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「中国のパワーは未だピークに達していない」か?

Foreign Affairs 誌に「中国のパワーは未だピークに達していない」という興味深い論考が載った。著者はオリアナ・スカイラ・マストロさんというスタンフォードの研究所に籍を置く中国の外交・軍事研究者とAEIのデレク・シザーズ氏。シザーズ氏は中国の経済、国力の盛衰に関心の深い有名な経済研究者だが、マストロさんのことは不勉強で知らなかったが、軍歴(空軍)もある女性なんですね。

「中国はどこまで強大化するのか、米国は中国に追い抜かれるのか?」は、安全保障、経済を問わず米国研究者の脳裏から離れないテーマだ。シザーズ氏もこれまで何回も論じているが、「中国の成長はやがて限界に突き当たる」という悲観派だと記憶する。最近は米国でもこの見方が台頭しているように思う。

だが、安全保障の観点からは、よく「中国がやがて衰退するからと言って、安心はできない」と主張される。中国の指導者は「国力伸張に限界が見えてきた、もう時間、チャンスが残されていない」と焦りを感じると、悲願の台湾統一のために無謀な賭けに出るリスクが高まるというのだ(最近も、去る4月に出た ”China Is a Declining Power—and That’s the Problem” という論考が目を惹いた)。

マストロ・シザーズ論考は、この見方に異を唱える。

中国経済が今後人口動態や過剰債務の問題で衰退に向かうのは事実だが、それはゆっくりとした変化であり、「崩壊」といった急迫した形を採らない。
中国はスピードが落ちてもまだ成長は続けるし、科学技術への力の入れ方を見ても、まだまだピークアウトする感じにはならないだろう。

だから、習近平は台湾問題でも「もう時間、チャンスが残されていない」という焦りから、成算もなく台湾侵攻を始める可能性は低い。「まだチャンスはある」という前提で機会を窺うだろう。

ゆえに、米国は「今後の中国は今より更に自信と能力を高めていく」前提に立って、中国との戦争に備えなければならない。それが20年先のことであるとしてもだ。

「中国経済は今後停滞に向かうが、それはゆっくりとした変化で、崩壊といった急迫したかたちは採らない」という指摘は賛成だ。

最近「中国不動産がヤバイ」ニュースが度々報じられるが、地価が10年間で1/4になってしまった日本のバブル崩壊のような事態は起きないと思う。昨今は「慢性疾患」が次第に重篤化して、不動産をめぐる混乱や地方政府の財政難などの「急性」症状を呈し始めているが、それでも、中国の経済体制はそう簡単に「崩壊」しないだろう。

そのことこそ、中国の問題なのだ。膨大な経済資源を支配し、強大な権限を持つ政府が経済に介入して「不動産バブルは崩壊させない」「ゾンビ企業も破綻させない」とやる、やれてしまう・・・そのことが富の分配をますます歪めて中国を「中所得国の罠」に誘い込む・・・それが現在進行中のメインシナリオだ。

昨今中国国民の間には「先行き悲観」心理が高まっていると言われるが、根っこの原因は、成長で得られた富が一般国民や民営企業のところより、政府や国有企業(金融機関とか)、不動産や金融資産を多く持つ富裕層にばかり回る「分配の歪み」にある。

成長の源は生産性を高めることであり、成長性の高いセクターを伸ばすことだ。今のような分配を続けていれば、成長は維持できなくなる。これは典型的な「中所得国の罠」現象だ。

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話を元に戻すと、安全保障論者は「やがて衰退するからと言って、安心はできない」と主張するが、マストロ女史もこの見方だ。ただ、「近いうちに前途を悲観して自暴自棄の賭けに出る」ことより、「そう直ぐには衰退しないので、中国がますます容易ならざる敵になる」ことを憂えている点が異なる。

私も台湾問題は安心できないと考える1人だ。ただ、中国経済の衰退が早いか遅いかは、あまり関係ないと考える。
そう考える前提は、習近平が己のレガシーを求めてイチかバチかのギャンブルをするリスクよりも、台湾の独立宣言とか、米・台が正式の安全保障条約を締結するとか、中国が「ぜったい容認できない挑発を受けた」と受け取るような事態が起きるリスクの方がよほど怖いということだ。

習近平が「レガシー欲しさに己の一存で戦争を始めようとする」だけなら、周囲が羽交い締めにして止めてくれるはずだ(それでも戦争を始めることのできた毛沢東の域に、習近平はとうてい達していない。と言うか、中国自身が毛沢東時代の中国ではなくなっている)。
しかし、後者の問題は国中を揺さぶる。「愛国」を旗印にした集団同調圧力の暴風が吹く。「戦争を怖れて決断できなかった売国奴」の汚名を着るくらいなら、戦争をして負ける方がまだマシ・・・経済がどうかなんて関係ない。誰もこの動きを止められなくなる。

今後台湾問題や日本の防衛力強化、中国の領海侵犯等々、日中関係はいよいよ緊張が高まっていくだろう。だからこそ、今後の対中外交の要諦は、無用の挑発を避けながら、必要な備えを冷静な心理で(テンパらずに)進めていくことにあると思う。

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この論考の末尾は次のように結ばれている。

For years to come, the United States is more likely to face a confident, capable China than an insecure, reckless one.[中略]To secure its interests in Asia, therefore, the United States must prepare for a war with China, whether tomorrow or two decades down the road.
 (意訳:今後何年にもわたって、米国が相見(まみ)える中国は「不安定で向こう見ずなことをしでかす国」というより、「自信に満ちて能力もある国」である可能性が高い。だから米国はアジアにおける国益を守るために、中国との戦争に備えなければならない。それが明日であっても、これから20年後であってもだ。)

私は最近の「急性症状」の進行具合からすると、20年後の中国が「自信に満ちて能力もある国」のままだという気はとてもしないが、それはさて置き、最後に一つツッコミを。
「不安定で何をしでかすか分からない国」になる心配は、中国よりも米国自身にしてほしい。あと2ヶ月ちょっとに迫った米国中間選挙を前に、同じことを心配している人は世界中にいるはずだ。

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