感想* 『Upside Down』 と「こちさん」の話
ナイフを綿あめで包んだみたいな人だと思う。
はじめに。これは感想記事という体裁をとっていますが、わりあい『Upside Down』の作者さん本人の話をしています。なので、お求めになったタイプの記事ではないかもしれませんし、親交のある方は「あのひとはそんなひとではないよ」とお思いになるかもしれませんし、そもそもこういう前置きがしゃらくさいと思われるかもしれません。なので、とっとと本題に移ろうかな、と思います。
COMITIA130で新刊『Upside Down』を出された東風さんとは恐らく四年くらいの付き合いで、ネットで四年っていうと長いんだか短いんだかわかりませんが、「もう四年か……」と思ったりもするのでそれなりの長さと認識しています。
可愛らしい絵柄で水彩のアナログ絵を描かれる方で、物腰は柔らかく、たまにぐいっと思い切りが良くて、好きなものを見つけると前のめりにどんどん進んでいき、（恐らくは無意識に）空気を読まなくなるところがチャームポイント、と私は思っているのですが、二年前に初めて一緒にお酒を飲んだ時は、薄暗い橙色のパブの中で、丸椅子の後ろの壁に寄りかかりながらベルギービールをラッパ飲みするちょっとワイルドな姿にかるーくビビらされ、でもとてもかっこよかったのを覚えています。
と、個人的には第一印象と今の印象とでギャップのある方で、今回の新刊『Upside Down』は私が感じたギャップがとてもわかりやすい作品なのかな、と思っています。このね、とうとうこの本が世に出たことがね、とても嬉しいと思っています。特に読み終わった今となっては。
東風さんのTwitterの画像欄を見ていただくと一目瞭然なのですが、「ふわふわ」や「きらきら」といった擬態語が似合う、可愛らしくて細やかな絵を描かれる方で、まさしく「ファンシー」の語が似合う作風をしていらっしゃいます。だから四年前は、お世辞にも明るいとは言えない自分からしたら、東風さんは自分とは真逆の世界の住人に思われて、「自分と全然違う人と関わるのは楽しいだろうな」と、感じていた気がします。よくあることかと思いますが、絵柄のイメージと作者さんの気質が完全に一致すると思っていたんですね。
けれど、当初の予想とは異なって、付き合っていくうち「私たちは良くないところがすごく似ていますね」と言うようになって、そのときにはもう私の中で東風さんは「きらきらふわふわのファンシーなひと」ではなくなっていました。少し考えれば当然なんですけど、東風さんも地に足ついた暗い感情とか世界を切るように見るアングルなんかをしっかり持っている人で、でも（一部の作品を除いて）不思議なくらいそういう内面を表沙汰にしない人なんだな、と思っていました。この文末が「思って『いました』」なのは、『Upside Down』の発行で状況がまたひとつ変わったのかな、と思うからなのですが。
東風さんは今まで、私の知る限り数冊の本を出されているけれど、直接ご自分の思想を語ることはなかったと記憶しています。普段のツイートは別として、メインの表現手段を絵に置かれている方だから、文字でこういう風にはっきりと発信されているのを見たのは初めてかもしれません。
『Upside Down』のおとぎ話のようなイラストに添えられた文章は、切れ味鋭いというか、言うなれば「辛辣」の部類で、それが水彩の柔らかなタッチのイラストと並立しているのは本来の意味でグロテスクな構造です。（よくよく見ればイラスト自体もなんだか不気味なのですが。）でも、「不気味な本」ではないんですよね。描かれているストーリーは、少女たちが生きる上で背負っているリアルな「息苦しさ」であって、でもそれを「好き」という感情で跳ね除けて行く執念や力強さであって……。これだけだと乱暴なまとめ方なんですが、そう言う風な見方をすると、東風さんが一枚のイラストに何週間もかけて取り組まれることとか、細い筆で丹念に色を置いていく作業過程とか、そういうのが自然と思い出されて、筆致のひとつひとつに東風さんを動かす呪いや執念のような熱が込められているのかな、と強引に物語化した着地点を見出してしまいました。これもきっと実際とは違うんだろうなあ。
でもこれがね、冒頭に書いた「綿あめの中のナイフ」みたいな、私の所感なんですよ。『Upside Down』でもって、読者の方には東風さんのそういうところが伝わるんじゃないかな、とわくわくしています。私が知らないだけで、実際はもう周知のことかもしれないけれど、そうじゃなさそうなので期待しています。物腰柔らかくて礼儀正しくて笑顔が素敵な東風さんの中に、他人に譲れない加害を孕んだ鋭さが失われずあり続けていること、めちゃくちゃ良くないですか？ そういうところが好きです。
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東風さんのツイッター