おしまいおしまいDM_表

まるでゆめのようだ第5回公演「おしまい おしまい」台本 前半

コロナで世間が暗い雰囲気です。心苦しいお知らせもたくさん目にしました。なんとも言えぬ空気が漂っていますので、ひとつ台本でも公開してみようかと思います。

これはこれでなんとも言えぬ、未来の「新承」という元号の地球の「星川町」という架空の町めがけて、彗星が降ってくる話なのですが。

誰が読むのかしらという感じではあるのですが。これかな、と。暇つぶしにお使いください。期間限定とさせていただきます。3月…半ばまで。

本来皆さんにお見せする場合、「戯曲」らしくするのですが、これは本当に現場用の「台本」です。ト書きになんの浪漫もありませんし、音響さんと照明さんもプロに頼んでいたわけではなかったのでとても分かりやすい書き方をしています。

そして長いので、とりあえず前半を…。後半は100円とかにしてもいい?けちくさい?笑 …けちくさいか。笑

ではどうぞ!


おしまい おしまい

2018.9.21〜24 新宿眼科画廊 上演キャスト

空山川ノア  父。不在である。
空山川こと  母。・・・熊谷藍
空山川きつね 双子の姉。・・・田中里佳
空山川いるか 双子の妹。・・・井上万葉
空山川ししを 弟。・・・阿部美月

夜舟ゆういち 居候。・・・ひおき彩乃
天ノ川 人工知能ロボット。・・・鳥丸あやか
山猫 元研究者。現ホームレス・・・ひらたあや

 元号・新承30年。架空の町、星川町は昔の日本を再現しているような町並み(美観地区のような)である。

・・・新承30年9月

 天ノ川の話で真実を知り、最後の日を過ごす家族たちからスタートする。
 ちゃぶ台をかこむ、こと・きつね・いるか・ししを。
 照・板付、明転。

きつね そんでさ、山猫先生が言うには、地球はいつか太陽の熱で焼け焦げちまうんだって。太陽がどんどん膨張して、その熱で海もなんもかんも蒸発しちゃうかもしんないって!そんでただの焦げカスみたいな岩石になって、太陽の周りをぐるぐるぐるぐる…。
こと  きつね、埃が立つだろ、座って食べなさい。
きつね なんだよ母ちゃん興味ないの?
こと  もう聞きたくないよ、そんな空の上の話は。
きつね あたし、もっと勉強したいなあ。
ししを 姉ちゃん、ウチのパン屋を継ぐんじゃないの。
きつね 賢いパン屋がいたっていいじゃないの。
ししを じゃあウチは俺が継ぐから姉ちゃんは研究者になりなよ。尊敬する山猫先生のようにさ。
こと  ちょっとししを、あんまり調子に乗るようなこと言わんとってよ。
いるか 無理よ、きつねは飽きっぽいもん。
きつね あたしも山猫先生みたいになれるかな?
いるか あの人ただのホームレスじゃない。

 山猫入ってきて

山猫  そうだよきつねくん、わたしはただの浮浪者だ。あまり祭り上げないでおくれよ。
きつね だけど山猫先生が推測したんだろ!彗星が…
山猫  ことさん、お食事中すまないけれど、手が空いたら食パンを一斤くれませんかね。
こと  あら。お金あるんですか?
山猫  ちょいと頂きましてね。
こと  じゃあ、今すぐ…
山猫  ああ、食事が終わるまでここでのんびりしておりますから、終わってからで。
こと  わざわざお運びくだすったのに…お言葉に甘えて。
ししを もっと良いもん食えばいいのに!
山猫  食パンはわたしにとっちゃあ随分といいもんだよ。ししを君。
いるか 山猫さん、夜舟先生はご一緒でないの?
山猫  ああ、さっきまで一緒に飲んでいたけれどね。
いるか そう…。帰っていらっしゃらないのかしら。
きつね 帰ってこなくていいよ、あんなの。
いるか きつね!あんなのとはなによ!
ししを あんな一文無しのへらへらしたよくわからん生きもの、の略じゃねえかな?
いるか ししを!許さないわよ!
こと  あんたたち!静かに食べなさいみっともない!

 夜舟、帰ってきて

夜舟  ただいま
いるか 夜舟先生!(駆け寄り)帰っていらっしゃらないのかと。
夜舟  いるか君…心配せずとも帰ってくるともさ…。他に家がないからね。
きつね 山猫先生は住むところがなくとも毎日生きてらっしゃるじゃないか!すねかじり。
山猫  まあまあ、そう褒めるなきつね君。
夜舟  そうだよあまり褒めるな、この人はホームレス。わたしは居候。かじるスネがあるかないかは似て非なるのだよ。
山猫  生きているだけで褒めてくれるのは嬉しいけれどね。
ししを どこで褒められたと思ったんだこの人たち。
こと  きつね。確かに夜舟さんはウチに家賃の一円も収めない愚鈍な居候ですけれど、すねかじりだなんて言うもんじゃあありませんよ。
夜舟  そうだよきつね君。言い過ぎだ。
こと  ニコニコしてりゃあコトが過ぎると思ってらっしゃるんですから、そうして差し上げましょう。
夜舟  不思議とね、過ぎていくんだ、時間も。問題も。それが世の理だよ。
いるか 夜舟先生はいつも世の中のことを教えてくださるわ…。
ししを 味噌汁は飲むと減る。くらいのもんだろ?
夜舟  サイズの合わなくなった靴は捨てろ…自分の頭より深い海では溺れる…とかね。
いるか 深い!
ししを 姉ちゃん底が知れてるよ!
いるか 馬鹿ねししを。先生はお金はなくとも深い愛情をお持ちなのよ。
ししを 懐は水たまりだぜ。
こと  もう、あんたたち人のコトを悪く言うのはやめなさい。
山猫  ははは、人間が働かずともいいこの時代といえど、我々ほど落ちぶれているものはそう多くはないからね。金の価値も、仕事をするということも、昔とは随分変わってしまった。人間たちがどう生きてゆこうがさほど情勢とは関わりがないという人もいるようだしね。
こと  うちのパン屋だって、いつ必要なくなってもおかしくないですからね。
いるか お客さんたちは母ちゃんとおしゃべりすることを必要としてるのよ。
ししを うちの食い扶持は天ノ川が稼いでくれるんだし、のびのびやろうぜ。

 天ノ川、帰ってきて

天ノ川 ただいま帰りました。
ししを 今日は噂をすると扉が開く仕組みみたいだな。
山猫  そういう仕組みなんだ、台本なんだから。
天ノ川 このタイミングじゃあありませんでしたっけ。
夜舟  いやいや合ってるよ。とても自然だった。
きつね ちょっと!いつも通りに。
こと  天ノ川おかえんなさい。食事は?
天ノ川 研究所でいただきましたので。
こと  そう。じゃあいいわね。
天ノ川 今日は皆さまお揃いなんですね。
山猫  そうなんだ、なんとなく集まってしまってね。なにかに導かれるように。
ししを 山猫さん以外はいつだってウチにいるじゃないか。
山猫  そうか、部外者は私だけか。
きつね 夜舟さんも家族ではないけど。
いるか もう何年も一緒に暮らしているんですから、家族みたいなものよ、先生。悲しまないで。
夜舟  いるか君は優しいね。
きつね 天ノ川!今日は研究所で、父ちゃんのこと…なにも聞かなかった…?

 一瞬静まりかえり

天ノ川 ええ、今日も、なにも。
いるか そう…。
きつね そっか。
こと  いいのよ天ノ川。そんな悲しい顔をしないで。
きつね 聞かなきゃならないあたしたちも辛いよ。だけど…
いるか これが日常だったものね…
天ノ川 すみません。
ししを 天ノ川、こっちに座んなよ。腹は減ってなくてもおしゃべりはできるだろ。
こと  家族が揃った揃った。
ししを 母ちゃん、この青い魚なに?
こと  青鯛よ、青鯛の煮付け。
ししを 青い鯛の食欲の失われることといったら…。
こと  この間昼間にまた降ってきたのよ、この青い鯛が。
いるか すごかったよね、何匹も生きたまんま。地面でびちびち跳ねて。
こと  もう差し上げるお家もないでしょ、大事にしてても仕方ないし、なんとか調理してみたのよ。
きつね 桃色キュウリは見慣れちゃったな。キュウリの緑色のを忘れてきちゃった。
いるか わかるわかる、生まれた時からキュウリはピンクだったような気すらする。
天ノ川 桃色キュウリの方がみずみずしいので以前のものより普及しているという話です。
こと  星川町で?
天ノ川 いえ、星川町ではもう。
ししを 隣町のキュウリもピンクになっちゃったのかよ。
天ノ川 隣の県で、の調査です。
ししを へえ!随分流行ってんだなあ。
天ノ川 豚肌白菜の調理法もいよいよ発案されたようです。美味しく食べられるようになったと。
いるか あれから3ヶ月だもんね。
きつね よく食べようと思うよなあ、あれを…。
こと  なんでも研究してみるものなのねえ。

山猫  そろそろ時間ですが、皆さんどうされますか。
こと  あら!山猫さん食パン。
山猫  いえ、そういう筋書きでここへ来ただけですから、構いませんよ。
ししを やっぱり金がないんじゃないの?
山猫  そうかもしれないね。
きつね お風呂に入るのも馬鹿らしいし、部屋に戻るのが普段通りだけど…居間で寝ちゃわない?
いるか 旅行みたい!
夜舟  いいね。最期の旅行だ。
ししを しめっぽいしめっぽい。腹が膨れたまんま寝ても母ちゃんに怒られないんだ。ラッキー。
こと  そうね。お布団出して、寝ちゃいましょ。
きつね 毛布持ってきた!

 ちゃぶ台を寄せ、きつねが毛布を配り、みなそれぞれに毛布を被る。

山猫  では、おやすみなさい、みなさん。
きつね えっ!山猫先生は寝てかないの。
山猫  屋根のあるところで寝るのはどうも不慣れだ。星を見ながらでなくては。
きつね そっか…。おやすみ、先生。
山猫  ああ、よくお眠り。お邪魔致しました。

 照・居間は薄暗くなり、前面に明かり。
 山猫、外へ出て。

山猫  ああ、あれだあれだ。ゆっくりと光っている。皆さんには見えますまい、これはこちらの物語での夜空だ。天井を透かして見える幻の、ブルウのビロォドのてっぺんに、尾っぽを生やした光があり、こちらへ向かっているのです。わたしが三年前に予測したアークノア彗星。先日観測した時刻通りにやってきた。時間ぴったり。マジメなところが由来の男にそっくりだ。

星川町五丁目にはもうだあれも残っちゃいないんですよ、あの家族以外は。みんな避難したんです、外の町へ。星川町はこの夜全滅します、それなりの大きさなんです、あの光は。この家に住む空山川一家は死にたかったわけじゃあありません。これは今夜、彗星が落下する星川町にどうして家族が残ることに決めたのか。一見気の狂った、へんてこな決断までの…ああだこうだの物語です。……ああだこうだじゃあ分からないって。ええ、ですからご覧いただくんです。
さて、この物語。「おしまい、おしまい……。」

 照・暗転。0:08のところで明転。
 音・暗転と同時にオープニング。
 曲中でこと、スタンバイ。
・・・新承12年9月
 ことが少し若い風貌で赤子をひとり抱きかかえ、もうひとりを座布団に寝かせてあやしている。

こと (歌)月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた
      人智は果なし 無窮の遠(むきゅうのおち)に いざその星影 きわめも行かん

こと  わたしは夏の大三角形、ベガのあること座。きつねは三角形の真ん中におるこぎつね座。その近く、彦星さんの東におるのがいるかのいるか座。夏生まれだから夏の星の名前。双子だから、近くにある星がいいねーって、お母ちゃんとお父ちゃんで天文台まで行って、望遠鏡を覗かせてもらったんよ。こーんな!大きな望遠鏡があって、お母ちゃん出産直前だのに大はしゃぎしちゃった。そしたら陣痛がきて、病院へ行って、ぽーんぽーん!と二人が産まれたってわけ。ほんとにあんたらは、星の子かもしれんねえ。

こと (歌)雲なきみ空に 横とう光 ああ洋々たる 銀河の流れ
      仰ぎて眺むる 万里のあなた いざ棹(さお)させよや 窮理の船に (…星の界)

 照・「いざ棹させよや…」から徐々に暗転し、歌終わりにちょうど暗転する。
 音・暗転と同時に「コオロギ~黒電話」イン~流し切り
 照・黒電話 ワンコール聞いたら明転。

・・・新承22年9月
 先ほどから丁度十年後。ことが出てきて受話器を取る。

こと  はいはい。ああ、主人から話は伺っております。ええ…ええ……。今晩ですよね、大丈夫です、用意してありますから。手狭ですがよろしいんですか?主人が帰ってきたら尚更……ええ、そうですか。わかりました。

 ししを(八歳)走り出てきて

こと (電話口に手を当てて)ししを!昨日も言ったけど、今日はまっすぐ帰ってきてよ。
ししを 乙女さんのお誕生会は!?
こと  残念だけど、今日はお断りして帰ってらっしゃい。
ししを やだよ!乙女さんの家でやるんだよ!?
こと  明日なにかプレゼントでも買いにいって渡せばいいじゃない?ね、今日だけは。
ししを 乙女さんのクローゼットを見られるチャンスなのに…。
こと  クローゼット…?ししをあんた…。
ししを ち、違うよ!母ちゃんのばか!外側から見て、ああ…乙女さんのいつも着てる、あの服や、あの時の服がここに入っているんだなあ…とジッ…と眺めるだけだよ!!
こと  今度乙女さんのお母さんにおたくのクローゼットの外観見せてくださいって言っておくから今日は帰ってきなさい!
ししを チェッ!(走り去る)
こと  学校遅刻しないでよ!もう…(電話口に戻り)あっ、違うんですよ、中は見ませんのよ!中は決して!お夕飯は食べられます?ええ…甘えてくださいな、主人の友人なんてそうそういませんから。

 きつね、出てきて

きつね いるかー!早くしないと遅刻するよ!
いるか (奥から)わかってるー!
きつね そんな横の毛なんて跳ねてても誰も見やしないよ!
いるか (服に似合わぬ帽子をかぶって出て来る)
きつね それこそ見ちゃうよ!
いるか 見やしないんじゃないの!?
きつね 見るよ!へんてこだもの!
こと  (電話口を押さえ)ちょっとお母ちゃん電話中。
いるか お母ちゃん!ここんとこがすっごく跳ねてもどんないのよ!もう5年生なのにみっともないって、学校で笑われちゃう!(帽子で客席から隠し)
こと  このっくらい、誰も見やしないわよ。
いるか ほら!お母ちゃんも見やしないって!きつねもそう言ったのに嘘ついたのよ!(被り)
こと  それはヘンテコよいるか。噂になるからやめときなさい。
いるか どうして!?
きつね 帽子がヘンテコってことだよ!ほらほらこんなもん置いて早くいこ!
いるか 帽子をかぶったらヘンテコだし、脱いだらここの毛がはねててみっとみないし、わたしきっと全身がヘンテコでみっともないんだわ…!絶望的……。

 いるか、きつねに手を引かれよろよろと学校へ。

こと  二人とも今日は早く帰ってくるんよ!(電話口に戻り)何度もすみません…。ええ、十八時に。主人は大丈夫なんでしょうか?まだ意識が戻ってないことは子供たちに内緒にしていて……。ええ…そうですか、徐々に。ありがとうございます何から何まで面倒見ていただいて。いえいえ、主人のことでお返しできることなら何でも。お気になさらないでくださいな。はい。はい。そいじゃあ夕方に。ええ。失礼します。

 照・ガチャ、と電話を置くのと一緒に暗転・・・家族と夜舟が板付したら明転
 音・「夜舟来る、暗転中コオロギ」イン~流し切り
 夕方へ。居間に家族、そして夜舟が荷物を持って正座して頭を下げている。

こと  こちら、お父ちゃんのご友人で夜舟ゆういちさん。今日からしばらくうちで暮らすことになりますから、失礼のないようにね。
夜舟  やっかいになります。
こと  こっちが長女のきつねといるか、双子なんです。それと弟のししをです。
夜舟  いるか君、きつね君、ししを君。夜舟です、よろしく。
いるか お父ちゃん、病院では元気ですか…?
夜舟  病院にいるんでとびきりとは言えませんけれど、相変わらず研究の話ばかりしていますし、体はまだ調整中ですが脳みそは元気一杯のようですね。
ししを 脳みそだけ元気ならお父ちゃんは大丈夫だ。
きつね 脳みそに足が生えて歩いてるみたいな人だからなあ。
いるか ほんとよ。ずーっと考え事して研究して、お母ちゃんのこと放っておいてさ。
こと  いいのよ、わたしは脳みそに足が生えたおかしな生き物に恋をしたんだから。
いるか わたし、絶対にお父ちゃんより優しい人と結婚する!
夜舟  ははは…ノアは愛されているんですね、ご家族に。
こと  ええ、みんななんだかんだ言って。
ししを お父ちゃんは天才研究者だもん。
夜舟  そうですとも、彼は天才です。
こと  研究に夢中になって睡眠不足でウトウトして、大きな事故起こして入院してる人が天才かどうか怪しいところではありますけどね。
夜舟  猿も木から落ちる、ですよ、奥さん。
いるか 夜舟さん、病院からは車で来たんですか?
夜舟  ええ、研究所の方が車を出してくれました。長い道のりでしたよ、三時間ほどかかってようやく星川町だ。そういえば…この辺りはずいぶんと古風な町並みですね。
こと  ああ…初めていらっしゃったんです?
夜舟  ええ、ノアから話には聞いていましたが…新承も22年。なぜ今の時代にこんな。
こと  一種の観光地みたいなもんですかね。木造に見える壁や屋根も見せかけで、基盤の素材は新しいもんなんですよ。目を楽しませるための町です。
きつね ホテルなんかは全部栄栄町にあるしね。
夜舟  なるほど…昔の日本を再現しているのが星川町というわけですか。
いるか あんまりにも昔の風景すぎて、馴染みがないというか…非現実的よね。
きつね まーたませたこと言ってる。
いるか うるさいな。
夜舟  建物の背も低いし、人も少ないし…なんだかぽつんと取り残されているようで…僕は好きだな。
こと  気に入っていただけたら嬉しいですけれどね。
いるか あのう…夜舟さんは、なにをしとる人なんですか?
夜舟  僕はそうですね、詩を書いたり…小説を書いたりしています。しがない物書きです。
いるか 小説…?素敵…。
きつね へえ!本は出てるの?
夜舟  そうですね、一冊きりですが。
きつね 一冊ぽっち?
こと  いまはどこか…雑誌で連載とか…?
夜舟  いえ。
ししを 新しい本を書いてるとこ?
夜舟  いえ。
こと  あ!コラムかしら!
夜舟  コラム!…そうですね、書いてません。
こと  では…賞に応募する作品を書いたり…?
夜舟  僕の作品はあまり賞レース向きではないんですね。
ししを つまり、
夜舟  書いてません。
こと  詩の方は…
夜舟  (食い気味に)特には。
ししを 物書きは何を書くんだ…?
夜舟  ものを書くんですね。
ししを 母ちゃん、俺たち馬鹿にされてるんじゃないの?
こと  ししを。何か、こう、構想はされてらっしゃるのよ、きっと。ね。
夜舟  そうなんです…頭の中で言葉が産まれては消え…産まれて、消えて…産まれて…
ししを (続けるように)消える…?
夜舟  ご名答。ししを君なかなか賢いな。
ししを こいつどうにかしちゃってるよ…。
いるか わたし読んでみたいわ!夜舟先生の本!
ししを ねえちゃん!
夜舟  先生だなんて、いるかさん、からかっちゃいけません。好きに呼んでください。
いるか からかってなんかないわ、わたし小説や詩は大好きなの。今も学校の図書室で村上春樹を借りて読んでるのよ。
夜舟  こりゃまたずいぶん懐かしいものを。
いるか だけどこの人は小難しいしナルシストっぽいから…あんまり好きじゃないかも。
夜舟  そうか。僕は好きな作家なんだけど。残念。
いるか え!まだ、まだ判断するには早いかもしれないわ、すっかり最後まで読んでみなくては!
きつね ししを、ししを。ありゃどーしたもんかな。
ししを 姉ちゃん…完全にやられっちまってるな。
きつね あんなナヨナヨした男に?ありえない。
ししを 俺も乙女さんにあんな風に興味津々に話しかけられたいな…。
きつね だれ、乙女さんって。
ししを クローゼットの君だよ…。
きつね はあ?せめてヒトと恋愛してよ。

こと  いつまでもおしゃべりしていては。晩ご飯、みんなで食べましょう。夜舟さんも。
夜舟  ありがたく、頂戴いたします。

 天ノ川、食事の用意を持って出て来る。いるかとことが手伝いに行く。

きつね 天ノ川!父ちゃん、ずいぶん良くなってるって!
天ノ川 それは良かったです。夜舟さん、お久しぶりです。
夜舟  ああ、久しぶりだね。
きつね 会ったことあるの?
夜舟  研究所にお邪魔した時にね。ノアの助手をしているんだろう?
天ノ川 学ばせていただいてます。ご家庭のことも、研究のことも。
こと  天ノ川がうちに来てもう十年、わたしより家のことは詳しいくらいですよ。
夜舟  ロボットは忘れることがありませんからね。
きつね あたしたちと同い年だもんねー、天ノ川は!
天ノ川 ボディの製造はもう少し前ですが、OSをインストールしたのが新承12年の春ですから…天ノ川としては同い年になりますね。
夜舟  へえ…じゃあ、いるか君ときつね君が産まれる時にご購入を?
こと  ええ、産まれてくるのが双子だって発覚した後に、主人がすぐに買おうと。家族がいきなり二人増えるんだから、手は多いほうがいいだろうって。
夜舟  確かに。
ししを お父ちゃん、研究を手伝ってほしかっただけだったりして。
こと  その二年後にししをも産まれて、主人は大きなプロジェクトも動き始めましたでしょ。天ノ川がいてくれて本当に助かったわ、わたしも主人も。今となっては稼ぎ頭は主人と天ノ川ですしね。
天ノ川 もったいないお言葉です。
夜舟  表はパン屋さんですかな?
こと  ええ、大して需要はないんですけどね。細々とわたしが。
きつね あたし、小さかった時は天ノ川はお父ちゃんにパンツを届けに行く係なんだと思ってた。
天ノ川 はじめはあまり多くのことができませんでした。記憶と演算と、大まかなルーチンをこなす程度で…。今はデータもあるので随分と未来の予測を立てて動けますし、応用が利くようになりました。
夜舟  悩んだりもするかい?
天ノ川 そうですね…。悩んだ末に、事象を曖昧にして自分を誤魔化しておくことも可能です。
夜舟  ほとんど人間だ。
こと  やだ、またお喋りばかり。食べましょ。
子供ら いただきまーす!
夜舟  いただきます。

きつね イカと大根の煮物だ!うまー!
こと  ししを、キュウリも食べなさい。
ししを なんで野菜って緑色なんだろ。もっと美味そうな色だったらいいのに。
いるか 緑色が一番美味しそうじゃない?ピンクや青だったら食べられやしないわ。
ししを うえ、想像すると気持ちわりぃや。
こと  夜舟さん、お嫌いなものあったりします?
夜舟  居候の身で贅沢は言えませんが……ピーマンとにんじんときのこ類、生魚とホルモンは遠慮したいです。
ししを こいつやっぱりどうにかしちゃってるよ…。

 音・「やっぱりどうにかしちゃってるよ転換A」イン~流し切り
 曲中動きあり、家族はけきり、山猫玄関に。

山猫  ごめんください、ごめんくださーい。

こと  はいはい。すみませんお待たせしました。
山猫  パンの耳など余ってませんでしょうか。
こと  パンの…耳ですか…?
山猫  ええ…その、一文無しの家なしでして。パン屋でそういったものがいただけるとうかがったもんですから。
こと  あら。そういうことで…
山猫  すみません図々しくて。
こと  いいんですよ、お持ちしますね。

 こと、ハケようとしたところに夜舟が出てきて

こと  おでかけです?
夜舟  ちょっと散歩を…ありゃ、山猫さん。
山猫  夜舟くん…
こと  お知り合い?
夜舟  ええ、研究所で…
こと  研究所で。じゃあ主人とも…?
山猫  夜舟くん、
夜舟  ああ、そうでした…ことさん、こちら山猫さん。こちらは空山川ことさん。
こと  初めまして、
山猫  空山川……そうでしたか…これは失礼。

 山猫、立ち去ろうとして

こと  パンの耳! …パンの耳、お持ちしますから。まだお帰りにならないでくださいよ。

 こと、家の中へ走り去り

山猫  こりゃ困った…。
夜舟  研究所、本当に辞められたんですね。
山猫  辞めたよ。今でもあれが正しい判断だったのか…わたしにはわからん。
夜舟  困っているでしょうなあ、山猫先生にいなくなられては。
山猫  呼ばれれば顔を出すさ。少し金ももらえるし。
夜舟  今はどうしてるんです。社員寮だったでしょう。
山猫  天文台で寝泊まりさせてもらってるよ。あれも一応研究所の持ち物だから。
夜舟  あんな寂れたところで。今はもうほとんど無人の飾り物では?
山猫  一応おいぼれ天文学者たちが数人交代で勤務しているよ。彗星のこともある。

 こと、戻ってきて

こと  お待たせしました、どうぞ。
山猫  いやはや、すみません。ありがたく。
こと  ノアとは、主人とは…面識が?
山猫  研究所には顔見知りがおりまして…ちょっと訪ねただけなんですよ、その時偶然夜舟くんと一緒になって。空山川ノアの名前はもちろん知ってますが、後ろ姿を拝見した程度です。
こと  そうでしたか……。
山猫  この間の事故で怪我をされて入院していると拾い物の新聞で読みましたよ。
こと  はい…でももうずいぶん元気みたいで。ね。
夜舟  ええ。
山猫  天才の健康をお祈りしなくては。ではこれで。
こと  いつでも差し上げますから、また寄ってくださいね。
山猫  かたじけない。
夜舟  山猫さん、どこかで一杯やりましょう。夕飯には戻ります。
こと  いってらっしゃい。

 照・台詞終わりで 居間暗くなり、前場に照明。山猫、夜舟 歩き出す。

山猫  少し嘘くさかっただろうか。
夜舟  まあ、仕方がないでしょう。元研究者じゃあ、パンの耳も貰いにくいし。
山猫  ホームレスも大変だ。なるべく悲しい顔をしてなきゃならない。
夜舟  方舟はどうなっとるんですか。
山猫  天ノ川がなんとかしてるでしょう。
夜舟  …間に合うんですかねえ。
山猫  夜舟くんは。そろそろ書いてるの、何かしら。
夜舟  何かしら…僕の仕事は…何かしら…?
山猫  相変わらずくだらん男だ。
夜舟  ありがとうございます。
山猫  一杯やりたいなら奢ってくれよ、わたしが持ってるのはパンの耳だけだ。
夜舟  (ポケットをさぐり小銭をだし)
山猫  これじゃ水道の水もわけてもらえんよ。
夜舟  雨でも降ればねえ。
山猫  情けないことだ。
夜舟  山猫さんは持ってるでしょう、ノアの一件で。
山猫  目を覚ませば入ってくるだろうが、その金はあまり使う気にならないな。
夜舟  あんたってひとは…(歩いて去っていく)

山猫  その後、わたしは空山川家を訪ねてはちょくちょくパンの耳を頂戴するようになりました。空山川ノアの入院から約一年。ついに彼が退院し、家に帰ってくるという嬉しい知らせが、夜舟によって届けられます。

 音・「ひぐらし_山猫」イン しばらくかすかに流したまま↓

きつね 山猫先生!(袖中から)

山猫  わたしの周りでこの一年の間に変わったことと言えば、空山川の双子の姉・きつね君にずいぶんと懐かれてしまったということでしょうか。

きつね (出てきて)山猫先生ったら!
山猫  おやきつね君。また来たのかい。天文台は遠いだろうに。
きつね 遠くはないよ、山を一つ登ればいいだけなんだから。
山猫  子供は元気だね。
きつね 今日も宇宙の話をしてよ。
山猫  もうずいぶんしたじゃないか。
きつね もっと!
山猫  宇宙は広い。さ、今日の授業はおしまいだ。
きつね 山猫先生!
山猫  なにが聞きたいんだい。
きつね 流れ星ってほんとうに星が流れてるの?
山猫  流れ星か…あれはね、彗星の落し物だ。
きつね 彗星の落し物…?
山猫  彗星は核と呼ばれる氷や塵のかたまりが太陽に近づいて溶け出しているんだ。そしてガスを放出しながら移動している。だから尻尾があるように見えるんだ。わかるかい?
きつね しゅー、ぼー、びょーってこと?
山猫  そうそう。彗星は、核が溶けてできた粒を落としていくんだ。その粒たちが、地球の引力に引き寄せられて降ってくる。その間に大気に触れて燃えて、流れ星になる。
きつね あれは燃えてる光なの?
山猫  そう。彗星が残していったたくさんの粒が、降ってきては燃える。それだけだ。
きつね 彗星は?どこへいったの?
山猫  色々だけどね、どこへも行かずにぐるぐる回ってるよ。
きつね ぐるぐる…地球に落ちてきたりはしないの?
山猫  …落ちてくることもある。大きさによっては、大変なことになるね。
きつね なんだか怖いな。地震や洪水もだけど、突然町がなくなっちゃったりするんでしょ。
山猫  自然の仕業には逆らえないからね。
きつね お父ちゃん、帰って来るんだ。一年も入院してた…。当たり前にあったものが、いた人が、急にいなくなるのはもう嫌だ。
山猫  いなくなるんじゃない、帰ってくるんだろう?
きつね そう、そうだけど。彗星が降ってきたら、みんな死んじゃうかもしれないって思うと…悲しくなっちゃった。

山猫  …さあ。きつね君はお父さんが帰ってくるのを、家で待っていなきゃ。良かったじゃないか。宇宙の話をしたいのだって、父上の影響だろう。ノア博士は物知りだ、もうわたしから聞くことはない。彼から聞けばいい、未来の話も、宇宙の話も。

 山猫、去ろうとして

きつね 先生の書いた難しい文章を読んだよ。夜舟さんの部屋にあった。難しくてわからなかったけど…
山猫  見間違いだろう。
きつね 山猫先生。どうしてホームレスなんてやってるの。

 音・「ひぐらし_山猫」フェードアウト
 山猫、ハケる。 

きつね それからお父ちゃんが帰ってきて、うちはすっかり前の通りになりました。お父ちゃんと天ノ川が朝研究所に出かけて行って、あたしたちは学校に行く。母ちゃんは細々とパンを売って、ご飯を作って、帰ったらご飯を食べる。淡々と時が過ぎあたしといるかは、17歳になりました。

 照・きつねの台詞終わり、動きに合わせ居間を明るく・前場を暗く。
・・・新承29年9月

きつね ただいま。
こと  おかえり、いるかは?
きつね 帰り道に夜舟さんとばったり会ってさ。どっか行っちゃった。
こと  あらあら…。
きつね 母ちゃん、どうするの?いるかが夜舟先生と結婚する!とか言いだしたら。
こと  そうねえ…。
きつね あの居候、父ちゃんが帰ってくるまでって言ってたのに、いつまで経っても家に居座ってるしさ。一円だって稼いでないじゃん、うちに来てからというもの!
こと  最初は少しだけれど家賃を払うって言ってたんだけどね。
きつね いるかもなにがいいんだか。
こと  お父ちゃんに相談してみるわよ、ね。
きつね うん。手洗ってくる。

 いるか、夜舟出る。 
 照・きつねの台詞終わり、居間暗くなり、前場に明かり。
 音・「コオロギ」イン しばし流したまま↓

いるか 夜舟先生は、どうしていたの、うちに来るまで。
夜舟  気になるかい?
いるか 気になる。先生のことだったらなんだって気になるわ。
夜舟  そうだな…恋人と暮らしたり…
いるか 恋人!?
夜舟  そんなに驚くことかな?
いるか あ、いえ…そうじゃないけど…
夜舟  冗談だよ、いるか君。君をからかった。
いるか 夜舟先生のいじわる!
夜舟  ごめんごめん。君が可愛くてついね。
いるか かわいいだなんて、また冗談言って!
夜舟  冗談じゃないさ。
いるか 先生は嘘をつくのが得意そうだもの。
夜舟  そう見えるかい?
いるか 見えないから、そう思うのよ。
夜舟  確かにそうだ。
いるか お父ちゃんとは、どうしてお友達なの?
夜舟  どうしてだろうな。不思議な出会いだった。
いるか 聞かせてほしい!
夜舟  大した話じゃないけれどね、バーで出会ったんだ。彼は学会かなにか…講義だったかな。僕はそういうことに疎いから忘れてしまったけれど、お呼ばれされて僕の町に来ていたんだね。仲間に誘われて渋々やってきた、という風だった。つまらなさそうに酒を飲んでいたよ…。
彼があんまり不貞腐れているから、ちょっと面白くなって声をかけた。あの時は…ノアは26歳だったかな。
いるか わたしたちが生まれた後だわ。
夜舟  そうだそうだ、妻のお腹に子供がいるから家を離れたくなかったと愚痴っていた。
いるか ししをのことね。
夜舟  そのようだね。型にはまった研究をしているだとか、ラボ同士で対立してばかりいるせいで海外に比べて進展が遅いだとか、そんな愚痴を聞いたよ。僕にはよく分からんが、ヘラヘラ話を聞いていたら居心地がよかったのか僕の町に来るたびに会って飲むようになった。こんな適当な人間は見たことがないと言われたのを思い出すなあ。
いるか いいな。
夜舟  適当な人間がかい?
いるか 二人の関係が。
夜舟  そうかな?
いるか うん。なんだかいい距離感で…楽しそう。わたしもそんな友達がほしい。
夜舟  僕がなってあげよう。
いるか 先生とは…(言い淀む)
夜舟  なあに?
いるか …なんでもない。帰りましょ。
夜舟  夕暮れが今日も美しいね。星川町は建物が低いから、夕日が屋根を縫うように漏れ出て…なんとも綺麗だ。
いるか また夏が終わって、秋が来るんだ…。7年前、父ちゃんが事故起こして入院して、夜舟先生がうちに来たのも、夏の終わりだった。

 音・「コオロギ」台詞終わりで一度大きくなりすぐにフェードアウト
 いるかと夜舟、ゆっくりと帰路につく。場面は居間に戻り。 
 照・コオロギの音のフェードアウトと共に前場を暗くし、居間を明るく。

きつね あれから7年かあ。
こと  7年…ああ、父ちゃんの入院?
きつね うん。元気になってよかったよね、
こと  ほんとね。
きつね あたし、少しは大人になった?
こと  どしたのよ突然いるかみたいなこと言って。
きつね どしたんだろ。いるかは恋にうつつをぬかしてるけど、あたしはそのまんまだなーって思ったのかも、
こと  いるかはいるか、きつねはきつねでしょ。双子だからって同じやないよ。
きつね そうだけど…。父ちゃんが事故にあった時、あたし…人って死ぬかもしれないんだって初めて思ったの。だから父ちゃんや母ちゃんが本当に死んじゃう時、あたしがこのまんま、子供のまんまだったらダメだなって思って…。どうすれば大人になれるのかな。
こと  逆上がりができん人がいるでしょ。
きつね え?
こと  逆上がり。二重跳びでもいいけど。
きつね うん。いるかはどっちもできん。
こと  おんなじよ、大人も。なれる人もおるし、なれん人もおる。なれたらちょっと得意な顔ができたり褒められたりするけど、なれなくてもちょっと悔しい思いをするくらい。その悔しさが嫌な人は、頑張ったらいいし。平気な人は、それはそれ。
きつね 大人になれなくても、それはそれ?
こと  母ちゃんはそう思うかな。
きつね なんで父ちゃんが母ちゃんと結婚したのか、ちょっと分かったかも。
こと  子供のまんまじゃないと、父ちゃんみたいに研究ばっかりしてられないわよ。
きつね だけど最近毎日早く帰ってくるよね、父ちゃん。入院して、反省したのかな。
こと  寂しかったんかもね、家族のいない生活が。

 ししを、部屋から居間にやってきて。

ししを あーあ…
こと  きつね、夕飯にするから。手洗ってらっしゃい。ししをも。
きつね ししを、どうしたの。
こと  好きな子とうまくいってないらしいよ。
きつね クローゼットの君!
ししを やめろよ!
きつね なに怒ってんの。
ししを …今日、乙女さんちに行ったんだ。
きつね ませがき!
ししを みんなでだよ!クラスの、砂津森(すなつもり)や風呂っちもいっしょにだよ!
こと  良かったじゃない、念願のお宅訪問。
ししを 俺だってそう思った。胸が躍った。道すがらスキップもした。家の扉が開いて乙女さんが出てきた時なんか、ツーステップを必死にこらえなきゃならないほどだった。だけど!俺の予想だにしなかった展開が、待ち受けていたんだ…。次週「乙女さんはボックス派」また来週!
きつね あ。クローゼットがなかったんだ。
こと  あらら。それはショックね。
ししを 乙女さんの家にやってきた俺、空山川ししを。趣味は好きな子のクローゼットを想像すること。その日まで俺は想像に想像を重ねてきた…。乙女さんほどの可愛さなら、きっと白か薄桃色で、可愛い装飾のあるクローゼットだろう…。上によく分からない良い匂いのする小さな瓶を置いてたりする。ぬいぐるみもだ。緊張は高まるが廊下を進み、ついに部屋に招待される…
きつね これなに?
こと  これをやらないと考えが整理できないのよ、テンパったししをは。
きつね 頭がいいのも大変だな。
ししを 部屋には…なかったんだ。クローゼットが…。俺は聞いた、服はどうしてるのって。そしたら、ボックス派だっていうんだ…!質素なプラスチックに積まれている服たちを見て…俺は…。
きつね ガッカリしちゃったんだ。
ししを そんな単純なことじゃないよ!姉ちゃんたちには俺の気持ち…わからないよ!
きつね わからない。
こと  わかってあげたいけどねえ…。
きつね あたし手洗ってくる。母ちゃんなんか手伝うことある?
こと  珍しい。じゃあちょっとだけ。ししをも手洗っておいで。
ししを うう…

 いるか、夜舟 帰ってくる。

いるか ただいまー
夜舟  遅くなりました。
ししを うわあ!
いるか えっ!なにししを…びっくりするじゃない。
ししを どこいってたんだよ。
いるか 夕日の綺麗に見えるところを、夜舟先生に紹介してたのよ。
夜舟  とても綺麗だったよ。星川町がまた好きになった。
ししを デートかあ…いいよなあ…
いるか デートって、やめてよししを!
こと  (袖中から)いるか、帰って来たのー?夕飯にするから、手洗っておいでー!
いるか はーい!夜舟先生、行きましょ。
夜舟  ししをくん。僕がデートしてあげようか…?
ししを なんでそうなるんだよ!
夜舟  年頃の男の子は難しいな。
いるか 年頃じゃない男も難しいけれど。
夜舟  どういう意味だい?
いるか 知らない(出て行く)
ししを 古風ないちゃつき方すんなよな!

 音・台詞終わりで「古風ないちゃつき方すんなよな後 転換曲2」イン~0:45フェードアウト
 照・台詞終わりで暗転。曲のフェードアウトと共に明転。
 家族みんなで机につき、食事が終わっている。

こと  ごちそうさまでした。
他   ごちそうさまでした。
きつね 父ちゃん…帰ってこなかったね。
こと  雨降るみたいだし、傘持っていってあげようかしら…。やだ、降ってきた!
いるか ずいぶん大粒じゃない?すごい音…
こと  洗濯物取り込まなきゃ!
いるか わたしも行く、

 ことといるか、洗濯物を取り込みに外へ出る

夜舟  雨かあ、嫌ですねえ散歩もできないし…

ししを 父ちゃん遅いなあ…雨宿りしてんのかな。
夜舟  濡れてないといいね。
ししを うん。

 いるかとことが大量の烏賊を持って帰ってくる。

ししを 母ちゃん…それなに…
こと  降ってきた…
夜舟  いたずらですか?
こと  ちがうの、雨といっしょに
ししを 空から…?
こと  (頷く)
いるか わたし、手洗ってくる。なんだかぬるぬるする。
ししを よく見ると水色だね、この烏賊。
夜舟  本当だ。なんだろう、空から…烏賊が降ってくるなんて…。
ししを 食えるのかな?
こと  気持ちが悪くない?
ししを (立ち上がり外を覗いて)うわ!まだ落ちてる!
こと  そうなのよ、大量なの。どさどさ降ってきたのよ、洗濯物取り込んでたら。
夜舟  ことさんも、手を洗ってきてください。烏賊はとりあえず桶かなにかに入れておこう。
ししを わかった。

 こと、ししを、夜舟、烏賊を抱えて家の中へ。
 入れ違いでいるかが帰ってきて

いるか きつね。
きつね なんかおかしいよ…そう思わない?
いるか 烏賊が降ってくるなんて、ヘンテコすぎよね。
きつね そうじゃなくて…それもそうなんだけど、なんていうか…変な感じがする。
いるか きつね?
きつね なんだろう、胸がざわざわするんだ。いるかはしないの?
いるか 夢を見てるみたい。嘘の世界にいる感じがする。
きつね 父ちゃん…かえって来るよね。
いるか 帰ってくるよ。今日は少し遅いだけ。
きつね 入院するまでは徹夜なんてことしょっちゅうだったけどさ、退院して帰ってきてからはいつも八時には帰ってきてたよね…。
いるか きつね、大丈夫。大丈夫だから。
きつね 嫌な予感がするんだ…父ちゃん、最近穏やかすぎるんだもの。
いるか うん…前はもっと、遠くをじっと見つめていた感じがしたよね。今はなんだか…ぼんやりしてる。

 夜舟、こと、ししを帰ってきて

こと  でも料理するにしたって、味が普通かもわからないのに。
夜舟  ぼくが毒味しましょうか。
こと  夜舟さんに倒れられたら大変じゃない!
夜舟  心配はありがたいですが、大丈夫ですよ。僕は親もいませんし。
こと  保険証とか、身分証明できるものお持ちなんですか?病院に行けるのかしら…。
夜舟  そういう心配でしたか。
ししを あんたの入院費はうちじゃあ賄えないよ。
夜舟  烏賊食って死んだらその辺に埋めてください。
いるか 先生死なないで!
夜舟  そう言ってくれるのは君くらいになってしまったよ…時間は残酷だね。
ししを 世の中は生き辛いんだよ、せんせ。
夜舟  ししを君。そうなんだよ。貧乏は生き辛い。
きつね 食べられないんなら大変だね…もう降らなきゃいいけど。
こと  そうねえ…玄関の前にまだ落ちてるのよ…そのままにしておくわけにもいかないし、明日隣の落花生さんも処分を手伝ってくれるかしら…?

 音・「ラジオ1」イン~流し切り

ラジオの音「本日午後十時、星川町に大量の烏賊が降ってきたと速報が入りました。烏賊は町のあちこちに雨とともに降り、数も大量であるとのことです。この異常事態に対し、天文台のウツマヌケ先生は、過去海外であった事例について調べているとのことです。なにか悪いことへの予兆なのでしょうか。外出の際は十分にお気をつけください。今降っている雨は明け方には上がる予報で、明日の天気は晴れ。降水確率は0パーセントです。」

こと  お父ちゃんも帰ってこないし。烏賊は降ってくるし…どうなっちゃったのかなあ。

 天ノ川、帰ってくる

天ノ川 ただいま帰りました。
こと  あら。おかえり。遅かったわね。
天ノ川 玄関の前に大量に烏賊が落ちていました…片付けますか?
ししを 落ちてたんじゃなくて降ってきたんだよ。
天ノ川 降ってきた…?
ししを うん。
天ノ川 烏賊がですか?
ししを うん。
天ノ川 (外をのぞいて)…烏賊がですか?
夜舟  AIも理解できないことは二度聞くんだね。
こと  明日落花生さんと掃除するから今日はそのままでいいわ。
天ノ川 わかりました。
きつね 天ノ川。
天ノ川 はい。
きつね 父ちゃん、研究所に残ってるの?
天ノ川 いえ…わたしより先に、帰られました…。
いるか 帰ってきてないの。
天ノ川 どこか寄り道してらっしゃるんでしょうか?
こと  そうかもしれないわね。寝ちゃいましょ、待ってても仕方ないわ。
きつね あたし、待ってる。
こと  きつね…
きつね 嫌な予感がするの。
ししを 烏賊を集めてんのかもよ。珍しい!とか言って。(返事はなく)…ねえもう寝よう。天ノ川とすれ違いで、やっぱり研究所に戻って研究に没頭してるかもしれんだろ。
きつね ううん、待ってる。
こと  …仕方ないわね、とにかくししをはお風呂に入っておいで。いるかは?どうする。
いるか わたしも…待ってる。
こと  わかった。じゃあ、あんたたちは居間で待ってて。わたしは探しに行ってみる。
ししを 母ちゃん危ないよ、遅い時間だし。また何が降ってくるかもわからんし…
夜舟  僕がお供しましょう、
こと  いいのよ、ひとりで大丈夫。研究所と、行きそうなところ…ちょっと見に行ってくるだけだから。
きつね もし母ちゃんとすれ違いで帰ってきたら、連絡する。
こと  うん。

 こと、エプロンをはずし、傘を持ち家を出て行く。

いるか お母ちゃん、大丈夫かな。
夜舟  そうだね…。
いるか だって一番悲しいのは、お母ちゃんでしょ。夜舟先生後ろからこっそり見といてあげてよ。
夜舟  いや、大丈夫だ。ことさんはきっと。
天ノ川 わたしがついて行けばよかったでしょうか…

 なんとも言えない重い空気が流れ

ししを 俺、風呂入ってこよ。夜舟先生も部屋戻れば。ねえちゃんたちも。居間で寝るなら毛布持ってきなよ。
いるか ししを、なんだか大人みたい。
ししを 全然大人じゃないよ。なんの方法も思いつかんのだもん。

 ししを、風呂へ出て行く

いるか きつね、本当に居間で待ってる?
きつね うん。
いるか わかった。じゃあ、わたしも付き会う。
天ノ川 わたくしも…
いるか 夜舟先生は、お部屋に戻られてください。天ノ川は、ししをを見てあげて。
天ノ川 はい…。
夜舟  わかった。

 夜舟と天ノ川も出て行く
 いるかは部屋から毛布を持ってきて、きつねと自分にかける。
 頑固に黙りこくってしまったきつねの背中を叩きながら、歌う。

いるか (歌)月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた
     人智は果なし 無窮の遠(むきゅうのおち)に いざその星影 きわめも行かん

いるか・きつね・こと(歌)雲なきみ空に 横とう光 ああ洋々たる 銀河の流れ
           仰ぎて眺むる 万里のあなた いざ棹(さお)させよや 窮理の船に

 照明・ことの出と共に前場も明るく。
 ことも傘をさして歌う。天文台にいる。こと、歌い終わりでふと振り返って

こと  ししをは春に生まれたから、春の星座のしし座。堂々とした賢い子に育ってよかったねえ、お父ちゃん。いるかときつねん時も、ししをん時も。ここで望遠鏡覗いて…もうずいぶん大っきくなったし。大丈夫よ、ノア。いるんでしょ。あんたはいつだって、すぐ近くにいるもんね。

 音・「黒電話」イン~流し切り。
 照明・ことがハケるのと同時に、前場を暗く。 こと、ゆっくりとハケ。
 夜舟、出てきてこそこそ電話をする。きつねといるかが居間でそのまま眠っている。

夜舟  夜舟です。ええ…ええ…今更倫理観の問題ですか?そんな古臭い理由で…研究所の方でうまくやってくださいよ困ったなあ…。じゃあ誤魔化すったって……難しいんじゃありませんか、ずうっと黙っておくっていうのは。ええ…そうですけど、それにしたって他にやりようってもんが…いえいえ、口ごたえするわけじゃあありませんけどね。はい。はい……。なんとなく、それらしい流れでったって…うまくいくとは限りませんよ、こちとら人間なんですから。息子さんは割と勘がいいし…ことさんだって…ええ……。巻き込んでしまってって、それはもういいですから。乗り掛かった船だ。…わかりましたよ。その代わり、また相談しますからね…。

 ししを、コップ片手に出てくる。寝起きのようである。

夜舟  この時代に…クローンがなんだって言うんですか。
ししを クローン?
夜舟  うわあっ!
ししを シッ!姉ちゃんたち起きちゃうよ。…だれ?(小声で)
夜舟  ひみつ(小声で)
ししを チッ(お茶を飲む)
夜舟  もういいですか。はい…はい…わかりました…また、ええ…これからは、あちらさんの倫理とかいうやつは先に伺っておいてくださいよ。ええ…ええ、失礼します。

 夜舟、電話を切る

ししを だれ?(普通の声で)
夜舟  だからひみつ。ししを君の知らない人だよ。
ししを 女の人?
夜舟  男の人。
ししを なんだあ。
夜舟  じゃあ、おやすみししを君。(出て行こうとし)
ししを 夜舟先生、
夜舟  まだなにかある?
ししを 電話、一分十円だよ。
夜舟  ああ…え、ダメかなあ、タダで借りては!?
ししを 居候だのに!図々しい!
夜舟  君は厳しいねえ…。(渋々十円玉を数枚、受話器の横へ置き)
ししを 姉ちゃんたちとは違うかんね。
夜舟  …なに飲んでるの。
ししを プーアル茶。
夜舟  え、そんなのあるの?
ししを ないよ。
夜舟  ないの…。じゃあそれは?
ししを プーアル茶。
夜舟  ないんじゃないの?
ししを ないよ。夜舟先生んぶんは。
夜舟  わかったわかった…。
ししを 夜舟先生、
夜舟  なに。
ししを 俺、これからちょっと出かけるけど、母ちゃんや姉ちゃんには内緒にしててね。
夜舟  もう夜中だよ。
ししを だから、内緒。
夜舟  危ないよ。ことさんも帰ってきてないようだし…どこ行くの。
ししを 内緒。(お茶を飲み干し)
夜舟  内緒内緒って…
ししを 夜舟先生。誰と電話してたの。(夜舟にコップを渡す)
夜舟  それは…だから、君の、知らない人だよ。
ししを 内緒ってことでしょ。
夜舟  内緒もなにも知らないんだから、
ししを じゃあ、俺の行く所も夜舟先生の知らないところだよ。
夜舟  君は…(諦めて)知らないよ、ことさんにばれても。僕のせいじゃないからね。
ししを 僕のせいもなにも、先生は、なにも知らないんだから。
夜舟  わかった、わかったから真似するのはよしてくれよ。
ししを クローンなの?
夜舟  なにが。
ししを 夜舟先生が。
夜舟  そんなわけないだろ。クローンを作ることはまだこの国では禁止されてるんだよ。
ししを ふーん。よく知らないけど。
夜舟  ししを君、学校で賢すぎると言われるだろう。
ししを 馬鹿だな先生。きちんと年相応に振る舞うに決まってるだろ。
夜舟  君はノアの子だなあ…。
ししを 姉ちゃんたちだって父ちゃんの子だよ。ロマンチストなところがそっくり。
夜舟  ししを君はリアリストかな?
ししを 難しい言葉はよくわかんないや。
夜舟  そうだったね、君はまだ15歳だ。
ししを おやすみ、先生。
夜舟  おやすみ、ししを君。

 ししを、外へ出て行く。

夜舟  (手渡された飲み物を飲んで)麦茶だ…。

 取り残された夜舟、電話の横に置いた十円玉をもう一度懐にしまってからハケる。
 きつね、起きていたようで顔を上げ見回し、いるかを揺り起こす。

きつね いるか、いるか。
いるか なあに…。
きつね やっぱり夜舟は怪しいよ。なにか知ってるみたいだった。
いるか 夜舟先生が…?どうして?
きつね クローンとかなんとか言ってて…ししをも変だった。
いるか クローン?ししを? …ねえどうしたのきつね。変なのはきつねの方よ。
きつね さっき夜舟さんが誰かと電話してたんだ。こそこそ声で、誤魔化せないとか言ってた。ししをが来て、慌てて電話を切ってた。
いるか (理解できない風で)ししをは…?トイレ?
きつね どっか出かけちゃった。
いるか まだ暗いのに…どこへ行ったの
きつね 内緒だって言ってたよ。あいつ…誰かに会いに行ったのかな。
いるか 母ちゃんは?
きつね まだ帰ってないみたい。
いるか みんなどうしちゃったの…ウチじゃないみたい。
きつね …あたしたちで元に戻そう。こんな、誰もいない変な家はいや。
いるか 朝になったらいつも通りだったらいいな。
きつね 山猫先生ならなにか知ってるかな…。
いるか きつね、やっぱり部屋で寝ましょう。怖くなってきちゃった…。
きつね うん。

 音・「時計チクタク」イン。きつね、いるか、二人で毛布を持って部屋へ。
 照・きつねいるかのハケと共に居間を薄暗く。
 ことが帰ってくる。続いてししをもこっそりと帰ってくる。
 音・照・誰もいなくなると、曲のフェードアウトと共にじんわりと明るくなり朝を伝える。
 こと、エプロンをつけて出てきて机などをふき、部屋を片付けたりする。天ノ川出てきて。

天ノ川 おはようございます。
こと  おはよ、もう出るの?
天ノ川 はい。行ってまいります。
こと  行ってらっしゃい。
天ノ川 奥様。
こと  ん~?(片手間に)
天ノ川 ノアさんは…
こと  ああ、研究所に行って受付の人に中に入らせてほしいーって言ってみたけど、今日はもう帰られましたよって一言で突っ返されちゃった。案外冷たいわよね、親族だっていうのに。
天ノ川 危ないところも多いですから…。
こと  そのあと天文台へ行って…想い出の場所なの。
天ノ川 きつねさんたちの名前を決められたんですよね。天文台で。
こと  あら。話したかしら。
天ノ川 ノアさんが。
こと  ああ。
天ノ川 そこにも…
こと  いなかったわ。どこへ行っちゃったんだか。
天ノ川 家族を。…家族を、見捨てるようなことはしないと思います、旦那さまは。
こと  わたしもそう思う。どっかで見てるのよ、きっとね。最近ぼんやりしてたでしょ。おかしいなと思ってたのよ。意味不明な行動をしてわたしたちを困らせている今の方が、あの人らしい。
天ノ川 ノアさんはいつも破天荒なお方です。
こと  ほんとうにね。研究所でヨダレ垂らしてたら教えて頂戴ね。
天ノ川 はい。

 天ノ川が玄関へ。こと、送り出す。

天ノ川 ことさん、大丈夫です。ノアさんは見ておられます、ことさんのこと。
こと  人工知能がこんな風に優しいなんて、彼の研究に意味があると思えるわ。
天ノ川 優しさはプログラムされておりません。(嬉しそうに)
こと  本当に、人間みたいよ、天ノ川。
天ノ川 みなさんのおかげです。行ってきます。
こと  気をつけてね。

 天ノ川、出て行く。
 ことが一息つくと、ししをが出てくる。

ししを 母ちゃん!大丈夫?
こと  おはようししを。母ちゃんは元気いっぱい。
ししを ならいいや。行ってきまーす。
こと  行ってらっしゃい。

 ししを、出て行く。
 入れ替わりできつねが出てくる。

きつね いるかー!遅刻するよ!
いるか (袖中で)わかってるー!
きつね 母ちゃん、父ちゃんは…?
こと  (首を横に振り)
きつね そっか。
いるか (出てきながら)きつね、きつね、(一周ぐるりと回って見せ)
きつね 変じゃない!
いるか よかった!
きつね じゃ、行ってきます!
いるか 母ちゃん、あまり考えすぎないでね。
こと  ありがとういるか。
きつね 父ちゃんのこと、あたしらが見つけ出すから!
こと  うん、きつねもありがとね。
いるか 行ってきます!
こと  行ってらっしゃい。

 きつね、いるか、出て行く。
 こっそり見ていた夜舟が出てきて。

夜舟  いい家族ですなあ。
こと  ああ驚いた。
夜舟  子供たちも、ロボットすら優しい。ノアもすごいが、本当の天才はことさんかもしれませんな。
こと  そんな。あの子たちはあの子たちで優しく育ったんです。親が全てじゃあありませんよ。
夜舟  ことさんは素敵な女性だ。今日は一日部屋にいますから、夕飯は大丈夫です。
こと  夜舟さんの分は残しておきますから、後でお部屋に。
夜舟  いつもすみません。
こと  一文字でも書いて、一円でも稼いでくださいな。
夜舟  運次第ですね。

 夜舟、部屋へ戻る。
 照・夜舟の台詞終わりで暗転。「コオロギ」のSEが消えたら明転。
 音・「コオロギ」イン~家族板付でフェードアウト。
 家族が出てきて、夕飯の食卓へ。

きつね そんでさ、山猫先生が言うんだ、地球ってのはまっすぐ回っているわけじゃないんだって。こう、少し斜めに倒れてゆっくりゆっくり回ってるんだと。(立ち上がり)ほら、こうして、コマの様にさ。
こと  きつね、埃が立つだろ、座って食べなさい。
きつね なんだよ、母ちゃん興味ないの?
こと  聞きたくないよ、そんな遠い空の上の話は。
ししを 母ちゃん、ほうれん草は白和えがいいって言ったのに!
こと  あら忘れておひたしにしちゃった。ごめんなさいね。
いるか 母ちゃん、わたし先生へお夕飯を持っていこうか?
こと  食べてからでいいでしょ。天ノ川は?
ししを まだ帰ってないね。父ちゃんがいなくなって忙しいのかも。

きつね …母ちゃんこれ、なに。
こと  烏賊の酢味噌和え。
ししを 昨日降ってきたアレ!?
きつね おえ~食べられるの?
こと  だって余しててもしょうがないじゃない。
ししを 昨日、すごかったもんなあ…
こと  空烏賊、って名前になるかもしれないって今日落花生さんが言ってたわよ。
きつね ああ…落花生さんち、役所の人だもんな。
ししを なんで名前なんてつけるんだよ。
いるか きつね、山猫先生に聞けたの?父ちゃんの話。
きつね うまく言い出せなかった。

 音・「ラジオ2」イン~流し切り

 「昨夜、星川町五丁目に雨とともに降ってきた大量の烏賊ですが、一丁目の畑では豚の肌のような白菜が急速に育ち、大きな混乱を呼んでいます。烏賊は食べても問題がないと発表がありましたが、白菜の方は未だ続報が入ってきておりませんのでお気をつけください。それでは天気です。明日は日中は晴れ、夕方からくもりでしょう。降水確率はゼロパーセントですが、正午近く、大量に蛙が降るでしょう」

きつね 明日は蛙か…
ししを 当たり前みたいに言ったな。
きつね 蛙は食べられるって、あたし聞いたことある。
こと  食べられるったって…料理する身にもなってちょうだいよ。
いるか わたし嫌よ、蛙だなんて。

 音・「ラジオ3」イン~流し切り しかし家族は気にせずおしゃべりをしている。

 「ここで速報です。昨夜から相次いでいる異変について、天文学者のウツマヌケ先生が
  ”彗星が地球に降ってくるのではないか”という見解を発表しました」

ししを 鶏肉みたいな味がするらしいって、風呂っちも言ってた。
いるか ししを、味じゃないのよ、見た目が嫌なの。
きつね 虫を食べる人だっているじゃない、サソリや蜘蛛だって食えるって。
いるか 知ってるけど!じゃあきつねは食べられるっていうの?サソリや蜘蛛を!
きつね サソリや蜘蛛はこわいけど、それと比べりゃ蛙は食えるだろって話。

 「彗星が降ってきた場合、地球がどうなるのか。降ってくる時期はいつ頃なのか。
  ウツマヌケ先生による会見は明日行われるそうです。以上、速報でした」

こと  蛙ねえ…お父ちゃんが帰って来て、さばいてくれるならねえ。
ししを しっかし、次は蛙かぁ。白菜みたいに変じゃなけりゃいいけどなあ。
きつね 豚みたいな肌の蛙だったら相当気色が悪いよなあ!
いるか 最低!
ししを 羽根がはえてるとか、お目目がぱっちりしてるとか、そんな風かもよ。
いるか ああ、ああ気色悪い!やめてよきつねもししをも!

 夜舟、現れる。

夜舟  ラジオ!聞きましたか!
こと  あら先生。聞きましたよたった今。
夜舟  彗星が降ってくるらしいですね…とんでもないことです。
きつね え?蛙だろ?
ししを そうだよ先生、降ってくるのはそんな物騒なもんじゃなくて蛙だよ。大量のな。
いるか 先生、書物が切羽詰まってらっしゃるの?大丈夫?
夜舟  いやいや…え、その後はお聞きにならなかったんで?
こと  そのあと…?
夜舟  降ってくるらしいですよ、彗星が。異変はそのせいかもしれんと、発表が。

家族一同 彗星…?

・・・後半へつづく


よろしければサポートお願いします!制作や演劇活動のために使わせていただきます。