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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』

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デリヘルで働きながら、自分の夢を叶えようと奮闘しながら、恋愛を交えた一人の少女の日常を描いた作品です。この作品はぼくにとって、初の長編小説で、デリヘルで働くとある女性に実際に取材…
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2020年10月の記事一覧

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 3

 彼との別れ際、「じゃあ、また呼ぶね……」という彼に対して、いつもわたしは決まって、「うん、また……」と言葉を濁し、不自然なほど素っ気ない態度をとる。いや、この場合は〝とってしまう〟というべきか。ひどいときには、振り返らずに別れることだってある。  一ヶ月待ち続けて会えるかどうかも分からない相手に対して、そんな素っ気ない態度をとるべきじゃないことくらい自分が一番理解している。ただ、それができないのは、なにも嫌っているという理由からではなく、寧ろ好いているからだ。彼のことが好

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 2

 一人暮らしをしているマンションに着くのは、いつも午前の三時を回る。時間帯が時間帯だけに、電車やバスなどは疾うに動いておらず、だからと言って、毎回タクシーを使っていたのでは、何のために働いているのか分からなくなるので、利便性を考えて、通勤には自転車を使っている。  夜中の繁華街を自転車に跨った二十代の女子が、ワンピース姿で疾走している姿は、傍から見ると、異様な光景に映るに違いない。  キャバクラ帰りの客でごった返した中州の歩道を避けて、わたしは客待ちのタクシーの脇をすり抜

『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 1

 その男性は、いつも寂しそうな目でわたしを迎える。  それは初めて出逢った日から同じで、たぶん、今日も、まるで別れ際のような寂しい目で、わたしを迎え入れるんだと思う。  ホテルの薄暗い廊下を進み、指定されていた部屋のドアの前に立つと、のぞき窓もインターホンもないドアをノックし、彼が出てくるのを待った。数秒後、扉越しに人の動く気配があり、ドアがゆっくりと開く。  扉が開くなり、「会いたかったよ……」と、やはりその男性は、寂しげな表情でわたしを迎え入れた。 「お待たせしま