『RENT』にわかファンがにわかなりに『RENT』のなんたるかを調べてみた①

去年取った講義で、『RENT』とその元ネタになっている『ラ・ボエーム』を比較したレポートを書きました。それが思いのほか大作になり、A+ももらえたので、加筆修正を加えてブログにしてしまおう、と思い立ち、noteを始めることにしました。

 RentHeadの方には「なにをいまさら!」と怒られてしまうような気もするのですが、今年はまた夏に来日公演もあることだし、ひとりでも『RENT』を好きな人が増えたらいいなあと思っています。結構長くなりそうなので、三部作で書く予定です。今回は「登場人物編」です。

まずは簡単に基本情報から。

『ラ・ボエーム(Le Bohème)』
作曲ジャコモ・プッチーニ(Giacomo PUCCINI)
台本ルイージ・イッリカ、ジュゼッペ・ジャコーザ
初演1896年

『RENT』
作詞作曲台本ジョナサン・ラーソン
初演1996年

『RENT』は日本でも何度か上演されていて、私が初めて見たのは村井良太くん主演のときでした。村井くんのファンの友人に誘われて行ったのがきっかけです。村井くんだなんて知ったような口をきいていますがそこそこ年下です。

続いて今回のメインテーマである登場人物について。

登場人物の対応は以下のとおり。(ボエーム—RENTの順)

ロドルフォ(詩人)—ロジャー・デイビス(ミュージシャン)
マルチェッロ(画家)—マーク・コーエン(映像作家)
ミミ(お針子)—ミミ・マクイーズ(SMダンサー)
コッリーネ(哲学者)—トム・コリンズ(哲学教師)
ショナール(音楽家)—エンジェル・デュモット・シュナード(ストリートドラマー・ドラァグクイーン)
ムゼッタ—モーリーン・ジョンソン(パフォーマー)
アルチンドロ(国務院参議)—ジョアンヌ・ジェファーソン(弁護士)
ベノワ(大家)—ベンジャミン・コフィン3世=ベニー(ミミが身を寄せた子爵の要素を含む)

ショナールとエンジェルは一見対応がわかりにくいんですが、エンジェルのラストネームがSchunardに対して、ショナールのつづりはSchaunardで、似たつづりになっています。私はこれを初めて知ったとき、誰かに大声で叫んで伝えたいくらい感動しました。

これらの登場人物のなかで大きく変更点がみられるのが、エンジェル、ジョアンヌ、ベニーの三人。今回は主要メンバーのマーク、ミミ、ロジャーの三人ではなく、彼らを取り巻くこの三人を中心に一人ひとり見ていきます。

○エンジェル
音楽をやっていることは共通しているけれど、ドラァグクイーンという点が付け加えられています。エンジェルが男性でありながら、女装をし、女性的な要素を持っている点はRENTとして翻案ミュージカルが作られたことの意味に大きくかかわるので、次回以降で詳しく触れようと思います。
ドラァグクイーン自体が日本ではあまりなじみがないというか、私自身『RENT』を見るまで知りませんでした。誤解を恐れず端的にいうなら「女装した男性」ということになります。もともとはゲイの文化が発祥のようで、性的指向の違いを超えるために行われた異性装、ということだそうですが、トランスジェンダーよりもパフォーマンスの要素が強く、近年ではパフォーマンスとして、幅が広がっているようです。

○ジョアンヌ
ハーバード大卒の弁護士で、キャリアもお金もある人物であることはアルチンドロと似ているところ。
異なっているのは、
・性別が女性になっていること
・マルチェッロと復縁するムゼッタとは違い、モーリーンとジョアンヌは別れないこと
・ジョアンヌとマークはお互いを認識していること
のみっつ。

ここで付加されている情報としては、レズビアンの心情がこの二人を通して描写されていることだと思います。ジョナサン・ラーソン自身がガールフレンドを女性にとられたエピソードがもとになっているといわれているようです。この作品全体でセクシャルマイノリティーの生き方に焦点が当てられていますが、中心をロジャーとミミの愛に置く際に、レズビアンカップルの愛のあり方を描くためにムゼッタの奔放な愛し方をモーリーンに投影し、表現しようとしたのかな、と思っています。この愛のかたちの表現についてはまた違う回でもっと書けたらな、と思っています。

○ベニー
一方でゲイカップルについては、ボエームでは友人であるコッリーネとショナールを、コリンズとエンジェルというカップルにしています。ベニーの名前のもとになっている『ボエーム』の大家ベノワは冒頭の家賃を取り立てるシーンでしか出てこず、ミミが身を寄せる子爵は名前しか登場していません。これを、ベノワが女好きで浮気をしている設定でつなぎ合わせた登場人物がベニー。この二つの要素を結び付けて、さらにロジャーとマークの元ルームメイトという要素が加わることで、ベノワや子爵と違って物語の中心的な登場人物に深くかかわる存在になっています。わざわざ中心的な人物にしたうえでゲイカップルにしている、ということからも、そのふたりの関係性や感情をプッシュしたかったことが伝わってきます。

さらに『RENT』で特徴的なのが、それぞれの登場人物の親が出てくるのが電話のみである点! 親との関係性が続いているものの、それが遠くなっている様子が感じられます。うまいなあ。

また、マーク、ロジャー、ミミ、ジョアンヌの4人の親が4重唱で歌うVoice Mail #5では 、ヒスパニック系のミミの母親はスペイン語で歌っており、ここで人種の違いが表現されています。RENTの登場人物は、マークがユダヤ系、ロジャーとミーリーンがWASP系、ミミとエンジェルがヒスパニック系、コリンズ、ジョアンヌ、ベニーがアフリカ系。これは20世紀のアメリカが『ボエーム』の舞台である1830年代のフランスよりも人種的に多様になっていたことが表されています。
人種の多様化は文化の多様化にも結び付いており、それがナンバーの多様さにもつながっています。RENTのナンバーのなかには、ロック、ゴスペル、バラード、クラブミュージック、R&Bなどさまざまなルーツの楽曲が含まれており、これも登場人物をはじめ、アメリカ社会が多文化化していることに由来しています。音楽って一番文化の影響を受けやすい部分だと思いますし、だからこそ人種っていうテーマはミュージカルの特性に合っているんだろうなと思います。

こう見ていくと、「セクシャルマイノリティ」「人種」の要素が登場人物に色濃く出ているのを改めて感じます。もちろんどちらも個人のアイデンティティーに関わることだから、登場人物の要素に深く入り込むわけです。90年代にここまで描き出したっていうことがこの作品の深く鋭く心に刺さる所以だろうなあと思いますが、それについて詳しくはまた次で書きたいと思います。

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