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「ちいさなかぶ!」第1話

【あらすじ】主人公の蕪木花(16)は、高校二年生になった新しいクラスで震えていた。なぜなら、自分以外の女子は既に友達同士で固まっていたから。一人ぼっちの花に残された友達の選択肢は、怪しげなオタクか恐そうなギャルのみ。しかし、ひょんなことから2人と“株トモ”になり、3人で株式投資を始めることになってしまった。株なんて全然知らないし、怖いし、損したらどうしよう!? 混乱と後悔に苛まれる花だが、2人の真摯な友情に触れ、株に対する向き合い方が変わっていく。オタクとギャルと平凡な女子高生が送る、ちいさなかぶの物語。


 今日は4月1日。
 高校二年生としての生活がスタートする、輝かしい春の日。

 クラス替えはちょっぴり怖かったけど、一年生の時に仲が良かった友達と同じクラスになれちゃった! 部活の友達もいるし、この1年は楽しくなりそう!

 ……って思ってるんだろうな、わたし以外の人は。
 
 わたしですか?
 一番後ろの席に座って、逃げ出したい衝動を必死にこらえているのがわたしです。

 わたしは今、高校二年生になった新しいクラスで、一人ぼっちで震えています。


 ◆


 蕪木花、16歳。平凡で目立たず、何事も無難にコツコツこなしていくタイプの女子高生。叶わない大きな夢よりも、実現可能な小さい夢に向かって努力するリアリストである。

 この性格がいつ頃から形成されたのかと言うと、両親が言うにはなんと幼稚園からそうだったらしい。

 ある日──幼稚園のみんなで畑に出掛け、かぶの収穫体験をした時のこと。みんなが誰よりもおおきいかぶを抜こうと頑張る中、わたしは早々におおきいかぶを抜くことを諦め、ちいさいかぶだけを5つ抜いたんだって。

 自分の手が届くレベルを狙って収穫し、個数を増やすことで成果をカバーする作戦……幼稚園児のくせに、なんか現実的というか策略的で笑っちゃうよ。

 成長した今でも、この「おおきいかぶより、ちいさなかぶ」精神はわたしの中でしっかりと息づいており、学校生活でも活かされている。

 実は、わたしは友達を作るのが苦手だ。「みんな」と仲良くしようとするあまり、自分を出すことができずに浮いてしまい、誰からも相手にされない……ということもあった。そこで、今度は「一人」に狙いを定めて、確実に獲りに行くことにした。

 すると、最初の一人とは意外とすんなり友達になれ……また一人、また一人と増えていき……。高校一年生が終わる頃にはなんと、6人もの友達ができていたのだ。

 友達のいる学校生活はとても楽しくて、最後の授業の日には悲しくてたまらなかった。

 新学年になったらクラス替えでクラスメイトがシャッフルされてしまう。だけど……6人もいれば、1人くらいは同じクラスになれるはずだよね!

 そんな思いを心の支えに登校した始業式。下駄箱の前に張り出された新しいクラスの名簿は、わたしの希望を見事に打ち砕いた。

 そして、冒頭に至る──。




 ここは東京都目黒区にある東京都立谷畑(やばた)高等学校、2年4組。

「やったー! 今年も一緒のクラスでほんと嬉しー!」
「一年よろしくねー!」

 ……と、きゃいきゃい抱き合っているのは見たことのある3人組のグループ。

 あっちは……あ、確か吹奏楽部のグループだ。
 こっちはどこかの運動部のグループ。なんだっけ。
 あそこは2人で仲良しそう。

 ……うん。
 ……地獄。マジ地獄。

 わたし以外すでに友達が出来上がってるとか!
 どうしてこんな地獄に放り込むんですか?
 こんなひどいことってないよ! 神様―っ!!

 わたしの席は廊下側の一番後ろで、みんなが楽しそうにしている様子がよく見えてより孤独感が募る。すると、近くでわいわいと話していたグループが、前の列で友達を発見したようで「あっ、ゆきちゃーん!」とか言って去っていった。わたしの周りにぽっかりと空間が生まれ、完全に孤島になる。

 さらに隔離された!?
 地獄の先にまだ地獄が!?

 これ以上ないほどに打ちのめされた時。

 ふと、視界に違和感があった。ハッとそれに目を向けると、そこには──

 いっ……いるじゃん! 一人の子っ!

 さっきは集団に隠れて見えなかったけれど、隣の隣に一人で机に座っている女の子がいた。

 彼女は胸の下でゆったりとした黒い髪を編み、フチの細い眼鏡をかけている。周囲の喧騒から離れて静かに本を読んでいる様子は、控えめで大人しそうな雰囲気だ。

 わぁ……よかった! よかったぁ! 天の助けだよ!

 声をかけてみようかな?

 でも、見たことない子だな。何組だったんだろう?

 そわそわと観察していると、彼女が小さく肩を震わせた。そして、片方の口角をニヤリと上げて何やら「ひひひ……」と笑い始め、瞬時にして彼女は自らが発した怪しくよどんだオーラに包まれた。

 ……ぜ、前言撤回。様子見を継続!
 絶対なんか……黒魔術とか毒キノコとかのオタクだよ、あの子!

 寒くもないのにガタガタ震えていると、前のドアが開いてもう一人の女子が入ってきた。その瞬間教室のざわめきの波がすっと引いて、2、3秒してからまた戻っていく。

 周囲の目を引く、第3ボタンまで開いた胸元に短いスカート。金髪の前髪にはカラフルなピンを留め、長い髪の側面には星型の跡がついている。猫っぽいハッキリした目鼻立ちが気の強そうな雰囲気を醸し出す彼女は、どこからどう見ても“ギャル”そのものだった。

 あれは……1年1組にいた祢宜(ねぎ)さん!

 彼女は入学した頃からあんな感じで、先生の度々の注意にもへこたれずギャルを貫くという噂でちょっと有名な子だった。私はひそかにすごい神経が太い子だなと感心していたけれど、まさか同じクラスになるなんて。

 彼女は教室を見渡して、誰も知り合いがいなかったのか生徒たちの間を通り抜け、黒板に貼られた自分の席を確認していた。席に座ると、真珠やキラキラしたストーンでデコられたスマホを取り出し、いじり始める。わたしは呆然とするほかなかった。

 ……えっ。
 わたしの友達候補、オタクとギャルだけ?

 固まっている間に朝のホームルームの時間が近づき、生徒たちが自分の席に座り始める。席はすべて埋まり、これ以上生徒は増えないことがわかった。



 新しい担任は若い男の先生で、佐藤先生と言うらしい。ホームルームでは恒例の自己紹介タイムが始まった。先頭から順番に始まって、わたしの番が迫る。手にジワリと浮かんだ汗を腕の方に伸ばして蒸発させようとしたけど、上手くいかなくて手は気持ち悪いままだ。ついに前の席の人が終わり、わたしは椅子を引いて立ち上がる。

「蕪木花です。部活は……入っていません。好きなものはケーキで、趣味はカフェでのんびりすることです。両親が自由が丘でおにぎり屋さんをやっています。……よ、よろしくお願いしますっ」

 言い終わる前に座ってしまった。心臓がバクバク音を立てている。拍手が起きて、また次の人の紹介が始まった。

 はぁぁ、こういうのほんと苦手。うまく喋れたかなぁ……。

 しばらくして、例の闇のオタク(仮)の番となった。彼女が席を立つと、佐藤先生が「あっ」と口を開く。

「鳴戸さんは転入生なんだ。学校のことを色々教えてあげてくれ」

 なんと! 通りで見たことがないはずだ。

 クラスメイトたちがざわつく中、鳴戸さんは静かに口を開いた。

「鳴戸蓮だ。両親の都合でこっちに引っ越して来た。好きなものは『かぶ』で、趣味は『かぶ』だ。よろしくお頼み申す」

 そう言ってペコリと頭を下げて、鳴戸さんは席に着いた。

 武士?
 待って。ツッコミどころが多い。

 かぶって、野菜の蕪? 好きなものは蕪でも趣味が蕪というのはおかしい。と、いうことはつまり……後者の「かぶ」はまさか……株式投資の「株」!? いやいや、高校生で株が趣味なんてあり得る?

 クラスメイトたちは軽く首を傾げながら拍手をしていて、わたしもその一員だった。鳴戸さんの自己紹介に呆気に取られているうちに、次は祢宜さんの番になった。

「祢宜音でっす。部活はぁ、テニス部だったけどバイバイしました。ミスルトのあいやん単推しで同担歓迎っす。趣味はぁダンス。よろー」

 ……。こっちもよくわかんなくてすごい。
 ミスルトというのは確かデビューして間もない若手アイドルだった気がする。
 待って。わたしの友達候補、キャラ濃すぎん?

 


 その日は連絡事項とか書類を配られただけで、午前中に終わった。クラスメイトたちが帰り支度を始める中、わたしは大いに悩んでいた。声をかけてみるか否かだ。

 鳴戸さんって思ったより怪しい感じじゃなかったし(変わってそうではあったけど)、何よりも「かぶ」の正体が気になる……。

 ちらりと見た鳴戸さんは、鞄を持って席を立ったところだった。

 しまった、帰っちゃう! うぅ……勇気を出すんだ、わたし!

「あのー、蕪木氏」

 心を決めて立ち上がった瞬間、すぐ隣に鳴戸さんが立っていた。

「ひゃあっ!?」

 驚きのあまり、机にぶつかって腰を打ってしまう。

「あ、いった!」
「む、すまんな。驚かせたか」
「あああ、だ、大丈夫。えと、鳴戸さん、だよね」
「ああ。もう名前を覚えてくれたとは、光栄だ」
「えと……ど、どうしたの?」
「いやなに。自己紹介でも言ったが、私は『かぶ』が好きなものでな。君の苗字には『かぶ』が入っているから何か縁を感じたのだ」

 びっくりした。わたしの鳴戸さんの第一印象、「控えめで大人しそう」ってまるで人を見る目がないじゃんよ。

「あの、そのかぶって……野菜の蕪? それとも……」
「無論、株式投資の株だ」

 や、やっぱりー!

 鳴戸さんは照れくさそうに頭をかきながら、「いや、野菜の蕪ももちろん好きだがな。漬物がうまいよな」などと早口で続けた。

「じゃあ、さっき読んでた本は株の……?」
「ああ、そうだ。すごーく面白いぞ」

 と言う彼女の背後から、ふわりと例の紫色のオーラが立ち昇るのを確認した。

 面白い本を読んでなぜそうなる……?

「す、すごいね。高校生で株をやってるなんて」
「いやいや、本物ではなくシミュレーションだ」
「シミュレーションって……ゲームみたいなもの?」
「そうだ。仮想通貨で取引の練習ができるというスマホアプリがあってな。それで経験を積んでいる」
「へぇー、そんなのがあるんだ」

 この時わたしの脳内では、高校一年生の公共の授業で習った投資に関する記憶を一生懸命引っ張り出していた。投資に関する記述が教科書に載るのはわたし達の代が初めてらしく、ふーんそうなんだって思った……ほかは……ほぼ忘れた。

 唯一覚えているのは、その時の先生が言っていたこと。「僕は初心者のくせに投資で大きい額をかけちゃって痛い目を見たんだ。皆はこんな大人になっちゃ駄目だよ……」という悲哀のこもった語り口が、キュッと心に沁みた。

「そのゲームって……実際の株のやり方と変わらないの?」
「ああ。現実の株式市場の値動きが数分遅れて反映されるんだ」
「それなら、失敗しても損をしなくて安心だね。わたしもやるならゲームからかな」

とか言いつつ、多分やらないけど……。

「…………」

 沈黙が続いたかと思えば、鳴戸さんの目が何やらキラキラと輝いていた。

「君、株に興味があるのかっ!?」

 ガシッ!と肩を掴まれて驚愕する。

「ひぇぇっ!?」
「株トモになろうではないか!」
「えぇぇ、えっとぉ!」

 まずい。軽く言っただけなのに、本気に取られちゃった!?

 目を白黒させていたら、視界にすっと派手な金髪が入ってきた。

「はいはーい。ウチも株トモ希望っす」

 祢宜さんは片手をぷらりと上げて、わたし達の方へ近づいてくる。鳴戸さんがわたしの肩から手を離し、祢宜さんに向き直った。

「何ッ!? 本当か!」
「うん。キョーミあんだよね」

 えええええ。
 まさかの祢宜さん参戦―!?

「転校初日に2人も株トモができるとは……! よければ、この後お茶でもしないか?」
「いいよ~ヒマだし」
「僥倖! 場所はどこがいいだろうか」
「自由が丘でよくね? 案内すんよ☆」

 次から次へと予想外のことが起こり、わたしの頭はとっくにショートしている。流れるような速さで親交が深められていくのを、ただ見守ることしかできない。

 ……ん? 2人?

「では、株トモ初の集いは自由が丘で決まりだ。さぁ、参ろうか!」
「あ、あのー」

 意気揚々と歩き出した鳴戸さんに声をかける。

「ん?」
「株トモって……わたしも入ってる?」
「そうだが?」

 や、やっぱりかー!!!



 それから30分後──わたし達3人は自由が丘のマクドルにいた。

「とりま、さん付けやめよーよ」

 祢宜さんはオレンジジュースのストローを噛みながらわたしを見て言った。鳴戸さんがこくりと頷く。

「そうだな。私もそうしてくれ」
「じゃあ……音、ちゃん? 蓮ちゃん?」
「ちゃん付けもいらないけど……まぁそれでいいよ」
「では私は音氏、花氏と呼ばせてもらおう」
「ウケんだけど。その氏って何?」
「うむ……癖のようなもので、外せないのだ」

 音ちゃんは「へー」と相槌を打って、チーズバーガーにはむっとかじりつく。もうすぐ夕飯時なのにそんなの食べていいのだろうか。蓮ちゃんが飲んでいたホットティーのカップをテーブルに置いて、「さて」と切り出した。

「まずは株トモとしての自己紹介をしなければな。それぞれ一言ずつ、株の魅力を語っていくのはどうだろうか」

 えっ!
 株の魅力なんてわかんないよ!?

 口を挟む間もなく音ちゃんが「オッケー」と答えて、「ではトップバッターは私から」と蓮ちゃんが咳払いをした。

「株をやっているとな、もちろん利益が出るのは楽しいが世の中のことや会社の仕組みなど勉強になってそれもまた楽しくてな、社会と自分が株を通して繋がっている感覚というか、高校生で働いていないが社会の一員になれてる気がするし、自分が投資したお金で企業が新しい価値を生み出してそのサービスを享受したり余ったお金をもらえたりすることで自分に恩恵が戻ってくると考えるとこの循環ってなんて素晴らしいんだと感動せざるを得ず、ああ、早く大人になって働いて自分の好きな会社に投資したいと思い日々の充実感に繋がり、つまり私にとって株は生きがいのようなものなのだ」

一言なっげ。

わたし達はたっぷり10秒ほど固まった。

 ハァハァと荒い呼吸をしていた蓮ちゃんの顔がだんだん赤くなって、恥ずかしそうにしょんもりと俯いた。

「……すまん。株トモができたのが嬉しくて、つい……」
「だ、大丈夫だよ。本当に株が好きなんだね!」
「へぇ~株を通して社会と繋がるってのエモいわ~」
「音ちゃん!? まさかの話をしっかり理解している!?」
「ウチ現文得意なんだ」

 そういう問題?

「じゃあ次はウチね。ウチはシンプルだよ。株ってなんかカッケーじゃん? 働かなくてもお金が稼げるなんてサイコーっしょ☆」

 めちゃくちゃシンプルに明け透け。下心しかない。多分普通の人が考える株のポジティブなイメージってこれなんだと思う……けど、蓮ちゃんは株に尊い理念とか感じている雰囲気だったから、衝突するのではないかとヒヤッとして、蓮ちゃんの様子を伺った。

「そうとも! 不労所得は最高だ! がはは!」

 全然心配不要だった。

「さて、花氏はどうなのだ?」
「えっ! わ、わたしは……」

 どうしよう。ここまで流れで来てしまったけど、株なんて全然わからない。お金持ちでもなく、社会人ですらない高校生のわたしには全くもって縁遠いもので、音ちゃんみたいに「いつかやりたい」という憧れもない。

 でも……ここで「やっぱり興味ないです、さよなら」と言ったら?

翌日、学校にて。
蓮:株トモの音氏よ、ランチを食べながら株について語り合おう!
音:いいよ~食堂でも行かね?
蓮:うむ! ああ、楽しいなぁ!
音:楽しいねぇ☆
わたし:ぼっち飯確定

 ダメダメダメー!! ぼっち飯はつらすぎる!
 2人しかいない友達候補なんだから、ついて行かなきゃだめだ!
 でも、あまりに適当なこと喋ったらこの後やりづらくなっちゃう……。
 なるべく自分に近い言葉で、株に惹かれる理由を……!

「かぶってわたしの苗字にも入ってるし、自分の座右の銘にも入ってるんだ。『おおきなかぶよりも、ちいさなかぶ』ってやつなんだけど……大きい目標より、小さい目標でやっていこうって感じ。だから、株式投資のかぶにも親近感があって……そう、親戚みたいな! 仲良くなりたいなーなんて!」

何を言っているんだ、わたしは?

「……ごめん。変なこと言った……」

 ずううんと頭の上から重しを乗っけられたみたいに落ち込んだ。
これなら音ちゃんみたいにシンプルに「お金!」って言ったほうがよかったな……。

「かぶ一族なんだ! ウケるー」

 音ちゃんっていい子では?

 よくわかんないけどとりあえず明るく笑ってくれて救われた。音ちゃんって見た目は近寄りがたいけど、全然中身は優しい説。

 さらに、蓮ちゃんが「それ、いいな」と考え込むように言った。

「何が?」
「おおきなかぶよりも、ちいさなかぶ。今の私にピッタリな気がするんだ」
「……どういうこと?」
「実は、実際に株を始めてみようと思っていてな」

 わたしと音ちゃんが「えっ!?」と口を揃えて反応した。

「今までシミュレーションで練習をしてきて、コツを掴めてきたのだ。利益も出せるようになってきている」

「利益って、どのくらい?」

 音ちゃんが身を乗り出した。蓮ちゃんはちょっと照れくさそうに答える。

「9千円ぽっちだが……」
「「9千円!?」」

 え、全然よくない? 9千円あればケーキが何個買えてカフェにも何回行けることか。

「9千円はデカイよ、蓮ちゃん!」
「そーだよ。コンサート行けるしグッズも買えるよ!」
「そ、そうかな」 

 わたしと音ちゃんの金銭感覚は似ているみたいだ。

「本当の株を始めるには現金が必要だからな。そのために春休みに短気のアルバイトをして3万円貯めたんだが……社会人になってしっかりお金を貯めてからでもいいのではと迷っていたのだ。だが、おおきなかぶより、ちいさなかぶだ。やはりこの3万円で始めてみようかと思うぞ!」

 うちの高校はアルバイト禁止だけど、蓮ちゃんの高校はOKだったんだ……という感想は置いといて、それよりも。

「「株って3万円でできるの!?」」

 わたしと音ちゃんの声がかぶった。

「ああ、もちろんできるとも」
「だって、もっと何百万とか持ってる大人しかできないものだと思ってたんだけど……」
「ウチもそのイメージだった」
「いや、元手にするお金はいくらでもいい。数千円からでも投資はできる。お金持ちなら、何百万とか何千万とか投資して『億り人』を目指したりするけどな」

 へー、とわたしは頷くだけだが、音ちゃんはテンションがぶち上がったらしい。鼻を膨らませて、拳を宙に突き上げた。

「億り人っ! いつか目指してーっ!」
「おっ、野望がデカくていいぞ。花氏はどっち派だ?」
「おおお億なんて無理だよ。ちいさなかぶに賛成!」
「ま、現実問題、ちいさなかぶしかできないんだけどねー」

 音ちゃんがつまらなそうに肩をすくめる。

「確かに3万円だと、利益も数百円くらいにしかならない。けどその分損失も少ないから、初心者にはうってつけだ。それに株を所持することで配当金や株主優待が受け取れるし、株主総会にも参加できる。株カツの幅がぐっと広がってこれからの夢もぐわーっと広がるのだ!」

 蓮ちゃんは天に昇るような恍惚とした表情で両手を広げた。

「そっか。じゃあウチも一緒に始めるー!」

 ノリノリで放った音ちゃんの発言に、思わず「えっ」と声が漏れた。

「お年玉貯金が5万円あんだ。ウチもなるっちと同じ3万円で始めるよ」
「音氏……本当か……!?」

 蓮ちゃんの顔がみるみると赤くなっていく。会話の内容を聞いていなかったら、好きな人に告白されたのかと思ってしまう光景だ。

「……共に目指そう! 株トモの頂を!」
「おう!」

 感極まった風の蓮ちゃんと笑顔の音ちゃんが固い握手を交わす。
 その様子を見て、嫌な予感がしてきた。音ちゃんがくるりと顔をこちらに向ける。

「花ディアスもやろーよ!」

誰?

「じゃなくて、わたしも!?」
「うん。かぶ一族で仲良くなるんでしょ?」

 うッ……早速さっきの自分の発言がブーメランに!

「無理はしなくていいんだぞ、花氏。3万円はポンと出せるものではないからな」

 蓮ちゃんがフォローしてくれるが、実は貯金はある。それも高校生にしては恐らく多いほうの、15万円。実家のおにぎり屋を手伝ったらお小遣いをもらえるので、中学生の頃からコツコツ貯めてきてお年玉貯金も合わせて気が付いたらそんな額になっていた。3万円なら出せなくはない。

 でも……!

 ちょっと落ち着かせてほしい。だって、今朝まで普通の女子高生だったんだよ? それが2人に出会って、突然株を始めるだなんて!

「お金はあるんだけど、その……わたしは蓮ちゃんみたいに練習してきたわけじゃないし、突然本番ってのはちょっと……」
「それはウチも一緒だよ。でもウチらには、なるっちがいるじゃん? 教えてもらいながら一緒にやればイケると思うんだけどなー」
「そうか……いいことを思いついたぞ!」 

 腕を組んで考え込んでいた蓮ちゃんが、突然顔を上げた。

「3人の力を合わせてやるのはどうだろう? 3万円を1人ずつが運用するより、1つの口座で9万円を運用した方が多く利益も出せる。何より、話し合いながらできて安心ではないか?」

 おぉ、と音ちゃんが感嘆の声をあげ、「それ、いいじゃん。ウチは大歓迎☆」と即決する。
 わたしは咄嗟に、脳内にメリットとデメリットをかけた天秤を取り出した。

 最大のメリットは2人と友達関係が維持できること。デメリットは、2人の話題についていけなくなってクラスで孤立すること。お金の面では……たとえば1か月で500円稼げたらケーキが1つ余分に食べられて嬉しいし、500円損しても、コンビニでペットボトルを買うのをちょっと我慢して水筒にすればいいだけだよね。株をやるなんてわたし1人じゃ絶対ビビッて無理だけど、3人で話し合うなら最悪2人に合わせればいい。利益を出そうと頑張る2人を見ているだけでも、お金の勉強になりそうだな。

 天秤がメリットの方へ傾くと同時に、こんな風に計算してる自分がかなり嫌になった。
 音ちゃんは「お金ほしーい!」「株やりたーい!」だけで突き進んでいると言うのに、わたしと来たらあれこれ計算して損得勘定で動くなんて、性格悪すぎじゃん。

 わたしはなんでこんな嫌な奴なんだ。多少損したところでなんだって言うのさ! 新しいことを始めるのはいいことだし、きっと将来の役にも立つし、友情だって生まれる。何も躊躇することなんてないはずだよ!

「花氏、どうだ……?」

 おずおずと尋ねてきた蓮ちゃんに、わたしは自分の中の炎がカッと燃えるのが感じた。すっと手を挙げて、「やる! やりたい! やらせてください!」と叫んだ。

「ま、誠か! 花氏!」
「誠です!」
「よっしゃ。花ディアスもやる気になってきたねー!」
「やる気ですっ!」

 音ちゃんが手をテーブルの上に伸ばした。わたしと蓮ちゃんも上から重ねる。

「そんじゃ、チーム『ちいさなかぶ』の始動と行っちゃおうか!」
「「おーっ!」」

 今日知り合ったばかりの友達と、こうして新しいことを始めるなんて。きらきらした青春の1ページが動き出したことを感じて、わたしの胸は高鳴っていた。


 マクドルでのワクワクドキドキの時間から一転。自分の家に帰って、わたしはリビングのテーブルに突っ伏して白目を剥いていた。

 あー……調子のったー……。

 よく考えたら、3万円って大金なんだが??? うちのおにぎり屋を手伝うとして、1時間1200円だから土日7時間みっちりと汗水流して働いて4日分。貴重な週末を2回使って稼ぐ額だよ。それもアルバイトさんが足りてたら入れないし。
 損をしても500円って思ってたけど、それだって何が起こるかわからない。もしかしたら一瞬で1万円くらい減っちゃうのかもしれない。そうなったらショックすぎて、きっともう友情どころじゃない。引きこもりまっしぐらだよ。

この話をしてた時、直前に何百万とか何千万っていうワードが出てたから麻痺してたのかな……。未経験の音ちゃんがノリノリだったからわたしもって思っちゃったのかな。とにかく、その場の雰囲気に流されたことは確か。あれ。もしかしてわたしって詐欺に遭いやすいんじゃ? 大丈夫?

 グゥ~と間抜けな音がして、お腹が空いていることを思い出した。こんなに思い詰めていても、お腹は減る。すこし頭を上げて壁掛け時計を見ると、時刻はちょうど19:30。
自由が丘の北側にあるわたしの家は3階建てで、1階がおにぎり屋で2階がキッチンとお風呂とリビング、3階は両親の寝室とわたしの部屋になっている。お店は21時まで営業しているので、まだまだ両親は戻ってこない。わたしはキッチンにできているスープをお椀にすくって、電子レンジに入れてあたためボタンを押した。

第2話:https://note.com/tsubashi_284/n/nf1e607f131b0


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