が嫌だった。
 文字を読むのが苦で、それなのに、楽しいことなんて書けない。

 読むことが嫌になって、祖父に言うと。祖父は微笑んで「その小説のどこが、嫌なのかい?」
 そう尋ねた。
 僕は拙いなりに言葉にした、それを祖父はメモしなさいと言う。そして、そのメモを指差しながら『これを原稿にまとめなさい、なにも楽しかった、面白かったが全てじゃないんだ。素のままに思った想い、感じたことを書く。それが、読書感想文なのだからな』と、頭をこづかれた。

 結局、先生に怒られた。
 先生が求めた文章じゃないから……だ。
 けれど、祖父は気にせずにいてくれた。

 「なあに、よく俺も怒られたものだ」

 そんな回想から我に帰る。自分はふと、館内から窓の外をみた。庭で輝いているのは夏野菜たちで、収穫の時期。おかしいなあ、図書館に畑や米を作る場所があるなんて……と、最初は思ったけれど、自分がここにいること自体がおかしなことなんだと思って聞くのはよしてしまった。慣れてしまったと言う感覚が、強いのだろう。


 どうして、ここにいるの?

 小説が、嫌いな自分が、どうして?

 その想いだけは、脳内にへばりついている。


 館長は、ムキムキな男性だ。所謂、俗っぽい表現をすればイケおじというやつだろう。この館長は、やけに優しい気がした。だから、苦手だった。あと研究している少年たち二人もいたけれど、名前を忘れた。カラフルな名前とだけ、覚えている。僕にわざわざ突っかかった言い方をするので、避けている。館長が、暇をくれた。けれど、帰省することのない自分にとって暇な時間が続くだけだと憂鬱になった。夏休みだと思えばいいと言うが、どうだろう。

 「おい、どうしたんだ。これ?!」


 「ああ、えっとね。転んだ」


 赤赤とした髪の男が走ってきた。自分の膝をみるや怒ったように、けれど心配そうに見ている。
 へん。自分はな、わざと転んだんだ。本当だ、心配してくれているこの人がそばにいなかったから、危ないところをフラフラしたのさ。別に、転生した彼らのためじゃない。痛くない。

 「ごめんね、痛かったよね」

 後ろから救急箱をもってきたひとりが包帯を巻いてくれている。別に、この子があぶないところにいたから助けるために無理をしたなんてことじゃない。本当さ、だから、別に心配なんてしなくていいのにな。大袈裟だなあと、僕は笑おうとしたが声が出なかった。悔しかった。自分の力不足に……。

 「大丈夫なんだな」

 「ああ。自分は、もう大人さ……」

 そう言いつつも、おかめの面で表情は見えず。背丈も155ほどになっている。

 「また、無理をしたのだろう」

 「無理なんかしていない、僕がすべきことをするだけだよ」

 「またそれかよ〜、いいか。怪我ですんでよかったものの……」

 「僕ら司書には変わりがあるって、前にも話たこと……覚えている?」

 ゾッとしたものをみるように、二人はおかめの面の自分を見つめる。

 「けれど、そんなことで無理をしてはいけないよ……」

 ぎゅっとふたりが自分を抱きしめられる星屑の甘い香りとでも表現するような香りと、お日様みたいな香りが混ざり合う。

 「君は、もう少し。自分を大切にしないと」

 いつも自己犠牲をしている二人に言われても、説得力は皆無だが……自分は、二人を抱きしめ返す。やわらかい肉感が、本ではないその魂の柔さが脆く呼吸をしていて。なんだか、重く感じて、咽せそうになった。そして、視界が揺らいだ。

 「君たちが、折角。現代の世界に、たとえ、どんな姿形や問題があっても、やってきたんだ。それを守ることが仕事なんだ。だから、心配しないで……」

 そっと瞼をとじる。

 懐かしい気がした、それは故郷の畳の香りだった。魂が生まれ、そっと育まれ、そうして去っていった、あの畳の香りに似ている。

 「何度でも言うね、君たちがいたから、今がある。君たちがいなければ、今なんて、ない。だから、自分はそのためにだったら……」

 そっとお面を外す、外の空気は久々の事だ。

「あーあ、できたらいいのにな。戦うことができたなら。君たちの代わりに最前線で、あんな、あんな、あんな……さ」

 ほろっと涙がこぼれた。

 その日の夕食は、誰かのリクエストで大盛り盛りの唐揚げ定食になったこと。広間で緑茶を飲んでいたら、優しい紳士服のおじさまから大好物の甘味をもらった。「あせらず、牛のように……」と言う言葉を横の二人にしていた時だ、その時に、僕が見えたらしい。あまった最中だと、いただいた。甘くて、緑茶にとてもあった。夏目漱石の「草枕」を同僚の司書に勧められて読んでいた。モナカを頬張ろうとすると、その同僚に「阿呆だなあ、まあ。君らしいとも言えるが……」と、苦笑された。ここの司書は転生した文豪に想い入れがあることがある、親しくしている姿を見ることも多いが……僕は、その必要はないと思う。が、あの赤い髪のお兄さんは、優しいからな、今度また会った時は、どんな話をしよう。と考えてしまった。他司書も「あいつは、ーーに懐いていて困るよなあ」とぼやいていた。けれど、他司書との交流もあまりしてこなかったので、別段に何も思わなかった。けれど、すこしだけ寂しいと言う言葉はこう言う気持ちなんじゃないかなと考えることが増えた。暇な、せいだ。

 眠る前、学生時代に書いた読書感想文のことを思い出していた。たしか、蜘蛛の糸だった。お釈迦様と蓮池のあたりの文章を呟くと、そっと窓の外が輝いた(気がした)

 そっと外へ出るとタバコの煙で遊ぶ、何人かと目があった。

 時代も、姿も、異なる。けれど、謎の一体感のある縁側にそっと腰掛ける。居心地は、ほんのり悪く、それでも眠れない自分にとっては他に行くあてはなかった。

「眠れないのかあ、あったなあ。そんなこと」
「眠剤は、飲んだか?」

「ええっと、うん」
「眠れないか?」
「ここでなら、眠れそう」

心地よいほどの音量の話し声、文藝についてだと思う。最近は、彼らの書いた随筆や日記を少し禁書室で読んできたから、少しだけわかる。
気がした。

けれど、彼らにとっては、それはいつか更新されてゆく現代の世界には合う合わないがあるだろうし、やっぱり……自分には、それは、完全に理解は……ぷつんと、蜘蛛の糸がきれるように気絶した。

 目覚めると、座布団の上であった。猫がやってきて、頬をつつく。お面がとれていた、あたりにいた文豪もいない。ふっとうごこうとすると、やけに重い。羽織が幾重にもかさなっていた。

「おい、お腹空いてるだろ。西瓜だぞ」
「やだなあ、こう言う時こそつめたいアイスクリームがいいんじゃないかな?」
「ポン水もあるが、カルピスのほうがいいか?」

 ごちゃごちゃとにぎやかだ、ふと故郷の親戚が集まって色々していた時のことを思い出す。バニラのアイスクリームをひとくち頬張って、空を見上げた。夜は深くなって、その奥の池でなにか緑の変わった生き物が跳ねた気がする。

 たぶん、気のせい。

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