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中国総人口が減少に転じた?

4月28日、フィナンシャルタイムス紙が「中国政府は50年ぶりに人口が減少したと公表する準備」というスクープを報じた。「2019年に14億人を超えたとされた総人口が、2020年には14億人を下回る結果になった」というのだ。誰もが「遠からず人口が減少に転ずる」と感じていたはずだが、その日が2020年に来ていたとは!!・・・ FT紙は、この報せが中国に及ぼすであろう衝撃の大きさを報じた。

すると翌29日、国家統計局が「2020年も人口は増加を続けた」と発表した。見てのとおり、わずか1行の発表・・・。

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人口統計の発表は、元来4月中と予告されていたのに、それを延期した上で、この発表である。ほんとうに「人口が増加した」のなら、社会に衝撃を与えることもないのだから、さっさと発表すればよい。

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このドタバタ騒ぎを知って、2010年の国勢調査結果が発表されたときのことを思い出した。

このときは、調査の翌2011年4月に「(2005年以降の5年間に) 人口が4000万人増加した」という「結果概要」が発表された。

しかし、政府部内では詳細な結果が回覧されて、衝撃を以て受け止められていた。「出生率(注1) が1.18 しかない」と記されていたからだ。「一人っ子」政策を所管する計画生育委員会(注2)がそれまで言い続けてきた「出生率1.8」とは違いが大きすぎた。

短い「結果概要」では確かめようがなかったが、翌2012年夏に至り、なんと男女・年齢別、地域別、都市・農村別、学歴別、民族別といった詳細なクロス統計表を含め、合計429点の統計表を満載したCD-ROM版の調査結果が頒布された(冒頭写真)。

中国の統計がここまで徹底公開されたのを見たことがなかった私は、驚いて背景事情を聞き回った。その結果、次のような顛末が浮かび上がった。

(1)30余年にわたって続いた一人っ子政策によって、中国の人口動態は既に危機的状況に陥っていた
(2)しかし、一人っ子政策を所管する国家計画生育委員会は部門既得権にこだわって、頑として見直しに応じず、水増し数字を公表し続けていた
(3)「このままでは国の行く末を誤る」と強い危機感を抱いた統計局ほかの役人や学者が政策見直しのきっかけを作り出すために、消極論を押し切って徹底した公表を主導したらしい。

さて、これだけ詳細なデータが公開されたので、「コーホート法」を用いて将来人口を推計できるようになった。私は専門家ではないが、2012年にエクセルを使って自分で推計してみた。そのときの結果がこれだ(委細は拙著「中国台頭の終焉」(日経プレミアシリーズ2013年1月刊)第8章 参照)。

中国人口推計

「総人口は2020年、13億6963万人をピークとして下降に転ずる」というのが私のした推計結果だった。仮にFT紙のスクープが事実だとすれば、人口減少が始まるタイミングだけは上記の推計と符合する。 

サンプル調査に基づき毎年公表される統計局の人口統計は、2015年の一人っ子政策大幅緩和(二人っ子までは完全自由化)の後、2016年こそ出生が1786万人と目に見えて増加したが、2017年は1723万人,2018年は1523万人、2019年は1465万人と、4年連続で減少するなど、少子化が想像以上の勢いで進行していることを示している。

去る2月には、2020年の出生数についてもう一つ悪い報せがあった。出生届や戸籍登録を所管する公安部によると、昨年1年間の出生数(届出ベース)は1003.5万人と、2019年の1179万人に比べて15%も減ったというのだ。

武漢と湖北省を除けば、コロナ禍で中国が大混乱に陥ったのは2月からだ。12月分の出生には若干影響したかも知れないが、それだけでこの減少は説明できない。公安部所管の出生届と統計局所管の(出生)人口統計の結果が一致するとは限らないが、いずれにせよ「15%減」の悪い報せは中国を駆け巡った。

そんな伏線の後で、今回の「総人口が減った、減らない」のゴタゴタが起きた。今後「人口増」の正式発表が行われても、信じる人は少なかろう。信じさせたいなら、徹底した情報公開を行えばよいが、できはしまい。

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2012年、徹底した情報公開に踏み切った国家統計局の新しい気風は、一瞬光芒を放って消える流れ星のように直ぐに消えた。5年おきの国勢調査は2015年にも行われたが、結果は昔の通り、味も素っ気も無い簡単な概略の発表だけに戻り、2012年のようなCD-ROM版は頒布されなかった。

今回のゴタゴタはもっとひどい。多くの人は「この悪い報せが『中華民族の偉大の復興』を掲げる習近平主席のメンツを傷つけることを恐れた役人が統計を『加工』させた」と憶測するだろう。

胡錦濤政権の末期2012年には、国の行く末を真面目に案じる学者や役人が、反対を押し切ってでも情報を公開する自由度や気風がまだ存在した。いまの中国にその自由度は未だ残っているか。

領袖の意を迎えるような情報ばかりが報告され、捏造された事実に基づいて意思決定が行われていくようになれば、中国は大きな失敗を犯すことになるだろう。昨年武漢で起きたコロナウィルス感染情報の隠蔽も、役人組織の忖度がもたらした大失態だった。こんなゴタゴタが起きるようでは、習近平政権は今後が思いやられる。

注1:特殊合計出生率(TFR: Total Fertility Rate:「女性が一生の間に産む子供の数」と言い習わされている)

注2:国家計画生育委員会は、全国農村の「村」にまで下部組織を持ち、数百万人の職員を抱えると言われた組織。かつては一人っ子政策に対する異論をタブーとして封じる力があったが、衝撃的な出生率データが公表された翌2013年の行政改革で衛生部と合併させられ、2018年には「計画生育」の名前も消えて国家衛生健康委員会へと改組された。現在、衛生健康委員会には8名の副主任がいるが、うち計画生育出身者は1名のみ、要するに国の基本国策を誤らせた元凶として、お取り潰し処分になったということだ。

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現代中国研究家 公益財団法人 日本国際問題研究所 客員研究員 本業、趣味とも中国屋です。