わが国独自の民主主義(シラス)を取り戻せ
バイデン大統領が「対中包囲網」を意図して開催した民主主義サミットは、逆に中国を利する結果に終わった。サミットには百九カ国と台湾、EUが招待されたが、イラク、アンゴラ、コンゴなどフリーダム・ハウスが「自由ではない」と見なす国も招待された。京都大学教授の中西寛氏が「そもそも民主主義か権威主義(非民主主義)かを明確に区分する境界線はない」と指摘しているように、民主主義サミットにどの国を招待するかは恣意的にならざるを得ない。そのため、東アジア地域での招待国選定は大失敗に終わった。東アジア十四カ国の中で、招待されたのは日本、韓国、インドネシア、マレーシア、フィリピンのわずか五カ国で、残り九カ国は招待されなかった。こうした恣意的な招待国の選定は、中国や北朝鮮とともに招待されなかったシンガポール、タイ、ベトナムといったASEAN諸国の反発を生み出し、逆に彼らを中国側へと追いやる結果をもたらしかねない。
我々は、中国政府による新疆ウイグル自治区や香港などでの人権侵害を到底容認することはできないが、人権問題で中国を包囲しようとした今回のサミットは、それに反発して中国側が展開した主張を裏付けるという逆の結果を招いたかに見える。
中国はサミットにぶつけて、白書『中国の民主』を発表し、「ある国が民主的であるか否かは、その国の人々が判断すべきだ。外部の少数の者あるいは独善的な少数の国が判断すべきではなく、国際社会が判断すべきである。民主には各国各様にさまざまな形があり、一つの物差しで測るべきではない」と主張した。さらに中国は、『アメリカ民主の状況』で、米国の民主主義は「金権政治」であり、少数のエリートによる統治だと指摘し、アメリカにおける人種差別や貧富の格差の拡大を強調した。中国はこうした白書によってアメリカを牽制しているのだが、中国の主張自体には各国で支持する声がある。例えば、シンガポール国立大学アジア研究所名誉フェローのキショール・マブバニ氏は、「民主主義は、外から押しつけるのではなく、その国が世界の他の国々との関わりを深め、経済を発展させる中で国民自身が選択するのが理想だ」と説く。
かつて欧米の植民地支配下で人権を踏みにじられてきた国には、人権外交を展開するアメリカに対して、「あなたたちに説教されたくない」という意識がある。
さらに言えば、アメリカの主張する人権、民主主義が絶対だと決まったわけではない。世界人権会議が開催された一九九三年頃、アジアからは個人の自由に基盤を置いた人権思想に対する異論が噴出していた。例えば、マハティール首相のブレーンとして活躍していたノルディン・ソピー博士を座長として発足した「新しいアジア委員会」が公開したレポートは、「人間を中心に置くという考え方は、個人主義を振り回すことでも、野放図な自由を叫ぶことでもないし…個人的優位性の利己的追求に狂奔し、個人の諸権利を絶対視し、神聖不可侵のものとすることでは決してないのである」と書いた。いまアジア人たちは、アメリカの人権外交に追随するわが国をどう見ているのだろうか。
かつて我々の先人たちは、大東亜戦争が思想戦を帯びる中で、欧米の自由主義に異を唱え、わが国独自の統治の在り方を称揚したではないか。わが国には、領土領民を私的に支配する覇道的支配(ウシハク)とは本質的に異なる「シラス」の統治がある。今泉定助は、シラスを「国土国民を親が子に対するように、慈愛の極をもって包容同化し、各処を得しめ給う統治」だと説明している。国民が大御宝として尊ばれる一君万民の国体こそ、わが国独自の民主主義にほかならない。
いまこそ、わが国は欧米の民主主義を絶対視することなく、国体に基づいた独自の民主主義を取り戻すための一歩を踏み出すべきである。それが、先人の営みを受け継ぐことであり、世界の「人権抑圧国」に対する最強のメッセージともなるはずだ。
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