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「色彩讃歌」第2話

○ハングリッジ大学・研究室
  ソファにはロレンスとマネージャーの高辻カンジュ(38)が座っていて、ロレンスの後ろには山田が控えている。カンジュは真里愛の調査資料を差し出す。
  以下、セリフに沿ってイメージを描写。
カンジュ「学校から取り寄せました。両親は真里愛が7歳の頃に事故死しており、それから姉、弟、祖母の3人家族です」
  両親が生きていた頃に5人で撮った記念写真のイメージ。みんな笑っている。
カンジュ「10歳の頃には、外で遊んでいた2人を祖母がゴルゴン線からかばい──レベル4の重度汚染者となりました」

× × ×
(回想)
  7年前──幼い真里愛(10)と、弟の乃愛(7)が家の庭で遊んでいる。突如サイレンの音が鳴り響き、空が明るくなり干渉縞が浮かぶ。家の中からローラが激しく呼び掛ける。
ローラ「戻って! 走って!」
  走り出した真里愛。しかし、乃愛は足がもつれて転んでしまう。その時、家からローラが飛び出してきて2人をかばった。強い有害光線が降り注ぎ、あたりが真っ白になる。
  しばらくして真里愛がローラの下から這い出ると、ローラは意識を失っていた。
真里愛「グランマ! グランマーッ!」
  ローラを揺らして、懸命に呼びかける真里愛。
× × ×

カンジュ「現在はレベル3まで回復しましたが、本態性振戦や失声症の症状があり日常生活はままならず、内職をしていても収入は雀の涙ほど。国から生活補助金を借りて暮らしているようです」
ロレンス「家事も真里愛がやっているのかね?」
カンジュ「……その情報はありませんが、おそらく。レベル3では料理はできないでしょう」
山田「彼女、大変な身の上なんですね……」
山田M「そんな風には見えなかったな……」
  と、真里愛の感涙した様子や笑顔を思い出す山田。

〇真里愛の自宅(夕)
  意気揚々と玄関に飛び込む真里愛。
真里愛「ただいまー!」
  家の中は暗く、シーンとしている。
真里愛「……?」
リビングまで来て、見回す真里愛。
  すると、寝室から泣き腫らした目の乃愛が出てくる。
真里愛「(駆け寄って)どうしたの?」
乃愛「グランマが……」
  真里愛の顔がさーっと青ざめていく。
  寝室に駆け込むと、頭に包帯を巻いたグランマがベッドで横になっている。
真里愛「!」
乃愛「……洗濯物干してたら、グランマが手伝いに出てきたんだ。そこでサイレンが鳴って……」
乃愛「俺、必死に戻ったよ。でも、怪我させた」
  グランマを抱きしめる真里愛。
ローラ「……あ……」
  ローラ、真里愛に気が付き、自分は無事だと知らせるように頭を撫でる。
乃愛「ごめん……」
  真里愛、立ち上がって乃愛を抱きしめる。
真里愛「よくグランマを守ってくれたね」
乃愛「うっ、うぅ……」
真里愛「もう大丈夫だよ」

○ハングリッジ大学・研究室
カンジュ「この家庭環境じゃ歌手を目指すなんて無理ですよ。夢を掴めて彼女は幸運ですね。さて、受け入れの準備を進めておきます」
  カンジュは立ち上がり、歩き出す。
ロレンス「どうかな。そうとも限らない」
カンジュ「(振り返って)え?」
ロレンス「貧しいと、夢を諦める方がしっくりくるものだ」
  カンジュ、肩をすくめて出ていく。
山田「あの、どういうことですか?」
ロレンス「ハァ……君は成績は優秀だが、人間としてはめっぽう未熟だね」
山田「(困惑)えぇ?」

〇真里愛の自宅・キッチン(夜)
  オーブンを開ける真里愛。
真里愛「……できた」
  真里愛、ミトンをはめた手でパイを取り出す。

〇真里愛の自宅・リビング(夜)
  それぞれの前には夕食を食べ終わったお皿がある。
  テーブルの中央にアップルパイを置く真里愛。
真里愛「グランマ、誕生日おめでとう!」
乃愛「おめでとー!」
ローラ「……!」
  アップルパイを見て、かすかに目を開くローラ。
真里愛「覚えてる? 『お姫様の絵本に出てきたアップルパイを、一度でいいから食べてみたかった』って言ってたよね」
乃愛「姉ちゃん、早く食おうぜ! 待ちきれないよ!」
真里愛「もう、乃愛ったら。グランマが先でしょ?」
  真里愛、アップルパイを切り分けてグランマのお皿に乗せる。一口大に切り分けて、フォークを指してローラに持たせる。
真里愛「どうぞ」
  ローラ、震える手でゆっくりと口に運ぶ。
ローラ「……ん、……ん」
  咀嚼しながら、ローラの目から涙がこぼれる。
乃愛「いっただっきまーす!」
  大きな一口を口に運ぶ乃愛。
真里愛「ど、どう? 美味しい?」
乃愛「~~っうん! 姉ちゃんコレ、最高傑作!」
  ほっと胸をなでおろす真里愛。真里愛も一口食べてみる。
真里愛「……」
  咀嚼して飲み込んで、フォークを皿に置く。
真里愛「……あのね。2人に話があるんだ」
乃愛「ん?」
真里愛「実は今日、ハングリッジ大学の偉い博士からね……歌手にならないかって誘われたの」
乃愛「……え?」
真里愛「それもただの歌手じゃない。失った色を歌うディーヴァ・プリエールって言うんだ」
乃愛「ディーヴァ……プリ……?」
真里愛「あの時乃愛も見たでしょ」

 × × ×
(フラッシュ)
  花瓶の花が赤く光ったシーン。
乃愛「今の……」
真里愛「……なんだろ」
 × × ×

真里愛「あれは私の能力らしいの。他の人にはない特別な力なんだって。私が歌ったら、世界中の人を元気にできるんだよ!」
乃愛「姉ちゃん」
真里愛「だから私、歌いたい。ディーヴァ・プリエールになろうと思うんだ!」
乃愛「……」
真里愛「ねぇ、いいでしょ?」
乃愛「……俺たちが大変な思いしてる時に、そんな話してたのか?」
真里愛「……っ」
乃愛「わけわかんないよ。グランマはどうなるんだ!? グランマを見捨てて、自分だけ夢を叶えるつもりかよ!」
真里愛「そ、そんなんじゃない!」
乃愛「姉ちゃんは俺たちよりも自分のことが大事なんだろ!」
  真里愛、乃愛をひっぱたく。
乃愛「!」
  はっとして手を引っ込める真里愛。
真里愛「……ごめん」
  真里愛、両手で顔を覆って
真里愛「(嗚咽しながら)私が、グランマを見捨てるはずない……!」
ロレンス「ケンカはよしなさい」
  居間に、ロレンスが入ってきた。博士の後ろから山田がひょいと顔を出す。
山田「すみません。鍵が開いてたんでお邪魔しちゃいました」
乃愛「だ、誰だよ?」
ロレンス「ハングリッジ大学で色彩学の教授をしているロレンスだ。勝手ながら、聖サリエル学院に問い合わせて真里愛の身の上を聞かせてもらった。そこで、我々に支援の用意があることを知らせようと思って来たのだ」
真里愛「支援……?」
山田「ええ。真里愛さんが歌手活動をするとなると、おうちのことが出来なくなりお困りになりますよね。ですので、家政婦を我々が手配させていただこうかと。それから、借金返済の援助もいたします」
乃愛「何それ……家政婦とか援助とか……」
真里愛「……」
乃愛「そういう問題じゃないよ! 姉ちゃんじゃないと駄目なんだ!」
ロレンス「君は家族が大事なんだろう」
乃愛「そうだよ!」
ロレンス「真里愛のことを大事だと思うなら、彼女の夢も大事だとは思えないのかね?」
乃愛「!」
ロレンス「いいかい。どのみち、真里愛は高校を卒業すれば働きに出る。その時々に応じて家族の在り方は変わっていくものだ。つらいだろうが、真里愛の夢を応援してあげてくれ」
乃愛「……(観念したように俯く)」
真里愛「乃愛」
  真里愛が乃愛の肩に優しく手を置く。真里愛を見る乃愛。
真里愛「あの……私、諦めます」
ロレンス・山田「!」
乃愛「姉ちゃん!」
真里愛「博士の言う通り、私がこうして家族と過ごせるのはあと2年です。成人したら借金の返済が始まります。……学校に通って、帰ったらグランマと乃愛がいて、料理を作って、家事をして……すごく平凡で、すごく幸せな日々は今だけなんです。それなら、この2年を大事に過ごしたいと……思いました」
  山田、ロレンスを上目で伺う。
ロレンスは拳を強く握り締める。
ローラの声「……真里、愛……」
  どこからか聞こえた声に、ハッとする一同。ローラを見る。
ローラ「……乃愛……」
  ローラ自身も啞然とした様子で、手で喉元を触って確かめる。
乃愛「グランマが……喋った!?」
真里愛「……そんな……グランマ」
ローラ「真里愛、乃愛……」
  両腕を広げるローラ。真里愛と乃愛はよろよろと歩き出し、その胸に飛び込む。
乃愛「グランマ!」
真里愛「グランマ! グランマぁ……!」
  ローラは2人の背中を優しく撫でる。手の震えは止まっている。
ローラ「真里愛……」
真里愛「?」
ローラ「……は……待っ、て、ない……」
真里愛「……グランマ?」
ローラ「時は……待ってくれない……のよ……」
真里愛「!」
ローラ「夢……は……追える時に……追いなさい」
  真里愛の目から涙が溢れる。はっと顔を両手で覆う。
  泣く真里愛と乃愛をローラが抱きしめる。


第3話:https://note.com/tsubashi_284/n/ne6a83c540b8f

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