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2023/02/18 「タイタニック」とドラマティック・アイロニー

ジェームズ・キャメロン監督25周年を記念した「タイタニック」の3Dリマスター版上映を観に行った。

「タイタニック」は、高校を卒業して大学に入学するまでの春休みの間に一度だけ観たことがあった。父親が「暇ならタイタニックでも観たら?」と言ってAmazonプライムでレンタルしてくれたのだ。
平日の昼間、誰もいない実家のリビングで部屋を暗くして観た。その日は気持ちの良い晴天で、カーテンの向こうから遮ることのできない日光が部屋中をぼんやり照らしていた。昼間のくせにやけに元気なペットのハムスターがゲージを齧りまくっている音がBGMだった。それでも観た。

実のところ、私はこの「タイタニック」に少し苦手意識を持っていた。




(以下「タイタニック」のネタバレを含みます。もうネタバレも何も……という名作だけれど、本作をまだ観たことがない!という方はページを閉じることをお勧めします)




「ドラマティック・アイロニー」という言葉をご存知だろうか。

演劇用語の一つで、ざっくり言えば「ストーリーの結末が,キャラクターの意志や期待と全く反する結果に終わってしまうこと」、そしてさらに言えば「キャラクターはそれに気付かないで舞台が進んでいくのに、観客はその結末が予想できてしまう皮肉」のことを指す言葉だ。シェイクスピアが得意としたというれっきとした演劇技法だけれど、まあポピュラーな部分では「志村ー!後ろ後ろ!!」と似たようなものだと思っておけば大差ないはずだ。多分。

私はこれが大の苦手だ。

その選択を選んでしまえば絶対に酷い目に会うって分からない!? その発言がフラグになるって分からない!? どうして何も気付かないの!? と、どうしても思ってしまう。
私はホラー映画が苦手なのだけど、これが苦手な理由の一つでもある。ホラー映画やサスペンス映画の多くには、愚かな選択をするキャラクターと狙われたドラマティック・アイロニー効果が潜んでいる。人によっては「ハラハラ・ドキドキ」と映画の魅力として好意的に受け取る人もいるだろうけれど、私は少し苦手だ。

特に「映像」にはリアリティがある。音声、効果音、演出……その他たくさんの効果が相まって、そこには観客を巻き込みこちらを「当事者」としてしまうような力がある、と思っている。(これはあくまで私個人の考えだけど)


タイタニック号は1912年に沈没した。1500人以上がこの沈没事故で命を落とし、船は今も深海3800mに眠っている。
それは事実だ。そして物語の構成上、観客はその事実を知った上でタイタニックの物語を観ることとなる。

1912年、タイタニック号は「夢の船」「絶対に沈まない船」「神にだって沈められない船」とも呼ばれ、たくさんの人々からの祝福の中、イギリス・サウサンプトン港を出港した。

主人公は船の設計者に「乗客数に比較して避難用のボートに乗れる人数が少ないのでは」と指摘する。設計者は「ボートに乗れるのは乗客数の半数。もっとボートを載せることも考えたが見栄えを良くするためにボート数を減らした。沈まないから心配は無用」と彼女に答えるのだ。

もうドラマティック・アイロニーが発生しまくっている。バカ! その船が沈むんだよ!! 1912年の技術力で調子こいてんじゃないよ!! そう叫びたくなってしまう。

叫びたくなってしまうとき、私は画面から距離を取ったり、スマホや別のものを触ったりして気を紛らせようとする。
以前、実家で本作を観た時にも距離を置き遠くからこっそり覗くようにして観たり、時々スマホを触りながら観たりした。そうでもなければ心がザワついてしまって気が気じゃなくなってしまうのだ。

それに加えて、「タイタニック」にはかなりショッキングな描写が多くある。それがジェームズ・キャメロンの狙った効果なのだろうし一番魅せたかったところなのだろうけど、人々のパニックやそこに現れる人々の醜さ、そして人は簡単に死ぬということがこれでもかと言うほどリアルに描かれている。
船首で腕を広げ「空を飛んでる!」と言うあのロマンティックなシーンを見たくてタイタニックを観に行った人の中にも、次々流れるショッキングな映像にびっくりしたという人はいるのではないかと思う。タイタニックはただのロマンス映画ではない。

私は特に、パニックを収めるため銃を使って乗客を脅していた航海士・マードックがその銃で乗客を殺してしまい、その責任・現在の状況・罪の意識から本人がパニックになってしまい自らのこめかみにピストルを当て自決する、というシーンが凄く印象に残っている。追い詰められた人ってこうなるんだ、でもこうなるよね、仕方ないよね、というやるせない気持ちと、明らかに発生しているパニックを目の前にして立て続けに人が2人死ぬという異様さ、悲惨さ。それに対する恐怖。いつもヒィッとなってしまう。

いつもその「ヒィッ」を回避するために、これからきっと恐ろしいことが起こるぞ、と予感した瞬間にはその場から離れて身を守るようにしている。例えば、テレビがあるリビングから離れてわけもなくトイレに行ったり。そうやって私は、いつもドラマティック・アイロニーを回避している。


けれど映画館はそういうわけにはいかない。
上映中はずっと決められた席に座っていなければいけないし、スマホを触ることはもちろん、席を立つこともマナー的によくない。というかマナーやルール云々の前にそんなことをして他人に迷惑をかけたくないし、自分だってやりたいと思わない。

だから以前観て心臓がザワザワした作品を、映画館で観るのか、IMAXで、そして3Dで! と思うと怖くなった。心は半分くらい「時計仕掛けのオレンジ」だ。これ映画館だとやばい! ってときに逃げ出せない!!

でも名作と言われる映画作品を劇場で観られる機会なんてそうそうない。もしかしたらもう今しかないもしれない。そう思うとやっぱり行くべきか……ううん……。

迷った挙句、友人たちにそれとなく「タイタニック観に行きたいな〜」と伝えておいて、友人から誘われたら行く、という面倒くさい手順を取ることにした。普段なら映画は1人で観に行くのだけど、今回ばかりは観終わった後に介護をお願いしてしまうことになるかもしれないから。

結局友人が「一緒にタイタニック観に行かない?」と誘ってくれたので、覚悟を決めて観に行くことにした。


結果として、「タイタニック」はめちゃくちゃ良かった。3Dで大量の水がこちらに迫ってきたらどうしようかと思ったけれど、字幕だけ浮き出て見える謎仕様で助かった。

やっぱりマードックが自決するシーンも、垂直に浮かぶ船尾から人が落ちてゆくシーンも、恐ろしい量の水に父子が巻き込まれるシーンも、凍死した人々が水面いっぱいに浮かんでいるシーンも、どれも観ていて本当に辛かったけれど、一度観たことがあったからだろうか、思わず身を捩るような苦しさに耐えられなくなるようなことには至らなかった。良かった。他人の映画体験を妨害するようなことは絶対にしたくない。

ローズがいかにジャックを、そして彼と交わした「絶対に諦めずに生き延びる」という約束をどれほど大切に想っているのか。その示唆・伏線が冒頭から表れていたということにも気付けた。今日この上映を観なければ一生気付かないままだっただろう。

「タイタニック」のどこが良いか、というのは映画評論家やマニアが山のように語っているだろうからあまり語らないけれど、いつ観ても映像の美しさと技術力にはびっくりしてしまう。わざとらしさを一切感じさせないリアリティと臨場感はいつ観ても本当に凄い。
それと私は映画のエンドロールを見るのが好きなのだけど、エンドロールの最後に物凄い数のスタントマンの名が連なっていて、純粋に凄い、と思った。どのように作られているんだろう。凄い。

ともあれ、「タイタニック」を映画館で観ることができて本当に良かった。旧作の映画をIMAXの大画面で観るなんて、本当に稀有な体験だ。次も何かリマスター版があるなら観たいな。

そして、一度観た映画ならばある程度のドラマティック・アイロニーをそれごとメタ的に理解して観ることができるのかもしれない、ということが分かった。これからも名作映画のリマスター版が放映されることになったらちゃんと予習してから劇場に行こう。


今一番映画館で見たい名作映画は「オペラ座の怪人」だ。裏方の男の首吊り死体がバン! と出てくるシーンが苦手なので、予習しておきます。

最後に、私が「タイタニック」関連で一番好きなコンテンツの紹介をして終わりたい。

「The Deep Sea」
深海の生き物を紹介するサイトだ。縦スクロールをすればするほど深度が上がっていく。
深海の生き物たちが面白くて、スクロールする手が止まらない。添えられた説明文も面白く、しかし読んでいくうちに少しずつ不安になる。真っ暗い光の一切届かない場所へと深まるにつれ、次第に生き物の数も少なくなる。
「タイタニック」が眠るのは深海3800メートルだ。その静かな船体と説明文を読んだ時の、しんとした冷たい恐ろしさをも感じさせるような雰囲気が好きで、よく見ている。

暇つぶしにも最適なサイトです。ぜひ!

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