おしまいおしまい写真

まるでゆめのようだ第5回公演「おしまい おしまい」台本 後半

学校までもがお休みになってしまったようですね。もちろん色々思うところはあります。ともかくあべさんは透明マントで姿を隠しているようですし、あちらこちらに「やめろ、ひかえろ」と言うばかりで呆れたもんです。

こんな状況じゃあ後半を100円にしようと企んでいたのもバカらしくなってしまいましたので、こうなりゃ後半も無料です。ぜひ「空山川一家」の結末をさらりとでも読んでいただけたら幸いです。なにかしら毎日発信できればいいなと思ったりもしていますが、三日坊主代表選手・ひらたですので…だけどねえ。「楽しみ」を少しでも提供できたらなと微力な作家ながらに思うわけです。

奪われるばかりがエンタメではありません。与えてこそだと思うのです。不安定な時こそ、芸の力だと思うのです。無力な人間ではありますが、だれかひとりに喜んでもらえりゃいいのです。

前半はこちら↑から。

では、「おしまい おしまい」後半です。

・・・・・・・・・・・・・・

夜舟  降ってくるらしいですよ、彗星が。異変はそのせいかもしれんと、発表が。

家族一同 彗星…?

 音・「彗星…?転換曲C」イン
 照・音インしたら居間を暗く。前場明るく。
 山猫すぐ前場に出る。

山猫  星川町ではそれから幾度も、空からヘンテコなものが降り注いだり野菜が変色したりと怪奇現象が起こることとなります。この次の日も天気予報通りに生きた蛙が大量に降り、その全てが虹色だったため町の人は虹蛙として、なんとか…こう…家庭ごとに分け合い、プラスチックのケースなどに入れて、ペットの様に可愛がってみたりですとか、食べようとしてみたりですとか、はたまた高値をつけてネット販売してみたりですとか、色々と試行錯誤しておりました。なんでも、遠くの町では「虹を渡ってきた蛙」としてちょっと高価な取引も行われたりしたそうです。

 音・「転換曲C」台詞終わりで余っていたらフェードアウト

きつね 山猫先生ー!山猫先生ー!
山猫  はいはい(迎え入れ)ああ、きつねくんか。
きつね お邪魔します、先生、彗星が降ってくるってのは本当なんですか?
山猫  どうやらそのようだね。天文台のじいさんたちも大騒ぎだ。ウツマヌケさんは人前に出るのがいやでたまらないようだよ。
きつね あたしたち、みんな死んじゃうの?
山猫  本当に落ちてくるなら、避難するようにと知らせがいくと思うよ。
きつね …お父ちゃんがまたいなくなっちゃったんだ。
山猫  なんと…昨日の話かい?
きつね おととい…研究所に出かけたまんま、帰ってこなかった。母ちゃんがその夜研究所や天文台を探したけど、いなかったって。山猫先生、父ちゃんを見かけてない?
山猫  たいてい天文台にいたが、残念ながら一度も姿は見ていない…
きつね そっか…。ねえ山猫先生、夜舟さんとは知り合いなの?
山猫  ああ…昔研究所で出会って、それ以来だったが…最近はたまに酒を飲んだりするね。君んちのパン屋さんで再会していらいのことだ。
きつね 夜舟さんって、何者なの?
山猫  …ただのヒモ男だろう。
きつね それは身にしみてわかってる。
山猫  自称・作家…だろうか。
きつね それもわかってる。そうじゃなくて、何か隠してる気がするんだ。あたしたちに。
山猫  隠してる…。あんなちゃらんぽらんになにを隠すことがあるんだろう。
きつね こないだ夜中に電話で、クローンがどうとかいう話をしてたんだ。誰と電話してたんだろう…その後起きてきたししをに、秘密にしろって言っていたし…怪しいと思わない?
山猫  そりゃあ怪しいなあ…でも、そうだな…打ち合わせなんじゃないか、ようやくどこかからSF小説を書いて欲しいとオファーがあったとか。
きつね そんな口ぶりじゃなかった!
山猫  悪いが私にはわからんよ、きつねくん。夜舟くんとはそう深い付き合いなわけでもないんだ。
きつね ……本当に?
山猫  私のことも疑っているんだね?
きつね そうじゃないけど…。
山猫  そうじゃないけど?
きつね 父ちゃんを見つけたいんだ、自分のためにも、母ちゃんのためにも。
山猫  きつねくん。空山川ノアはどこにいると思う。
きつね だから…それがわからないんだってば。
山猫  きつねくんはどこにいる?
きつね あたしは、山猫先生の目の前。天文台のふもと。
山猫  なぜ、私の目の前、天文台のふもとにいる?
きつね …彗星のことと、父ちゃんのことを聞くため。
山猫  どうして聞こうと思った。
きつね なんだか…怖いから…。
山猫  なぜ怖い。
きつね 家族がバラバラになっちゃうような気がして…怖い。
山猫  うん。同じことだ。周りを探る前に、空山川ノアのことを調べるほうが良い。行動の裏には、理由や意思がある。今君が感じている恐怖と似たようなものを、彼も抱いていたかもしれん。
きつね 父ちゃんが…なにを考えていたか…。
山猫  天才は理解されにくい生き物だ。しかし君は家族だ。長く時を過ごしている。そうだろ。
きつね うん。考えてみる。ありがとう、山猫先生。
山猫  またおいで。
きつね うん。彗星のこと、またなにか聞いたら教えてね。
山猫  ああ。

 きつね、去っていく。

山猫  この日の夕方。天文学者であるウツマヌケさんの会見があり、一年後彗星が落下する可能性がある、という発表が世間を賑わせることとなります。その彗星は大きさ約40メートル。今のところ星川町の東よりに落下するのではないかという観測結果で、もし衝突すれば町は消し飛び、巨大なクレーターができる程。空中爆破であっても、町は大変なことになるというウツマヌケさんの言葉はあっという間にネットニュースになり、様々な回避方法が議論されました。そして星川町に住む人々は、あちらこちらでその日までの過ごし方を考えることとなります。

 照・台詞終わりで前場暗くなり、居間が明るく。

いるか 先生…あの星も、あの星も。全部この地球に降ってくる可能性があるってことなのかしら。
夜舟  あの星も またあの星も 空にある。…君には見えるかい。
いるか ええ、見えるわ。ですから、あの星が降ってきやしないかと心配になるの。
夜舟  心配しなくてもいい。なにを心配することがあるんだい いるかくん。(手を添え)
いるか 先生…。
夜舟  星はね、みんなみんな、空にあるんだ。
いるか (初めて聞いたように感動して)空に…!
夜舟  空というのは宇宙のことだ。宇宙というのは果てしなく遠くにある。
いるか わたし一度行ってみたいわ、宇宙へ。そしてあの星たちをこの目で見て、降ってこないでくださいなとお願いするのよ。
夜舟  いるかくん、それは到底できっこないんだ。降ってくる可能性のある星は百万個以上ある。
いるか ひゃくまん…!
夜舟  ぐるぐる回る道筋がわかっているのは二万ほどらしいけどね。山猫さんの話によると。
いるか そんなにたくさん…この地球のことじゃないみたい。
夜舟  この地球のことじゃないんだよ、宇宙のことなんだからね。君分かっているかい。
いるか (また感動して)地球のことじゃないんだぁ…!
夜舟  いるかくん、君はいつもかわいいね。
いるか 先生だって、いつも物知りで素敵だわ。それに…ロマンチックだわ。
夜舟  彗星が降ってくる前に、どこかへ逃げてしまおうか。ふたりっきりで。
いるか 先生と…ふたりで…どこかへ…?

 ししを、入ってくる。いるかと夜舟、パッと手を離して。

ししを 買い出しに行く相談ですかー?
いるか ししを!
ししを いるか姉ちゃん、先生なんて呼ぶのはよせよ。
夜舟  ああししをくん。どうしたんだい、こんな夜更けに。
いるか ししを、先生は先生よ。どうしてそう呼んじゃいけないの。
ししを あのな 姉ちゃん。そいつはただの居候だ。
いるか そいつだなんて! 先生は物書きなのよ!
ししを 物書きったってなんも書いてないじゃないか。
いるか 最近は詩を書いてらっしゃるのよ! ねえそうでしょ、先生。
夜舟  うん。
いるか 昨晩もとってもロマンチックな詩が書き上がったって言ってらしたものね、先生。
夜舟  うん? …うん。
ししを 今ちょっとふわっとしたよな返事が。
いるか ししをったら、どうしてそんなに冷たく当たるの!
ししを こいつが何かを書いた金をウチに入れてくれたことがあったか!?
夜舟  ししをくん。少し落ち着きなさい。なにをカッカしてるんだい。
ししを なにをって…。家賃も払わねえ男が姉ちゃんを口説いてるからだろ!
夜舟  少し落ち着いて。息を吸って、吐けばいいんです。そうすれば全て解決です。
いるか そうよ、深呼吸深呼吸。
夜舟  腹を立てたってなんの解決にもなりません。そうだろう。ね。
ししを 夜舟さんが家賃を一円でも払う気があれば解決する話なんですけどね!
夜舟  ありますとも。気持ちが大事だ。
ししを 気持ちの話じゃなくて金の話。
夜舟  そんな俗物的な話はやめよう。万事塞翁が馬。そういうでしょう。
ししを どういう意味だよ。
夜舟  全てのことは…うまくいく、ってことです。
ししを 本当に?
夜舟  …。
ししを 夜舟さん本当は知らないんじゃないの?意味。
夜舟  うまくいく、のうま。
ししを 知らないぞこいつ!
夜舟  さあて、今夜の夕飯はなにかなあ!

 夜舟、そそくさと立ち上がりはけていく。

ししを 姉ちゃん、あんなやつとどっか行っちゃだめだよ。
いるか …わかってるわよ。
ししを ほんとに~?メロメロに見えるんですけど。
いるか ししをには分からないわよ、姉ちゃんの乙女心は。
ししを 女の子は難しいや。
いるか ししをは?どうなの、片想い。
ししを わかんない。乙女さんのことは好きだけど、俺も姉ちゃんと同じような好きなのかな?
いるか それは私にはわかんないな。
ししを 不思議だよな、人間の心はいつまでたっても分からない。
いるか そうね。わかっちゃったら、恋なんてしなくなるのかしら。
ししを いいのか悪いのか、わかんないね。
いるか うん。

 こと、顔を覗かせて

こと  なに仲良くしゃべってんの。夕飯にするよ。
ふたり はーい。

 ふたりとことで食卓を準備し。いつもの面々が席につき。

全員  いただきまーす。

 しんとして

こと  あれ。なあにきつね、今日も山猫先生のとこ行っとったんでしょ。
きつね うん。
こと  今日は何にも話すことないの?
いるか お母ちゃんいっつも座って食べなさいって怒るのに。
夜舟  ないとないで物足りないもんだね。
こと  そうなのよ、まぁたぼんやりして…どうしたの、きつね。
きつね うん…
ししを 姉ちゃん、充電でもなくなったんじゃねえの?
夜舟  いつも元気な子が元気がないと心配になるね。
いるか きつね、こぼさないでよ。
ししを 空烏賊、今日は煮物かあ。
夜舟  二日目にして見慣れるものだね、不思議と。
こと  味も悪くないし、多少見た目が変でも食べられる気がしてくるわね。
ししを 食費も浮くし、食えるもんならじゃんじゃん降ってきてもいいかもな。
こと  ほんとね。夜舟さんに圧迫されてる家計が楽になるわあ。
夜舟  おっと辛辣。

 やはりしんとして

夜舟  …たまには黙々と食事をするのも悪くないかもしれませんね。

 天ノ川、帰ってきて

天ノ川 ただいま帰りました。
こと  おかえり。お疲れ様、天ノ川。
きつね 天ノ川!
天ノ川 はい。
きつね 今日は研究所で、なにか聞いた?…父ちゃんのこと。
天ノ川 苦労しています、ノアさんがいないと。私は指示を出すのがうまくありません…。なにか、とは、こういう意味ではないですよね。
きつね うん…どこへ行ったかとか、なにか理由があるのか、とか…
天ノ川 すみません、そういう話は…
きつね おかしいだろ、人が一人いなくなってるのにそんな話にならないなんて!どうかしてる!
こと  きつね、
天ノ川 研究所は…そういうところです。
きつね 父ちゃんは研究所にとって大事な存在だったんじゃないの?
天ノ川 大事な存在です。ノアさんのことをみんなが考えています、けれど…
きつね けれど?
天ノ川 研究所では、彼がどこへ行ってしまったかよりも…彼のプロジェクトを止めないように、どう進めるかという話が議論されています。
きつね 天ノ川はそれでいいの。
天ノ川 私にも…ノアさんの研究の、意思を継ぐ役割があります。
きつね 意思を…継ぐ…。
天ノ川 私だけでしたから、彼の研究をそばで全て見ていたのは。
きつね 研究の方が大事だってこと?
夜舟  きつねくん。
きつね 父ちゃんより、プロジェクトってやつが大事だってことでしょ?
夜舟  きつねくん。自分のことよりプロジェクトを、研究を大事にしていたのは、ノア自身だ。
きつね 夜舟さんは黙っててよ!
天ノ川 心苦しいですが、ノアさんの研究を続けることだけしか…私にはできないんです。
こと  きつね。天ノ川に当たってもみんなが悲しくなるだけでしょ。
天ノ川 いいんです、私がもっとノアさんの力になれていれば状況は違っていたかもしれません。
こと  天ノ川はじゅうぶん、ノアを手伝ってくれていたわ。
きつね …ごめん。

ししを 父ちゃーん!はよ帰ってこーい!
いるか びっくりした、なあにししを大きい声だして。
ししを 聞こえるかなって。
いるか 聞こえるわけないじゃない。
ししを なーんか、いなくなった気がしないんだよな。
こと  いるわよ、あの人のことだから。死んでない限りはどっかで見てるのよ。
ししを 趣味悪いよなあ。
こと  死んでてもその辺に立って見てるかもしれないわね。
天ノ川 私も、そう思います。
こと  見捨てるような人じゃないもの。ね、天ノ川。
天ノ川 ええ。
きつね ごめん。あたし、娘なのに父ちゃんのこと全然わかんないもんだから…
こと  さ。食べちゃいましょ、ご飯冷めちゃう。
ししを 母ちゃん、ニジンスキーにもご飯わけていい?
こと  ごはんって…これを?食べても平気なのかしら。
天ノ川 いけませんししをさん。蛙には虫をあげなくては、
ししを えー。じゃあ次はコオロギでも降ってきてくれないかな。
いるか ししをお願いだからやめて。コオロギなんて降ってきたら、わたし夜舟先生とどっか行っちゃうから。
こと  何言ってるの いるか!
ししを やめろって言っただろ!
こと  ちょっと夜舟さん。どういうことですか。
いるか 彗星が来る前にふたりきりで逃げようって誘われたのよ。ね、夜舟先生。
夜舟  まいったなあ。
こと  母ちゃん許しませんよ。二十歳になるまでは、そんな、男の人とふたりで暮らすなんて。
いるか だって母ちゃん、この町にいたら、二十歳になんてなれんかもよ!
こと  そうだけど…。(鋭く)夜舟さん。
夜舟  一年後の話ですから。本当に降ってくるかもわかりませんし。
こと  結婚してくださるんですか?うちのいるかと。
いるか 結婚!?
夜舟  ことさん、ごはんが冷めてしまいますから…
こと  結婚してくださるならふたりで逃げたってかまいませんけれど。お仕事を決めて、娘を守れるようになってからにしてくださいよ?あなたの言う通りに、一年後の話ですから。
夜舟  まあ、まあ、ちゃんと話し合いましょう後ほど。ごはんが冷めてしまいますから。
ししを 姉ちゃん。姉ちゃん。
きつね あ。考え事してた。なに?
ししを よくこの空気の中で考え事できるな!
きつね いるか、父ちゃんを見つけ出して、話を聞いてもらえばいいだろ。母ちゃんも。そう思わない?
こと  あの人が色恋の相談を聞けるとは思えないけれど。
ししを ごちそうさま。俺、ニジンスキーにあげる餌でもとってこよっと。
夜舟  わたしもちょっと仕事を思い出した。残りは部屋でいただきます。

 ししを、夜舟が食器を手にそそくさと出て行き。

こと  いるか、冷静に考えなさいよ。
いるか わかってる。
天ノ川 ことさん、ししをさんのニジンスキーというのは虹蛙のことで合っていますか。
こと  そうそう。虹色だからニジンスキーですって。
天ノ川 有名なロシアのバレエダンサーの名前ですね。ご存知でつけられたのでしょうか。
いるか なんかかっこいいなと思ったんじゃない?
こと  きつね、大丈夫?
きつね うん。あたしも、ごちそうさま。
こと  あまり考えすぎちゃだめよ。
きつね うん。

 きつね、お椀を持ってぼんやりとキッチンへ姿を消す。

こと  大丈夫かしら。
天ノ川 ずいぶん思い悩んでいらっしゃるようですね…。
いるか 父ちゃんのこと、どうしても見つけ出したいみたい。きつねは気になったことには まっすぐ突進しちゃうから…少し時間がたてば、ケロっとしてるわ、きっと。
こと  そうだといいけれど。いるかも、天ノ川も…話を聞いてあげてちょうだいね。
いるか もちろん。
天ノ川 お任せください。
こと  いるかの話も、いつだって聞くからね。
いるか 母ちゃん…ありがと。
こと  ごちそうさま。天ノ川、洗い物手伝ってちょうだい。
いるか わたしが手伝う!天ノ川、きつねの話を聞いてあげて。私がいるとお姉さんぶるから。
天ノ川 聞いてみます。

 こと、いるか、食卓を片付けてキッチンへ。天ノ川も手伝い、見送る。
 きつねがやってきて。

きつね 天ノ川。
天ノ川 きつねさん。さっきはすみません、ノアさんのこと…
きつね あたしこそ。今日…山猫先生のところに行ってね、父ちゃんの行方を知らないか聞いてみたの。そしたら、周りのことより、父ちゃんがどう思っていたかを考えなさいって言われたんだ。…ねえ天ノ川。父ちゃん、研究所では…どんな人だった?
天ノ川 そうですね…わがままな人でした。
きつね わがまま!?
天ノ川 ええ。なにかに夢中になっていないと気が済まない、無邪気な子供みたいで…ぐいぐい進んでいくんです、みんなのことを連れて。そうですね、昔の言葉になりますが、ガキ大将みたいだったかもしれません。
きつね 想像できないなあ、研究所には入れてもらえないんだもの。
天ノ川 ご家族といえど入れるのは応接室までで…すみません。
きつね 病院にもお見舞いに行かせてもらえなかったもんなぁ。
天ノ川 …すみません。
きつね 天ノ川が謝ることじゃないよ。
天ノ川 すみません。
きつね もう…。なんでいなくなっちゃったのかなぁ、父ちゃん。山猫先生に理由とか…父ちゃんの気持ち?を考えてみろって言われたけど…分かんないや。
天ノ川 ……。
きつね ウチが嫌になっちゃったのかなぁ……。
天ノ川 嫌になってなどいません!
きつね どうしてわかるの?
天ノ川 大事に思っておられますから、家族のこと。
きつね それなら、何にも言わずに出てくなんてことしないんじゃないの。
天ノ川 言えないことがあるのかもしれません。
きつね 例えば?
天ノ川 例えば…
きつね …天ノ川は何か知ってるの?父ちゃんのこと。
天ノ川 私は、何も…。
きつね だってすごくかばってない?
天ノ川 寂しい思いはさせたくないとおっしゃってました。
きつね それだけ?
天ノ川 ……。
きつね あーあ!難しいや、父ちゃんといえど天才の考えることはさ!
天ノ川 私にもわからないことが多いです。よくある思考回路の通りにはいきませんから、計算や応用がきかないことが多々ありました。
きつね 天ノ川で分からないんなら、誰に聞けば分かるんだよ。父ちゃんのこと!
天ノ川 一番ノアさんをよく知る人は、もっと近くにいらっしゃるのではないでしょうか。
きつね 近くに?
天ノ川 ええ、すぐ。
きつね ……母ちゃんだ。そっか。ありがと、天ノ川!
天ノ川 お力になれず、すみません。
きつね だーかーら!謝らないの。(改めて)ありがと、天ノ川。
天ノ川 ……何と言えばいいのか…。
きつね どういたしまして、かな!
天ノ川 どういたしまして。
きつね お粗末様です。
天ノ川 それは違いますよきつねさん!
きつね ふふふ…わかってんじゃん。

 きつね、天ノ川の肩を叩いてはける。
 天ノ川、小さくため息を吐いてじっと立ちすくみ自分の中に問いかけて黙る。
 照・天ノ川の移動と共に居間の照明を薄暗く。
 こそこそとししをが出てくる。玄関へ向かうししを。

天ノ川 ししをさん。
ししを うわぁっ!?
天ノ川 どこへ行かれるんですか。
ししを なんだよ天ノ川か…びびった…居間に同化してたぞ。
天ノ川 すみません驚かせてしまって。
ししを いいけど。
天ノ川 もう遅いです、どこかへ出かけるのなら私も一緒に。
ししを 一人で大丈夫だよ、もう小学生じゃないんだから。
天ノ川 しかし…
ししを 母ちゃんたちには内緒ね。

 ししを、外に出ようとするが天ノ川がぴったりとついてくる。
 気がついて部屋の中へ押し返し、再び玄関へ向かうがまたぴったりとついてくる。

ししを 天ノ川!
天ノ川 私も一緒に。
ししを だめなんだってば!
天ノ川 せめて行き先を教えていただかなくては。
ししを 聞きわけがないなあ!
天ノ川 これ以上みなさんになにかあってはいけませんから。
ししを ……わかったよ。内緒だよ。
天ノ川 内緒。了解しました。

 照・台詞終わりで居間、暗くなり、前場に照明。
 二人で玄関を出る。天文台へ。眠っている山猫がいる。

ししを こんばんはー。
天ノ川 ししをさん…ここは、
ししを 天文台。こんばんは!
山猫  うわっ。…また来たね。
ししを 今日はもう一人いるけど。
天ノ川 こんばんは。
山猫  どうして天ノ川くんが…。
ししを あれ。会ったことあるっけ?
山猫  …あるさ、同じ町に住んでいるんだから。
ししを ふぅん。
山猫  で。今日はなんだい。
ししを ノアの方舟………(反応を見てから)って、あるでしょ。聖書に。
山猫  ああ…
ししを あれってさ、人間はノアとその家族以外はみんな洪水で流されちゃったんでしょ。ってことは、俺たちはみんなノアの子孫ってことになるよね。
山猫  まあ、作り話かもしれんがね。
ししを 俺たまにさ、父ちゃんは本当にあの、ノアなんじゃないかって思うことがあるんだ。
山猫  それじゃあとんでもない年数を生きていることになるね。
ししを 父ちゃんはなんの研究をしてたの?大きなプロジェクト、としか俺たちには言ってくれないし…気になってたんだけど父ちゃんいなくなっちゃうしさ。
山猫  私はそんなの知らんよ。天ノ川くんに聞きたまえ。
ししを 知らないの?研究所の古株なのに。
天ノ川 ししをさん…どうして
ししを 元・研究所の古株か。
天ノ川 山猫さん、
山猫  いいんだ、天ノ川くん。どこで知ったんだい、わたしが研究所の人間だったこと。
ししを 論文を読んだよ。きつね姉ちゃんが夜舟さんの部屋で見つけたって言ってたやつ。
山猫  夜舟くんは本当に…
ししを 姉ちゃんが難しいから一緒に読んでくれって。もう忘れてるだろうけどね、姉ちゃんは。
山猫  君は…一体何者なんだ。
ししを 空山川ノアの息子だよ。

ししを その後他のも読んだよ、いくつか読めなくなってるものもあったけど。検索するのが大変だった。彗星、小惑星の落下。他の惑星へ移住する場合の惑星ごとの問題点…書かれたのは十年前から二十年前だった。

 ししを、山猫に近づき

ししを 本当は知ってたんじゃないの?彗星が降ってくること。
山猫  観測したのはウツマヌケ博士だ。
ししを どうして天文台にいるの?
山猫  具合がいいんだよ、寝転ぶと星が見えて。
ししを 行動の裏には、理由や意思がある。でしょ?
山猫  君はなんでもかんでもよく知っているね。
ししを 知りたがりなんだ。父ちゃんと一緒でね。
山猫  君は姿を消さないでやってくれよ。家族の前から。
ししを 父ちゃんだって、消えちゃいないんでしょ。ね、天ノ川。
天ノ川 そう…そうです。ずうっと、見ておられます。
ししを 俺はノアの家族だからって理由で方舟になんて乗せられたくないな。みんなで夕飯食べて、笑って、そのまま死んじゃう方が今が永遠に続くことのような気がする。
天ノ川 しかしそれではノアさんが研究してきたことが…
ししを 父ちゃんのことは大好きだけど、父ちゃんは一人で未来に突っ走りすぎだよ。家族の意思も聞かないで…勝手じゃん。
山猫  確かに。ノアは勝手でわがままな男だ。
ししを 家ではそうでもないんだよ?研究のこととなると、ダメなんだろうな。
天ノ川 すまない…。(ノア)
ししを いいよ、別に。だけど姉ちゃんたちは寂しがってる。きつね姉ちゃんなんてそればっかり考えてるし、いるか姉ちゃんはアンタの変な友達に夢中になって忘れようとしてるみたいに見える。母ちゃんも、父ちゃんのこと信じようとしてるけど…やっぱ寂しそうだよ。
天ノ川 人間の心までわかったような気になってはいけなかったな。(ノア)
ししを そんだよ。いくら研究したって、わかんないのが人間の心ってやつだろ。
山猫  そうだな。つまらない嘘を言ったり見栄をはる為に虚勢を張ったり…AIには理解しがたいだろう。効率も悪いし。
ししを だけど天ノ川はずいぶん人間らしくなったよなあ。ここ最近は、隠し事をしていて苦しいって顔をしてることがあるもの。
天ノ川 ノアさんのおかげです。
ししを そりゃそうか。家にいないのがバレたら困るし、そろそろ帰るよ。ありがと山猫博士。
山猫  もう博士じゃないぞ。
ししを はいはい。帰ろ、天ノ川。
天ノ川 はい。お邪魔致しました、山猫博士。
山猫  天ノ川くん。
天ノ川 あ、すみません。
ししを 二人とも、次に会うときは初めましての設定にした方がいいぜ。
山猫  そうするよ。おやすみ。
天ノ川 おやすみなさいませ。
ししを おやすみなさーい。

 ししを、天ノ川、帰って行く。

山猫  ノア、君の息子、末恐ろしいよ。

 照・前場が暗転し、照明は居間へ。昼間である。ことが掃除をしている。
 夜舟がふらりと現れ、こっそりとことの後ろを通り過ぎようとする。

こと  夜舟さん。
夜舟  ことさん。なんだいらしたんですね。
こと  いらっしゃいましたよ。残念ながらね。
夜舟  いやいや残念などとは決して。
こと  いるかのことですけどね。
夜舟  はい、ええ、ですよね。
こと  私はね、いいんです、二人が好き合っているなら。
夜舟  本当に、素敵なお嬢さんだと思っています。
こと  その素敵な女の子を、今の夜舟さんに預けるのは大変不安です。ですけれど、お仕事がどうというのは言いたくないんです。私だってヘンテコ研究者と結婚して、今やどこにいるのかも分からない人間の妻なわけですし。
夜舟  ええ。
こと  そんな人を選んだのは私ですし、私は後悔してません。いるかにも、後悔してほしくはないんです。
夜舟  ええ。よくわかります。僕もノアと友人であったことに後悔はしておりません。
こと  っていうのはね、理想論なんですけれど。
夜舟  あっ、はい…。
こと  (ジロジロ見ながら)さすがにねぇ…稼ぎのない方っていうのは…親としてはねぇ…
夜舟  いるかさんと、きちんと話しますから。
こと  それは勿論、そうしてくださいな。そうねぇ…夜舟さんかぁ…どうかしらねぇ…
夜舟  どうでしょうなぁ…
こと  そういうところですよ、夜舟さん。こういう場面で、バシッと何か言わないでへらへらしているのがあなたの良くないところですよ。
夜舟  バシッと。
こと  ええ、バシッと!男らしく!
夜舟  …僕は、いるかさんを、愛してます!
こと  そう!
夜舟  しかし、どこかへ逃げてしまおうなどというのは、本当は思っておりません!
こと  え…?たぶらかしたんですか!?
夜舟  そうでなくて…ご家族と共にいる方が良いと思うんです、僕なんていう不義理な生き物よりも。避難するならば、僕もお供させていただければと思います。いるかさんだけでなく、空山川家の皆さんを僕は見守っていきたい。
こと  夜舟さんが良い人なのか悪い人なのか、わたし全然分からないわ。
夜舟  自分で言うのもなんですが、タダ飯喰らいの居候は悪い人だと思います。
こと  そうよね。そうなのよ。だけどなんだか憎めないのよ。
夜舟  嬉しいなあ。
こと  そういうところなんでしょうねえ…。嬉しいなあなんて、のんきに。
夜舟  ありがとうございます。
こと  ほら。普通は申し訳ない気持ちになるところよ。
夜舟  なってはおるんですよ、申し訳なく。
こと  へぇ…。
夜舟  ノアもおんなじリアクションをしていましたよ、へぇ…と訝しげな顔で。
こと  そう。……あの人、何か企んでいやしなかった?
夜舟  企む?
こと  きっと私じゃあ理解できないようなことを企んでいるんだろうなと思ってるの。
夜舟  どうでしょうなあ。
こと  あなたもどうせ知っているんでしょう。私にはなーんにも教えてくれないのよ。まあ、教えてもらったって分からないんですけど。いいわねえ、楽しげで。
夜舟  いるかくんにも羨ましいと言われたけれど…同じでしょうか。
こと  そうかもしれないわ。なんとなく、男の人たちが仲間内で笑っているのを見て、ちょっぴり寂しい気持ちになることが…女にはあるのよ。
夜舟  なるほど。
こと  長く引き止めちゃった。なにか分かったら、教えてくださいね。ノアのこと。
夜舟  ええ。
こと  いるかのことも。ね。
夜舟  ええ。
こと  じゃあ、お夕飯の買い物に行ってきますから。お留守番しててください。今日は珍しく天ノ川もお休みみたいで…暇があれば二人で洗濯物でもたたんでおいてくださいな。
夜舟  承知いたしました。

 こと、買い物バッグを手に出かける。
 夜舟、「星の界」を鼻歌で歌い、少しぼんやり。洗濯物を取り込みに行こうかと腰をあげる。
 天ノ川が洗濯物を取り込んででてくる。

夜舟  おや。今ちょうどことさんに洗濯物をたたんで欲しいと頼まれたところだよ。
天ノ川 そうでしたか。では、ここで。

 以降、洗濯物をたたみながら。

夜舟  この家族はなんとも不思議だね。
天ノ川 はい…私も長く付き合ってきましたが、まだ分からないことがあるので驚いています。
夜舟  へえ。いるかくんたちと同い年なら…十七年になるんだろう?それでもかい。
天ノ川 ええ、昨夜お話していたししをさんは、別人のようでした。
夜舟  ししをくんが?
天ノ川 ここ数日、夜舟さんに言われた通り夜中に居間で待ち伏せしていたんです。ししをさんのこと。そうしたら昨日、ししをさんが夜遅くに家を出て行こうとするので付いて行ったのです。
夜舟  おお!どこへ行っていたんだい、彼は。
天ノ川 天文台です。山猫さんのところへ。
夜舟  まさか…わかっていて、か。
天ノ川 その様子でした。賢い方だとは思っていましたが、天文台でのししをさんは…まるで、ノアさんの様でした。知的好奇心に満ち溢れた、子供のような、だけど理論的に攻める大人のような…。私のことも、わかっているようでした。
夜舟  そうか…もうあまり長く隠しておくことはできなさそうだな。
    いつ説明する、家族に。彼の失踪の理由を。
天ノ川 私には荷が重すぎます。
夜舟  僕も同じだ。僕なんてすねかじりの居候だよ。
天ノ川 山猫さんにお願いしますか?
夜舟  彼は今やただのホームレスだ。そう信じている人もいる。
天ノ川 そうでした…。
夜舟  天ノ川くんが敵任だと思うけれどね。付き合いも長い。
天ノ川 なんと伝えればいいか…少し考えてみます。
夜舟  僕は…
天ノ川 夜舟さんは、ニコニコしていてください。
夜舟  得意分野だ。

 音・台詞終わりで「コオロギ」イン。すぐ小さく落とし、しばしかすかに流したまま↓
 二人ははけ、きつねが歌いながら出てくる。いるかも。星を見上げている。

きつね (歌)月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた
     人智は果なし 無窮の遠(むきゅうのおち)に いざその星影 きわめも行かん
    …母ちゃんがよく歌ってくれてたこの歌、どういう意味なんだろ。
いるか 宇宙は広いなーってことじゃない?
きつね それだけ?
いるか それだけったって、宇宙が広くて、私たちが知らないことがいっぱいあるのはそれだけのことじゃないでしょう。
きつね 父ちゃん、宇宙に行っちゃったとかかな。
いるか どうしてそうなるの。
きつね だって、父ちゃんは宇宙が好きだったじゃん。宇宙に住もうって話、よくしてたよね。
いるか ああ、してたね。確かにそういう話をしてる父ちゃんの目は、子供みたいにキラキラしてた。
きつね 父ちゃんは知らないことが大好きなんだよな。
いるか そう思うと、きつねは父ちゃんの子供よね。とことん考えるでしょ。気になったことは。
きつね でも、父ちゃんみたいに勉強はできないから、自分でジタバタして終わり。
いるか そう?
きつね そうだよ。父ちゃんのことだって、考えてみたけど…何にも分からない。母ちゃんにも色々聞いてみたらさ、「あの人が研究を放っぽり出すはずない、どっかでコソコソなんか企んでんのよ」だってさ。
いるか 母ちゃんは父ちゃんを信じてるんだね。
きつね いるかは?どう思う、父ちゃんのこと。
いるか わたしもわかんない。だけど、夜舟先生と話していると思うの。この人がこんなににこやかに過ごしてるんだから、彼の友達は悪い人じゃなかったんだろうなって。それに、その友達のこと、今でも信じてるんだろうなって。
きつね 友達…父ちゃんのことね。
いるか うん。夜舟先生も、ダメな人だけど…悪人じゃないから。
きつね そうだな。ダメな人だけど。
いるか 彗星、落ちてくるのかなあ…。
きつね いるかはどうするの。夜舟さんと、どっか行っちゃうの。
いるか ううん、行かないと思う。みんなと離れる方が怖いもん。
きつね そうだよね。あたしも…星川町じゃない町で暮らしたら、父ちゃんのこと忘れちゃいそうな気がする。なんにも気にならなくなって、違う風景に馴染むのは…想像できないな。いつもみたいにさ、みんなで居間で、夕飯食べてる時に死んじゃえたらいいのに。
いるか ああ…そしたらずうっと、居間で笑ってられる気がするね。
きつね それがいいなあ!でもきっと母ちゃんが反対するよね。
いるか できれば父ちゃんも、一緒に座ってたらいいな。
きつね うん。家族が揃って…夜舟さんも、いてもいいし。
いるか きつね、ありがとう。
きつね 山猫先生も呼ぼう!
いるか 大集合ね。

 音・「コオロギ」フェードアウト

こと  (袖から)きつねー!いるかー!ご飯よー!
ふたり はーい!

 ことが出てきてぞろぞろと夕飯の準備をする。
 音・「ラジオ4」イン~流し切り。

ラジオ「彗星落下の観測が発表されて一ヶ月が経ちました。彗星は来年の9月、天文台の発表では夕方から夜に降ってくるのではないかという予想がされていますが、正確な時間はまだ不確定のようです。隣の県では星川町住民の受け入れが始まっており、すでに引越しを始めている家庭も少なくない様です。住民の皆さまは、早めに避難先を確保するべきかもしれません。」

こと  そうよねえ、引越しだの転入だの、するなら早めに手続きしなきゃいけないわよね…。研究所がなくなちゃうんなら仕事だってどうなるか。
天ノ川 栄栄町の方へ出れば本部がありますので、働かせてもらえるかもしれません。
こと  そうなの?だけどそんな都会で暮らしていけるかしら…。
きつね さっきいるかと話してたんだ。想像できないねって。
ししを 俺、星川町じゃないとこで暮らすのなんかやだな。
いるか わたしも。
夜舟  みんな星川町が好きなんだね。
きつね …それより、なんていうんだろう。忘れたくないな。今のことを。
こと  うちみたいな家族、そうそういないからねえ。父ちゃんのこともそうだけど。
ししを ほんとほんと。ヘンテコな家だよな。
夜舟  ことさん、このピンク色のは…芝漬けですか?
こと  あ、それね、きゅうりなんですって。桃色きゅうりって言って、今日スーパーに並んでたのよ。異変で育ったものらしいけど、可愛くて買ってきちゃった。
ししを ピンクのきゅうり…なんか甘そうだな。
こと  味は普通にきゅうりよ。味噌欲しかったら言って。
きつね 都会へ行って、普通の家族になって、のんびり暮らして…それってウチじゃないよなあ。
いるか だけど、死んじゃってもいいやって思うのは良くないことのような気もする。
こと  いいんじゃないの、そう思うのも。母ちゃんもそう思うけど。
夜舟  人間が眠たくなるのは死を求めているからだともいうよね。
いるか あと一年…なにをすべきなのかなあ。
きつね 星川町最後の秋!かあ~。なにしようかなあ。
ししを 大げさだなあ。俺は普段通りでいいや。母ちゃんのご飯だけ食べられれば。
こと  あら。嬉しいこというわねししを。
ししを あとは、本当のことが知れればいいかな。ね、天ノ川。
天ノ川 そう…ですね。わたしも、皆さんに真実を言えないままなのはいけないと思っています。
きつね 真実?ししを、なんのこと?
ししを 俺も本当のことはよくわかんないよ。ちょっとずつ見えてきてるけど、全部予想だし。
いるか 天ノ川、なにか知ってるの。
夜舟  天ノ川くん。いいんじゃないか。
こと  待って。夕飯食べちゃってからにしましょ。
天ノ川 はい。では、お食事のあとに。
ししを はーい。姉ちゃん、醤油取って。マヨネーズも。
いるか なにするの。
ししを 醤油マヨを海苔につけて食べるとうまいんだよ。
こと  ししを、海苔だけ食べようとしないの。
ししを ちぇ。
夜舟  先日降ってきたトビウオはどうしたんです?
こと  ああ、これトビウオのお刺身。
きつね ツノがあったってほんとなの?
こと  そうよ、一角トビウオって名前になったみたい。
いるか 変な生き物にも慣れてきちゃった。やだなあ。
ししを いいじゃん。その方がどこでも生きていけるよ。
いるか 生きていかないんだから、対応力なんてついても困るわ。
ししを 確かに。
こと  こら、人をお箸でささないの。

山猫  すみませーん。
こと  あら。山猫さん。どうなすったんです。
山猫  ちょいと夜舟くんに呼び出されましてな。
天ノ川 もしかして、(夜舟を見て)
きつね 山猫先生こっちに座んなよ!
山猫  いやいやいいよ、わたしは端っこで。
いるか 山猫さんが…なにか知ってるの?
夜舟  聞いてみてのお楽しみだ。
ししを ごちそうさまでしたー。
きつね ごちそうさまでした。
 
 ししを、きつね、食器を重ねてキッチンへ下げる。下げたら戻ってきて。

いるか あ!早い、待って待って(ご飯をかきこみ)
こと  ゆっくり食べなさい、いるか。
いるか だってー
夜舟  僕はもう少しかかるから、ゆっくりお食べ。
こと  (キッチンをのぞいて)あんたたちちゃんと水につけといてよ。
二人  はーい。
いるか (もごもごしながら)ごちそうさま!
こと  もう、喉つまらせないでよ。

 いるか、食器をキッチンへ。下げたら戻ってきて。

夜舟  では僕も、ごちそうさま。
こと  ごちそうさまでした。夜舟さんの分はわたしが一緒に。
夜舟  ありがとうございます。

 こと、夜舟の食器をまとめてキッチンへ。
 それぞれに腰を下ろし、天ノ川の話を聞く体制になる。

天ノ川 では、ええと…どこから話せばいいでしょうか。
ししを 父ちゃんがどんな研究をしてたか!
天ノ川 ではそこから。いいですか?

 家族、ゆっくりと頷き

天ノ川 ノアさんは、現代の「ノアの方舟」を作る研究をされておりました。その方舟にご家族と一部の知性ある方々、そして動物や植物を乗せ、他の惑星へ移住することを計画していました。
いるか ノアの方舟って…あの、聖書に出てくる?
天ノ川 そうです。
きつね どうして他の惑星に移住なんてする必要があるのさ。
天ノ川 彗星が降ってくることが観測されていたからです。十二年前。新承17年の今頃です。
こと  きつねといるかが、5歳の頃ね。懐かしい…夢物語で終わると思っていたのに。
ししを 母ちゃん知ってたの?
こと  相談されたことがあったわ。地球が滅亡するとなったら、家族を連れて宇宙へ出ようって。嬉しそうに目を輝かせて…なんだかわからないけど無性に腹が立って、お母ちゃんビンタしちゃった。
天ノ川 その時観測されていた彗星は大きさ約1.5㎞…地球に人間が生きていられなくなると予想されていました。その彗星を観測したのが…
山猫  わたしだ。
ししを やっぱり。知ってたんだ!
山猫  ああ。
天ノ川 方舟については、ノアさんが大きな組織から任命され、研究所内でも秘密裏に進められている計画でした。なので、ご家族にも「大きなプロジェクト」としか説明できず…。すみませんでした。
こと  いいのよ、説明されても。ねぇ。
いるか 確かにそうね。
天ノ川 そして、入院されるきっかけとなった事故につながります。どこかから漏れてしまっていた方舟計画の情報を聞きつけ、ノアさんを攻撃する勢力がありました。時にはソフトウェアに、時には物理的に、ノアさんは襲われるようになっていました。
きつね 父ちゃんが?まったくそんな風に見えなかった…。
山猫  彗星落下の情報もどこかからリークされていた。
天ノ川 おおよそ、方舟の計画を知らされていない力のある方々が焦ったのでしょう。方舟に乗せろ、彗星や計画の情報を開示しないとノアに手を下す、というような脅迫文も毎日送られてきておりました。
きつね 父ちゃん…それで、まさか…
天ノ川 それが…ノアさんはもしものことが起こる前に、ご自身を肉体から切り離すことをお選びになりました。
いるか 肉体から…切り離す?
山猫  あの入院のタイミングで、ノアは肉体を放棄した。それを許可したのは私だ。
こと  じゃあ…もうあの人は…
きつね 死んでるってこと?
天ノ川 いえ。生きておられます。わたしの中に。
いるか 天ノ川の中…?
天ノ川 脳を移植しました。わたしは今ノアさんの思考や意思を乗せて、彼の目となり手足となり方舟計画を続けています。今の所天ノ川としてのデータとは融合しないままでいますが、ノアさんと同化してしまうことも今後可能です。
きつね 待ってよ!じゃあ、あの病院から帰ってきて、あたしたちと一緒に住んでいた父ちゃんは…だれ…?

夜舟  クローンだ。空山川ノアの。しかしただのクローンじゃない、ちゃんと彼の意識を継いだ、寸分の狂いもないノアの生き写しのクローンだった。
きつね でもそれは父ちゃんじゃない…!
天ノ川 研究所で毎日メンテナンスしていました。ノアの新しい思考をインプットし、ご家族のことをなるべく不安にさせないように…ノアさんが毎日対話をしていました。
こと  やっぱり。変だと思ってたのよ。
夜舟  ことさん…。
こと  もちろんほとんどノアだったわ。表情も喋り方も考えることも。だけどなんだか…まともだった。研究がうまくいかなくてイライラして寝る前に突然奇声をあげたり、話している最中だっていうのに新しいことを思いついて瞳孔の開いた目で壁を見つめたりしないんだもの。
ししを そうだよ!父ちゃんに勉強ができて褒められたことなんてなかったのに、褒めてくれるんだもの!小学生になりたての俺に「テストでの百点で満足してたらただの頭の良い奴になってしまうぞ」なんて言ってた人がさ。頭を撫でて褒めてくれるんだ。おかしいと思ってた。
いるか わたし本当の父ちゃんにだってそんな風に言われたことないわよ。
ししを え!ずっりぃ、贔屓されてんだ!
きつね 贔屓されてんのはししをだろ!あたしたちは勉強に期待されてなかったってことじゃん!
こと  あんたたち!小競り合いは後でにしなさい。
きつね だって、あたしも父ちゃんに期待されたかった!
天ノ川 きつねさんにも、いるかさんにも、期待してた部分はある…と、ノアさんが。
きつね どこ?どこ?
天ノ川 二人が持っているものは、僕が持ち得なかったものだ。どちらかというと、ことが持っている優しさや決断力、感じる心…そういうものだ…と、ノアさんが。
いるか 母ちゃん似だってことかな。
こと  そうかもね。さ。天ノ川、そしてそのクローン父ちゃんがまた失踪した理由を教えてちょうだい。
夜舟  それは僕から。単純な理由だ、上から文句が来た。クローンを作って身代わりにしているなんて、倫理観に欠けるとね。そして研究所で勝手に回収されてしまった。失踪した晩、研究所から電話があってそう言っていた。
ししを ああ、あの電話か。
夜舟  そう、あの夜だ。
ししを じゃあ…夜舟さんがうちに来たのは、クローンのお目付役ってこと?
いるか …父ちゃんと友人だから、父ちゃんに頼まれたっていうのは…嘘だったんですか?
夜舟  うそではないよ。ノアからの指名だった。移植にも立ち会った。家族を頼んだと言われた。こんな、知らない町で知り合ったよくわからん飲み友達の僕に。もちろん、父親代理のことを見張る役割でもあった。天ノ川が研究所で働いている間のね。
きつね 彗星は?その、1.5㎞もある彗星はどうなったの!?確か今度落ちてくるのは40mだって…!
山猫  わたしの観測した彗星はいつしか進路を変え、また軌道に乗っているらしい。星川町めがけて降ってくるのは、報道の通り40mの彗星だ。避難したほうがいい。落下すれば誰も助からん。

きつね 父ちゃんは他の惑星に移住する方舟計画を立てていて…体は捨てたけど、今も天ノ川の中で生きていて…彗星はやっぱり降ってきて、星川町はなくなっちゃう。ってので全部?
天ノ川 ええ。
きつね 漫画みたい。
天ノ川 そこで。皆様に決めていただかなくてはいけません。ノアの方舟に、乗るか。乗らないか…はたまた、研究所本部のある栄栄町へ避難するか。

こと  母ちゃんは乗らない。避難もしない。ここに残ります。
ししを まじで死んじゃうかも、ってことだよ?
こと  うん。わたし、ずーっとノアの勝手に付き合ってきたんだもの。最後くらい、私の勝手にさせてもらうわ。
いるか わたしも…乗らない。
ししを 俺も!
きつね あたしも!
こと  結局、真実を聞いたところで私たちはみんな、この日常を選ぶんだね。
ししを 俺、こうやって居間でだらだらしゃべってんのが一番すき。
きつね いつ降ってくるのかわからないけどさ、最後の日も、こうやってみんなで喋ってたいなあ。気楽だもん。
天ノ川 山猫さん。
山猫  うん?
天ノ川 私が乗らないのは問題になるのでしょうか。
山猫  ああ…いいんじゃないか。作るだけ作って、お偉いさんに一任してしまえよ。
きつね 天ノ川も残る?
天ノ川 私は空山川家しか知りませんし、残るも何も皆さんと一緒にいることしか頭にありません
ししを 父ちゃんはそれでいいって?
天ノ川 …好きにしろとおっしゃってます。
きつね 怒ってる?
天ノ川 愉快な家族を持ったもんだと、笑っておられます。
こと  誰よりも勝手で、誰よりも愉快な父親の子供たちですからね。
いるか 夜舟先生は…どうするの?
夜舟  僕はねいるかくん。皆さんをずっと見ている役だ。方舟に乗るなら乗るし、乗らないなら、共に乗らない選択をするよ。
こと  また主体性のないことを言って。
きつね 夜舟さんらしいや。山猫先生は?
山猫  私は、落ちてくる彗星を最後まで観察したいからね。そもそも残るつもりだった。見たものが後世に伝えられなさそうなのは残念だが、研究所をやめた今、最早自己満足だ。
ししを 結局、みーんな一緒だ。
きつね 父ちゃんは、脳みそだけみたいだけど。
こと  脳みそに足が生えてるおかしな生き物だって話したわね、そういえば。

山猫  で。どうするんですか、このまま星川町に残って。死んじゃうかもしれないんですよ。
こと  そうねえ…普通でいいわよねえ…。
いるか 変なこと言ってもいい?
夜舟  変なこと?
いるか 台本を書くっていうのはどう?私たちの日常を、台本にするの。ほら、お芝居みたいに。きっと当日になったら今日死んじゃうんだってドキドキするだろうから、そうならないように…。
夜舟  なるほど…僕たちは、僕たちの役を演じるんだね。
いるか そう!私実は…一度やってみたかったの、お芝居。
こと  お芝居だなんて…ちょっと恥ずかしいわね。
いるか 恥ずかしくなんてないわ!わたしたちは、わたしたちなんですもの。
夜舟  台本は誰が書くの?

 視線が夜舟に集まり

いるか わたしが書く!
ししを いるか姉ちゃん書けんの!?
いるか 一年あるんだもの。きっとできるわ!夜舟先生、いろいろ教えてくださいな。
夜舟  僕になにか教えられるかなあ。
きつね いるか、あたしのこと、ちょっと頭良さそうに書いて!
いるか だめよきつね、普段通りじゃなくっちゃ!
夜舟  いいね。人生最期の芝居か…。
ししを しめっぽいしめっぽい!
いるか 今の!今の、こういう会話を拾って書けばいいんだ!
ししを えー、でも芝居なのに人生最期の芝居とか言っちゃうのは変だろ?
いるか だから…そうね、最期の…旅行?
ししを あ!俺、最期の日は居間でゴロ寝したい!
きつね 修学旅行みたい!
いるか 繋がった!母ちゃんいい?居間で寝ることにしても。
こと  いいわねえ、なんだか母ちゃんもワクワクしちゃう。
きつね いるか、頑張って!
いるか うん、じゃあ…(ノートを取り出して)居間で寝ちゃわない…、旅行みたい、いいね、最期の旅行だ…最初はいつものきつねのおしゃべりにしましょ、ね。
きつね やったー!セリフだ!

 いるか、ノートにペンを走らせ、みんながそれを覗き見ている。
 照・台詞終わりで暗転、2秒ほどで明転。一年後である。 

いるか みんな、台本覚えた?
天ノ川 入るタイミングを間違えたらどうしたらいいのでしょうか!
ししを 大丈夫だよ天ノ川、練習しただろ。
山猫  夜舟くん、僕らこれ結構悪口を書かれているよね。
夜舟  いるかくんもね、変わったんですよ、この一年で。しっかりしたというか。
きつね あ~!もし違うこと言っちゃったら、アドリブね!母ちゃん!
こと  母ちゃんできないわよアドリブなんて!やったことないんだから!

 音・「栄栄町放送1」イン~流し切り

ラジオ「みなさんこんばんは!栄栄町放送がお送りします夕方番組、えい!えい!おー!の時間です!パーソナリティはわたくし、落花生栄子がお送りいたします!」

いるか もう星川町のラジオも終わっちゃったんだね。
こと  そうよ、局の人もまるっと避難したみたいよ。
ししを まさか落花生さんちの娘さんがラジオの人になるなんて思わなかったよな。
いるか じゃあ、夕飯のシーンだから母ちゃん準備して!
こと  ご飯乗ってなくていいの?
いるか いいのよ!芝居なんだから!

 音・「栄栄町放送2」イン~流し切り

ラジオ「本日。一年前から観測されていた彗星が星川町に落下する日がいよいよやってきてしまいました。実は私、地元が星川町なんです。地元がなくなってしまうというのは、なかなか寂しいものですね…。住民の方は栄栄町に多く避難されており、私もその一人です。もぬけの殻と化した星川町、今はどんな姿をしていて、どんな姿になってしまうのか…大変気になるところです。では、交通情報です…」

きつね もぬけの殻だって。
いるか まさかひと家族だけ残っているなんて、誰も思わないわ。
こと  今は星川町の全てが、わたしたちのもの…ってことかしらね。

 音・「栄栄町放送3」イン~流し切り

ラジオ「以上、交通情報でした。そしてここで速報です。本日午後六時二十八分、天皇陛下が崩御されたとの発表がありました。新しい元号は明日、発表される模様です。宮内庁長官のお言葉です…」

山猫  なんと…このタイミングで、新承も終わりか…
夜舟  僕らは新しい元号を知れるでしょうか。
山猫  どうだろうね。なんでもかまわんよ。

いるか 先生方ー!始めますよ!スタンバイしてください!
夜舟  わかったよ!
天ノ川 外で待っていましょう。
山猫  玄関の外に聞こえるくらい大きな声でしゃべってくれよ!
きつね おっけー!山猫先生!
いるか はやくはやく!ししをもこっちへ座って!
ししを はいはいはい!
いるか あ!わたし、最初からいるからスタートが言えない!
きつね 山猫先生!外から合図してー!
山猫  了解した!いくよ、いいね!
家族  はーい!
山猫  じゃあ、空山川家最期の日、はじまり はじまり!

 照・手をパン!と叩いて同時に暗転。
 音・1秒待って、エンディング曲イン。

(*千秋楽撤収後、みんなで歌った動画です!)


 照・5秒ほどイントロがあるのでその間に徐々に明転。
   歌中は全明かりで全員が座って頭を下ろすのと一緒に暗転。
   挨拶のため、全員立ち上がったら明転。

よろしければサポートお願いします!制作や演劇活動のために使わせていただきます。