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「ちいさなかぶ!」第3話
それはほどは仲良くなってない(と思ってる)から、つい良くない反応をしてしまった。すると、音ちゃんは眉をひそめて「え?」とわたしの反応を繰り返す。
しまった! これは「陰キャの分際でウチの誘いを断ろうっての?」の流れ……!?
「イヤ? ……ごめん、ウチ調子乗ったかな」
思い描いた高圧的な態度とは裏腹に、音ちゃんはしゅん……と傷ついたように眉毛を下げて、目線を下げた。
それはもう捨てられた子犬のように。瞬時にわたしの中に罪悪感が湧き上がる。
「ううん全ッ然! むしろ有難い! 友達と一緒に通学するの夢だったの!!」
「マジ? よかったぁ」
音ちゃんはいつものハッピーな雰囲気を取り戻して、嬉しそうに笑った。
「じゃあ明日も駅で待ち合わせね、花ディアス!」
花ディアスって定着しちゃったのかな……。
「ってかさ、株のことどうなった?」
「あ、それが……」
「なんと! 花氏のお父上が昨晩のうちに申し込みまで済ませてしまったのか!?」
「そーなんだって。花ディアスのパパマジ仕事早いよね~!」
早速、教室で蓮ちゃんに昨晩のことを報告した。お父さんは「釘は熱いうちに打たないと!」とか言って、その日のうちに申し込みをすませてしまったのだ。
「ああ……!」
突然、わたしの前で蓮ちゃんが膝をつき、両手を頭の上で組んだ。
「神だ! 花氏はかぶ一族の神だ!」
クラスメイト達がざわっとしてわたし達を見た。
ひぃぃぃっ!
「れ、蓮ちゃん! そんなことしなくていいから!」
恥ずかしすぎて真っ赤になっているであろうわたしが蓮ちゃんを立たせようとする横で、音ちゃんがお腹を抱えて笑っている。
「あ、あのさ~」
そんなところへ、ふと、一人の女子生徒が近づいてきた。
こ、この子は……確か吹奏楽部の吉木さん!
「ごっ、ごめんねうるさかった!?」
「ううん、そうじゃなくて……」
吉木さんは「さっき話してたのを聞いちゃったんだけど……」と言いにくそうに続けた。
「3人は株をやってるんだって?」
「!」
こ……これは、裏にどんな意図を含んだ質問?
こういう時、わたしは最悪のパターンを想像する。なぜなら、最悪を予想しておけば傷つかないし、その後の角の立たないいい感じの交わし方もできるから。一番いけないのは、ムカッとしてケンカになっちゃうこと。
この場合の最悪のパターンは、「お金をドブに捨てるの?」か「大人ぶるのやめなよ(笑)」とか……? いや吉木さんってそんな酷いこと言う人なのか知らないけど。またわたしの性格悪いところ出ちゃったよ。
と思考していたら、音ちゃんがズイと前に出て答えた。
「そー! ウチら3人で株始めることにしたんだぁ。ちっぽけな額だけどさ。ね、なるっち、花ディアス」
「う、うん」
「うむ……」
後ろ2人の語気は弱い。って、わたしが弱いのは当然として蓮ちゃんまで何か緊張している感じだ。あれ? と思って一瞬目を離していたスキに、気が付いたら吉木さんの後ろにさらに女子が増えていた。
あっ!? 仲間を呼んだ!?
そしてその女子たちは、一様に「すごーい!」と声を上げた。
「株をやる高校生なんて始めて会ったよ」
「なんかカッコイイー!」
「頭いいんだねー」
うそっ……。まさかの、ちやほやの嵐!?
「そ、そんなことないよ! 全部蓮ちゃん頼りで、わたしなんか何もわかってないから」
「ウチも」
わたしと音ちゃんが蓮ちゃんにバトンを渡す。蓮ちゃんはちょっぴり照れながらも「私だって半年前に始めたばかりだ」と言った。
「えっ!?」
「そうなん!?」
「あれ……言ってなかったか?」
言ってません!
「もっと何年も前から好きなんだと思ってたよ」
「いや、株に興味を持ったのは授業で習ってからだ。気になってシミュレーションアプリを始めて、のめり込んでいったんだ」
「そうだったんだ……」
「先ほど吉木氏が言ったように、高校生で株をやる人はほぼいない。その割合はわずか5%にも満たないと言われている。日本の高校生は約300万人だから、およそ20人に1人というところだ」
いつの間にか男子も輪に加わっていて、「そんなに少ないんだ」と感想を漏らした。
「クラスに1人いるかいないかという割合なのに、このクラスでは2人も株トモと出会えた。これはすごい奇跡だ。私はこの縁を大事にしたいし、だからこそ株も頑張っていきたい」
蓮ちゃん……。
やばめの株オタクだと思っていた蓮ちゃんが、こんなに真剣にわたし達のことを考えてくれていたなんて。胸がジーンとあったまっていく。
「あっ、もちろんメンバーの新規加入は大歓迎だ。みんなも興味はあるようだが、株をやってみるか?」
蓮ちゃんが吉木さん達に向かって手を伸ばすと、3人はさっと避けた。
蓮ちゃんは笑顔のまま、「そこの男子諸君は……」と男子達に手を伸ばす。彼らもすっと後ろにずれた。
「あっ……私たちはやりたいってほどじゃないから……でも応援してるよ!」
「うん。俺たちも興味はあるけどまだ……こ、今度教えてくれよな!」
と言い残して、観衆はそそくさと散らばっていく。
「まだまだ高校生への浸透は先が長いようだな」
蓮ちゃんがふぅとため息を吐いて、でもサッパリとしたような顔でクラスを見渡した。
お昼休み。3人ともお弁当を持参していたので、どこか気分のいいところで食べようかと、中庭のベンチにやってきた。膝の上にお弁当を広げて、黙々と食べ始める。
若干の気まずさがあるけれど、悪いものではない。良い方にそわそわとするような、気恥ずかしいという方が正しいかもしれない。
こういう時、口火を切ってくれるのは──
「さっきはさ……なんか感動しちゃったよ」
音ちゃん。
「うん。わたし達のこと、奇跡……なんて言ってくれたよね」
蓮ちゃんがちょっと赤くなって、プイと顔を背けた。
「本当のことだ。……その、薄々わかっていると思うが、わたしはかなり変わり者だろう?」
そ……それはそう。
「実は、前の学校では友達がいなかったんだ。それどころか、株が好きになったと公言したらクラスメイトから余計に嫌われてしまってな」
「えっ……!」
「何それ。意味わかんねー! なんで株が好きってだけで嫌いになるの?」
音ちゃんがプリプリと怒り出す。
「まぁ、何か気に障ったんだろう。特に気にしてはいない。だから、転校しても株トモができるとは期待しなかった。だけど、せっかくなら当たって砕けようと思ったんだ」
わたしは驚いて、おにぎりを頬張ろうとして口を大きく開けたまま固まってしまった。
だって……。
「あの時の蓮ちゃんはすごく堂々としてて、裏にそんな事情があったなんて……全然思えなかったよ」
「そうか? 内心はドキドキだったがな。失敗したらまた友達なしの1年だもの」
「でもさ、砕けなかったじゃん」
音ちゃんがニヤッと笑う。
「ああ。私は幸運だ!」
そう言って笑った蓮ちゃんの笑顔に、ツキンと心が痛んだ。
蓮ちゃんはこう言ってくれるけれど……。わたしは、その純粋な思いを受け取る資格がない。株を始めるのもぼっちになりたくないという打算的な理由で、いつだって自分の本音は隠している。
「ねぇ、ウチらって日本で5%に満たない高校生のうちの3人なんだよね」
「うむ」
「なんか選ばれし女子高生って感じで、燃えるんだけど!」
「そうだな! この数字に恥じないよう、株カツに励んでいこう!」
音ちゃんと蓮ちゃんの笑顔が、とても眩しい。3人でいるのに、わたしだけ遠くにいるような気がする。株を頑張れば、いつか2人とちゃんと“友達”になれるのだろうか……。
「花ディアス?」
「……うん、そうだね。頑張るよ!」
わたしに取れる選択肢はこれしかない。
今はもう少し、流れに身を任せてみるんだ。
「その意気だ、花氏! まずは最初に買う株はどの会社がいいか、それぞれ調べて持ち寄るのはどうだろうか」
「さ……最初に買う株!?」
「そう。チーム『ちいさなかぶ』記念すべき1つめの株だっ!」
ちょっとしんみりと考え事をしていたところに、目覚ましの爆弾がぶっ込まれてきた。
そうか。株をやるなら株を買わなきゃいけないよね。
口座を開いたら、もうそんな段階になっちゃうのか……!
「えぇ……なんだろう。音ちゃん、何か候補ある?」
音ちゃんは株をやりたがってたから、何か心当たりがあるかも? と思って聞いてみたけど、音ちゃんは同じようにぽかんとしている。
「……ない」
そりゃそうだよね。昨日まで自分が株式投資するなんて一切考えてなかったもん。
株って、株式会社のことだよね。
どの会社の株を買いたいかって考えればいいのかな。
わたしは何かヒントがないか周りと見回してみた。自分のお弁当箱のメーカー。蓮ちゃんが食べてる菓子パン。音ちゃんが飲んでるミルクティー。この学校そのもの。電気やガス、水道。外を走ってる車。どれもこれも、どこかの会社が携わっている。この膨大な数の中から、いったいどうやって決めたらいいんだろう……?
考え込んでしまったわたし達に、蓮ちゃんがアドバイスをくれる。
「ネットで好きな企業を検索してみたらいいのではないか? 〇〇会社、株価、とかって検索すれば株価が出てくるぞ」
「なるほど。好きな企業ね」
好きな企業、好きな企業……。
って、なんだ? 好きなケーキ屋さんはあるけどケーキ屋さんは会社じゃない……よね? うちみたいな個人経営だし……。
蓮ちゃん。好きな企業と言われてパッと思いつく高校生は少ないと思います!
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