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「色彩讃歌」第1話

【補足説明】
この作品の世界はグレースケールの色合いで構成されています。
主人公たちが歌うことによって、カラフルな色が生まれます。

【登場人物】
真里愛(まりあ)・エル・サントリナ(17)主人公
ローラ・エル・サントリナ(66)真里愛の祖母
乃愛(のあ)・エル・サントリナ(14)真里愛の弟
三春山(さんぱるやま)いろは(16)主人公と同じグループのメンバー
高辻(たかつじ)セイラン(17)主人公と同じグループのメンバー
ロレンス・エシュペフェル博士(年齢不詳)ハングリッジ大学の博士
ルネ・アルベマール(25)引退した元有名歌手
山田マコト(20)ロレンスの助手
高辻カンジュ(38)主人公が属するグループのマネージャー
シスター・アンナ(42)主人公が通う学校の先生

【あらすじ】
1000年前の“終末”によって、色を失った世界にて──。主人公の真里愛(17)は歌が大好きなアステヴェルム帝国の高校生。祖母にアップルパイを作るためりんごを買いに行った帰り道で、有害光線を浴びてしまう。避難シェルターで子供を励ますために歌を歌って見せるが、りんごが見たことのない色に光り出し、場は騒然となった。居合わせた少女によって真里愛は大学に連れて行かれ、ロレンス教授から “ディーヴァ・プリエール” になるよう勧誘される。それは歌うことによって失われた色を復活させる力を持つ歌姫のこと。歌で人を元気にしたいと承諾した真里愛だが、家族からは反対され夢を諦めたその時、奇跡が起きる──。

【本編】
〇草原
  1000年前。あらゆる色に満ちた世界。
  色とりどりの花が咲く花畑に、たわわに実ったりんごの木がある。羊飼いの少年がりんごを1つもいで、袖で軽く拭いてかじろうとした瞬間、ふと空を見上げる。

〇草原の近くの村
  村の人々も作業の手を止めて、同じく空を見上げる。太陽に輝く両翼が生えて、羽ばたくように動いてからゆっくりと太陽を包み込んでゆく。強い光が降り注ぎ、あたりは真っ白になった。

〇海
  ──現代。グレースケールの世界。
浜辺に透明の波が打ち寄せる。雲一つない空はうっすらと色づき、星のように小さな無数の何かがきらめている。

〇農地
  「立入禁止」「KEEP OUT」と書かれた鉄線の向こうには、巨大な特殊ガラスの下で果樹が栽培されている。背が低く枝葉が異様に外側に広がった形状の木には、色を失ったりんごが1つだけ実っている。

〇聖サリエル学院・前庭
  下校の鐘が鳴る中、裾の長いエプロン風ワンピースと帽子を着用した生徒たちが下校していく。
  ポニーテールの少女、真里愛・エル・サントリナ(17)もその一人で、正門に向かって走り出した──ところを、背後からシスター・アンナ(42)に呼び止められた。
シスター「真里愛さん!」
真里愛「(ギクッ)!」
シスター「真里愛さん?」
真里愛「(振り返りお辞儀して)お、お呼びでしょうかシスター・アンナ」
  シスターは、丸めたレポート用紙を手にしている。
シスター「レポートを読みましたよ。あなたが夏休みの間、アルバイトに打ち込んでいたことがよくわかる内容でした」
真里愛「(ギクギクッ!)」
シスター「補習をしますからいらっしゃい」
  と、回れ右して校舎へ戻っていくシスター。
真里愛「……ごめんなさい!」
真里愛「今日は、今日だけは……大事な用事があるんです!」
  真里愛、逃げる。
シスター「あっ……!」
シスター「(声を張り上げて)来週までに再提出するんですよー!」

〇住宅街
  コンクリート製の四角張った家々が立ち並ぶ区域。歩く人々は子供も老人も、帽子や布、日傘を使って太陽の光を遮っている。真里愛は住宅街を走り抜けて、コの字型のアパートメントにやってきた。このアパートの1階の一室が真里愛の自宅。

〇真里愛の家
真里愛「ただいまー」
  玄関には2つの靴が並んでいる。1つは祖母のもので、もう1つは弟のもの。
  その時、奥からガシャーンと物音がする。
真里愛「!」
  音の方へ行くと、居間で真里愛の祖母、ローラ・エル・サントリナ(66)がうずくまり、その横では花瓶が割れていた。
真里愛「グランマ!」
ローラ「……あ……」
真里愛「大丈夫? ケガは──切れてる!」
  ローラの身体を起こして様子を確認すると、指の腹が切れて血が出ていた。
ローラ「(割れた花瓶を見て、申し訳なさそうに)う……、ぅ……」
真里愛「いいのいいの。それより手当てしなくちゃ」
真里愛「乃愛?」
  真里愛が部屋を見渡すと、ソファで昼寝をしている乃愛・エル・サントリナ(14)の姿が目に入る。真里愛は速足で近寄り、乃愛のお腹を踏みつけた。
乃愛「ぐぇっ!?」
乃愛「(飛び起きて)何すんだよ、姉ちゃん!」
真里愛「のんきに寝てるからでしょ! あんたがお水換えないからグランマが怪我しちゃったじゃない!」
乃愛「えっ?」
真里愛「グランマの手当てをして。私は片付けるから」
  乃愛、グランマの元へ駆け寄り、
乃愛「あちゃー、けっこう深いな。消毒しなきゃ」
乃愛「起こすぞ、よいしょ」
  と、ローラを椅子に座らせる。
  真里愛は戸棚からコップを取り出し、水を注ぎ花を生けた。花を見つめ微笑む真里愛。
  花瓶をテーブルに置くと、レコードプレーヤーの元へ行き10枚以上あるレコードの中から「Rain」「Renée Albémarle」と書かれた女性が表紙のケースを選ぶ。
T「『雨』ルネ・アルベマール」
  レコードに針を落とすと、音楽が流れ始める。歌を口ずさむ真里愛。
真里愛「♪空の糸が囁く……わたしの乾いた肌に……」
  こぼれた水を拭き、箒とちりとりで床に散らばった破片を片付ける。
真里愛「♪窓辺に映る、懐かしい時……」
  破片をすべて新聞紙で包んで立ち上がろうとした時、乃愛がある一点を見つめていることに気が付く。
真里愛「♪夢をみよう……しあわせの……」
  視線の先を追うと、テーブルの上の花瓶の花──インパチェスが赤く光っていた。
真里愛「(息を吞む)」
  瞬きをする間に、花はもとの雨色に戻っていた。
乃愛「……今の……」
真里愛「……なんだろ」
ローラ「……」
  ローラはぼうっと花のあたりを眺めている。
  真里愛は不安を抑えるように、服の胸元をぎゅっと握る。
真里愛「き、気のせいかな」
乃愛「……だよな。ほら、終わったぞグランマ。あっちに座ろうぜ」
グランマ「……あ……」
  乃愛、グランマの肩を支えて立たせる。真里愛、鞄を肩にかける。
真里愛「ちょっと出掛けてくるから」
乃愛「うん」
  真里愛はもう1度花瓶のインパチェスを見た。インパチェスは変わりなく咲いている。

〇市場
  大きなコンクリート製の建物に入っていく真里愛。中にはあらゆる店がひしめき合っていて、八百屋ではジャガイモ5個のカゴに100Lt、レタス1個に150Lt、などと値札が付けられている。
  その中を真里愛は財布を握りしめて進み、青果店の前で足を止めた。テーブルにりんごが並べられている。ドキドキしながら恐る恐る値札を覗き込むと──値札には「4000Lt(リタ)」と書かれていた。予算の範囲内だったことにガッツポーズする真里愛。
真里愛「あの! りんごを2つください!」
店のおばさん「はぁ? アンタ、値札が読めないのかい? 冷やかしは帰っとくれ」
真里愛「お、お金ならあります!」
  と、鞄からクッキー缶を取り出す。蓋を開けて、中のお金を見せた。
真里愛「このために頑張って貯めました!」
店のおばさん「へぇ、なんでまた?」
真里愛「あの……アップルパイを作りたくて」
店のおばさん「(驚く)アップルパイ? 貴族様のお菓子じゃないか」
真里愛「昔、祖母が言ったんです。『お姫様の絵本に出てきたアップルパイを、一度でいいから食べてみたかった』って。今日は祖母の誕生日なので、それで……」
店のおじさん「今時珍しい、孝行な孫じゃないか」
店のおばさん「悪かったね。お詫びに、2つで6000Ltにまけてあげるよ」
真里愛「えっ?」
店のおじさん「(笑って)コイツの気が変わらないうちに、早く持って行きな」
真里愛「あ、ありがとうございます!」

〇街中
  真里愛、ルンルンで街中を走る。
真里愛M「りんごが買えた! やったー!」
  その時、路地の奥から歌声が聞こえてくる。
いろは「♪……が聞こえる……」
真里愛「!」
  真里愛、足を止めて、後ろ歩きで数歩戻る。
いろは「♪青い愛に……」
真里愛M「ルネの『鳥』」
  可愛い声に惹かれて路地に入ると、ショートカットの見知らぬ少女──三春山いろは(16)が子猫を撫でながら、座り込んで歌っていた。少女は古びたウールの服を重ね着していかにも田舎から来たという風情。
いろは「♪気づけるよう……」
  真里愛、いろはの後ろにある低樹の葉が緑色に光っていることに気が付く。
真里愛M「(──え?)」
  心臓がドクンと嫌な音を立てる。
いろは「♪あの小枝の──」
真里愛「ね、ねぇ!」
  いろはが真里愛の声に気が付き、目が合う。
真里愛「(葉を指さして)それ……」
いろは「?」
  いろはは指の方向を見ると、サッと顔色を変えて逃げ出した。
真里愛「あっ! 待って!」
真里愛「逃げないで! ねぇ!」
いろは「……!」
真里愛「どうして……!」
  2人はしばらく追いかけっこを続けたが、曲がり角の先で見失ってしまう。
真里愛「……ハァ……ハァ……」
  その時、突如サイレンの音が鳴り響く。
真里愛「っ!」

〇真里愛の家・中庭
  鳴り響くサイレンの音。
乃愛「!」
  グランマと洗濯物を干していた乃愛。洗濯物を放り投げて、グランマの肩を支えて急ぎ家に駆け戻る。
  段々と空が眩しくなり、干渉縞が浮かぶ。カッと明るくなったタイミングで間一髪でベランダから家の中に倒れ込む。
乃愛「くっ……」
  横で倒れたままのグランマにハッとする乃愛。
乃愛「グランマ! 大丈夫か!?」
ローラ「……」
  グランマを起こすと、頭から血が流れる。
乃愛「ッ!」

〇街中
  空が眩しくなり、干渉縞が浮かんでいる。周囲の通行人たちが悲鳴をあげ、うろたえる。
女性1「シェルターはどこ!?」
男性1「おい、こっちだ! みんな来い!」
  男性1の後を人々が追いかけていく。
真里愛M「あ……」
  真里愛はパニックで足が固まってしまう。
  
× × ×
(フラッシュ)
  7年前のトラウマのワンシーン。ローラ(60)が幼い真里愛と乃愛をかばって有害光線を受けたシーン。
× × ×

男性2「何やってんだ急げ! すぐに始まるぞ!」
  男性2に背中を押され、走り出す真里愛。地下シェルターを示す標識が見えた。
  空がカッと眩しくなり真里愛の視界がぐわんと揺れる。有害光線を浴びてしまった。
  横で倒れ込んだ男性2の肩を支えながら、地下シェルターへ滑り込む。

〇地下シェルター
  水銀灯の光が10畳ほどの狭い空間を照らしている。大人が6人、幼い子供が1人、同じくらいの年のロングヘアの少女──高辻セイラン(17)が部屋の端っこに座っている。
  真里愛は男性2を引きずって入る。
男性1「ゴルゴンを浴びたのか!」
真里愛「少し……それよりこの人が……」
男性B「マットに寝かせてやろう」
  真里愛、壁を背に座り込む。
真里愛M「目の奥がチカチカする……今日はすごく強い。あの日と同じくらい……」

  × × ×

  30分経ってもサイレンは鳴り止まない。
女性A「(腕時計を見ながら)どうなってるの今日は……もう30分になるわよ」
男性A「妻と子は無事だろうか……」
子供「うっ……うぅぅ……こわいよ……」
  泣いている子供の隣に座る真里愛。
真里愛「ねぇ、りんごの歌って知ってる?」
子供「……知らない」
真里愛は布袋からりんごを1つ取り出して見せる。りんごを両手で挟んで、揺らしながら歌う。
真里愛「♪あなたとわたしはあかりんご 心弾むあかりんご にこにこ幸せあかりんご」
  子供、少し元気を取り戻したように微笑む。
女性B「それ、ルネの歌ね」
真里愛「はい! 大好きなんです、ルネ」
男性A「ルネか……天使みたいに美しくて、宝石のように透き通った歌声。アステヴェルム一の歌姫だったな」
男性B「ああ。引退したのは本当に残念だった」
女性B「ねぇ、さっきの歌だけど。あかりんごの『あか』って何かしら?」
真里愛「さぁ、わからないんですよね。ルネの歌って知らない言葉が多いんです」
女性B「そうなの」
子供「お姉ちゃん、もう1回歌って」
真里愛「いいよ」
  りんごを子供に持たせ、その上から両手で包んで揺らす。
真里愛「♪あなたとわたしはあかりんご……」
  その時、手の中のりんごが赤く色づいた。
真里愛「!」
男性A「あ……?」
女性A「な、なんなの……これ……!」
  周りの人たちも、信じられないような目つきでりんごを凝視している。
子供「ひぃっ!」
  子供がりんごを床に叩き落とした。りんごが床を転がり、人々の目に留まる。
男性C「なんだこの、刺すような光は!」
女性B「ゴルゴンのせいよ!」
男性A「医者、医者に行かなければ!」
  パニックになる人々。すると、サイレンが止んだ。人々が我先にと避難所を出ていく。
  隣にいた子供も、怯えた目で真里愛を見た後、出て行った。
真里愛「ど……どうしよう。汚染されたんだ」
  真里愛は身体をあちこち触って他の症状がないかチェックする。
真里愛「鼻血──出てない。吐き気──ない。ふらつき──もない。誕生日はアステヴェルム歴315年4月5日──記憶は問題ない。視覚障害だけ……?」
  真里愛、肩を叩かれる。振り向くと、部屋の端っこにいた少女だった。
セイラン「(微笑んで)落ち着いて、大丈夫。私も一緒だから」
真里愛「一緒? あなたも汚染されたの?」
セイラン「これは汚染じゃないの。本当の色が見えただけなのよ」
真里愛「本当の、色……?」
セイラン「ええ。見てて」
  セイランは髪飾りを外して、歌いだす。
セイラン「♪ラララ、ララ……」
  髪飾りが青く光った。
真里愛「っ!?」
  真里愛に向かって手を差し出すセイラン。
セイラン「私はセイラン。あなたは?」
  床を転がるりんごは元に戻っていた。

○ハングリッジ大学・門
  城のような立派な門構えを前にあんぐり口を開ける真里愛。
セイラン「ここよ」
真里愛「ここって……ハングリッジ大学は帝国一の名門大学だよ? 私なんかが入っていいの!?」
セイラン「大丈夫、ついてきて」
  真里愛、きょろきょろしながらセイランの後に続く。

○ハングリッジ大学・校舎内
  校舎の中へ入り、鎧の騎士が並び立つロビーに到着した。
セイラン「ここで人を待つわ」
真里愛「うん……っていうか、なんか変な音しない?」
  どこからか、ぐー……ぴー……と間抜けな音が聞こえてくる。
セイラン「……そうね」
真里愛「こっちの方から聞こえてくるような……」
  と、鎧の騎士の前を歩く。騎士の間に、死人のようにやつれた長身の男が立っていた。
真里愛「ギャアーッ!」
山田「ハッ」
  男──山田マコト(20)がパチリと目を開ける。
セイラン「なに!? ……って、山田さんじゃない」
山田「あっ、これは失敬。徹夜したもので、寝ちゃってました」
真里愛「寝てたんですか!? 立ったまま!?」
セイラン「(苦笑して)相変わらず忙しそうですね」
山田「ところでセイランさん、こちらは?」
  と、真里愛を示す。
セイラン「多分……赤色です」
山田「え」
真里愛M「あかいろ? あかりんごの……あか?」
山田「えーーーっ!」
  山田、驚きのあまり鎧の騎士をいくつか倒してしまうがそれどころではない。
山田「うおおおぉぉぉ!」
  と、真里愛の手を引いて全速力で駆け出す。
真里愛「ちょ、ちょっとぉ!?」

○ハングリッジ大学・研究室
  迷路のような廊下を走り抜けてやってきたのは、魔法使いの部屋のような研究室。本棚には本や謎の道具、薬の瓶がぎっしり。天井には天体のオブジェが回っている。
山田「博士! 大ニュースです。赤色を発見しました!」
  研究室の奥にいた、全身を防護服で覆いマスクをつけた人物──ロレンス・エシュペフェル博士(年齢不詳)が振り返る。
真里愛「(異様な姿におののく)!」
セイラン「真里愛。この人がさっきの現象を研究している、ロレンス・エシュペフェル博士よ。山田さんはその助手なの」
真里愛「さっきのって……」
  ロレンス、真里愛の方へ向かって歩き出す。
ロレンス「1000年前──終末が訪れ、地球は絶望に包まれた」
  以下、セリフに沿って終末の実際の光景を描写。
ロレンス「宙(そら)から降り注ぐゴルゴン線によって人類は半分が死に──」
  太陽に輝く両翼が生えて、羽ばたくように動いてからゆっくりと太陽を包み込んでゆく。強い光が人々に降り注ぐ。
ロレンス「残された人々も汚染された」
  病気になって苦しむ人々。
ロレンス「光が遮られ樹は枯れ、世界は色を失った」
  枯れた木々。砂漠化した大地。
  研究室に戻って。
ロレンス「色のない暗く寂しい世界……そこへ現れた救世主が──君だ」
  と、指先を真里愛の鼻先に突きつける。
真里愛「……わ……私?」
ルネ「そう、あなたよ」
  山田、女性が座っている車椅子を押して現れる。
  美しい銀髪をたなびかせるその女性は、ルネ・アルベマール(25)。
ルネ「あなたは、他の人にはない特殊な力を持っているの」
  真里愛、ルネを見て固まってしまう。
真里愛「……ルネ!?」
  仰天する真里愛。
真里愛「えっ!? え、本物!? 本物のルルル、ルネ!?」
ルネ「(苦笑して)そうよ」
山田「ロレンス博士はルネ様の後見人でいらっしゃいます」
真里愛「そ、そう、なん……え、えええ……っ!」
真里愛「こんなところで、本物のルネに会えるなんてぇぇ……!」
  感激のあまり真っ赤になる真里愛。
ルネ「(困って)うふふ……」
ロレンス「相当なファンらしいな」
真里愛「はいっ……子供の頃からルネの歌が大好きで、悲しい時も寂しい時も歌で元気をもらって……私もいつかルネみたいに、歌で人を元気にさせるようになりたいって思っているんです!」
ルネ・ロレンス「!」
真里愛「わ、私みたいな庶民には無理かもですけど……」
ルネ「(ロレンスに)これは運命ね、ロレンス?」
ロレンス「ああ、ルネ」
真里愛「……あの、どういうことですか、その、特殊な能力? って」
ルネ「私の歌を歌ってみて」
真里愛「え……?」
セイラン「さっきみたいに、ほら、りんごで」
真里愛「う、うん……」
  真里愛は戸惑いつつも鞄からりんごを取り出す。
真里愛「♪あなたとわたしはあかりんご 心弾む……」
  歌の途中で、りんごが赤く光った。
一同「(息を吞む)」
ロレンス「続けて」
真里愛「♪……あかりんご にこにこ幸せあかりんご」
  歌い終わると、赤色が消えていく。
ロレンスは立ち上がり、仰々しく両手を広げる。
ロレンス「……素晴らしい。胸をたぎらせる情熱そのもののような光……見事な赤色だ!」
真里愛「えっと……これって汚染じゃ……?」
ロレンス「(怒って)汚染なものか!」
真里愛「(ビクッ)ひゃっ!」
ロレンス「むしろ福音だ! 天の恵みだ! 尊い奇跡なのだ!」
真里愛M「な、なんなのこの人!」
山田「博士。真里愛さんが怯えていますよ」
ロレンス「(ため息)」
  ロレンスが本棚から一冊の本を取り出す。
ロレンス「これは終末以前の古い文献を書籍にしたものだ。(開いて朗読する)『葉は青々と輝き、ミツバチは黄色い花たちの中で忙しく駆け回る。乙女の指が白いバラの棘に触れ、赤い血が滴った』」
真里愛「……?」
ロレンス「『それは私の愛のように、燃え上がるような赤色だった』──どうだい。夢のような光景だろう」
  首を傾げて眉を寄せる真里愛。
真里愛M「何言ってんの?」
ロレンス「つまり。終末以前の世界には、私たちの知らないあらゆる色が満ちていたのだよ。赤色、青色、緑色……数えきれない程の色々が織りなす美しい世界。私はその世界を蘇らせたい。その願いを実現するのが、ディーヴァ・プリエールだ」
真里愛「ディーヴァ・プリエール?」
ロレンス「歌うことで、失われた本当の色を魅せることができる能力を持つ存在だ」
真里愛「!」
ロレンス「高辻セイランと三春山いろはは、既にディーヴァ・プリエールとしてデビューが決まっている」
  セイランが一歩歩み出る。
セイラン「私は青色なの」
  研究室の奥から、いろはがこそこそと近づいてきた。
真里愛「……あ! さっきの子!」
  いろは、真里愛にぺこぺこと頭を下げる。
山田「いろはさんは緑色ですよ」
ロレンス「君も2人と共にディーヴァ・プリエールとなって、世界中の人に幸せを届けようではないか!」
  と、ロレンスは大袈裟に両手を広げてみせる。
真里愛「あっあの……理解が追い付かないんですけど! つまり、その……私、歌手になれるんですか!?」
ロレンス「(怒って)違う!」
真里愛「(ビクッ)ひゃっ!?」
ロレンス「ただの歌手ではない! エネルギー溢れる歌では赤色、静かで優しい歌で青色を魅せる。緑色は安らぎに満ちた癒しの歌を。歌と色の演出が一体となったステージで、観客を魅了する尊い使命を持った歌姫なのだっ!」
真里愛「う、う~ん……?」
ロレンス「想像がつかないかね?」
真里愛「……はい」
ロレンス「では、体験してもらおう。ルネ、セイラン、いろは」
セイラン「はい」
いろは「(頷く)」
  ルネの車椅子を山田が動かし、ピアノの椅子に座らせる。
セイランといろはは鳥のオブジェを持ち、本棚の前に進み出る。ルネが前奏を始める。
セイラン・いろは「♪どこかで歌声が聞こえる……」
真里愛「!」
  2人が歌いだすと、手に持った鳥がそれぞれ青色と緑色に光りだした。同時に、本棚の背表紙が青色と緑色に光りはじめ、広がっていく。
真里愛「わ、わぁ……っ!」
セイラン・いろは「♪青い愛に気づけるよう あの小枝の上に一人ぼっちで」
  天井のステンドグラスからも青や緑、水色の光が降り注ぐ。
真里愛「わぁーっ!」
セイラン・いろは「♪あなただけに届くよう……」
  青色と緑色と水色の光がきらめく美しい光景に、真里愛の頬を一滴の涙が伝う。
真里愛「(呆然として)……」
ロレンス「どうだい」
真里愛「……綺麗です……すっごく……! 幻みたい……!」
  真里愛は力いっぱい拍手を贈る。いろはがぺこりと礼をした。
ロレンス「そう。これが本来の色だ」
  真里愛は胸に手を当てて深呼吸をする。
真里愛「なんだか、心が洗われたっていうか……頭のてっぺんからつま先まで洗濯されたような気分です!」
ルネ「(くすっ)」
山田「それは青色と緑色の持つ癒しの効果だよ。色には心に作用する特別な力がある。青は集中を、緑色は安らぎを見る人に湧き起こす。そして、君の赤色は活力をもたらすんだ」
真里愛「……あの、私にも、ディーヴァ・プリエールになれる資格があるんですか?」
ロレンス「だからそう言っているだろう。理解力に乏しいな君は」
真里愛「ふぇっ!」
ルネ「(咎めて)ロレンス」
真里愛「だ、だって! 私なんて本当にそのへんにいる平凡な学生で……今朝まで本当にそうだったんですよ!」
  ルネが真里愛の手をそっと握る。
ルネ「大丈夫よ」
真里愛「(照れて)あ……」
ロレンス「ふむ……まぁ、混乱するのも無理はない。なぜ君が特別なギフトを得たのか? それは神のみぞ知ることだ。奇跡が偶然君に舞い降りたのか、もしくは、人を歌で元気にしたいという夢を持つ君だからこそ、この奇跡を掴んだのかもしれない」
  真里愛、ルネの手を放してロレンスに向き直る。
真里愛「……本当に、私でいいんでしょうか」
ロレンス「約束するよ。君の歌は、世界中を感動させることになる。君が、世界の色を変えるんだ」
真里愛「……やってみたいです。私を……ディーヴァ・プリエールに、加えてください!」

〇街中(夕)
  走って家に帰る真里愛。
真里愛「グランマ! どうしよう」
真里愛「私に……夢が降ってきた!」


第2話:https://note.com/tsubashi_284/n/na2c1a7899385

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