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私のnote

こんばんは。


いつも書出しって悩みます。
こんなこと書きたいなと思っても、なんて書き始めようとか、こんなこと書いてどうするんだろうとか思ったりもします。

私の好きなアイドルたちも、ブログを更新してくれるけど、こんな私の独り言を書こうとしてるだけで大変なんだから彼女たちはもっともっと大変な気がしてしまった。

既に沢山の幸せを運んできてくれてるから、ブログ無理して書かなくて大丈夫なんだよって伝えたい。

笑顔で楽しそうにしている姿に勇気を貰えるからもう充分すぎるほど、パワー貰えてるよ!(届け)



今急に思った。いつも夜にふと、今の頭の中言葉にしてみようと思ってnoteを開いて書き始めるんだけれど、朝に書いてみたいな


今まで(今も)完璧な夜行性だったけど、朝型の良さにも気づいて、たまに早く起きると1日がとても充実する気がする。

気がするんじゃなくて、きっと実際充実してる。

だって、起きて活動している時間が6時間近くも違うからね。


最近朝起きれないから今日は早く寝るぞ〜〜。



2週間ほど前、「花束みたいな恋をした」を観にいきました。観終わったあとも、それからも、思うことが沢山で感想を聞かれても上手に答えられなくて、1人ずっと考えていました。


昨日やっと、なんとなく言葉が纏まってノートに向かって書き綴ったら、どんどん感情移入してしまいました。


社会人として働くことはこういうことだよ

と提示されている気分にもなって、麦くんの姿は悲しくもあったけど、その変化に違和感を覚えなかった自分にも怖くなった。


どうしても絹ちゃん目線で話を見てしまったから、麦くんの変化に心が痛くなったし、やっぱり本来の目的を忘れずに、本当に大切なものを見失わずに大切にし続けたい、大切にし続けて欲しいと思った


でも、麦くん、必死に頑張ってたんだよなあって。
その時、絹ちゃんに何か出来ることあったのかなあって。


描写が現実的すぎるからなのか、何故だか自分と重ねるように観てしまったから、どうしてもハッピーエンドを迎えたくて、2人の別れを受け止めたくなくて、何かこれからの時間も2人で過ごせる為の方法はあったのかなって考えてしまった。


だけど、麦くんと絹ちゃん、別れた後お互い違う恋人ができていて、幸せそうな新たな毎日を過ごしていたように見えて、


どうにかして2人が結ばれて欲しいという自分の考えが固くて、窮屈にも思えた。


きっと、今ある幸せを失う日が来たとしても、気づけば新たな幸せを感じられる日が来るだろうし。

世界は広いから、固執した考えは捨てた方がいい気もして。


だけどやっぱり1度生まれた大きな愛を信じたくて、2人は合わなかったのかな。1度すれ違ったらもう元には戻れないのかな。なんてこと考えちゃってる。


運命が、永遠があると信じたい。
だけどこの考えが自分の世界を、可能性を狭めて窮屈に生きづらくしているのなら、変わりたい。



そんなことを考えさせられた作品でした。


今度は本を買って読みたいな。
買って満足しそうだけどね、傍に置いておきたい



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