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【小説】ネコが線路を横切った5

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高校3年生の春海、白状させられる

 やっぱりアルプスのショートケーキはおいしいな、と、春海はフォークでどんどん口に運んでいた。
 春海の部屋で、テーブルに向かい合っているミチコはほほ笑んで紅茶を飲んでいる。

「で」
 ミチコは、春海に顔をぐい、と近づけた。
 春海は、一口食べたクリームを、ばくっと飲み込んだ。
「この1ヶ月、まさかホームレス生活してたんですか?」
「そんなこと、あたしにできるわけないでしょ」
「わかってます」
 残しておいたいちばん大きなイチゴを、春海は半分食べた。
「ミチコさんは、西武多摩湖線って知ってる?」
「JRの国分寺駅からでて、萩山を通って西武遊園地まで行く路線です」
「知ってるんだ」
「東京から100キロ圏内の路線は、8割がた頭に入ってます」
「へえ」
「竹中家のおつかいで、あちこち行きましたし」
「そう」
「で、西武多摩湖線のどのあたりにいたんです?」
「青梅街道駅のすぐわきの洋風居酒屋」
「あらまあ。そこの店長さんですか? 春海さんを拾ってくださったのは」
「拾って、って。まあそうだけど」

  自分がマスターに拾われたというなら、一体誰が捨てたんだろう、と、春海は考えた。
 ミチコでも親でもない。
 とすると、自分自身が捨ててしまったのか。
 それを、マスターが拾ってくれたのかもしれない。
 そう思えばいい。

「店長さんって、どんな方ですか?」
「ええっと、顔がよくて背が高くて、ノースリーブの白いTシャツが似合う人。あとやさしい」
「歳は?」
「25歳って言ってたかなあ」
「芸能人でいうと誰に似てますか?」
「甲斐よしひろ、はよくいいすぎか。ジュリー、はもっとよすぎか。松山千春、より目は大きいし髪は短いし」
「結局、誰ですか」
「あえていえば、世良公則」
「ツイストのボーカル」
「そう。顔じゃなくて雰囲気でいえば」

 ミチコが紅茶を一口飲んだので、春海もイチゴを食べて紅茶を飲んだ。
 花柄のお皿から、ミチコはクッキーを1枚とった。
「春海さん、お店でお酒飲んだりタバコ吸ってました?」
「マスターが、ダメ、って。ゼッタイ飲ませても吸わせてもくれなかった」
「毎日、お昼前の11時ごろ起きてました?」
「うん」
「で、なにか食べて片づけて、店の前か裏あたりでキチャッチボールして」
「そう」
「その後、近くに買い物に行って」
「よくわかるね」
「夕方から洋風居酒屋の料理の下ごしらえして、店は夜7時ごろから日付が変わる頃まで。お客さんがいれば、午前1時でも2時でも」
「そんなかんじ」
「春海さん」
「あ、はい」
「小説に書いたらどうですか? この1ヶ月のこと」
「ええ?」
「作文は得意でしたよね」
「昔はね」
「わたしが竹中家に家政婦としてきたのが18歳。今の春海さんと同じ年です」
「え、そうだったんだ。すごい大人の人だって思ってたけど」
「小学生の時から、年上にみられてました。それはともかく、小説です。書いて、賞に応募して、作家になるのはいかがです?」
「いかがです、ってそれは無理です」
「なせですか?」

 春海は、フォークを置いた。
「あたしはね、高校を卒業したら、料理の学校に行くの。専門学校。卒業したら、調理師免許を取って、何でも作れるようになるの」
「洋風居酒屋で働けるように、ですか」

 ミチコの言葉に、春海は答えなかった。
 かわりに、顔を真っ赤にしたのだった。

つづく



※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。


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