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【小説】ネコが線路を横切った2

線路を渡る

 ずっと見つめていたところで、魔法のようにビルが出現するわけでもなかった。
 春海の目の前の更地は、いつまでも更地。
 すぐ後ろを、自転車がぶわんと駆け抜けて、春海のセミロングの黒髪をなびかせた。
 我に返って、春海は駅に戻った。
 改札にははいらずに、駅舎の脇の踏切を渡った。二車線の街道を渡る。

 ホームから見えた砂利道に入り、今度はホームを見る。
 あの頃は砂利道からホームを見るなんてことはしなかったな、と、春海は思った。


ホームから用水路から

 砂利道に、用水路を渡る木の橋がかかっている。
 その上に春海は立ってみた。
 ホームのむこう側から、線路の下を通り、砂利道の下を通って、用水路は住宅街に入りこんでいた。

 用水路の両脇には、スズメノカタビラが生えている。
 その間を、水がちょろちょろと流れていく。
 水は、春海がみていようとみていまいと、おかまいなしに流れてゆく。

 春海は、スズメノカタビラの葉を抜いて、用水路に流してみた。
 葉は、ゆっくりと用水路の中を流れていき、すぐに見えなくなった。
 また葉を流してみる。
 またすぐに見えなくなる。
 見えなくなった葉は、もうつかめない。


街道のむこうから

 電車に乗るには、また踏切を渡って改札に入らなければ。
 ここまできた今日の収穫は、あの場所がなくなっていたと知ったことだけだった、と、春海は確認した。

 踏切を渡るときに、正面に沈んでいく日が見えた。
 光をまともに目に入れてしまい、一瞬、周りの風景が白くなった。
 まぶしい、と、手で目を覆う。
 目が慣れてきて、周りの風景が戻ってくる。

 たそがれの中から、一人のシルエットが浮かび上がった。
 シルエットの人は、こちらに向かって歩いてくる。

「……春海ちゃん?」

 向こうから、声をかけられた。

「マスター……」

 マスターの名前は、斎藤真二(さいとうしんじ)。
 この30年間、春海が会いたいなあと思っていた人だった。

「マスター、お店、どうしちゃったのよ」
 そう聞いた春海の声は涙混じりに。
 マスターは、笑って、春海の後ろを指差した。
 笑顔は、30年前と変わらないな、と、春海は思った。

つづく

※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。



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