見出し画像

【ぼっち・ざ・ろっく!】『結束バンド』アルバムレビュー①(青春コンプレックス/ひとりぼっち東京)

まえがき

アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の劇中バンド・結束バンドによるアルバム『結束バンド』。セールスチャートにて記録的売り上げを残すとともに、アニメ愛好家/バンド経験者/プロの音楽ライターなど様々な立場からのレビューや批評がポストされており、リリースから2ヶ月以上経過した今日でも「ぼっち・ざ・ろっく!」ファンや邦楽ロックリスナーを魅了し続けています。

当シリーズでは、サウンド面の分析を中心として収録曲全14曲についてのレビューを行うことで『結束バンド』の楽曲群の魅力を再発見し、また全曲レビューを通じてアルバム全体を総評いたします。
なお、下線部には参考情報(制作陣インタビュー・先行レビューなど)のリンクを適宜挿入しています。


#1 青春コンプレックス

アニメオープニング曲。攻撃的な演奏・アレンジ・歌詞が3分弱滾り続けるアップテンポな楽曲。

ギターボーカル・喜多郁代の担当声優・長谷川育美さんが歌唱していることから体裁的にはキャラソンチックなアニソンと定義できそうな楽曲ではありますが、それらのジャンルから逸脱したリードギターがアレンジされており、アニメOPとしてこの上ない強烈な第一印象をもたらします。
普通のキャラソン/アニソンではボーカルを立たせるアレンジが好まれるはずですが、"青春コンプレックス"ではAメロでもサビでもリードギターがひたすら弾きまくっています。歌メロを大きく邪魔しているわけではないのですが、歌メロとユニゾンするでもなくフレーズを掻き鳴らしているのはやはり異様です。加えて単純にリードギターを含めた楽器の音量がデカイです。普通はキーボードなどのウワモノが入っているため、Aメロやサビでここまでギターを大きくできるようなMix上の余裕はありませんが、基本的にギター2本のみという極限までシンプルなウワモノ構成によって、昨今のポップスでは異様な大きさのリードギターのMixが成立しているのでしょう。主人公であるリードギター・後藤ひとりの存在感が遺憾無く発揮されていると同時に、(トートロジーじみていますが)ギターを前面にプッシュすることでギターロック・邦ロックマナーを最もシンプルに遵守しています。
言うまでもないことですが、このようなアニソンの文脈から逸脱するレベルに攻めたアレンジは『結束バンド』全体で通底しています。

また長谷川さんの歌唱も特筆すべきでしょう。キャラクターソング的手法ではなくロックバンドのボーカルとしての表現を目指して収録されていたようで、リスナーにとってもこれらのギャップは一聴で理解できたことと思います。
芯のある低音が特徴の歌声は制作陣・レビュアーの双方に評価されていますが、個人的には歌詞に合わせた歌声の使い分けに非常に秀でていると感じています。「青春コンプレックス」については、Aメロでは姿勢を低くしながら喉を鳴らし威嚇する虎のようなフォールを繰り出し、サビではまさに吠えるような"がなり"気味なボーカリゼーションを発揮しています。

――アルバムでは、喜多ちゃんっぽさが見える楽曲もあれば、そこまでではない楽曲もあって。長谷川さんは、自分と喜多ちゃんを、どのくらいの割合で歌っていたのですか?
長谷川 う~ん……難しい質問ですね。ただ、これまでやってきたキャラクターソングとは取り組み方を全く変えました。私はキャラソンを歌うとき、自分が演じた役を表現するつもりで歌うことが多いのですが、『ぼっち・ざ・ろっく!』の場合は、あくまで結束バンドの楽曲なので、私が喜多郁代を表現するのは違うのかなと思いまして。それよりも楽曲やバンドの良さを引き立てたかったので、普段のキャラソンよりも自分と喜多ちゃんが混ざっているような、リアルな「女子高生の歌が上手い子」を目指すようにしました。声質に関しても、喜多ちゃんっぽさは意識しつつも、どちらかと言うと曲調や歌詞を意識して歌っています。アーティストさんでも普段の話し声と歌うときの声が違う人って結構いるじゃないですか。なのでそこの変化は気にせず、自由に歌っていたと思います。

結束バンドの神アルバムはこうして生まれた!TVアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』長谷川育美×三井律郎×岡村 弦スペシャル座談会(前編) より引用

次に楽曲アレンジの詳細を確認していきます。冒頭の「ジャ!ジャ!ジャ!」やサビ前の「ジャ!×4」が強烈ですね。このフレーズは邦楽ロックからの強い影響を感じます。サビ前では特にショートディレイやモジュレーション(「あのバンド」のリードギターパートの音色)がうっすらかかっており、NUMBER GIRL或いはそのフォロワーのアレンジを彷彿とさせますが、あくまでも軽く匂わせる程度です。
また、『結束バンド』のおそらく全曲で多用されているオクターブ奏法にもBUMP OF CHICKENASIAN KUNG-FU GENERATIONのエッセンスが入っている、という指摘はもはや周知の事実でしょう。
コード進行は比較的凝っており、複雑でオシャレな響きをディストーションサウンドでかき鳴らすという若干クセのある編曲がなされていると感じます。例えばAメロ冒頭のA♯maj7→A7(♭13)→Dm7(9)ではリズムギターのテンションノート(3弦7→6→5)でクリシェが用いられており、同様に他の部分でも異なるクリシェが使用されています。またMCTC(イノタク)の指摘のとおり、サビは1サビ・アウトロと2サビ・3サビとで異なるコード進行であり、構成上でも複雑な技巧を取り入れています。

またリズムギターではほぼ全編で省略コード(とりわけルート音を省略せず5度を省略するフォーム)が使用されており、例えば先述のコード進行はおそらく下記のフォームで演奏されています。「青春コンプレックス」に限らず『結束バンド』全体で省略コードは多用されていますが、このようなコードフォームは邦楽ロックのリズムギターで頻出します。90年代以降の邦楽ロックにおいてあまりにも普及しているため、特定のバンドからの影響と言い切るのは難しいように思います。

A♯maj7→A7(♭13)→Dm7(9)→Dm7のコードフォーム例
6x776x → 5x566x → x5x55x → x5x56x
※6弦→1弦の順にTAB譜表示。xはミュートする。

「青春コンプレックス」Aメロ冒頭のコード進行

サビ前の「ジャ!×4」は左チャンネル→右チャンネル→左→右と交互に定位が振られていますが、こちらもギターロックにたまに見られる手法です。思い当たる例としてはArctic Monkeys 「The View From The Afternoon」。ちなみにアクモンはライブでもギター2本を交互に弾いています。結束バンドのライブでも喜多と後藤で掛け合いしてくれることでしょう。
なお、「ぼっち・ざ・ろっく!」楽曲の特徴のひとつである、二本のギターの定位を左右に分けるMixはロックミュージックではたまに見かけるため、このMixもやはりロックからのオマージュが目的であると考えています。もしくはリードギターの存在を目立たせるためにバッキングギターとの定位を分離させたのかもしれません。

ずいぶん沢山記述してしまいましたが、一旦アレンジについてまとめます。
上記の通り「青春コンプレックス」には邦楽ロックからの影響や引用と思われるアレンジ的特徴が数多く見られますが(裏打ちのドラミングやサビにおけるアジカン風なワードセンスなど、記述しきれなかった要素も沢山あります)、ここで重要なのは、曲全体を考えた際には「〇〇(特定のバンド)っぽい」とは簡単に要約できないように、「青春コンプレックス」には強固でユニークな音楽性が備わっているという点ですこのユニークさには大きく下記2点の要因が考えられます。
ひとつは、音楽メディアMikikiのレビューなどで指摘されているように、後藤が担当するリードギター(とりわけギターソロにおける速弾きやスウィープといった奏法)にメタル的な要素が盛り込まれている点です。影響源の楽曲には"ありそうでなかった"テイストが実現しています。
もうひとつは、邦楽ロックからの影響が強すぎず、元ネタからの適切な距離感を保っている点です。諸々のエッセンスは引用・オマージュに留まっており、また所定のバンドから拝借したのではなく、邦ロックという曖昧なジャンルの様々な方面からの要素が同居しています。そのような複数のジャンル的特徴を止揚して結果論的なオリジナリティを産み出していく営みそのものが、まさしくロックバンドがジャンル/シーンの内部でもがきながら楽曲制作していく姿を想起させます

ゼロ年代のエモやメロディックハードコアを総覧しポップに仕上げたような音楽性は、その系譜にある邦楽ロック(具体的には、アジカン、BUMP OF CHICKEN、ストレイテナー、THE BACK HORN、UNISON SQUARE GARDEN、tricot、赤い公園など)を明確に意識したものなのだが、後藤ひとりの〈ギターヒーロー〉という設定を反映したメタル的なリードギターが全編でフィーチャーされることで、ゼロ年代〜テン年代当時にはありそうでなかった新鮮な構造が生まれている。

結束バンド『結束バンド』超一流かつ新鮮な邦楽ロックの傑作 話題のアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」劇中バンドのファーストアルバム | レビュー - Mikiki より引用

最後に、歌詞にも少し触れます。今回は自分が特に好きな一節について語ります。
1番サビ頭のライン──〈かき鳴らせ 光のファズで/雷鳴を 轟かせたいんだ〉。ファズとはギターの歪みサウンドの一種ですが、実は「青春コンプレックス」サビのギターにはファズはかかっていません。(ファズの音色自体は「ぼっち・ざ・ろっく!」楽曲でそこそこ使用されており、「青春コンプレックス」2番Aメロ後半、「なにが悪い」ギターソロ、「フラッシュバッカー」2番Aメロの後藤パートなどでファズと思しきギターサウンドを聴くことができます。)
ではなぜ〈かき鳴らせ 光のファズで〉なのでしょうか?
この一節は邦楽ロックのアティテュードを暗に示していると解釈しています。歴史的経緯から始めますが、邦楽オルタナティブロック黎明期のレジェンドであるゆらゆら帝国bloodthirsty butchersや90年代USオルタナティブのSmashing PampkinsDinosaur Jr.などなど、現在の邦楽ロックに直接的/間接的な影響を与えているであろう源流のオルタナティブロックにはファズを愛好したバンドが数えきれないほど存在します。ファズを多用するアレンジを実践する現代のバンドは多数派ではないものの、ファズサウンドは邦楽ロックのルーツであるオルタナティブロック(=端的に言えばメインストリームや商業主義なサウンドへのカウンター)の象徴として認識されていると考えられます。"光のファズ"とはそのようなカウンターカルチャーの象徴を引用し、「青春コンプレックス」の歌詞全体の反骨精神を暗に補強するフレーズだと捉えています。

蛇足ですが、音楽用語・ギター用語を用いた自己言及的な言い回しも実に邦楽ロック的です。適当にアジカンのアルバムタイトルでも見てみましょう。崩壊"アンプリファー"、"フィードバック"ファイル、etc……


#2 ひとりぼっち東京

シングル『青春コンプレックス』のカップリング曲。冷たい音色のギター、浮遊感のあるエフェクトや曲構成を駆使したクールな楽曲。

カップリング曲の概念はもはや懐かしい気がします。近年のサブスク配信のスタイルでは1曲ごとにシングルカットしていることも多く、カップリング曲が収録されていることが減ってきたと思うのですが、どうなんでしょうか?もちろん2,3曲入りシングルも見かけますが。
CD世代にとってはB面集はありがたい存在でしたね。BUMP OF CHICKENの『present from you』とか聴きまくったなあ。

「青春コンプレックス」と比較して醒めたようなアルペジオ多めのギター、ド派手ではないけれどやはりストレートに伸びる喜多の歌声、キャッチーさよりもクールさが感じ取れる物凄いカップリングらしい楽曲に聴こえます。冷ややかな東京でのモラトリアムを歌う秀逸な歌詞、Aメロ〜サビの精錬された鋭さ(Bメロの後藤のタッピングフレーズ、ドラムス・伊地知虹夏のスネアを叩きまくる力強いドラミング)や、ギターソロ〜Cメロの浮遊感あふれる展開(この部分だけ転調している)など、他の曲では聴けない要素を節々に発見することができます。いわゆるスルメ曲に当たる、いぶし銀の楽曲です。

また、「青春コンプレックス」では大量に列挙できた邦ロックのオマージュが、「ひとりぼっち東京」ではあまり思い当たらないのも対照的です。リズムギターの省略コード感などの基本的な部分は共通していますが、はっきりとした引用は聴こえてきません。すなわち、「青春コンプレックス」は元ネタの多様性と元ネタからの距離感が原因で「〇〇っぽい」の要約が困難であったのに対し、「ひとりぼっち東京」のアレンジには表面的な引用を辿れないような独自性があります。
クールで洗練された雰囲気、かつ若さゆえのオマージュが見当たらないユニークなアレンジからは相応のキャリアが感じ取れます。例えば結成4,5年目(19~20歳)ごろの制作曲、という妄想はいかがでしょうか……

こんなクオリティの曲をほとんど露出に使わない製作陣の意向はかなりの狂気を感じます。(かなり古い告知映像で唯一使われている程度?)
アルバム全体では他に3曲も新録曲があるので忘れかけていましたが、2曲入りシングルというかつての邦楽ロックバンドのリアリティを追求した製作サイドの強いこだわりには今だに恐怖しています。このような狂気じみたこだわりもぼざろアニメのスマッシュヒットの大きな一因であるはずです。


次回:『結束バンド』アルバムレビュー② → TBA

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?