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「ちいさなかぶ!」第4話
※この作品に登場する企業・団体は、実在する企業・団体とは一切関係ありません。
その日は寄り道せずに家に帰って、新学年初の宿題を終えた。
「ふぅ……」
今日することは……株の研究第一弾。最初に買う株の候補選び。
居間に行ってティーバッグの紅茶を淹れ、部屋に戻ってくる。わたしは本棚の前に立って、ずらりと並んだA4のファイルケースの背をなでた。
……だけど、その前に癒しを補充させてください!
これはわたしが丹精込めて育てているケーキカタログファイル集。皆さん、覚えていましたか? わたしの好きなものが「ケーキ」だということを。
わたしは毎年百貨店やケーキショップが出すケーキのカタログを、「2020年」「2021年」など年度別に分けてまとめて保存しているのです!
食べるのはもちろん、鑑賞することは何よりも癒しの効果をもたらしてくれるのだ。
よし。今日は……2018年クリスマスケーキカタログ!
わたしは「2018年」と書かれたファイルを取り出し、中にある冊子を持っていそいそとベッドに寝転んだ。
ハァ……この年のクリスマスケーキと言えば。表紙のケーキの美しすぎるデザインに一目惚れして、ぜひこれを注文してもらいたかったんだけど、お母さんに高すぎて却下され……。永遠の憧れとしてわたしの心に君臨し続けている一品なんだよね!
白いクリームの土台に赤スグリやブルーベリー、五線譜のように固められたチョコレート、チャービルなどが奇跡的なバランスで配置されていて……。ああ、うっとりする美しさだよぅ。
夢心地で表紙のケーキを見つめていたら、ふと、下の方に配置された「Takatoriya」のロゴが目に入った。
そういえば……このカタログ、高鳥屋のだ。
高鳥屋って、株あるのかな?
居間に移動して、ノートパソコンで「高鳥屋 株」と検索してみる。すると、検索結果に「高鳥屋 2105.5」という文字とグラフが出てきた。
これが株価……?
2105円ってこと? へ? なんだ、こんなもんなんだ。もっと1万円とかするのかと思ってた。意外に安いじゃん! これなら確かに、3万円でも株ができるわけだ。
うーん……他には。あ、マクドルは?
「マクルドナルド、株……っと」
マクルドナルドも同じように検索すると、4920.0と出てきた。
ほう、1株4920円か。約5000円もするんだ。
高鳥屋の倍するけど、でも、予算は9万円だもん。高鳥屋もマクルドも全然余裕!
「えーと、他には他には~?」
なんか楽しくなってきて、思いついた企業を次々と調べてみる。みずは銀行は2400円。二越伊勢丹は2230円。遊園地の富士キューランド……は、出てこない。株式会社富士キューランドっていう会社がやってるみたいだけど、株式会社なのになんで株価が出てこないんだろう? 不思議だ……。
「あっ! マジカルランドは!?」
マジカルランドは舞浜にある言わずと知れた夢と魔法の国である。「マジカルランド 株価」と検索すると、株式会社オリエンタルアイランドの株価が出てきた。うん? なんで違うところのが……と思ったけど、どうやらマジカルランドはオリエンタルアイランドっていう会社がやっているらしい。知らなかった。そして、株価は5240円。よしよし、買えるぞ~!
買いたい会社の名前と株価を、手元のノートにメモしていく。
「高鳥屋、マクドル、オリエンタルアイランド……っと!」
うふふ。明日、これを2人に提案しようっと!
うきうきとオリエンタルアイランドの株価のページを見ていると、ふと、値の下に書いてある「最低売買代金 524,000 円 (手数料別)」という表記が目に留まった。
ん……? 0の数がなんか多いけど。見間違い……じゃないよね。
52万4千円……? どういうこと?
「最低売買代金」で検索してみたところ、出てきた文字にわたしは戦慄した。
『株式の購入は100株単位で行われる。実際に株式を購入する際には、表示されている株価に100を掛けた金額が必要となる』
……え。
えーっ!! そんな!!
株って100株からしか買えないの!?
そしたらオリエンタルアイランドの株を買うのって50万円も必要なの!?
じゃ、じゃあ高鳥屋は21万でマクルドナルドも49万円だったってこと!?
うそーっ!!
「じゃ、じゃあ、任千堂は?」
任千堂……7150円。つまり70万! 撃沈!
「ひぃぃぃ……え、えーと、ほかには……!」
わたしは他に知ってる企業はないかと部屋を見回す。すると、この間スカートを買ったCUの紙袋が目に入った。そうだ、CUは!?
CUの株価を検索してみるも、ヒットしない。調べてみると、クイックリテイリングという会社のブランドだということがわかった。
へぇ、CUとユルクロって同じ会社のブランドなんだ。知らなかったな。
株価は……1株34,530!? つまり最低売買代金は300万円……ってコト!? どっひゃー!!
思わず椅子から転げ落ちて、床に大の字で倒れた。
10万円以下で買える株なんて、あるの……!?
◆
「おっは~! 花ディアス!」
翌朝、駅に着くと音ちゃんが待っていた。わたしはドキドキしながら「お、おはよう!」と精一杯元気に返す。本当に今日からこのギャルと一緒に登校するなんて、何かの間違いじゃないのかな……。
「ねぇ、最初の株調べた? ウチ、マクドルがいい!」
「ゲホッコホッ!」
思わずむせる。
「え? 大丈夫?」
「お、音ちゃん、それ……」
ルンルンと目を輝かせる音ちゃんに、過酷な現実を告げなければいけないなんて……。わたしもとてもつらいです。
悲しいお知らせから30分後。わたしと音ちゃんは地縛霊のごとく悲壮感を漂わせ、蓮ちゃんの前に立っていた。
「なるっち……ウチ、株の世界舐めてた……」
「やっぱり、お金持ちしかできない遊びなんだよ……」
泣きながら「マクドルが50万もするなんて!」「任千堂は60万だよ!?」「CUなんか300万だから!」と訴える。すると、蓮ちゃんは「ふっふっふ……」と怪しく笑い出し、例の紫色のオーラを噴出した。
「ひぇっ!?」
「君たち調べが足りないようだな。『10万円以下 株』で検索してみると……」
蓮ちゃんはタタタとスマホを触ったあと、企業名がずらりと表示されたページを見せてくれた。
「見よ! 出前家は330円、ライサップ、カラオケの鉄也、ヤマタ電機……日本電話はNTTCのことで、株価はたったの161円っ!」
「えっ、マジ!? 全部有名な会社じゃん!」
「うむ。10万円以下の株は1000社以上もあるからな」
「1000社以上!?」
びっくりした。ちゃんと探せば、そんなにあるなんて!
「身近にある商品とか、街で見かけたお店とか、どこの会社が作ってるんだろう? って調べてみたら意外にいい会社を見つけられたこともあるぞ」
「なるほど……!」
「スゲー、なるっち」
真っ暗闇だった心に、希望が差し込んでくるのを感じる。
「花ディアス、もちっと頑張って調べてみよーよ!」
「うん!」
意気込むわたし達を見て、蓮ちゃんが顔をむぎゅっと歪める。
「くぅっ……こんな風に白昼堂々と株の話ができるなんて!」
「うぉっそれストップ!」
跪いた蓮ちゃんの両手が祈りのポーズを完成させる前に、素早く抑え込むことに成功した。
「株トモ様様!」
「なにっ!?」
が、蓮ちゃんの手はわたしの手を逃れ、別の角度で祈りを展開した。しばし睨み合った後、サッ! パン! サッ! パン! と祈りと阻止を繰り返す。最後には、バックステップを踏んだ蓮ちゃんが祈りを完成させた。
「あぁっ!」
「アハハーッ! 餅つき職人みたーい!」
手を叩いて音ちゃんが笑う。その時、チャイムが鳴って先生が入って来たので急いで自席に戻った。
席についてから、わたしの心臓はドキドキと嬉しい音を立てる。
なんか今の、めっちゃ友達っぽかったよね! 自然に友達できてたよね!
……って、いちいち振り返ってしまうところがいかにも陰キャで嫌だ。
ああもう、恥ずかしくなってきた!
ポッポする顔を冷ますことに集中していたわたしは気が付かなかった。蓮ちゃんの、心配そうにわたしを見つめる視線に──。
◆
口座開設を申し込んでから4日後。金曜日の昼休み。お弁当を食べるために合わせた机の真ん中にスッ……と封筒を置いた。
「ほほえみ証券の口座でございます」
「「わあー!」」
パチパチパチ! 音と蓮ちゃんの拍手を受けてなんだか恥ずかしくなり、そそくさと2人にメモを手渡す。
「IDとパスワードはこれだよ。適当に頭文字を合わせて決めちゃった」
「覚えやすくていいじゃん! ありがとね!」
「……このメモ、絶対なくさないようにしなきゃ……」
蓮ちゃんがなんだか青くなってる。
メモじゃなくてメールで送ったほうがよかったかな? まぁいいか。
「それで、昨日連絡した通り……。今日はみんな、“アレ”……持ってきたよね?」
わたしはどこぞの闇商人のように、ファイルからちらりと1つの封筒を取り出して見せた。封筒はみずは銀行でもらってきたもので、薄いし軽いけど別の重みがある。蓮ちゃんはさらに顔色を青くしてこくりと頷き、音ちゃんはビッと親指を立てた。
放課後になり──プフオォーとほら貝の音が響き渡る。わたし達は戦に赴くような心持ちで、学校の最寄り駅の前にあるコンビニの自動ドアをくぐった。
目指すはATM! 軍資金である9万円を、ほほえみ銀行に入金するのだ!
「あれ? どうした?」
ふいに音ちゃんが後ろを振り返る。そこには、ゲッソリと頬をやつれさせたわたしと蓮ちゃんがいた。
「はぁ……やっと解放されるぅ。朝から大金を持ってるのがもう怖すぎて……」
「わ、私もだ……ほぼ、全財産だからな……」
大金を持っていると思うと、ひったくりとかスリとか、普段考えない「こうなったらどうしよう」的ネガティブ発想が極めて高まってしまうことを初めて知った。
「ビビりすぎじゃね? 日本でスリとかないっしょ」
「いや、あるっしょ!」
学校にいるときはロッカーに入れておけば安心だけど、電車の中や街中での緊張感ときたら……周りの人すべてが敵に見えるという恐ろしさ! しかしATMに入れてしまえば、もう安心なはず。
ヨボヨボとコンビニの奥にあるATMに向かい、ほほえみ銀行のカードを入れて、取引開始ボタンを押した。コンビニのATMを使うのは初めてなので、勝手がわからず指が迷う。
「えっと……入金だよね」
「うむ」
なんとかボタンを操作するとお金を入れるところがぱかっと開いた。わたし達はそれぞれ手に持っていた封筒から3万円を取り出して、入れる。
「……投入!」
わたし達の気持ちが詰まった9万円よ、いざ行け──。
必ず生きて戻れよ……!
9万円は難なくATMに吸収されていった。
「できたんじゃね?」
「他の人の口座に入金されたらどうしよう……」
「怖いことを言うな花氏!」
恐る恐るスマホから確認すると、ほほえみ証券の口座残高が9万円に増えていた。
「は、入ってるぅ!」
「よかったー!」
やつれていたわたしと蓮ちゃんのほっぺたが、ぷくりと通常の状態に戻った。
「よーし、入金祝いだ。酒飲みに行くか!」
「音ちゃん!? 行かないよ!?」
「何を言っているのだ花氏。ここで飲まなくてどうする!」
「ええ!?」
今どきのギャルとオタクは制服で飲酒するのー!?
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