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【小説】ネコが線路を横切った4

高校3年生の春海8月29日に自宅へ戻る

「ただいま」
 小さな声で、春海は1カ月ぶりに自宅へ戻ってきた。
 自分の家なんだから、と、堂々といちばん大きい玄関から入る。
 スニーカーを脱いで、玄関の端によせる。父の靴も母の靴もないところを見ると、出かけているのだろう。
 玄関の時計は、3時5分。
 そのまま2階の自分の部屋に行こうとしたら、後ろから声がした。

「春海さん?」
 反射的に、振りむいてしまう。
「ただいま、ミチコさん」
「日焼けしましたね」
「毎日、昼間はキチャッチボールしてたから」
「1ヶ月もどちらに? ほこりっぽいですよ」

 うーん、と、春海は言葉を返せなかった。
 東京の西の方にある単線の駅を言ったところで、ミチコにはわからないだろう、と思ったことと、この一ヶ月のことはひと言では言いたくない、と思ったからだ。

「あとでゆっくり聞きます。まずはバスルームですね。その間にランチを用意しますから」
 着替えは持っていきますから、そのまま行ってください、とミチコにいわれたまま、春海はバスルームに行った。

 ミチコが用意してくれたTシャツとジーンズを着て、キッチンに行くとミチコが食事を用意して待っていてくれる。
 1ヶ月前までは、当たり前だと思っていた。
 
「いただきます」
 春海は、1ヶ月ぶりに、ミチコの作ってくれたたまごたっぷりのオムライスをひとくち、食べた。
「おいしい。なんかいれたの?」
「いれてません」
「今日のオムライスは、おいしい」
 ミチコは、春海をじっと見つめてから、言った。
「春海さん、女になりましたね」
 ぶ、と春海は口の中のものをはきだしそうになった。
「えっと、処女ですけど」
「そういうことではありません。女として、本気で男に惚れたという意味です」

―――ミチコさんには、わかっちゃうんだなあ。

「さ、オムライス食べたらケーキがあります」
「そんなに食べられない」
「ケーキもって、春海さんの部屋に行きますよ。この1ヶ月のことを、洗いざらい話してもらいますから」
「えー、宿題やろうと思ったのに」
「家出しておいて、宿題も何もありませんよ。アルプスのケーキとクッキーでいかがです?」

 それは食べなきゃ、と、春海はオムライスをぱくぱくと口に入れた。
「ね、父と母はなんか言ってた?」
「忙しくしてましたから、適当にごまかしておきました」

 ミチコが味方でいてくれることが、春海にはうれしかった。

つづく


※この物語はフィクションです。
実在の場所や団体、個人とは関係ありません。


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