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BAD HOP VS 舐達麻 日本のヒップホップシーンを代表する2チーム間で「ビーフ」勃発【シラスの台地で時事語り#16 2023年12月号より】


 月に一回、ディオンタムこと佐藤正尚(米原将磨)さんをゲストに、二人で硬軟とりまぜた独自の時事ニュースランキングについて語りあう番組『シラスの台地で時事語り』16回目となる今回はBAD HOP VS 舐達麻のビーフについて語りました。
 今回これに合わせてディオンタムさんより解説の論稿を頂いたので、許可を得てここに紹介します。
※番組はこちら

米原将磨さんの活動はこちらをご覧ください。

ではどうぞ。

BAD HOP VS 舐達麻 日本のヒップホップシーンを代表する2チーム間で「ビーフ」勃発

参考)【BADHOP VS 舐達麻】一体何が起こったのか…そして東京ドームはどうなるのか。事件から紐解くHIPHOPの未来。
https://youtu.be/XS9rT48wkZ0?si=FzWZq-CKI37kLFr1

「ビーフ」とは、ヒップホップの業界で団体や個人の間で、特定の期間にわたって曲で中傷しあう、または暴行しあうことをさす。日本のヒップホップシーンを代表する2つのクルーが現在ビーフの最中であり、その結末が注目されている。

BAD HOPは2014年から活動する川崎出身のヒップホップクルー。大手レーベルには一切所属せず、New Rich Entertainmentを立ち上げ、メンバーのYZERRのプロデュースとマーケティングによって大きく知名度を上げていった。
舐達麻は、2013年から現在のかたちで活動開始した熊谷出身のヒップホップクルー。のちに自分たちのグッズ販売をする株式会社AGH(店舗名APHRODITE GANG HOLDINGS)も立ち上げた。
BAD HOPは、メンバーのT-Pablowが2012年に、2014年にメンバーのYzerrが『高校生RAP選手権』で有名になったあと、本格的に活動開始。舐達麻もほぼ同時の2013年にメンバーのDELTA 9 KIDが釈放されたのをきっかけに舐達麻を正式なチーム名とし、活動を開始。2015年には、BAD HOPは『BAD HOP』をリリースした。現在では視聴することが難しい。一方で、舐達麻は同じ年に『NORTHERNBLUE 1.0.4.』をリリースした。『フリースタイルダンジョン』が2015年開始だったこともあり、ヒップホップのジャンル自体はまだいまほどポピュラーではなかったので、両者ともヒップホップファンの間でしか有名ではなかった。
『フリースタイルダンジョン』の番組の成功もあり、J-POPの曲によくある、曲の最中でラップするといったものではなく、ヒップホップというジャンルの認知が若い世代に広まっていくなかで、BAD HOPが2017年に『Mobb Life』をリリースし、クルーのルックスや、USヒップホップシーンの様々なリズムやスタイルを取り入れた楽曲が10代から20代にかけての人気を獲得。BAD HOPはそこから、Yzerrのプロデューサーとしての力を活かしつつ活躍の場を広げ、2019年からUS進出していくようになった。
舐達麻のアルバムはその間まったく発表されていなかったが、これには2つの理由が考えられる。一つは、2018年に主要メンバーが逮捕され一時的に活動停止を余儀なくされたため。もう一つは、『NORTHERNBLUE 1.0.4.』の「契」で採用されたような、nujabesのようなチルアウトのサウンドとセンチメンタルなメロディラインにハードコアな歌詞を謳いあげるもともと日本のヒップホップシーンに見られたスタイルの完成度をあげていくのに時間がかかったのだと考えられる。以上の経緯を経て、4年ぶりのアルバム『GODBREATH BUDDHACESS』をリリースしたが、iTunes StoreのHIPHOPカテゴリで全世界1位になったように、驚異的なアルバムとなった。そんな中、本人たちは全身にタトゥーアーティストGAKKINの刺青を見せながら国内でマリファナを喫煙しつつInstagramライヴ配信をするなど、日本のヒップホップシーンの中でも独特の地位を築いていった。
ほぼ同じ時期に活動開始をしていったこともあるが、テレビ出演を重ねてすでに有名だったBAD HOPに比べて、『GODBREATH BUDDHACESS』まで舐達麻の活動はあくまでもマイナーなものにとどまっていたこともあり、メジャーなBAD HOPはどちらかといえばアンダーグラウンドな活動するグループから攻撃される側だった。RYKEY(現: RYKEY DADDY DIRTY)に舐達麻のクルーBADSAIKUSHがフィーチャンリングした「You can’t get again」(2019年)はRYKEYによるBAD HOPへのdis曲(批判・中傷する内容の曲)で、BADSAIKUSHは内容としてあまりBAD HOPへの批判を思わせるような歌詞はほとんどない(「模造品な消費」という一節くらいか)。また、2人は「You can’t get again」で共演後、2000年代のギャングスタラップを代表するMC 漢とフィーチャリングして「GROW UP MIND」(2019年)をリリース。その後、BADSAIKUSHはANARCHYとも共演(「DAYDREAM」・「ANGELA」いずれも2020年)。
しかし、2019年から4年間の時間が過ぎていく中で、事態が複雑化していく。BAD HOPは様々なコラボレーションをすすめていき、若いアーティストたちをとりまとめ、Awichといった少し上の世代の先輩をもマネージメントしていった。一方で、舐達麻は大麻の非合法売買のつながりから、ジャパニーズマゲニーズや阿修羅MICといったようなアングラな雰囲気をもったアーティストとグルーブを形成していくようになった。
互いのグループが大きくなっていくなかで、細かいコミュニケーションの衝突が続いていき、2023年9月のヒップホップイベントのTHE HOPEのアフターパーティーでジャパニーズマゲニーズの孫GONGがYZERRを殴打した事件をきっかけに対立が表面化した。人前で殴られメンツを潰され、孫GONGのInstagramでの謝罪も侮辱と受け取ったYZERRは、苛立ちをつのらせていく。
コロナ禍での開催で批判が集中した「波物語」の再出発イベント「AH1」で舐達麻やジャパニーズマゲニーズが出演していたこのイベントでは、BAD HOPが関係者に昔から支援を受けていたこともあり、個人的な諍いをこらえて出演することにしたが、2023年9月の事件の関係者全員、つまり自分と対立しているグループのメンバーを帰らせることが条件だった。しかし、入場しようとしたさいに、YZERRにとっては主要な関係者のうち、直接自分を攻撃したと考えているBADSAIKUSHが含む舐達麻のメンバーがインタビューを受けている姿を見て激情し、BADSAIKUSHに掴みかかってしまう。これでライブに出演できる精神状態ではなくなってしまったため、BAD HOPは出演を直前でキャンセルすることになった。そして、その経緯について説明し、キャンセルを謝罪するInstagramライブ配信をYZERRが実施。そこで、これまでの確執についてYZERRの立場から説明があり、対立していたとしてもヒップホップシーン全体の発展にはならないのでビーフをするつもりもないし、お互いに不干渉でいることを訴えた。しかし、一ヶ月後、事件についていっさい発信していなかった舐達麻が「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」をリリースして、BAD HOPに対して痛烈なビーフを行う。同曲はBillboard JAPAN(12月13日時点)によると、ジャンルを問わずに、国内の動画再生回数とダウンロード回数で国内3位、ストリーミング数国内13位となっていて、こうしたビーフソングでは異例の順位につけている。なお、YZERRは曲の発表後に「人生賭けてやるから最後まで付き合えよ」とInstagramのストーリーで意見を表明。
12月に入るとジャパニーズマゲニーズも同曲と同じビートを使用して、「I guess I’m beefin’」をリリースして、YZERRのInstagramライブ配信の発言に対して反論。BAD HOPは来年の東京ドームの解散ライブに向けて準備していることもあり、ビーフに対して曲を返す可能性は低いものの、悲しいことだが、これが2010年代のヒップホップシーンの1つの帰結と考えられる。
なお、12月27日時点の最新の情報として以下の通りである。「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」の中で「ポン中」と中傷されたRYKEY DADDY DIRTYが舐達麻の12月16日(土)の渋谷Camelotのライブを襲撃したが、大事には至らなかった。それをきっかけに愉快犯が続出し、舐達麻がブッキングされていたイベントに対して犯行予告の電話やメールが相次いだ。その結果、12月28日の沖縄ミュージックタウン音市場「TOWN LAND」、1月5日川崎CLUB CITTA’「Y.O.L.O」、1月6日浜松ZEN HAMAMATSU「harvest」、1月7日土浦CLUB GOLD「ALIVE」はイベントそのものが中止になった。また、出演とりやめとしては、12月30日大阪CREATIVE CENTER OSAKA「STARFESTIVAL」がある。イベント被害の総額は相当のものだと考えられるため、公式に発表はないものの、犯行予告についてはすでに被害届けが出ていてもおかしくはない。
個人的な補足としては、諍いというものがおおよそそういうものであるように、どちらの立場にも客観的にみてあまり正しいことはいっていない。例えば、よく批判されていることとして、「BAD HOPはUSの曲をパクっている」ものがあるが、彼らはUSのサウンドにうまく日本語歌詞を載せていったという点でやはりラップシーンで強い存在感をもっていたのであり、単にパクったとはいえないだろう。また、BAD HOPのとくにYZERRが若い世代のフックアップや年長世代に対するマネジメントを働きかけていくことで意識的にシーンを盛り上げていくように活動していたことを「資本主義の豚」(by BADSAIKUSH 「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」より)というのは筋違いの中傷であり、「本物は黙ってそれをやるだけさ」(by BADSAIKUSH 「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」より)はシーン全体を見て公正な判断ができているとは思えない独りよがりな発言にも見える。一方でYZERRがいう「殺しもしないのにビーフなんて意味がない」というInstagramライブ配信での発言もまたヒップホップ史をふまえたものではない。2PACとノートリアス・B. I. Gの殺人に発展したビーフを踏まえての発言と思われるが、EMINEMも頻繁に曲だけのビーフをしており、曲でやりあうのに意味がないというのは著名なラッパーの事例に基づいていていない。また、いまはギャング抗争のなかで「殺した相手の名前をラップにする」という形でヒットソングがでているので、殺人という観点にしぼっていえば、「殺人に発展するビーフ」も一つの形にすぎず、「殺人を自慢しあうビーフ」も存在している。例えば、フロリダ州ジャクソンヴィルのギャング団KTAとATKの抗争において、ATKのほうがリリースした「Who I smoke」(「俺が殺すやつ」、といった意味)がここ最近では最も著名な事例である。
いずれにせよ、和解することはできないような感情的な意見の対立なので、とにかく大事にならないことを祈っている。


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