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「ちいさなかぶ!」第2話


 それに……。
 わたしを悩ませる原因は他にもある。3人で一緒にやるのはいいとして、成り行きでわたしが代表者になってしまったのだ!

株をやるための証券口座を作るのに、家にパソコンがあって使うのも慣れているという理由でわたしに決まってしまった。あの時は謎のイケイケモードになっていたから「まぁいいか!」ってOKしちゃった。も~! わたしのバカ野郎!!

 モヤモヤぐるぐると考えながらも夕飯を食べ終えて、食器を片付ける。そしたら、次はうーすけの餌やりだ。うーすけはわたしが10歳の頃から家にいるペットのうなぎで、おじいちゃんが飼っていたけど、おじいちゃんは3年前に他界。それからは一番懐いている(と思われる)わたしが面倒を見ている。うなぎをペットにしてると言うと高確率で「いつ食べるの?」と聞かれるけど、食べないよ!

「うーすけゴハンだよ~」

 うーすけを呼ぶと、住処の土管からひょこっと顔をだした。エサを求めて水面に向かって伸びてくるうーすけの口めがけて、エサを投入する。

 うんうん、今日もうーすけは元気そう。

 パクパクと食べる可愛い姿に癒されて、少し気が晴れてきた。

 ……こうやってうだうだしていてもしょうがない。ちょっとでも調べてみなきゃ!

「……お、あった」

 自分の部屋の本棚から、高1の時の公共の教科書を発見した。

「確か最後の方だったっけ……」

 ぺらぺらと教科書をめくると、終わりの方の「金融」というテーマの中に株式投資のことが書いてあった。約300ページの厚い教科書だけど、株について書いてあるページは2ページしかない。

「将来に必要な資金を形成するために、銀行にお金を預けて運用するだけではなく、より積極的な投資が推奨されている……」

 ……ああ、ちょっと思い出してきた。

 日本は少子化が進んでるから、将来にもらえる年金の額が少なくなるって先生が言ってたっけ。今からじゃ想像もつかない遠い話だけれど、いつか65歳になって自分が仕事をやめたときのために、しっかり老後の資金を貯めておかなきゃいけないって。今は銀行に預けておいてもお金は増えないけど、お父さんとお母さんが若い頃は銀行に預けておいたら勝手にお金が増えたらしい。何、その最高な時代? わたしもその時代に生まれたかった……。 で、しょうがないから自分で投資してしっかり資産形成しようねってことになる。ていうか教科書で投資を勧めるほどって、かなりガチめにヤバイの? わたし達世代の老後って……。
将来に対する不安が雨雲のようにもにゃりと広がって、わたしは眉をひそめる。老後のためには、堅実に資産形成した方がいいんだろうなぁ。……となると。やっぱり株って将来避けられないものだよね? 大人になってやらなきゃいけないなら、今からやってても別に悪いことない、むしろ良いよね……!? ……うう。でも、損することもあるんだよ!? それについてはどうなんだ、教科書よ!

 次のページを見たら、ちゃんとそのことも書いてあった。

「金融商品には、リスクとリターンが発生する」

 うんうん、そうでしょ!? 

「そのため、さ……債券? 投資信託? 株式など、様々な商品の内容や違いをよく把握してから購入しよう……」

 ……と言われても、そんな日本語聞いたこともないよ!

 わたしはさらなる情報を求めてページをめくったが、次は違うテーマに変わっていて、投資の説明は以上だった。

 ──みじかっ。こ、これじゃ何もわからーん!

 教科書からのこれ以上の情報の取得を諦めて、居間に移動した。蕪木家の居間には、家族兼用のノートパソコンがある。ちょっとした調べ物ならスマホでするけど、パソコンの方が画面が大きくて見やすいのでわたしは好きだ。
インターネットで「ほほえみ証券」と検索すると、すぐにホームページが出てきた。株を始めるには、まずは証券口座を開くところから始まるらしい。世に証券会社はたくさんあるけど、蓮ちゃんのおすすめである「ほほえみ証券」でやることになっている。
知らない単語がたくさん並んでいるホームページをぼんやり見ていたら、「初めての口座開設」という初心者マークのイラストがついたバナーが目に留まった。

 あっ、はいはい! わたし、初めてです。初心者です!

 表示されたページの下の方にあった「口座開設はこちら」というボタンをクリックしてみる。メールアドレスの入力画面が表示されたが、その下に「未成年口座フォームはこちら」と書かれている。

 ……ん? 未成年は専用の申し込みフォームがあるの?

 リンクをクリックしてみると、未成年が証券口座を開くにはまず親権者が口座開設をする必要があると書いてあった。

「……えっ! 先に親が口座開設しないといけないの!?」

 お父さんとお母さんから株の話なんて聞いたことがないから、多分やってない。毎日忙しいのに、わたしのために口座開設をお願いするのは気が引けるなぁ……。そもそも、「そんな危ないことやめなさい!」って言われるかも?

 あああ、その可能性を考えてなかった。親に反対されたら、さすがにやりづらい。わたしが口座を作れないとなれば、蓮ちゃんか音ちゃんのどっちかが作るんだろうか?
 ハッ。それか、もしかして口座開設の話が立ち消えになったりして……!?
 今まで通りシミュレーションで練習だけなら、わたしもリスクなく参加できる。それが一番安全でいいんじゃない!? むしろそうなってほしい!
 
 となれば、お父さんとお母さんには反対してもらって──

「株に興味あるのか?」
「ンギャアアアッ!!」

 真後ろから声がして、プテラノドンみたいな叫び声を上げてしまった。

「あ、ゴメン。驚いた?」
「驚いたよ!!」

 声をかけてきたのはお父さんだった。

「いやぁ、一生懸命パソコン見てるから何かなって思って」
「後ろから覗くなんてプライバシー違反だと思いますっ!」
「なんの話―?」

 続いて、片付けを終えたお母さんも上がってきた。時計の針は21:10を示している。

 あれっ、もうそんな時間だったんだ。油断した……!

「花が株のこと調べてるんだよ」
「えっ、株?」
「え、えーと……」

 両親が「さぁなんでも聞くよ」という顔でテーブルに座った。心の準備がまだだったけど、機会としてはありがたい。わたしは新しいクラスで友達になった子が株を始めようとしていて、自分もやろうかどうか迷ってると話した。両親は意外にふんふんと真面目に話を聞いてくれていて、株というワードに対して即座に拒否反応を示すというようなことはないみたいだ。と言ってもうちの両親は、わたしの言うことやることを即座に否定したりはしない。いつも穏やかに、大人の目線から諭してくれる。きっと今回もまたそういう風になるんだろう。

「高校生でも証券口座は作れるみたいなんだけど、株ってリスクも大きいじゃん? やっぱり高校生には早いから──」
「いいんじゃない?」

 やめておくよ、と言おうとしたら、かぶせ気味に何か言われた。

 え、今、なんて……?

「いやぁ、花はおつりの計算が早いなぁと思ってたんだよ」
「そうよねぇ! 数字に強い才能を活かせそうじゃない?」

 両親はニコニコして頷きあっている。

 えーっ! 賛成されたーっ!?

「ま、待って! 株だよ!? 損するかもしれないんだよ!?」
「投資額はいくらの予定なんだ?」
「えっと、3万円……」
「それなら損したって、いい勉強代だよ。大人になれば嫌でもお金のことを考えなきゃいけないんだ。高校生のうちから興味を持ってやろうとするのは、父さんはすっごくいいことだと思うよ!」
「そうそう。若いんだからいくらでも失敗していいのよ」
「お父さん……お母さん……」

 ……って、普通なら感激するところかもだけど! わたしとしては逃げ場を失った気分だよ! 「スカイダイビングって一生の体験になるよね!」ってヘリコプターの飛び降り口に置かれたみたいな!

「で、でもね、未成年が口座を開くには先に親が口座を持っていないといけなくて……」
「実は父さん、ほほえみ証券の口座持ってるんだ」
「えっ、そうなの!?」
「前にキャンペーンをやってた時に、作るだけ作ったんだけどさ。そのあと結局何もしてなくて、放置中」

 お父さんは苦笑しながら、恥ずかしそうに言った。

「俺の代わりに花が頑張ってくれたら嬉しいなぁ。もしかしたら大成功して、来年には倍になってたりして!」
「花、頑張ってね! お母さん応援してるからね!」
「あ、あははは……」

 どうしよう……うちの両親、ポジティブすぎ。


 翌朝。

「はぁ……」

 わたしの高校生活、初日から波乱すぎる。これからどうなるんだろう……。まったく行く末の想像がつかないよ。

 駅に向かってトボトボと歩いていると、前から何か眩しいものがやってきた。

「おっはよー!」
「あ……」

 眩しいものの正体は、風に揺れる金髪を朝日にキラキラと反射させる音ちゃんだった。

「音ちゃん!?」
「会えるかなって思ってちょっと早く来てみたんだぁ」
「あ、音ちゃんもが丘に住んでるの?」

 初めて知った振りしてるけど、実は知ってた。高校一年生の頃からちょいちょい駅のホームや街中で見かけたことがあった。鉢合わせないように若干避けてたフシもある。だってギャルって近寄りがたいもん……。

「うん。花ディアスは北側なんだね。ウチは奥沢なんだ」
「そうなんだ」

 音ちゃんはうちとは反対側の方を指さした。奥沢とは自由が丘の南側に位置する地名である。

「ねー、これから一緒に登校しない?」
「あ、うん。そうだね。行こう」
「そうじゃなくて、これから毎日ってこと」
「……えっ!?」

 毎朝一緒に登校するってこと!?

第3話:https://note.com/tsubashi_284/n/n09bf815f6ce0

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